20 / 108
3.エアプランツ
20
しおりを挟む
食器を洗い終えた僕は、リビングに顔を出すと、山本さんはテレビを見ていた。山本さん、こんな情報番組見るんだ、と興味津々にテレビと山本さんを見比べてしまった。
「ん? 終わったのかい」
「あ、はい」
「頭の方は落ち着いた?」
「はい」
「そうか、じゃあ、駅まで送ろうか」
山本さんはテレビとエアコンを消すと、ゆっくりと立ち上がった。
「あ、いいえ。いいです。大丈夫です。どう行けばいいか、教えていただければ」
玄関に向かう山本さんの後を、慌てておいかける。
「いや、でも」
「ほ、ほんとに大丈夫です。そ、外、きっと、もう暑いですし」
エアコンの入ってた部屋は涼しかったけれど、昼前とはいえ、この時期はすでに暑いのは目に見えている。
「うちからだと、少し歩くんだがなぁ」
「だ、だったら、余計に大丈夫です」
「でも」
心配してくださってるのはわかっても、すでに、色々お世話になっているのに、これ以上は、と、思ってしまう。
玄関へ向かう途中にあった僕が寝かされていた和室に戻ると、急いで布団を畳み、そばに置かれていた僕の斜めがけ用のバッグを拾う。
「お、お世話になりました」
玄関先で俺が来るのを待っていた山本さんの前を通りながら、小さく感謝の言葉を口にする。
「……いや、まぁ、あんまり飲みすぎないようにな」
玄関で靴を履きながら、「はい」と返事をした時、下駄箱の上に置かれていた物が目に入った。
「あ、これって」
たぶん、うちの店で買ったエアプランツ。小さなガラスの器に青いビー玉がたくさん置かれていて、その上にコロンと置かれている。
「ああ、昔買ったときは枯らしてしまって、娘にひどく泣かれてね」
寂しそうな眼差しでそれを見る山本さん。そこで「お嬢さんは?」と聞けるほど、僕の神経は図太くない。
「この前、君がお客さんに説明してるのを聞いて、そういうことか、と思ってね」
「そういうこと?」
僕は何を言っただろうか?
「水が必要ないなんてことはないんだってこと。少量でも水分は必要なんだって。そうじゃなきゃ干乾びてしまう」
買ったその時に、「水はいりません」とでも言われたのだろうか。僕も最初の頃は、水がいらないから『エアプランツ』っていうのかと思ってた。今にして思えば、水じゃなくて土がなくても育つってことだって、わかるけど。
「今度は、ちゃんと育つといいですね」
エアプランツを優しく見つめる山本さんに、 僕には、そうとしか言いようがなかった。
薄暗い玄関を開けると、一気にむわっとした空気が僕を包む。外は薄曇のせいもあってか強い日差しはないものの、この時期特有の肌に纏わりつくような暑さに、これから外を歩くという気持ちが折れそうになる。
それでもなんとか家の門扉のところまで行くと、僕の背後についてきていた山本さんが、道路まででてきて駅の方角を指差した。
驚いたのは山本さんの家があるところは、僕も知っている古い住宅街の中の一軒家だったということ。そして玄関先にあった表札を見て、やっぱり「山本」さんなんだな、と改めて実感する。
「お邪魔しました」
改めて頭を下げると、僕は駅のほうに向かって歩き出した。
一歩ずつ前に進んでいるというのに、なぜかどんどん後退している気分になるのはどうしてだろう。雲の隙間から、白い日差しがこぼれてきた。十字路で道を曲がろうとした瞬間、山本さんの家のほうに目を向ける。そこには、もう山本さんの姿はない。
一人、そこで立ち尽くしながら山本さんの姿を求めている僕。まるで、熱で溶かされたアスファルトの中に、ずぶずぶと沈んでしまうみたいで、無性に怖いと思ってしまった。
「ん? 終わったのかい」
「あ、はい」
「頭の方は落ち着いた?」
「はい」
「そうか、じゃあ、駅まで送ろうか」
山本さんはテレビとエアコンを消すと、ゆっくりと立ち上がった。
「あ、いいえ。いいです。大丈夫です。どう行けばいいか、教えていただければ」
玄関に向かう山本さんの後を、慌てておいかける。
「いや、でも」
「ほ、ほんとに大丈夫です。そ、外、きっと、もう暑いですし」
エアコンの入ってた部屋は涼しかったけれど、昼前とはいえ、この時期はすでに暑いのは目に見えている。
「うちからだと、少し歩くんだがなぁ」
「だ、だったら、余計に大丈夫です」
「でも」
心配してくださってるのはわかっても、すでに、色々お世話になっているのに、これ以上は、と、思ってしまう。
玄関へ向かう途中にあった僕が寝かされていた和室に戻ると、急いで布団を畳み、そばに置かれていた僕の斜めがけ用のバッグを拾う。
「お、お世話になりました」
玄関先で俺が来るのを待っていた山本さんの前を通りながら、小さく感謝の言葉を口にする。
「……いや、まぁ、あんまり飲みすぎないようにな」
玄関で靴を履きながら、「はい」と返事をした時、下駄箱の上に置かれていた物が目に入った。
「あ、これって」
たぶん、うちの店で買ったエアプランツ。小さなガラスの器に青いビー玉がたくさん置かれていて、その上にコロンと置かれている。
「ああ、昔買ったときは枯らしてしまって、娘にひどく泣かれてね」
寂しそうな眼差しでそれを見る山本さん。そこで「お嬢さんは?」と聞けるほど、僕の神経は図太くない。
「この前、君がお客さんに説明してるのを聞いて、そういうことか、と思ってね」
「そういうこと?」
僕は何を言っただろうか?
「水が必要ないなんてことはないんだってこと。少量でも水分は必要なんだって。そうじゃなきゃ干乾びてしまう」
買ったその時に、「水はいりません」とでも言われたのだろうか。僕も最初の頃は、水がいらないから『エアプランツ』っていうのかと思ってた。今にして思えば、水じゃなくて土がなくても育つってことだって、わかるけど。
「今度は、ちゃんと育つといいですね」
エアプランツを優しく見つめる山本さんに、 僕には、そうとしか言いようがなかった。
薄暗い玄関を開けると、一気にむわっとした空気が僕を包む。外は薄曇のせいもあってか強い日差しはないものの、この時期特有の肌に纏わりつくような暑さに、これから外を歩くという気持ちが折れそうになる。
それでもなんとか家の門扉のところまで行くと、僕の背後についてきていた山本さんが、道路まででてきて駅の方角を指差した。
驚いたのは山本さんの家があるところは、僕も知っている古い住宅街の中の一軒家だったということ。そして玄関先にあった表札を見て、やっぱり「山本」さんなんだな、と改めて実感する。
「お邪魔しました」
改めて頭を下げると、僕は駅のほうに向かって歩き出した。
一歩ずつ前に進んでいるというのに、なぜかどんどん後退している気分になるのはどうしてだろう。雲の隙間から、白い日差しがこぼれてきた。十字路で道を曲がろうとした瞬間、山本さんの家のほうに目を向ける。そこには、もう山本さんの姿はない。
一人、そこで立ち尽くしながら山本さんの姿を求めている僕。まるで、熱で溶かされたアスファルトの中に、ずぶずぶと沈んでしまうみたいで、無性に怖いと思ってしまった。
2
あなたにおすすめの小説
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
竹本義兄弟の両片思い
佐倉海斗
BL
高校一年の春、母親が再婚をした。義父には2歳上の引きこもりがちな連れ子の義兄がいた。初対面ではつれない態度だった義兄だった。最初は苦手意識があったのに、先輩に目を付けられて暴行されている時に助けられてから、苦手意識が変わっていった。それにより、少しずつ、関係が変わっていく。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる