インプレ・リプレイ

始動甘言

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最終章

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 目が覚めて、これが夢だったらどれくらい良かっただろうか、と何度も思うことがある。
 以前までは身体が少し重たい程度で学校に行くのを嫌がっていた時に吐いていた軽いセリフが、今では神に対して祈る信者のように重たいものになっていた。

 「おい、そろそろ来るぞ」
 ドンドンと扉がなり、低い老人の声が聞こえた。朝のトラックが来ることを知らせに来たのだ。

 「えっ・・・・うわ」
 時刻は午前1時半。まあそれは大したことではないのだが、目覚ましがいつものけたたましい声を出さないのが大問題なのだ。

 (壊れたか・・・?)
 昨日確認したばかりだが壊れた様子はなかった。少し針がサビていて数分遅れることはあるものの、アラートの部分は正常に作動していた。しっかり音も確認している。
 買い替えのことを考えようとして、すぐに思考を切り替える。世帯数が少なくなったとはいえ、新聞社のすべてが一括に統合されてしまったために量自体はそこそこある。

 「・・・・なんか寒いな」
 季節は12月に入ろうとしていた。しかし例年よりも暖かいらしく、実際朝でも10℃を下回るなんてことは無かった。それなのにこんな寒さを覚えるということはついにそれを下回ったらしい。

 (少し厚着をしておこう)
 諸々の支度を済ませて、下に降りると丁度トラックが来て大量の新聞(まあ三人で配るからこのうちの三分の一になる)が中に積まれていた。せっせとすべての新聞を取り出し、自分の台に向かう。

 「笠松、お前学校行かなくていいのか?」
 新聞を置き終えて紐をほどくと隣の安井さんが声をかけてきた。

 「このご時世で行けると思います?」
 「・・・・ああ、そうだな」
 安井さんは納得したように頷き、それ以降は何も喋らなかった。何分、僕の担当している地域よりも量は少ないものの、その分安井さんの担当している地域は広い。このまま駄弁っていると朝の貴重な睡眠時間が減るのだ。致し方なし。

 (学校かぁ・・・)
 新聞に意味のあるか分からない折り込みチラシを入れながら半年近く前のことを考える。


 ネットパンデミック、とは誰が呼んだのだろうか。
 ネットワークの大半が特殊な動画であふれかえり、テレビの情報すらも信用出来なくなった。これが日本だけで済んだのなら某国のサイバー攻撃で済んだのかもしれないが、世界も似たようなことになっていた。
 特に酷かったのが発生源とされる中東の国だ。一日で休戦協定が反故にされた上に国民の大半が昨日と同じような行動を取るという混乱が生じたそうだ。それに加えて、ネットワーク先進国と言われた国のほとんどがこのパンデミックに晒され、国としての機能が停止した。
 では、ネットワークがあまりない国はどうかというとこちらもさらに被害を受けていた。NPO団体や輸入していた物資がこのパンデミックによって活動出来なくなり、大きく報道されてはいないもののかなりの餓死者を出している。

 じゃあどうして僕らが生きているかというとこのパンデミックに対して有効だったのが紙の媒体とラジオだったのだ。中でも新聞社は根強く残ったが、今回の一件でおかしくなった契約していた人達からもらえる契約料が徴収出来ず、幹部にいたメンツのほとんどが同じくおかしくなってしまったので内情はボロボロだ。
 けれど未だに続いているのは内部でひたすらデスクワークをしていた人たちと元々足で取材していた人たちの尽力によって会社自体はほどほどの成果で存続している。
 ラジオは元々声だけの収録であるため、今回の映像媒体による効果自体が意味をなさない。それを踏まえてか今ではテレビよりもラジオの方が盛況であり、各テレビ局も人員はかなり変わったがほとんどラジオに手を回しているそうだ。

 「よし」
 広告を入れ終わり、バイクに積み込んで発進させる。

 (あっ、白い息が出たな。今日はかなり寒いぞ)
 空を見上げるといつも見えるはずの星が見えない。当分は晴れることは期待できない。周りには沈黙した車がいくつもあってそれが余計に寂しさを引き立たせ、精神的に寒さを覚えさせる。

 車の大半はカーナビやテレビが内蔵されていたため、使い物にならなくなった。もちろん、電車やバスも使いものにならなくなり、その大半がこうして道の端に止められている。止めてあるのは使い物にならない以外にも理由があって・・・・

 (いや、朝から嫌な想像はするな)
 端的に言うと、アレは棺桶だ。パンデミックによっておかしくなった人たちの棺桶。みんな口にしないが中身から音がしないということはつまりなのだ。

 (夏、だったな。アレが置かれたのは)
 それだけ思い出しながら、交差点を抜ける。抜けた先に一件目があり、その近くにバイクを止めてポストに投函した。

 (なんというか、運が無かったのかな)
 近くにある車を見て、ふとそんなことを考えてしまう。じゃあ、僕はどうなのか。こうして新聞配達をしていることは運が悪いことなのか。もしそうなら、一体いつから変わってしまったのだろうか。

 二件目、三件目と投函を終えていつあったのかを思い出そうとする。でも思い出せずに淡々と作業をこなしていくと、人気のない学校の前にたどり着いた。この学校は配達コースに入っているから呆けて道を間違えたわけじゃない。そこでピンと記憶の糸が張った。あの時、そう、あの時だ。

 (――――――あの昼休みだ)

 僕はある意味運が良かったのだ。あの時、羽田佐恵と話した後に彼女の後ろから来た秋野華音からSNSは見ない方がいいと言われた時、僕は助かったのだ。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 家に帰ると父さんも母さんもおかしくなっていた。よくスマホを見る弟もおかしくなり、みんなどこかの棺桶に送られた。

 「・・・・・・どうしてこんなになっちゃったかな」
 涙は出なかった。そんな余裕が無いのは今も同じだ。ふと気が付くと半分近く配り終えていた。無意識でもある程度配れるぐらいにはなっている。それぐらいこの仕事に慣れてきたのだ。

 「・・・・・・・・・・・・・・早く帰ってラジオでも聞こ」
 来年には受験がある。大学のほとんどは機能してないが秋田の奥にある大学は何とか機能しているらしい。今度そこに受験する。

 (そういえば)
 羽田と秋野の顔が浮かんできた。彼女らは無事に今も生きている。羽田はおじいさんが急逝してちょっと落ち込んでいたけど将来はラジオの放送をやると言っていた。秋野もそれに続くらしい。今は何だっけ、たしか秋野のお姉さんのバイク屋で働いているんだっけ。

 「あっ」
 雪が降り始めてきた。予想はしていたが、そこまで激しいものではない。

 「さて」
 バイクの速度を上げて先を急ぐ。昨日と同じ道を辿りながら昨日とは別の内容の新聞を配る。誰も見ていないけれどこういう仕事も悪くないと思い始めてきた。

 帰ったら、勉強しよう。空が白け初めて朝日が近付いてきた。



               今日が始まったのだ。


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