100均で始まる恋もある

三森のらん

文字の大きさ
39 / 108
5.ネクタイ

39

しおりを挟む
 正直、目の前に山本さんが座ってる状況のせいで、せっかく奢ってもらった昼食を味わう余裕は皆無。ただひたすら、口に入れては噛んで飲み込む、そのことに集中していた。
 山本さんもあまり話をするタイプじゃないみたいで、お互いに黙々と食べていた。山本さんは、あっという間に食べおると、スマホを取り出して、何かをチェックし始めた。僕は、なんだか待たせてしまってるみたいで、急いで箸を進めようとする。

「いいよ、慌てなくて」
「っ!?」
「ちゃんと休憩時間取らないと」

 僕のほうを見ずにそう言う山本さん。スマホを見ながら麦茶の入った湯呑を口に運ぶと、すでに空になってたのか、途中で動きが止まった。すると、何も言わずに立ち上がり、セルフサービス用のポットが置いてあるところに歩いて行った。

「濱田くんも、おかわりいるかい?」

 小ぶりなポットを持ち上げて見せてくれる山本さん。僕の湯呑もほとんど残っていなかったから、口の中のものを咀嚼しながら頷いた。
 コポコポと湯呑に落ちる麦茶。もしかして、最初に置かれたのも山本さんがいれておいてくれたのだろうか。なんだか申し訳なくって、チラリと山本さんの顔の様子をうかがう。

「ここ、旨いだろ」

 テーブルの上にポットを置くと、麦茶を飲みながら少しだけ顔をほころばせた。

「あ、はい」

 山本さんのイメージだと、言ってはなんだけど、もっとオジサンたちがいっぱいいそうな定食屋さんに連れて行ってもらえるのかと思ってた。
 ここはどちらかといえば、若い女性が来そうなイメージ。だけど、さっき見た時は、サラリーマンの中に混じって、土木作業員みたいな若い人もちらほらいた。

「ここは大盛りでも料金が変わらないんだよ」

 そう言われれば、お姉さんに大盛りにするか聞かれたっけ。僕は、どちらかといえば食が細いから、普通でお願いしたけれど。山本さんのは、やっぱり僕のお茶碗と比べると、もう少し大き目などんぶりサイズだった。

「それに、一人暮らしだと、やっぱり栄養面が偏るからねぇ」

 ここでバランスをとるようにしてるんだよ、と、少し恥ずかしそうに言いながら、麦茶を飲みほしていた。言われてみれば、僕も自分ひとりだと面倒で、夜は大概はコンビニ弁当で済ませてしまってる。
 僕は小さく頷きながら、最後の味噌汁を飲み干した。

「ご馳走様でした」

 小さくつぶやく僕を見ながら、山本さんがフッと微笑んだ。その優しそうな笑顔に、僕は胸がトクンとはねる。そんなこと、山本さんは気づきもしないだろうけれど。

「じゃあ、戻るか」
「あ、はい」

 下へ降りる階段に向かう。その後をついていく僕。ちょっとだけ山本さんの頭を上からのぞけることに、ちょっとしたドキドキを感じてる。いつも、見下ろされてる感じがしてただけに、少しばかりの優越感。そして髪の間に、数本の白髪を見つけてしまう。

「濱田くんは、あとどれくらい仕事が残ってるんだ」
「えと、かなり集中したので、あとファイル一冊分くらい……だと思います」

 僕は階段の斜めになった天井を見上げながら、さっきまでやっていた作業のことを思い返す。それは渡された資料の最後の一冊。

「おお、早いな。今朝みかけた時には今日中は無理なんじゃないかと思ったのに」

 目を見張りながら山本さんが、下から振り返った。

「え、あ、そうですか?……あれ、僕、間違って入力しちゃってたりしないかな……」

 ブツブツと呟く僕。不意に、自分のやった仕事のことが気になってくる。それで山本さんに迷惑とかかけたら、どうしよう。

「締め切りは来週の始めだからね。まぁ、何かあってもなんとかなるだろう……ご馳走様」
「ありがとうございました~」

 おばさんの声を背中に受けて、僕たちは店を出た。
 僕はずっと、ミスをしていないかと不安に感じながら、会社に戻る足を早めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

処理中です...