100均で始まる恋もある

三森のらん

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5.ネクタイ

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 そして僕は、結局、このビルの前に立っている。
 大学の入学式以来の紺色のスーツを箪笥の奥から引きずり出し、百均で買ったネクタイを締めて、ビルを見上げている僕。
 はっきり言って、スーツは僕には似合わない。


 湯浅さんがなぜ、今日これないのか。その理由を聞いても、同情する気にはなれなかった。なぜなら。

「大好きな韓国のアイドルが来日するんですっ!」

 顔を真っ赤にして手を握りしめ、僕を見つめてくる湯浅さんに、僕は唖然としてしまった。だって、来日するから何だというのだ?

「空港でお迎えに行くんですっ」

 それはそういうイベントなんですか?

「このために、頑張ってバイトして、高い一眼レフ買ったんですっ」

 ……ん? そのバイトはなんで辞めたんだろう、とチラッと頭をよぎったけれど、それを質問する間もなく、彼女は言葉を続けていく。

「だから、朝から空港で張り付いてなくちゃいけなくて、だからその日はバイトに行けないんですっ」

 それは自業自得だよね? と、僕は思った。なんか、彼女も平川先輩と同じ匂いがしてきた気がしたのだが、最後は彼女の涙声の言葉で、僕は代打を引き受けることになってしまった。

「彼らの初来日なんですぅ! ずっと、ずっと応援してきたから、どうしてもお迎えに行ってあげたいんですぅ!」

 僕も、本当に甘いよな、と自分でも思う。
 ため息をつきながら、ビルの中に入っていくと、窓際にある打ち合わせスペースのところに座った。一応、平川先輩から、部署の人に話は通してあるから、と、湯浅さんには聞いていたものの、本当に大丈夫なのか、半信半疑だった。

「もしかして、君が平川くんの代わりの子?」

 唐突に背後から声をかけてきたのは、花火大会の時にお菓子を山ほど買っていった女性だった。あの時と同じように、茶色いストレートの髪を揺らしながら、小走りで駆け寄ってくる。僕は慌てて立ち上がった。

「あ、あの、代わりって言っても今日だけなんですが」

 目の前に立つと、彼女が思いのほか背があることに気づく。僕と目線があまり変わらないのは、少しヒールのある靴を履いているせいか。

「あれ? そうなの?」
「はい、本当は、湯浅さんっていう女の子が来る予定なんですが、今日は都合つかないそうで」
「んー、そうなんだ……わかった。まぁ、簡単なデータの整理だから、一日だけでもなんとかなると思うけど」

 そう言いながら、僕の格好を舐めるように上から下まで眺めている。

「あ、あの……?」
「ん?あ、いや、平川くんとは大分タイプが違うな、と思って」

 ちょっとばかりカチンとくる。そりゃ、平川先輩みたいに背は高くはないし、体格だって僕の方がひょろひょろしてるし……顔だって。

「じゃ、あそこで入館証もらってきて。あっちのエレベーターホールで待ってるから」

 受付らしいところを指さして言うと、その女性はさっさと僕から離れていった。なんか雑な人だなぁ、と思いながらも、僕は受付のところで名前を書く。向かう部署名は、湯浅さんから教えてもらった名称をメモしたのを、スマホの画面を見ながら書いた。受付の女性は作り笑いを張り付けたような感じで、僕に首から下げる入館証を渡してくれた。

 僕は、ここで一日やっていけるのだろうか、と、正直、すごく不安になった。
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