祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛

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≪ 春隣(はるどなり) ≫

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「唯泉さまもご活躍だったそうですね」

「活躍したのは私ではなく物の怪だ」

 ハハッと唯泉は笑う。

「女御の悪事がすべて露見して安心したのだろう。物の怪は自ら消えたわ」

「結局、物の怪はなんだったのですか?」

「昔からここにいる掌侍が言っていたが、煌仁には兄がいたらしい。だが、生まれて間もなく亡くなってしまったそうだ。物の怪は、その時の乳母かもしぬと」

「乳母さま?」

 物の怪は特徴のある柏の柄が入った唐衣を着ていた。亡くなった乳母が好んで着ていた衣とよく似ているという。

「悲しみのあまり憔悴して、結局乳母も亡くなったそうだ。彼女にとって皇子は我が命のように大切なのだろう。弘徽殿の女御が許せなかったのではないか」

 唯泉は柱に背中を預け、遠く空を見上げながら「哀れなことだ」と呟いた。 

「――成仏できたのでしょうか」

「できたんじゃないか? なにしろ微笑んだからな」

「ええ? 物の怪が微笑んだのですか?」

「そうだ。もう心配せずともよいぞ、と言ったのだ。そうしたら、にっこりとな、微笑んだ」

 物の怪の微笑み……見たいような見たくないような。

 翠子は苦笑する。

「結局私は一度も物の怪に会えませんでした」

「なんだ、会いたかったのか? なら今度見つけたら連れてきてやろう」

「そ、それは困ります」

 くすくすと笑い合ったけれど、こんな日々ももう終わりだ。事件は解決したし、これから唯泉は宮中を去るという。

「あ、そうそう肝心な話を忘れていた」

 柱にもたれていた背中を伸ばし唯泉はピシッと扇で手を叩く。

「私はそなたの後見人なのだが」

「え?」

 後見人の話など、翠子はまったく聞いていない。

「色々とわかってきたぞ。そなたの母は皇女であった可能性が高い。はっきりすれば、私よりも更に家柄のいい後見人もつくだろう」

「こうじょ?」

 全く意味が理解できずに翠子の前に、唯泉は紙を取り出して何やら線を書く。

「そなたの母がこの位置だとすると」

 唯泉の説明によれば、翠子の母の母、要するに祖母は身分の低い女性だったらしいが、大層美しく女官として宮仕えをしている時に、時の帝のお手付きとなったという。

 その後も密かに寵愛を受けていて身籠ったが、時を同じくして帝は譲位し、上皇となった。

 間もなく上皇は身罷り、幼子を抱いてひとりになった彼女、すなわち翠子の祖は上皇から授かった屋敷を人に貸し、得た賃料をもとに今の翠子の住まいである八条の小さな屋敷に移り住んだ。

 後ろ盾も何もない彼女を支えたのは亡くなった上皇の愛だ。上皇からくれぐれもと頼まれていた寺の住職が食料などを運んでいたという。

 今の帝の三代前の話らしい。覇権争いで短期間のうちに帝が変わっているし、世間から忘れ去られた皇子や皇女も多いのだそうだ。翠子の母もそのうちのひとり。

 今は亡き、父柊木式部がどこまで事情を知っていたかわからないが、知っていたからと言って権力のない世間から忘れ去られた皇女には執着はなかったのかもしれない。

 そう思うと苦いものが胸の中に漂った。

「母が、皇女?」

「ああ、証言はあるから間違いないだろう。寺の住職が当時の記録を探しているから、それが出てくればはっきりと証明される」

「そうですか……」

 なぜ自分には身寄りがないのか。世の中から捨てられた存在のようで、母が亡くなってしばらくは泣いてばかりいた。父とは縁が切れていたとはいえ、母に関しては全くわからなかった。

「母は言っていました『私の父、あなたのおじいさまは私が生まれてすぐ亡くなったそうなの。母がひとりで育ててくれたのよ。あなたのお祖母さまは、とても優しくてとても美しい人だった』って。どこの誰かは言わなくて……。まさか皇女さまだったなんて」

 皇女は皆が思うほど幸せではないと、後宮の暮らしの中で耳にした。

 斎王になるか摂関家のような上流貴族の妻になるか、身寄りがなければ尼になるより他生きるすべはないと。

 母の人生はどうだったのだろう。

(幸せだったのだろうか。私を助けようとして髪を焦がし父に捨てられて、それでも懸命に……)

 優しく微笑む母を思い出し涙が溢れた。

「よかったな、母君のことがわかって。知りたかったのであろう?」

「はい」

 袖で涙をぬぐい、翠子はにっこりと微笑んだ。

「唯泉さま、本当に色々とありがとうございます」

 彼のお陰でどれだけ気持ちが楽になったか、計り知れないほどの恩がある。忌み嫌われる者と思っていた翠子に、物に愛されるのだと自信を持たせてくれた。

「どうぞこれを」

 お礼にと編んだ草履だ。これから東国へ旅に出るという唯泉に、渡せる物は草履以外に何も思いつかなかった。

「おお、すまぬな。ありがとう」

 滅多に表情を崩さない唯泉には珍しく、うれしそうに顔をほころばせた。草履を手に取り「これで旅は安泰だな」と言うが、祓えない翠子に魔除けの力はない。

 それでも精一杯心を込めて編んだから、草鞋に込めた愛情は力になってくれるだろう。

「ほぉ、鼻緒が組紐なのか。これは丈夫そうだ」

「東市で買った糸で組みました」

 唯泉はその場で立ち上がり履いてみせた。鼻緒の濃い青の紐が我ながら素敵に見えた。

「ぴったりだ。ありがとうありがとう」

「よかったです」

「ほかに後見人が増えても、私は変わらずそなたの後見人であるから、なにかあれば駆けつけるからな」

 唯泉はそう言って懐から取り出した人型の紙をいくつかくれた。

 呼んでほしいと願い、空に放つと鳥になって唯泉を呼びに行ってくれるらしい。

 人型を手にすると急に寂しくなった。これで唯泉ともお別れである。

 翠子もまた帰るときが来たのだ。

 なんだかんだと楽しい日々だった。最初のうちは毎日早く帰りたくて悲しかったのが嘘のように。

「姫はいつ発つのだ?」

「明日帰ります」
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