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2.再会
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酒田に連れていかれたダンスの大会から、2週間ほど過ぎていた。
まったく自分の知らない世界だっただけに、なかなか興味深かったが、俺自身、運動にまったく向いていないという自覚があったので、それ以上、そのことについて触れることもなかった。時折、酒田が思い出したかのように、話してはくれるが、ほーほー、と軽く返事をするだけだった。
久しぶりに残業もなく、ほぼ定時であがれた俺は、寄り道もせずに家のある駅に降り立った。
家、といっても一軒家などではない。田舎から出てきた俺は、最初は会社の独身寮に入っていたが、何の因果か、その独身寮が閉鎖になることになったのが、今年の春。
なんとか見つけたのが、今住んでる、ワンルームのマンションだった。駅から商店街を抜け、住宅街の一角にある細長いマンションに、俺の狭い部屋はある。
部屋に戻る前に、まだ営業していた肉屋でお気に入りのメンチカツを買う。早めに帰って来れた時の、いつもの日課だ。引っ越してきてすぐ、この店から漂う香ばしい匂いに誘われて買った肉汁がたっぷりのメンチカツに、俺は恋に落ちてしまったのだ。
「お、お兄ちゃん、今日もメンチかい?」
この店のおばあちゃんに、すっかり顔を覚えられている俺は、いつものようにメンチカツを頼む。
「ほら、これ、おまけね。ちゃんと食べなきゃダメだよ?」
そう言っていつも、小さなパックに入ったシンプルなポテトサラダをつけてくれる。
そんなおばあちゃんに、田舎の祖母の姿を重ねてほのぼのとした気持ちになっていると、俺の隣にデカい男が立った。
「すみません、これください」
「あいよ。ちょっと待ってね」
なんとなく、聞き覚えのある声に、ふと、隣を見上げる。
黒いTシャツに黒いスラックス姿。くるくると真っ黒なくせ毛の眼鏡をかけた男が立っている。見事なほどに、誰だか思い浮かばない俺は、不思議に思いながら、小銭を渡して、おばあちゃんが差し出した袋を受け取った。
「あれ? もしかして葛木さん?」
隣の男が、俺の名前を呼んだ。
「え?」
自分の名前を呼ばれて、ますます、こいつは誰だ? と思ってしまう。
まだ引っ越して間もないし、まだ知り合いらしい知り合いもいないのに。不審に思いながら、そいつの顔をジッと見る。
「あ? もしかして……酒田の後輩の……」
「安藤です。こんばんわ」
そうだ。あのイケメンダンサーの安藤くんだ。
しかし、今、目の前にしているのは……なんか、すごく地味な印象しかない。何が違うのだろうか?
「もしかして、葛木さんって、ここに住んでるんですか?」
「ああ、うん」
「何、二人とも、知り合いかい?」
おばあちゃんがニコニコしながら、話しかけてくる。すでに、安藤くんが頼んだコロッケを紙に包んで渡せる状態で待っていた。
「あ、おばあちゃん、お金」
「はいはい」
安藤くんは、小銭を渡すと、嬉しそうにコロッケを受け取った。
まったく自分の知らない世界だっただけに、なかなか興味深かったが、俺自身、運動にまったく向いていないという自覚があったので、それ以上、そのことについて触れることもなかった。時折、酒田が思い出したかのように、話してはくれるが、ほーほー、と軽く返事をするだけだった。
久しぶりに残業もなく、ほぼ定時であがれた俺は、寄り道もせずに家のある駅に降り立った。
家、といっても一軒家などではない。田舎から出てきた俺は、最初は会社の独身寮に入っていたが、何の因果か、その独身寮が閉鎖になることになったのが、今年の春。
なんとか見つけたのが、今住んでる、ワンルームのマンションだった。駅から商店街を抜け、住宅街の一角にある細長いマンションに、俺の狭い部屋はある。
部屋に戻る前に、まだ営業していた肉屋でお気に入りのメンチカツを買う。早めに帰って来れた時の、いつもの日課だ。引っ越してきてすぐ、この店から漂う香ばしい匂いに誘われて買った肉汁がたっぷりのメンチカツに、俺は恋に落ちてしまったのだ。
「お、お兄ちゃん、今日もメンチかい?」
この店のおばあちゃんに、すっかり顔を覚えられている俺は、いつものようにメンチカツを頼む。
「ほら、これ、おまけね。ちゃんと食べなきゃダメだよ?」
そう言っていつも、小さなパックに入ったシンプルなポテトサラダをつけてくれる。
そんなおばあちゃんに、田舎の祖母の姿を重ねてほのぼのとした気持ちになっていると、俺の隣にデカい男が立った。
「すみません、これください」
「あいよ。ちょっと待ってね」
なんとなく、聞き覚えのある声に、ふと、隣を見上げる。
黒いTシャツに黒いスラックス姿。くるくると真っ黒なくせ毛の眼鏡をかけた男が立っている。見事なほどに、誰だか思い浮かばない俺は、不思議に思いながら、小銭を渡して、おばあちゃんが差し出した袋を受け取った。
「あれ? もしかして葛木さん?」
隣の男が、俺の名前を呼んだ。
「え?」
自分の名前を呼ばれて、ますます、こいつは誰だ? と思ってしまう。
まだ引っ越して間もないし、まだ知り合いらしい知り合いもいないのに。不審に思いながら、そいつの顔をジッと見る。
「あ? もしかして……酒田の後輩の……」
「安藤です。こんばんわ」
そうだ。あのイケメンダンサーの安藤くんだ。
しかし、今、目の前にしているのは……なんか、すごく地味な印象しかない。何が違うのだろうか?
「もしかして、葛木さんって、ここに住んでるんですか?」
「ああ、うん」
「何、二人とも、知り合いかい?」
おばあちゃんがニコニコしながら、話しかけてくる。すでに、安藤くんが頼んだコロッケを紙に包んで渡せる状態で待っていた。
「あ、おばあちゃん、お金」
「はいはい」
安藤くんは、小銭を渡すと、嬉しそうにコロッケを受け取った。
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