偽装結婚のはずが、溺愛なんて聞いてません!

白亜凛

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五、恋はやっぱり切なくて

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 パーティーでの隼人は挨拶だけでも忙しい。美咲は彼の邪魔にならないよう少し離れるようにしている。
 顔こそ気をつけて微笑みを絶やさないようにしているけれど、顔見知りもいないので心細いし、場違い感に襲われる。本当は泣きべそをかきたいくらいだ。

 それでもこれは任務だと思いこむことで、乗り越えるすべを身につけた。隼人と会話を交わしている相手を注意深く観察し、後になって隼人にその人の印象を話して答え合わせをする。

 あの人は表情が柔和なのに目が死んでいたとか、軽薄そうに見えて鋭いとか、美咲の感想を隼人は楽しそうに聞き、強欲な奴だとか、意外といい奴だとか補足してくれるのだ。
 今日も今日とて、腹黒そうな人だとか実直そうだとか考えているうちに時計は回り続け、ジャズの演奏が始まった時には居心地の悪さは消えていた。

 パーティーも終盤、化粧室へ行った時だった。
 パウダールームで、鮮やかな紫色のドレスを着た女性に目を留めた。
 綺麗な空間だとなんとなく見つめながらハンカチで手を拭いていると、注意深く口紅を直していた女性が美咲を振り返った。

 目が合うなり思わずアッと、声が出そうになった。

「あら、あなた」

 艶めく長く黒髪に目を奪われるほど美しい彼女は忘れようもない。町田で隼人とスーパーに行った時に、彼に話しかけてきた女性だ。

「こんばんは」

 彼女と隼人の関係はわからない。ひとまず美咲も警戒しながら「こんばんは」と返した。

「ご存知かしら。私は天城絵梨花。隼人の最初の妻よ」

 名前を聞いてハッとした。隼人の最初の妻の名が絵梨花ということだけは美咲も知っている。彼女の家は総理大臣を輩出している有名な政治家一族で、父親は現在外務大臣だ。でも、彼女はなぜ離婚後も天城の姓を名乗るのか。

 緊張しつつ「はじめまして、美咲です」と頭を下げた。

 絵梨花は美咲を見つめたまま、優雅に歩いて来る。

 近くで見れば見るほど、美しい人だった。二番目の妻である千穂の美しさは明るくて溌剌とした輝きをを放っていたが、絵梨花の美しさにはどこか陰りがあるように見えた。線が細く薄い微笑みを浮かべる口元はどこか皮肉めいていて、退廃的な雰囲気を纏っている。

 彼女はゆっくりと口を開いた。

「美咲さん――あなたも政略結婚なんでしょう? そうね、一年っていうところかしら」

 戸惑う美咲を絵梨花はクスッと笑う。

「あの人、誰かと暮らすのは一年が限界なのよね。自分の世界を大切にする人だから……」

 そこまで言うと、絵梨花はしげしげと美咲の体に視線を這わせた。

「ドレス、着慣れないのね。せっかくのルビーが残念」

(あっ……)
 わかっていたとはいえ、一番気にしていたところを突かれて居たたまれなくなる。無意識のうちにブレスレットを右手で隠し、美咲の視線は下がっていく。

「この前は隼人がスーパーの買い物袋なんか持ってるからびっくりしちゃったわ。〝頑張ってるのね〟って言ったら苦笑していたわよ?」
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