祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛

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≪ 春隣(はるどなり) ≫

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「具合はどうだ?」

 唯泉が翠子を見舞いに来た。

 といっても、大事をとって二日ほど横になっていただけで、もうなんともない。

 ともに押し込められていた女官も無事に快復しているらしい。いくらか煙を吸ってしまったせいでときどき咳は出るがそれだけだ。

「はい、大丈夫です。口を塞がれていたので、それほど煙を吸わずに済んだようです」

「ほぉ、姫は運が強いのぉ」

 ――そういえば、あれはなんだったのか。

「あの時、不思議なことが起きたのです。壁が自ら音を立てて煌仁さまに知らせてくれました」

 ガタガタと、まるで地震でも起きたように壁だけが揺れたのである。

 煌仁が言うには塗籠が生き物のようにキィーと鳴いて動いたいう。

「ほぉ、壁が助けてくれたか。やはりそなたは物に愛されておるな」

 なんでもないことのように唯泉は微笑んだ。

「日ごろ話を聞いてやっているから、恩返しをしたのだろう」

「そんなものでしょうか」

「ああ、そんなものだ」

「私は、壁と煌仁さまに助けてもらったのですね。――あの、煌仁さまは?」

「心配ない。早速忙しくしておるわ」

「そうですか……」

 元気でいるならいい。直接会って元気な顔を見られるなら、さらにうれしいけれど。彼は東宮なのだ。本来そう簡単に会える相手ではない。

 わかっているだけに、切なさが翠子の睫毛を揺らす。



 次の日は、唯泉と一緒に篁が来た。

 彼も事態の収拾に忙しかったらしく、その後の成り行きを教えてくれていた。

 宴から三日が経ったというのに、弘徽殿の女御はまだ己が悪事を認めていないという。唯泉が聞いた声は女官の声だと言い逃れをしているらしい。

 その一方で、実際に皇子に薬を盛った女房ふたりは観念し、すべてを詳細に話したらしい。

 翠子は知らないが、今回の事件より先に自害した女官がふたりいる。亡くなった女官の上に彼女たちがいたのだ。嘘偽りの遺書を書かせ、すべてをふたりに押しつけて自分たちだけ生き延びようとした悪人である。

 ふたりとも厳しい罰は免れないだろうと篁は言った。

 煌仁を連れ出した清白という女房は、子供を女御の実家である左大臣に人質にとられて、どうにもならなかったらしい。それでも彼女は最後、煌仁を守るために命を張った。彼女については恩赦があるらしい。

 煌仁を襲った男は砂金で雇われたが、砂金をくれた男の顔を見ていない。

 相手は覆面をしていたというが砂金が入っていた袋と全く同じ袋が左大臣邸から出てきた。邸からは女房の証言通り、毒も証拠として出てきた。

 なぜならば、自身の実家の父に毒を預けたと言っていた女房は、実はそうはせず、左大臣家に毒を隠していたのである。トカゲの尻尾のようにただ切り捨てられるのは許せなかったと言っているとか。

 ここまで証拠が揃えば、左大臣や弘徽殿の女御がどう言おうと逃れられない。

「とりあえず、一件落着ですな」

 やれやれと篁はため息をつく。

「これで一安心ね」

 朱依がそう答える横で、翠子はそっと瞼を落とす。

 人を殺め、疑われないように我が子にも毒を盛る。左大臣も女御も人の心を捨て、鬼になったのか。

 様々な思いを巡らしながら、翠子は膝の上のまゆ玉を撫でた。

「そういえば、頭中将はどうなるのですか」

 ふと思い出し聞いてみた。

「あやつは早々に逃げておるからな。女官を左大臣家の宴に呼んだくらいしか関連はないし。少なくとも宴で起きた火事の騒動とは無関係だから、左遷くらいで済むのではないか」

 なるほど確かに宴の件はまったくの無関係に違いない。

 彼は遠く明石にいるのだ。

「あの方も左大臣や女御さまのように、恐ろしい人なのでしょうか」

「うむ。どうであろう、なにしろ歪んでおるからな」と唯泉は苦笑する。

「あの男の母は左大臣とはそりが合わなくて、夫を恨みながら亡くなったそうだ。左大臣や異母姉の女御を憎んでいたのではないか」

(そんな……)

 ついぞ心の見えない人だった。彼は今、明石で何を思うのか。

「今頃笑っているかもしれんぞ」

 頭中将が持っていた物は、渦中の一族の御曹司にしては、不思議なほど何も感じなかった。憎悪も、欲望すらも感じなかったのだ。

 桜と蝶の扇を持ってお別れだと言いに来たときの、空を見上げていた彼の横顔を思い出す。

 いつか会いに来るのだろうか。またお気に入りの蝶を持って。

 そのときはなにかを感じるだろうか。虚無ではないなにかを。

「姫、念のため薬は飲み続けた方がよいぞ。少しでも喉が痛いうちは」

「はい。当分は飲もうと思います」

「ああ、それがよい」
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