祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛

文字の大きさ
4 / 56
≪ 祓い姫 ≫

しおりを挟む
 ***


 女官の案内でまた別の殿舎へと連れて行かれ、朱依と合流したときには、ほっとしたあまり涙が零れた。

「姫さま!」
「朱依」

 朱依も十二単に着替えていて美しい変身を遂げていたが、感動する余裕もない。

「姫さま大丈夫ですか? いったい、何を頼まれたのです?」
「まだ三歳の皇子さまが、原因不明のご病気でお倒れになっているそうなの。物の怪の仕業らしいのですって」

「物の怪?」

 朱依は驚いて顔をしかめた。
 物の怪の相手など翠子にはできない。
 なにしろ彼女は物の怪を〝祓えない〟のだから。

「だから申し訳ないけれどって、一度はお断りしたの」

 頼まれた相手がたとえ帝であろうと、できないものはできない。不敬であろうとも、翠子は嘘はつけなかった。

『私は物の怪を祓えません』とはっきり告げたのだが、煌仁が左右に首を振って許してくれなかったのである。
 無理を言われても困ると言いきって立ち去りたかったが、ここは宮中だ。世間を知らず常識がわからない翠子でも、さすがに帝の前で揉めてはいけないと思った。

「仕方がないから、わかりましたと答えたの」

「あの男ですね。無理なものは無理なのに」

 憤る朱依の眉間には深い皺が浮かぶ。「その場にいれば相手が誰であろうと姫さまの代わりに断ったのに」と、恐ろしいことを言って悔しそうに唇を噛んだ。

「さあ姫さま、とにかく今日は休みましょう」
「そうね」

 翠子はこくりとうなずいた。
 とても疲れた。今日はもう遅い。考えるのはあとだ。
 まゆ玉はすでに丸くなっている。ふたりは肩を寄せ合うように与えられたつぼねで横になった。途端に床に沈み込むような感覚に襲われ、間もなく翠子は深い眠りについた。


 あくる日、朝餉が済んだ頃に煌仁が現れた。
 ひとりではなく、体が大きくいかにも屈強そうな武官をひとり伴っている。

「この者は検非違使の長官、井原 篁。今回の事件の調査をしている。姫の警備も頼んだので、忌憚なく頼ってほしい」

 挨拶もそこそこに煌仁は言った。
ひつじの刻に白の陰陽師が来る」

 返事をしない翠子と朱依に何を思ったか、煌仁の後ろに控えていた篁が野太い声で咳ばらいをした。
 朱依が篁をギロリと睨むと、篁は睨み返す。
 それに構わず朱依が口を開いた。

「何度も言いますが、姫さまは物の怪を祓うことはできません」
「わかっておる。何かひとつでもわかれば、それでよいのだ」

 一歩も引かない朱依は、さらに顎を上げる。
 翠子とて、はいそうですかと納得はできない。祓えなかったと責めを受ける恐れがある限り、あやふやにはできない。嘘をつけといわれても、それはそれで困る。嘘が善意で使われた試しはないのだから。
 朱依もそう思うのだろう。「なにもわからなかったら、どうなるのでしょう」と詰め寄った。

「それでもよい。もちろんその場合も礼はする」
「責められはしないのですね? 嘘の強要も?」
「本当だ。責めたりはしないし、正直に言ってくれたらいい」

 力強く断言されて返す言葉がなくなったのか、朱依は口を結び黙りこくった。

 なにもわからなくても礼はするという。
 翠子は瞼を落とし考えた。

 その言葉通り信じるならば、そう悪い話でもないとも思う。礼がなにかはわからないが、たとえわずかでも土産ができれば屋敷の皆も喜んでくれるだろう。
 実際問題、仮にも主上から直接頼まれたとなるとこのまま帰るわけにはいかないのだろうし。
 やむおえないとあきらめつつ、細く息を吐く。

「十二単の替えを持ってきた。宮中にいる間は必要ゆえ」

 煌仁が後ろを振り向くと、太い眉をひそめ憮然とした顔の篁が、従者から箱を受け取り、ずいと差し出した。
 相変わらず憮然としていた朱依は、箱を目にしてハッとしたように瞳を輝かせる。
 横幅の広いそれは衣装箱だ。漆が塗られ黒々と光り蒔絵が施されている見事な箱である。初めて目にする美しさに、翠子もまた目を奪われた。

「この箱ごと受け取ってほしい」
 煌仁はさらりと言った。

(なんと気前のよい)
 これが宮中なのか?

「不便なことや困ったことなどはあるか?」

 朱依が翠子を振り返った。
 翠子は朱依の斜め後ろにいる。扇で目から下を隠し、伏し目がちに沈黙したまま成り行きを見ていたが、ちらりと朱依を見ると左右に首を振る。
 朝餉も美味しかったし、着る物にもなにも困っていない。

「そこに控えている女官が身の回りの世話をするゆえ、些細な事でもなんでも頼むといい」

 煌仁が振り向いた先の簀子を見れば、両手を床につけ頭を下げている若い女官がいる。
 翠子は女官見つめ、頭を上げた女官と目が合うと、ゆっくりとうなづいた。

「そなたは明るい色の十二単がよく似合うな」

 翠子はちらりと煌仁を見た。
 てっきり朱依を褒めたのだと思ったが、彼は朱依ではなく翠子を見て言っている。

(え?……)

 しかも微かだが彼の口もとには笑みが浮かんでいるようだ。
 翠子が身に着けている十二単は、緑から段々と紅に変わっていく紅葉を思わせる美しい衣である。一方的に着せられただけで、自分には派手過ぎるし似合わないと思っていた。同じ赤でももっと枯れた赤のほうがいいとさえ思っていたのに。

 戸惑いつつ視線を朱依に向けると、彼女は満足そうに翠子に微笑み返す。
 だが、煌仁を振り向いたときには表情を一転させた。

「姫さまのお美しさは、どのような衣であろうと揺るぎませぬ」

 美しい十二単が翠子を美しく見せているのではないと言いたいのだろう。
 この京で、いやむしろこの世で翠子が最も美しい姫であると、朱依はときどき恐ろしいことを言う。
 今も本気で言っているに違いなく、翠子は恥ずかしくなり扇を高く上げ顔全体を隠した。

 ははっと笑った煌仁は「ときに」と、話題を変えた。
「白の陰陽師を知っておるか?」

 これには翠子自らが「はい。噂で」と答えた。

「間もなくここに来る」

「えっ」と思わず声が漏れた。
 白の陰陽師といえば京で一番有名な陰陽師である。
 彼ならば間違いなく物の怪を祓ってくれるに違いない。

「姫は彼の相談に乗ってほしい」
「相談……ですか?」

「ああ。白の陰陽師とはいえ彼も人だ。なにもかもが見えるわけじゃない」
 なるほどと、ようやく安堵できた。

 陰陽師は物の怪を払えるが翠子が聞こえる〝物の声〟は聞こえないだろう。
 それならば自分がここに呼ばれた理由もわからなくもない。

「では。済まぬが、しばらく辛抱してほしい」
 そう言い残して帰っていった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【完結】こっち向いて!少尉さん - My girl, you are my sweetest! - 

文野さと@書籍化・コミカライズ
恋愛
今日もアンは広い背中を追いかける。 美しい近衛士官のレイルダー少尉。彼の視界に入りたくて、アンはいつも背伸びをするのだ。 彼はいつも自分とは違うところを見ている。 でも、それがなんだというのか。 「大好き」は誰にも止められない! いつか自分を見てもらいたくて、今日もアンは心の中で呼びかけるのだ。 「こっち向いて! 少尉さん」 ※30話くらいの予定。イメージイラストはバツ様です。掲載の許可はいただいております。 物語の最後の方に戦闘描写があります。

後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

処理中です...