100均で始まる恋もある

三森のらん

文字の大きさ
73 / 108
8.クリスマスツリー

72

しおりを挟む
 店を出たのは午後9時半を過ぎた頃だった。閉店作業が思いのほか手間取ってしまったのだ。山本さんは1時間くらいで仕事が終わると言ってたから、もしかして、もう先に店に来てたらどうしよう。
 駅のコンコースを小走りで抜けると、階段を駆け下りる。吐き出す息が白くて、すごく寒いのがわかるけど、走ってるせいか、山本さんのことを思ってるせいか、身体が熱くて寒さがよくわからない。だけど、駅に向かう人たちの流れに逆らうせいで、なかなか前に進めない。
 店につく頃には、さっきの山本さんよりも、僕の方がひどく汗をかいていた。
 息を整えて、汗を拭うと、店のドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

 この前見たおばさんとは別の、もう少し若い女の人と、その彼女の母親くらいのおばさんの二人がカウンターの奥から声をかけてきた。僕はペコリと頭を下げると若い人のほうが「お一人?」と聞いてきた。

「あ、いえ、あの、二人です。待ち合わせてて……」
「あら、そう。だったら、ここのカウンターのところ、どうぞ」
「は、はい」

 僕はコートを脱ぐと、壁にかけた。前に見た時は、昼間だったせいか、もっと明るくてカジュアルな雰囲気だったけど、夜になると、少しだけ大人びた雰囲気に変わってた。それは店の照明のせいと、静かな店内のせいかもしれない。お客さんはいるんだけれど、大きな声で騒ぐような感じではないのだ。
 なんとなく、僕の存在が場違いな気がしないでもなかったけれど、山本さんが来てくれるまでなら思ったら、我慢できると思った。

「はい、おしぼりどうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 若い女の人からカウンター越しに温かいおしぼりを手渡されて、ホッとする。

「先にご注文伺いましょうか?」
「あ、いえ、もうちょっと待ちます」
「わかりました」

 にっこりと笑って彼女は離れていった。
 僕は、コートのポケットからスマホを取り出した。山本さんからのメールを確認せずに店を飛び出していたから、少し不安になったのだ。
 メールは2通届いていた。
 1通は、いつも届く広告メール。そして、もう1通は山本さんから。ほんの少し前に届いてたみたい。

『今、仕事が終わったから、待ってて』

 その言葉を見て、ホッとした。実際に来てみて山本さんの姿が見えなかったせいで、自分の勘違いだったらどうしよう、と、不安に感じてたのだ。そう思ってしまうのは、自分の自信のなさのせいなのだろうけれど。

「いらっしゃいませ」

 その声を聞いて、ドアのほうを向いた。ちょうどコートを着た山本さんが入ってきた。僕は嬉しくて、席を立ちそうになる。そんな僕に山本さんのほうが気が付くと、小さく手を挙げた。

「お待ち合わせですか?」
「ああ」

 そう言うと僕のほうを指さして微笑んだ時、山本さんの背後のドアが再び開いた。

「課長、歩くのはやいっすね。この店よく来るんですか?」

 え?

   その声に驚いたのは僕だけではなく、山本さんもギョッとした顔で自分の後ろに現れた人に驚いていた。

「もうっ、一人で食事にくるんだったら俺も誘って……え?」

  その人は、山本さんの部下なのか。たぶん20代半ばくらいの若い男性だった。山本さんが困った顔で自分を見ていることに気付き、それから、腰を浮かして自分の方を見ている僕に気付いた。

「あー。おひとりじゃなかったんですね……すみません」

  苦笑いしながらも、その人はすでにコートを脱いで立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

竹本義兄弟の両片思い

佐倉海斗
BL
 高校一年の春、母親が再婚をした。義父には2歳上の引きこもりがちな連れ子の義兄がいた。初対面ではつれない態度だった義兄だった。最初は苦手意識があったのに、先輩に目を付けられて暴行されている時に助けられてから、苦手意識が変わっていった。それにより、少しずつ、関係が変わっていく。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

宵にまぎれて兎は回る

宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

処理中です...