100均で始まる恋もある

三森のらん

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8.クリスマスツリー

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「……僕も、物好きですか?」

 崇さんの言葉尻を捕らえて、つい、言ってしまった。
 たぶん、しまった、という考えが顔に出てしまったのかもしれない。一瞬、崇さんはびっくりした顔をしたけれど、すぐに、少しだけ困ったような笑顔になった。

「そうかもしれないな」

 大きな手が、僕の頭をくしゃくしゃっと撫でまわす。思ったより力強く撫でられるものだから、「うわっ」と言いながら、思わず目を閉じてしまった。

「テルくんは」

 崇さんの優しい声に、片目を開ける。

「いい子だな」

 その言葉には、あんまり深い意味はなかったんだとは思う。
 だけど、僕には、どこか子供扱いされた気になってしまう。素直に褒められたって思えばいいのに、つい、少しだけ拗ねてしまう。自分でも情けないけど。
 そして、ふと、心に引っ掛かっていたことを、口にしてしまう。

「あの……クリスマスツリー……余計でしたか?」

 撫でていた手が止まり、目の前の崇さんの笑顔が、スッと消えてしまう。僕は一気に不安になった。余計なこと聞いてしまったかもしれない。
 胸の奥がキュッと痛くなる。

「……」

 無言のまま、崇さんはコーヒーカップに口をつける。僕は、その姿を俯きながら恐々と視界の端で捉えるだけ。
 コトリ、とテーブルにカップが置かれた時、僕は目を瞑ってしまった。
 そして聞こえてきたのは、微かなため息。

「ごめんな……やっぱり、気になったか……」

 崇さんの困ったような声に、僕は顔をあげた。

「ちょっとね、思い出してしまったんだよ……娘が欲しがって買ったクリスマスツリーを」

 カップを両手で持ちながら、崇さんはゆっくりと話してくれた。

 娘さんが幼稚園に入る前のクリスマスに、家族でクリスマスツリーを買いにいった。それまでも小さなおもちゃのようなクリスマスツリーはあるにはあったが、娘さんのために、もう少し大きなものを買うことになった。
 娘さんが選んだのは、普通に緑の葉のついたクリスマスツリーではなく、白いクリスマスツリーを選んだ。なぜか、そのツリーじゃなきゃ嫌だ、と、あまり我儘を言わなかった娘さんが、そのツリーの前から動こうともしないで、駄々をこねたそうだ。

「娘が欲しがった白いクリスマスツリーは、ちょっとばかり値段が高かったんだ。まぁ、かなり大きなヤツだったからね。だから、娘より、ちょっと大きいくらいので、我慢してもらった」

 カップを見つめながら語る崇さんは、懐かしそうな、そして、どこか痛々しい眼差しをしていた。

「結局、そのツリーはその年1回しか、飾ることはなかったよ」
「え?」
「翌年、幼稚園に入ってすぐに……妻と娘は交通事故に巻き込まれて死んでしまったんだ……」

 押し殺すような声に、僕はどうしたらいいのかわからなくて、無意識に、カップを握った崇さんの手に僕の手を重ねた。一瞬、ピクッと震えた崇さんの左手は、カップから手を離すと僕の手を握った。

「ずっと、この時期はそんな楽しかった日を思い出すのが辛くてね。周囲はクリスマス一色になっても、うちだけは、できるだけいつもと同じ状態で過ごしてきたんだ」
「……ご、ごめんなさい……そんなこととは知らずに……僕……」

 いまだに心の傷が癒えてない崇さんの姿に、僕は、絶対に亡くなった奥さんや娘さんには、勝てないな、と、つくづく実感させられてしまう。
 僕じゃ、崇さんの傷を癒すことなんて、出来ない。

「いや、いいんだ」 

 何か振り切ったような声とともに、僕の手を握ってた手に力がこもる。その声と力にドキッとして崇さんの顔を見ると、優しく微笑んでる。

「思い出しても寂しいだけだと思っていたけど……今はテルくんがいる」
「……崇さん?」
「ありがとう。テルくん……」

 崇さんは身を乗り出して、僕に優しく口づけた。そして、再び、僕の頭を軽く撫でると、空になっていた自分と僕のカップを持つと、そのままシンクに持っていった。

 その夜、僕たちは、ただベッドで抱きしめあいながら眠りについた。互いの肌の温かさに幸せを噛みしめながら。
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