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≪ 麗景殿 ≫

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 夜も更け、煌仁らは帰っていった。

 ずっとうつむいていた翠子も、演奏が終わった頃には顔を上げていて、その後は声も明るくなっており、彼女の変化を見届けて煌仁は立ち上がったのである。

「相変わらず、まるで駄々っ子ですな」

 道すがら篁が呆れたように顔をしかめる。

 どうやらまだ翠子と朱依が気に入らないらしい。

「仕方あるまい。慣れない環境で、自分が原因で騒ぎになっているのだ。不安なのだろう」

 煌仁がそう言う横で、唯泉も篁をたしなめた。

「物の怪もまだ宮中のどこかにいるし、姫の協力は不可欠だぞ」

 実際のところ唯泉も感心していた。もとより彼女の能力を疑ってはいないが、能力があるだけではなにも始まらない。

「篁、考えてもみろ。物から恐ろしい叫び声を聞いたりするのだぞ。時には人を殺したいほどの怨念に触れてしまうのだ。普通の精神力では耐えられない。彼女の心は、今にも壊れる寸前だ」

 唯泉にそう言われ、篁はハッとしたように目を泳がせた。

「私のように親の代から陰陽師であれば別だが、彼女はあの小さな体ですべてひとりで受け止めてきた。生きるために生業にしてな。それがどういうことか、おぬしにも想像くらいできるだろう」

 篁は項垂れる。

「はい……」

「彼女はおぬしなどよりも強いが、池の薄氷のように脆い。誰かがしっかりと守ってやらねば凍った池に落ちるぞ。祓い姫とはそういう十七歳の女性だ」

 ようやくわかった気がした。

 何故煌仁が彼女にあれほどまでに優しいか、他人には無関心のはずの唯泉までもが彼女に気を配るのか。

 篁は自分の愚かさに泣きたくなる思いがした。

「申し訳ありません」

 消え入りそうな声の篁を、煌仁が苦笑いを浮かべながら振り返り、軽く肩を叩く。

「彼女がここにいる間でいい、力になってあげてくれ。頼むな、篁」

「はっ」

「しかし、姫が言った通りだとすると、物の怪はやはり今回の事件とは関係なくなる。唯泉もそう思うのだろう?」

「ああ、恐らくそうだろう」

 励ましで元気を取り戻した翠子が、皇子の衣から感じた違いを指摘した。

 どちらも二の皇子の衣だが、唯泉が翠子に渡した衣は最初に倒れたときに着ていたもので、麗景殿で渡された衣は二度目の時に身につけていた衣という違いがある。

 翠子が感じた愛情は異なっていたという。

 二度目の愛情は穏やかだった。それと比べると一度目の愛情は燃えるように激しかったと。

 愛情というよりも執着に近く、物の怪の念なのではないかと翠子は言うのである。

『唯泉さまが感じていたとおり、物の怪は皇子を守っていたのではないかと思うのです。最初に皇子がお倒れになったとき、なにか起きませんでしたか? たとえば匙がどうにかなったとか』

「篁、姫が言っていたこと。調べておけよ。食事中に異変がなかったかどうか」

「はっ」

 唯泉が目の端で篁を睨む。

「そもそも、検非違使はなにをしていたのだ。匙くらい最初に調べたのではなかったのか? てっきり調査済みだと思っていたぞ」

「はっ、申し訳ありませぬ」

「申し訳ないと思うなら、ぶつくさ言わず姫の役に立て」

「はっ」

 唯泉に厳しく指摘され、篁は大きな体を小さくした。
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