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◆容疑者XとX
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カランカランとドアベルが重たい音を鳴らし、次の客を迎える。
「いらっしゃいませ」
無表情のまま入ってくるこの客は、若い男。
アキラの身長は一八三センチだが彼もほぼ同じくらい、愛想はないがそれは照れ隠しだろうとアキラはにらんでいる。
明るい色の髪は染めているのか。服装はフード付きのパーカーにあちこち破けているヨレヨレのダメージジーンズという、彼の定番アイテム。今夜のパーカーは紺色だ。
彼の定位置は入口近くのカウンター席。
酒を飲みに来るわけではなく、彼もまた食事に訪れる。ディナーにつくはずのグラスワインはノンアルコールのソフトドリンクである。
「おまかせディナーとジンジャーエール」
いつものように座りながらそう言って、背中を丸めた彼はスマートフォンを見つめる。
アキラがこの店に出勤する頃、私立高校の制服姿の彼を見かけることがある。店の斜向かいにあるマンションに入っていくので、そこの住人なのだろう。
高そうなマンションなので裕福な家の子に違いないが、彼は一人暮らしなのではないだろうかと、アキラは想像している。なぜなら彼はいつもひとりだからだ。もし親がいるならば息子が毎日のように来る店に一度くらい一緒に来てもよさそうだと思うのである。
アキラは彼を"少年"と呼んでいる。
自分とそれほど変わらないはずなのに、高校生というだけでアキラの目には随分と子供にみえるのだった。
ローズさんも少年も、かなりの常連客だ。
週三回勤務ゆえ正確にはわからないが、右崎の話によると彼らはほぼ毎日来てここで食事をしているという。
この店で働き始めた頃は、不思議に思っていた。
足繁く通ってくれるお客さまに対して失礼な話だが、よく飽きないなと。
それに、いくら気に入ったとはいえ二千円の夕食を毎日となれば結構な金額になる。この界隈で店はここだけじゃない。和洋中、数えきれないくらい飲食店はある。気分を変えたいときはないのかと首を傾げていた。
でも半年ここで働いた今は、そんな疑問を持ったことさえ、アキラは忘れている。
右崎の作る料理は日々変わる。
賄い食ですら、この半年間メニューは違った。季節に合わせ、右崎は常に新しい料理に挑戦しているし、研究熱心だ。
今日は何が出てくるだろうと毎日楽しみで仕方がないし、飽きる日が来るとは思えなかった。
常連客もそんな気持ちに違いない。一方的で横暴だと思えるおまかせメニューも、内容がわからないからこそ、わくわくするのだろう。
あるときアキラはふと気づいた。
彼ら常連客は、もはや店の一部だ。
店と同化し、同じ色の空気をまとっている彼らに、この店を訪れる理由なんて必要ない。
ここに居なければいけないし、いて当然なのだから。
「いらっしゃいませ」
無表情のまま入ってくるこの客は、若い男。
アキラの身長は一八三センチだが彼もほぼ同じくらい、愛想はないがそれは照れ隠しだろうとアキラはにらんでいる。
明るい色の髪は染めているのか。服装はフード付きのパーカーにあちこち破けているヨレヨレのダメージジーンズという、彼の定番アイテム。今夜のパーカーは紺色だ。
彼の定位置は入口近くのカウンター席。
酒を飲みに来るわけではなく、彼もまた食事に訪れる。ディナーにつくはずのグラスワインはノンアルコールのソフトドリンクである。
「おまかせディナーとジンジャーエール」
いつものように座りながらそう言って、背中を丸めた彼はスマートフォンを見つめる。
アキラがこの店に出勤する頃、私立高校の制服姿の彼を見かけることがある。店の斜向かいにあるマンションに入っていくので、そこの住人なのだろう。
高そうなマンションなので裕福な家の子に違いないが、彼は一人暮らしなのではないだろうかと、アキラは想像している。なぜなら彼はいつもひとりだからだ。もし親がいるならば息子が毎日のように来る店に一度くらい一緒に来てもよさそうだと思うのである。
アキラは彼を"少年"と呼んでいる。
自分とそれほど変わらないはずなのに、高校生というだけでアキラの目には随分と子供にみえるのだった。
ローズさんも少年も、かなりの常連客だ。
週三回勤務ゆえ正確にはわからないが、右崎の話によると彼らはほぼ毎日来てここで食事をしているという。
この店で働き始めた頃は、不思議に思っていた。
足繁く通ってくれるお客さまに対して失礼な話だが、よく飽きないなと。
それに、いくら気に入ったとはいえ二千円の夕食を毎日となれば結構な金額になる。この界隈で店はここだけじゃない。和洋中、数えきれないくらい飲食店はある。気分を変えたいときはないのかと首を傾げていた。
でも半年ここで働いた今は、そんな疑問を持ったことさえ、アキラは忘れている。
右崎の作る料理は日々変わる。
賄い食ですら、この半年間メニューは違った。季節に合わせ、右崎は常に新しい料理に挑戦しているし、研究熱心だ。
今日は何が出てくるだろうと毎日楽しみで仕方がないし、飽きる日が来るとは思えなかった。
常連客もそんな気持ちに違いない。一方的で横暴だと思えるおまかせメニューも、内容がわからないからこそ、わくわくするのだろう。
あるときアキラはふと気づいた。
彼ら常連客は、もはや店の一部だ。
店と同化し、同じ色の空気をまとっている彼らに、この店を訪れる理由なんて必要ない。
ここに居なければいけないし、いて当然なのだから。
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