偽装結婚のはずが、溺愛なんて聞いてません!

白亜凛

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五、恋はやっぱり切なくて

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***

『本当にありがとう、隼人。あなたのおかげよ』

 電話口から聞こえる千穂の声は弾んでいた。

「いや、君の努力の結果だ」

 千穂から無事、借金の返済が済んだ報告があった。一度は親の言いなりに隼人との政略結婚を受け入れたが、離婚を気に実家から出て独立する道を選んだ。

 結婚に乗り気じゃない彼女の様子を見て、一年間の契約結婚を提案したのは隼人だ。独立したいなら応援すると約束した。

 隼人が渡した慰謝料のほかいくらか借金をしてカフェを始めた時、実家は彼女を応援するどころか素人ができるわけがないと散々バカにしたらしい。だが彼女は、隼人と結婚している頃から真剣に経営を学び準備をしていた。その姿を見ていただけに隼人は離婚後も気にかけてきたし、彼女とは恋愛関係にはなくても友人として信頼関係にある。

 それからいくつか話をして電話を切る。

 この前偶然会って話をしたときに、三度目の結婚の報告をした。

『もしかして、また政略結婚なの?』
『そうだ』

 政略結婚には違いなく、そう答えたが胸の奥が疼いた。

 美咲の顔が浮かんで言わずにはいられたかった。
『だが、できれば今回の結婚は長く続けたいと思っている』と。

『あら、奥さんのことが好きなのね』
 千穂はそう言ってくすくすと笑った。

(美咲……)

『小料理 みつ夜』の帰り道、美咲はずっと目を瞑っていた。時々様子を窺っていると、街灯が彼女の顔を照らした瞬間、目元が濡れているように見えた。

 鎌倉に着いた時にはあたかも気持ちの整理ができたように、にっこりと笑っていたが、美咲は隠すのが上手い。かと言って無理に聞き出すのは憚られて、何をどう思っているのか聞けなかった。

 父親は誰なのか。知りたいならばいくらでも手を貸すが。

 昨夜の出来事をつらつら思い出しながら止まった信号待ちの交差点。
 窓越しに夕闇の空を見上げるうち、再びスマホが電話の着信を告げた。

 ハンズフリーで出ると、美咲の父、桐原の義父からだった。

『隼人くん、本当にありがとう。助かった。おかげさまで手続きはすべて済んだよ』
「よかったです」

 数日前、今回の資本提携でキリ原に詰めている弁護士から連絡があった。義父が連帯保証人になっていた友人が借金を踏み倒して夜逃げをしたという。

 夜逃げをした相手は古くからの親友で、お互い苦しい時期に助け合い、連帯保証人になっていた。取引先の倒産に友人の会社が巻き込まれ、義父に電話をかけてきて『すまない』と短い言葉を残して消えた。金額は二千万ほど。キリ原には借金があり、そのためにアマグサスとの資本提携に踏み切ったのもある。二千万を出す余裕はない。

 弁護士から知らせを受けた隼人はすぐに動いた。ポケットマネーで対応すると申し出たのだ。美咲には秘密にという条件で。

 そういうわけにはいかないと固辞していた義父を説得し、最後は笑顔で別れた。

 今度の電話も明るい声だ。弁護士から先に報告は受けていたので心配はしていなかったが、本人の口から弾んだ声を聞くとやはり安心だ。

『頑張って必ず返す。少し待ってくれるかい?』

 義父には返済は無用と伝えたが、それは絶対にダメだという。

「お義父さん、水臭いですよ。いつでも構いませんから」

 約束通り美咲は何も知らない。彼女は知らなくていい。ようやくふたりの仲が深まりつつあるあるというのに、今ここで貸し借りのある関係にはしたくなかった。隼人がいくら気にするなといったところで、美咲は重く受け止めるだろう。それでなくてもスタート時点で彼女に負い目を感じさせてしまっている。これ以上傷つけたくはない。

 来月は美咲の誕生日だ。

 はっきりと気持ちを伝えようと思っている。一年後離婚するという契約を解消し、普通の夫婦になりたいと自分の口からはっきりと伝えるつもりだ。

(指輪を買おうか)

 普段使いができる、愛しているとメッセージリングはどうだろうか。誕生日だからという理由で。
 言い訳を考える自分が情けなく、苦笑した。
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