偽装結婚のはずが、溺愛なんて聞いてません!

白亜凛

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三、結婚しました

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「俺が言うのも何だが、美咲の周りには政略結婚をするような人間はいないだろ? 降って湧いた話なのに、それほど戸惑っているようには見えないし」

 隼人の言わんとする意味がなんとなく理解できた。

「私、どこかホッとしているんです」

 ハマグリのお吸い物で喉を潤すと、美咲はにっこりと笑みを浮かべた。

「なんとなく、私はこのまま誰とも結婚できないような気がしていて。それでも結婚というものはしてみたくて。一年、誰かの妻を経験できると思うと――なんて言うのかな。見えないプレッシャーから解放された気分で」

 とにかくもう悩まないで済む。だからどこかホッとしていたのは事実だ。

「今更だが、恋人とかいないのか?」

「いないです。いたこともないし。私、ほんと男っ気なくて」

 あははと笑いながら(あなたとは違って)と心で続けた。

「隼人さんは中学生の頃からモテモテでしたね」

 タカ先輩はテニス部で、女の子に抜群の人気があった。その頃は隠していたのか、資産家の息子らしいという噂はあったものの、本当に資産家の息子ならば公立の中学に通うのは変だという人もいて謎めいていた。

「モテたのは勝手に作り上げられた虚像の俺だ」

 彼は苦笑するが、皆の憧れ、華やかなスター。それがテニス部のエース、タカ先輩だった。

 学年は違うし陸上部だった美咲とは本来なら接点はない。けれどもある日、二人の点と点が偶然重なった。

 走って汗だくになった美咲が、外の水道で顔を洗った後、タオルで拭こうとしたら落としてしまい、砂だらけになってしまった。その時、『どうぞ。使ってないからあげるよ』とタオルをくれたのがタカ先輩だったのだ。

 あの瞬間、美咲は恋に落ちた――

 胸がズキュンと射貫かれたと言ったら、きっと彼は呆れるだろう。たったそれだけでチョロ過ぎると言われるかもしれない。それでも落ちてしまったのだ。

「茶碗蒸しも旨い。美咲は料理が上手だな」

「ありがとうございます」

 お世辞だとわかっていてもうれしくて、頬がポッと熱くなる。

「母が料理好きなんです。その影響で」

「へえ。そうなのか。もしかして中学の頃から?」

「はい。あの頃から。食いしん坊なんで」

 クスッと笑った彼は「いい嫁になれるな」と他人事のように言った。

(なれるって。すでにあなたの嫁ですよ?)

 でも、嫁という名の他人の関係もそう悪くない。だからこそ、こうして不思議なほど落ち着ける。

 その後も会話は進み、食事が済むとごく自然に二人で後片付けをして、リビングでまた飲み直し。まるで親しい友人とでもいるようにありのままの自分でいられた。

 隼人がミックスナッツとワインも持ってきて、美咲は無邪気に「わーい」と喜んでみせた。

 二人の間に恋愛という甘いものが存在しないとわかっているから、服装にも気を遣わない。いつでも寝落ちできるようにとスウェットのロングワンピースに着替えると、彼が笑った。

「まるでペアルックだな」

 しかも同じグレー。屈託のない隼人の笑顔に、美咲もまた明るく笑って返す。

「新婚ですから」
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