祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛

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≪ 後宮 ≫

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 煌仁と翠子が前を歩き、朱依と篁は少し離れて付いていった。

「朱依よ、祓い姫とはどういう方なのだ」

 篁が聞くと、朱依はつんと顔を背ける。

「どうもこうもお優しい方よ」

「だから、どう優しいのだ」

 朱依は振り向き、篁をキッと睨んだ。

「お前のような無骨者には一生わかるまいな」

 むっといきり立つ気持ちを、篁は気合で堪えた。

「そう、かりかりするな。わしは力になりたいのだ」

 それは正直な思いだった。

 最初のうちこそ、やれ子供だのわがままだのと思っていたが今はまったく違う。

 唯泉に言われるまで考えが及ばずにいた自分を反省して、よくよく想像もした。朱依についてもそうだ。

 朱依の強さや明るさがなければ、ふたりともこのように元気ではいられなかっただろう。その朱依もまだ十九歳で、二十になる自分よりも年下である。

「すまなかったな。お前にも申し訳なかった。聞くよりも先に怒ってしまって」

 眉をひそめた朱依は怪訝そうに篁を見上げる。

「本当に反省しているの?」

「ああ、心から反省しているぞ」

「じゃあ、どうして、最初に姫さまが頑なだったかわかる?」

「それは、えっと……。来たくないのに、連れてこられたからか?」

 背中を丸めておそるおそる答える篁を、また朱依が睨む。

「まずはそれね。でも姫さまはなんとか慣れようとなさったの」

 宮中を知ろうして柱を触り、屏風に触れて、怨念を感じてしまった話をして聞かせた。

「そうなのか。して、ここにはそれほど怨念があるのか?」

「あるのよ。でもあなた、そこじゃないでしょ。私の質問の意味わかってる?」

「あ、すまぬすまぬ。えっと姫はここに慣れようとしてくれたのに辛い目にあって、それを知らずに色々聞かれたから、嫌になってしまったのだな?」

「そうよ」

 朱依はようやく満足そうにうなずいた。

「いい? 姫さまは不思議な力を皆のために使ってくださっているの。わかる? 黙って知らぬ顔をしていれば、祓い姫なんてかわいくないあだ名をつけられずに、今頃はすてきな殿方の妻に落ち着いていたはずなのよ」

 そのまま間髪入れずに捲し立てる。

「あんなにお美しくていらっしゃるのよ? それなのに、自分の幸せより人のために力を貸す道を選ばれたわけ。それを優しいと言わずしてなんというのよ」

「なるほどなぁ」

 確かにそうだろうと思う。あのほど麗しい姫だ。男が黙ってはいないだろう。

 祓い姫でさえなければ。

「わかったぞ。優しい姫なのであるな」

「わかったなら、あんたも唐菓子のひとつくらい持ってきなさいよ」

「おう。任せておけ」

 おいしくなければだめよと、疑わしげに睨む朱依に篁はにっこりと笑みを返す。

(――あらあら)

 女にこけにされて素直に喜怒哀楽を見せるあたり、見た目と違って元来気の優しい男なのだなと、朱依はくすりと笑う。

「しかし物が語るのでは迂闊に何も触れぬのぉ。難儀なことじゃな」

「ああ、それなら直接触れなければ大丈夫なのよ」

「そうなのか?」

 こくりと朱依はうなずく。

「それから、人の手に触れても心が読めるわけじゃないわ。人に限らず動物も。生きているものは別よ」

「ほお、そうなのか。なら食べ物の毒もわかるな?」

 朱依のまなじりがキッと上がる。

「ちょっと、姫に毒見役なんかさせたら私が許さないからね! 今回だって、とってもお疲れになったんだから!」

「わかった、わかった。そんなことはさせぬ、させぬ」

 ぺしぺしと叩かれ食いつきそうに睨まれて、篁は逃げ惑う。

「それより、東宮はどういうお方なの? 優しいの?それとも冷たいの?」

 朱依は煌仁がどうもわからない。

 女官に対する態度は一様に冷たい。笑みを向けるわけでもなく、目の端で見下ろす視線はいつだって冷たい。驚くほどに。

「どうもなにも、とても立派な方じゃ。国を憂え民が健やかであるのを願い――」

 篁は煌仁の功績をあげ称える。

「立派な方なのは、もう十分わかったわ」

 止めなければ日が暮れるまで続きそうな篁の話を、せっかちな朱依はさえぎって「どうして東宮には妃がいないのよ」とせっついた。

「それはまあ、ご自身のみならず妻子が権力争いに巻き込まれるのを嫌っていらっしゃるからだろうな」

「でもだからって、どうした女官たちに冷たいの?」

「うーむ。色々あったのだよ、妃の座を狙う女どもがおってな」

 篁はこれまで隙あらばと煌仁に寄ってきた様々な女たちの醜聞を知っている。

「ふうん、警戒しているのね」

「まあそうだな。隙を見せれば――刺客のように迫ってくる女がおるのだ、すっかり女性不信になってしまわれた……」

「じゃあ、どうしてうちの姫さまにはあんなに優しいの?」

「ん?」

 それには篁も返事に困った。何しろ篁のほうが誰かに聞きたいくらいなのである。

「――うむ、同情しているのでは、ないか?」

「同情だけで、抱き上げたりするのかしら」

「なに?」

「抱き上げたのよ、うちの姫さまがふらついた時にね」

 麗景殿の中での出来事を、篁は知らなかった。

 朱依は一部始終を話して聞かせ「麗景殿の女房たちも、目を丸くして驚いていたわ」と考え込む。

「絶句して固まっている人もいたのよ」

「それはそうであろう。わしも驚いたぞ」

 篁の目は動揺を隠せず泳いでいる。

「でしょ、やっぱり変だと思うのよ、あの行いは。同情にしてはやり過ぎよね。姫さまは子どもじゃないんだもの」

 まさかと篁は眉をひそめた。

(やはり殿下は姫を好いておるのか?)

 あまりに祓い姫に対して優しいので、煌仁が姉のように信頼を寄せている尚侍に聞いたのだ。

 尚侍は『そのようなことはどうでもよいのだ』と言い捨てた。

『好いておろうが同情だろうが、殿下の心のゆくままじゃ。おぬしが心配せずともよいわ』

 ギロリと睨まれて、答えらしい答えをもらえなかった。

「ときに朱依、姫の母君はどちらの方なのだ?」

「私も詳しくは知らないわ。亡くなった使用人から聞いた話では、母君さまの父君はどこぞの高貴な方だったとか。なんでも亡くなられてしまって、母君さまのお母さまはその後再婚せず、ずっとおひとりで母君さまをお育てになられたって」

「名前はわからぬのか?」

「ええ、でもご実家のお屋敷があった場所ならわかるわよ」

 かくかくしかじかと朱依の説明を聞き、篁は胸に刻んだ。

 ちょうど煌仁に『姫の母について調べてほしい』と言われていたのである。

「それにしても姫の母君が亡くなった後はそなたも姫もまだ子どもであろうに、どうやって生きてきたのだ?」

「それがね食料を届けてくださる住職がいたの。三年前に亡くなられたんだけれど」

「ずっとか?」

「そうよ。なんでも姫さまの母君さまのご生家に以前お世話になったとかで。嵯峨野の方のお寺なの」

 なるほど、その寺についても調べてみるかと篁は思う。

「ねえねえ、それで東宮なんだけど、もし姫さまを好いていたらどうなるの?」

「どうと言われてもなあ……」

 正直どうなるのか皆目見当がつかない。

「例えばの話よ、姫さまがお妃になれたりするものなの?」

「わからぬが、なれるであろう? 女御や中宮となると当然後ろ盾が必要になるが、裏技もあるからな」

「裏技って何よ」

「たとえば姫がどこぞの上流貴族の養女として入内するとか?」

「へえ、そうなのね。だったらいいわ」

 朱依はこれで解決したとばかりににっこりと笑みを浮かべて胸を張った。

「なにがよいのだ?」

 聞いても朱依は答えず、くすくすと笑うだけだった。
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