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現れない道のり
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仕事の依頼が来て、現場を確認すると珍しいことに原宿の竹下通りにある店の住所だった。
ああ、あそこの店かなんて言えるほど行ったことはないし、せいぜい近くに食い物を置いている店があるだろうということしか知らない。あとなんかカメラ持っている奴がいっぱいいる、ぐらい。
しかし、困ったな
今は原宿駅構内の解体途中の駅舎にいる。と言っても白い壁に覆われた場所の前なのだが。いわゆる閉鎖の為の壁だ、別の現場でよく見たことがある。中に入るためには腕章とか必要だが今は関係ない。
何が困ったか、竹下通りが水没しているのだ。実際に起きているわけではない。理由は分からない。駅に着いて電車から降りたら辺り一面が水没していた、ように私だけが見えているのだ。そのため泳いで水面に上がるという当然のことが出来ず、一瞬パニックになりかけたがそんな風に見えているだけなので幸いにも息は出来た。
今も大洪水が起きた後のように私のくるぶしは水に浸かっている。けれど感覚はない。水は水だがただ見えている水ってなーんだ?と聞かれて答えを出せるような頓智を私は持っていない。知らないし、分からない。よってこれは一度放置すべき案件なんだと思う。
くるぶしにある水は感覚がないにも関わらず、音だけがパシャリパシャリと足を上げるたびになっていた。何か意味があるんだろうか、誰かのメッセージなのだろうか。そう思って対面のホームに足を運んだ。まあ集合時間までかなりあるから行ってみても問題はない。
なんだ、これは
面白いことになっていた。上りと下りの丁度境目のところからバッサリと水が途切れていたのだ。モーセが海を割った話があるが、中から見るとこんな景色になっていたのだろうか。
階段を降りるときに違和感は感じた。こちらのホームだけ水没どころか水が途中で消えていたのだ。しかも消え方が飲み込まれているようにどこかに消えていた。ぶつ切り、それが言葉としてしっくりくる。ぶつ切りされた後の階段はいつもと変わらないものだから、そろそろ頭を抱えたくなる。
そして反対側のホームから見た時に気付いたのが、水没している水の中に流れがあった。何も感じないから仕方ないのだけれど水の中に浮いている落ち葉やプラゴミ、それに誰かの子供の靴がどこかに流れている。私はやっとこれが意味するものを理解した、まだ間に合うから逃げろと誰かに言われていることに。
咄嗟にカメラを構えた。面白半分だった。スマホでカメラを開いて、もしかしたらこれを撮ればいい反応がもらえるかもな、と。そんな浅はかな考えが脳裏を駆け巡る。カメラをスライドさせていざ構えんとした時にようやくおくにいたそれと目が合った。
それの形は分からない。顔が付いているのか、似たような動物に表現出来たりするのか。聞かれたとしても答えることが出来ない。最も分かることは一つだけある。竹下通りを水没させているのはアレであり、あの水の流れを作り出しているのもアレだということが。
西部劇は一瞬の世界だ。私とそれもその時だけは同じ舞台にいた。私は思わず携帯を耳に当ててそれから目を逸らした。誰も知らない瞬間に起きた勝負は私の負けに終わる。けれどこれでいいと思う。そもそもああいう類と勝負する場面に出くわそうとした時点で私は人としての摂理に反している。当たり前なことだけれど。
プスッと何かに穴があくような音が聞こえた。私はそれが見えないように携帯の電源を切って、ナルシストよろしく、髪をキメるフリをして薄暗い画面をそちらの方に向ける。これはお前を撮ったり見たりするためのカメラではない。なんて言い訳を考えながらそんなことをした。
パイプが見えた。先端が妙に尖っていて、綺麗に削ったならまだ分かるのだが、何かに食われたような噛み後のついた先端になっていた。それが水の壁に突き刺さっている。私は携帯の電源を付けて会社に連絡をした。電話は繋がり、眠そうな担当の声が聞こえて大きな声で今日の仕事をキャンセルすることを伝える。
再びプスッという音が聞こえる。私は階段の方に戻り、丁度水が途切れていたところまで階段を上がって足を止めて振り返る。そこからゆっくりと一段一段降りながら先程パイプが刺さっていたところを確認しようとして耳に電車が入ってくる音が聞こえた。パイプが刺さった位置にはいつも見ている山手線の灰色の屋根が来ていた。
私はらしくもなく扉が開くと同時に電車に飛び込んだ。人が沢山いたがどうでもよかった。席は空いてはいなかったが車両の端、車いすの人が行くスペースが空いていた。そこの壁に寄りかかり、一安心する。心臓がドッとなっていたことに今更気付く。それでも目を閉じ、目の前の水の壁が見えないようにする。
電車が閉まる音がなり、電車が動き出した。それでも目は開けなかった、開けられなかった。代々木駅に着いて電車を降りる。遠目で原宿の方を見ようとする気も起きなかった。今はただ帰ることしか頭になかった。会社には無断欠勤になっているかもしれない。けど、もう、どうでもよかった。
ああ、あそこの店かなんて言えるほど行ったことはないし、せいぜい近くに食い物を置いている店があるだろうということしか知らない。あとなんかカメラ持っている奴がいっぱいいる、ぐらい。
しかし、困ったな
今は原宿駅構内の解体途中の駅舎にいる。と言っても白い壁に覆われた場所の前なのだが。いわゆる閉鎖の為の壁だ、別の現場でよく見たことがある。中に入るためには腕章とか必要だが今は関係ない。
何が困ったか、竹下通りが水没しているのだ。実際に起きているわけではない。理由は分からない。駅に着いて電車から降りたら辺り一面が水没していた、ように私だけが見えているのだ。そのため泳いで水面に上がるという当然のことが出来ず、一瞬パニックになりかけたがそんな風に見えているだけなので幸いにも息は出来た。
今も大洪水が起きた後のように私のくるぶしは水に浸かっている。けれど感覚はない。水は水だがただ見えている水ってなーんだ?と聞かれて答えを出せるような頓智を私は持っていない。知らないし、分からない。よってこれは一度放置すべき案件なんだと思う。
くるぶしにある水は感覚がないにも関わらず、音だけがパシャリパシャリと足を上げるたびになっていた。何か意味があるんだろうか、誰かのメッセージなのだろうか。そう思って対面のホームに足を運んだ。まあ集合時間までかなりあるから行ってみても問題はない。
なんだ、これは
面白いことになっていた。上りと下りの丁度境目のところからバッサリと水が途切れていたのだ。モーセが海を割った話があるが、中から見るとこんな景色になっていたのだろうか。
階段を降りるときに違和感は感じた。こちらのホームだけ水没どころか水が途中で消えていたのだ。しかも消え方が飲み込まれているようにどこかに消えていた。ぶつ切り、それが言葉としてしっくりくる。ぶつ切りされた後の階段はいつもと変わらないものだから、そろそろ頭を抱えたくなる。
そして反対側のホームから見た時に気付いたのが、水没している水の中に流れがあった。何も感じないから仕方ないのだけれど水の中に浮いている落ち葉やプラゴミ、それに誰かの子供の靴がどこかに流れている。私はやっとこれが意味するものを理解した、まだ間に合うから逃げろと誰かに言われていることに。
咄嗟にカメラを構えた。面白半分だった。スマホでカメラを開いて、もしかしたらこれを撮ればいい反応がもらえるかもな、と。そんな浅はかな考えが脳裏を駆け巡る。カメラをスライドさせていざ構えんとした時にようやくおくにいたそれと目が合った。
それの形は分からない。顔が付いているのか、似たような動物に表現出来たりするのか。聞かれたとしても答えることが出来ない。最も分かることは一つだけある。竹下通りを水没させているのはアレであり、あの水の流れを作り出しているのもアレだということが。
西部劇は一瞬の世界だ。私とそれもその時だけは同じ舞台にいた。私は思わず携帯を耳に当ててそれから目を逸らした。誰も知らない瞬間に起きた勝負は私の負けに終わる。けれどこれでいいと思う。そもそもああいう類と勝負する場面に出くわそうとした時点で私は人としての摂理に反している。当たり前なことだけれど。
プスッと何かに穴があくような音が聞こえた。私はそれが見えないように携帯の電源を切って、ナルシストよろしく、髪をキメるフリをして薄暗い画面をそちらの方に向ける。これはお前を撮ったり見たりするためのカメラではない。なんて言い訳を考えながらそんなことをした。
パイプが見えた。先端が妙に尖っていて、綺麗に削ったならまだ分かるのだが、何かに食われたような噛み後のついた先端になっていた。それが水の壁に突き刺さっている。私は携帯の電源を付けて会社に連絡をした。電話は繋がり、眠そうな担当の声が聞こえて大きな声で今日の仕事をキャンセルすることを伝える。
再びプスッという音が聞こえる。私は階段の方に戻り、丁度水が途切れていたところまで階段を上がって足を止めて振り返る。そこからゆっくりと一段一段降りながら先程パイプが刺さっていたところを確認しようとして耳に電車が入ってくる音が聞こえた。パイプが刺さった位置にはいつも見ている山手線の灰色の屋根が来ていた。
私はらしくもなく扉が開くと同時に電車に飛び込んだ。人が沢山いたがどうでもよかった。席は空いてはいなかったが車両の端、車いすの人が行くスペースが空いていた。そこの壁に寄りかかり、一安心する。心臓がドッとなっていたことに今更気付く。それでも目を閉じ、目の前の水の壁が見えないようにする。
電車が閉まる音がなり、電車が動き出した。それでも目は開けなかった、開けられなかった。代々木駅に着いて電車を降りる。遠目で原宿の方を見ようとする気も起きなかった。今はただ帰ることしか頭になかった。会社には無断欠勤になっているかもしれない。けど、もう、どうでもよかった。
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