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7.オーナメント
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俺の予想は当たったようで、バイトが終わった濱田くんは、目の前をトボトボと歩きながらもスマホを取り出すこともなく、駅ビルを出て自分の家にでも向かっているようだった。夕陽が差して彼の背中が赤く色づいている。予想通りとはいえ、やはり素直に連絡をくれないところが、少しばかり悔しい。
「もう、バイト終わり?」
つい、ちょっと機嫌の悪そうな声を出してしまった。彼を怒りたいわけではないのだが、苛立ちを抑えられなかった。俺の声に驚いたのか、慌てたように濱田くんが振り向いた。
「や、山本さん……」
やっぱり、俺の声が怖かったのだろうか。顔を強張らせて、後ずさっていく。彼が逃げてしまう、そう思ったら、自然と彼を引き留める声が出ていた。
「逃げる気かい?」
「……に、逃げるって」
顔を引きつらせながら、やっぱり一歩、一歩と、後退していく。
「ほら。そうやって逃げてる」
ビクリと身体を震わせると、濱田くんの足が止まった。このまま、帰すわけにはいかない。俺は無意識に、空いている方の手で、彼の二の腕を掴んでいた。
「い、痛いです……」
顔をそらしながらも、腕を振り払うでもなく、だけど身体は逃げ腰の濱田くんに「逃げない?」と、優しく問いかける。彼の耳から首にかけてが徐々に赤く変わっていくのに気が付くと、本気で嫌だとは思ってないのが伝わってきた。
「濱田くん?」
もう一度、声をかけた時、「……くぅぅぅ~」という、可愛らしい音が聞こえた。これは、彼のお腹の音なのだろう。耳から首にかけて、薄っすら赤かっただけなのに、もう今は、顔まで真っ赤になっている。
なんだろう、この可愛らしさは。さっきまでの苛立ちなど、あっという間に消え去り、笑いしか出てこない。濱田くんは、恥ずかしそうに見上げてきた。
「……飯、一緒に食うか」
「えっ?」
俺の言葉に、また驚く。百均のレジで仕事をしているときは、あまり感情を表さない濱田くん。こんなにも何度も驚いたり、困ったような顔をしたりと、本当は、こんなにも表情が豊かだったのか、ということに気付くと、なんだか嬉しくなった。
「いや、一緒に食うぞ」
「あ、えっと……え、えぇぇ!?」
彼の二の腕は、俺の掌で握っても余るくらいに細い。それほど強く引っ張らなくても、彼は俺に引きずられるようについてきた。
「あ、あのっ」
「何が食いたい?」
「いえ、ぼ、僕っ」
濱田くんが向かおうとしてたのは、俺の住んでいる家とは大通りを挟んで反対側の住宅街だった。こっちは大学が近くにあるが、それでも歩いていくには、少し距離がある。飲食店も大学のそばまで行けばあるんだろうけれど、あまり、あちら側にまで行ったことがない。
「あー、こっちは、あんまり店がないか」
俺はUターンして、再び駅の方に戻ろうとした。その勢いがありすぎたのか、濱田くんは「わ、わわわっ」と声が漏れてしまってる。そんな彼の様子に、思わず笑みが零れる。
「濱田くんの好きなもんでいいぞ」
彼が何が好きなのか、想像ができない。家で出した料理といっても、大したものは食べていなかった。あまり若者向けではなかったな、と今更ながらに思う。俺自身、学生時代は肉ばっかり食ってたような記憶しかない。しかし、こんなに華奢な濱田くんだとどうなのだろう?
「俺が若い頃は、焼き肉とか好きだったが……濱田くんは?」
「え、いや、ぼ、僕、そんなには……」
「なんだ、若いのに」
思わず呆れたように言うと、少しばかりシュンとなる濱田くん。こう細い身体には、とにかく、ちゃんと食わせないといけない。この時間で、すぐに入れそうで、しっかりボリュームのある料理。そう思ったら、あの店しか思い浮かばなかった。
「そうだなぁ……中華料理でもいいか?」
「え、あ、はい……」
「じゃあ、こっちだ」
俺は濱田くんの腕を掴むと、意気揚々と駅のほうへと足を向けた。
「もう、バイト終わり?」
つい、ちょっと機嫌の悪そうな声を出してしまった。彼を怒りたいわけではないのだが、苛立ちを抑えられなかった。俺の声に驚いたのか、慌てたように濱田くんが振り向いた。
「や、山本さん……」
やっぱり、俺の声が怖かったのだろうか。顔を強張らせて、後ずさっていく。彼が逃げてしまう、そう思ったら、自然と彼を引き留める声が出ていた。
「逃げる気かい?」
「……に、逃げるって」
顔を引きつらせながら、やっぱり一歩、一歩と、後退していく。
「ほら。そうやって逃げてる」
ビクリと身体を震わせると、濱田くんの足が止まった。このまま、帰すわけにはいかない。俺は無意識に、空いている方の手で、彼の二の腕を掴んでいた。
「い、痛いです……」
顔をそらしながらも、腕を振り払うでもなく、だけど身体は逃げ腰の濱田くんに「逃げない?」と、優しく問いかける。彼の耳から首にかけてが徐々に赤く変わっていくのに気が付くと、本気で嫌だとは思ってないのが伝わってきた。
「濱田くん?」
もう一度、声をかけた時、「……くぅぅぅ~」という、可愛らしい音が聞こえた。これは、彼のお腹の音なのだろう。耳から首にかけて、薄っすら赤かっただけなのに、もう今は、顔まで真っ赤になっている。
なんだろう、この可愛らしさは。さっきまでの苛立ちなど、あっという間に消え去り、笑いしか出てこない。濱田くんは、恥ずかしそうに見上げてきた。
「……飯、一緒に食うか」
「えっ?」
俺の言葉に、また驚く。百均のレジで仕事をしているときは、あまり感情を表さない濱田くん。こんなにも何度も驚いたり、困ったような顔をしたりと、本当は、こんなにも表情が豊かだったのか、ということに気付くと、なんだか嬉しくなった。
「いや、一緒に食うぞ」
「あ、えっと……え、えぇぇ!?」
彼の二の腕は、俺の掌で握っても余るくらいに細い。それほど強く引っ張らなくても、彼は俺に引きずられるようについてきた。
「あ、あのっ」
「何が食いたい?」
「いえ、ぼ、僕っ」
濱田くんが向かおうとしてたのは、俺の住んでいる家とは大通りを挟んで反対側の住宅街だった。こっちは大学が近くにあるが、それでも歩いていくには、少し距離がある。飲食店も大学のそばまで行けばあるんだろうけれど、あまり、あちら側にまで行ったことがない。
「あー、こっちは、あんまり店がないか」
俺はUターンして、再び駅の方に戻ろうとした。その勢いがありすぎたのか、濱田くんは「わ、わわわっ」と声が漏れてしまってる。そんな彼の様子に、思わず笑みが零れる。
「濱田くんの好きなもんでいいぞ」
彼が何が好きなのか、想像ができない。家で出した料理といっても、大したものは食べていなかった。あまり若者向けではなかったな、と今更ながらに思う。俺自身、学生時代は肉ばっかり食ってたような記憶しかない。しかし、こんなに華奢な濱田くんだとどうなのだろう?
「俺が若い頃は、焼き肉とか好きだったが……濱田くんは?」
「え、いや、ぼ、僕、そんなには……」
「なんだ、若いのに」
思わず呆れたように言うと、少しばかりシュンとなる濱田くん。こう細い身体には、とにかく、ちゃんと食わせないといけない。この時間で、すぐに入れそうで、しっかりボリュームのある料理。そう思ったら、あの店しか思い浮かばなかった。
「そうだなぁ……中華料理でもいいか?」
「え、あ、はい……」
「じゃあ、こっちだ」
俺は濱田くんの腕を掴むと、意気揚々と駅のほうへと足を向けた。
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