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一章.
7話.生き残った操り人形
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二階のドアノブを回した瞬間、私は違和感を感じていた。凹凸を演出している磨りガラスから見えた人影が、二人いる風に認識できたからだ。明らかに片方がうねうねと奇怪的な動きを見せている。清香と……もう片方のグロテスクなのは誰だ?
その憶測が裏目に出た。寧ろ逆だ。奇怪的な張本人こそ、最近、私達と出会って、人格を知り始めた元廃ビル一階在住の監視役で在ったからだ。完全に隣の人影に骨抜き状態だ。
私が認識する速さの数倍先に━━清香の隣にいる少女を模した。人間を模した。ニンゲンという概念を超えた存在に成り果ててしまったソレが、私を認識した。
「対象者……発見ですわ」
肉声とは程遠いソレの発する音声に違和感を感じていなかった清香が精神的ではなく、物理的に宙に浮いた。ターゲットという言葉に反応してか。ソレの首元目掛けて空中上段蹴りを入れたのだ。
清香の行動は、あまりにも唐突のように感じられるかも知れないが、清香は職務を全うしているだけに過ぎない。堂川清香の職務内容として、『監視者』という意味合いの中には私達の警護もしっかり含まれているからだ。そして、その一撃は流石、特殊部隊所属だけあると賞賛に値するほどの無駄のない洗練されたものだ。
「……はっ?」清香の声には戸惑いが満ちていた。一瞬で放たれた一撃は、ピンポイントで首元に当たったはずが、片手で制された。その勢いのまま片足首が掴まれる。清香の身体は、それによってハンマー投げのように、二回転された。遠心力を利用し、ガラス窓に向かって軽々と放り投げられたのだ。
砕かれるガラス一つ一つの破片が、反射してキラキラと輝く。私は、気を失いかけている監視役に向かって走り出していた。何故だかバネが飛び出したソファーの背もたれに片足を踏み込んで、跳躍する。
空中で清香から視界を外さないように注意して、茶色い椅子から窓枠に足を掛ける。グサリと、窓枠に残った鋭利なガラスが私の足裏に刺さったが、飛散する血を無視して私は清香を背から抱きしめた。
そのまま、地面に垂直落下した。簡素な外観の元廃ビルだけあって、遮るものが何もなく、私は清香の下敷きになるカタチで肩甲骨と胸骨を粉砕させた。
「くっそお。清香!大丈夫か?」
体内の複雑骨折よりも、私は清香の身を案じる。「ごほごほッ!」息を吹き返したかのように、咳き込む清香を見て私は安心した。しかし、視野が定まっておらず、再び意識を失ったようだった。
清香を振り回し、挙げ句の果て窓から落とした張本がゆっくりと二階から下りてきた。こんな悪行を行いながらも、悪びれる様子一つ見せない。
「やはり、貴方は涼川照望ですわね」
「こんなことをして、何も思わないのか」
「冗談はよしてですわ」
こんな歩道の、ど真ん中で言い合っているわけにはいかない。地面は熱いし、一刻も早く清香を柔らかいベットの上に安静にさせたい。清香自身の外的損傷は見られない。ひとまず安心できた。ここに来て早々に殉死などされては、日和も悲しむ。
「おい、彼女を三階まで運んでおいてくれ。私は這いつくばってでも、自力で二階に上がる」
「しょうがないですわ」
死に損ないの分際で、人を二階から文字通りに振り落としたガキが、どの口を叩くのだろうか。
「貴方の部屋に全裸にして、置いて来たわ。負傷箇所はゼロですわ」
「ああ、そうかい」
「そっけないですねですわ」
「その気色の悪い話し方を何とかしてくれないか」
「じゃあ、私の背中の言語認識発声中枢プログラムのアップデートを行いなさい……ですわ」
二階のソファーの上で私は動けないでいた。私の目の前に、精巧に人間を模されたソレが移動して来る。私は人間を模して作られたソレを知っている。
「誰かさんの所為で、かろうじて動くのは右手の親指と左肘の筋くらいだ」
「認識。……しましたわ……ですわ」
軽く首肯し、ソレが甲冑の如く身にしていた、分厚いダウンジャケットを脱ぎ捨てた。
「相変わらず、お前はSFの住人だな」
ダウンジャケットの下は黒いレースのミニスカートに、上半身が裸という五十パーセント一糸纏わぬ姿だった。背中の中心が横にスライドして開くとモニターが現れた。
「全ての操作は済ませておいたですわ……モニター上のボタンを押しなさい……ですわ」
ボタンを押す前に、私は脇下を指先で擽ぐる。
「きゃっ!やめっ辞めなさい!やめっデスワデスワデスワーー!」
━━ポン。私は報復とばかりにソレの 笑いの急所を弄ってから、指定されたボタンを押した。
「君が、私のことを本人かどうか確認するために、こちらの監視役を弄んだように、私も君が本人かどうか確認させてもらった」
私の上に被さり、ハアハアと息を荒げて涙目になっているソレとは、数十年前に出会っていた。そして、元は人間であったソレに問いかける。ミイラ取りがミイラにでもなったのかと訊ねる。
「その姿が、自身を守る為に辿り着いた最良の選択だったのか?」
「私のような完璧な人間に、愚問をふっかけないでいただけますか?」
ソレは今までのデスワを語尾にやたらと付けていた口調とは、打って変わっていた。まるで、人の肉声に類似したような声を出す。
「完璧?今のお前の姿が完璧だというのか?」
人でなくなっても尚ニンゲンを名乗るか。ましてや、完璧な人間を。
「でも、暑さでエラーを起こした私を助けてくれた彼女には悪いことをしたと思っているわ。折角、助けてくれたのに」
「後悔するくらいなら、最初っから私を試すようなことをするな」
私は至って落ち着いた口調で、元人間を軽くどやすが、ソレに対しては何を言ったところで無駄であろう。
元人間は上半身を曝したまま、私の背中を摩るように撫でた。人差し指、中指そして小指。ゆっくりと。粉砕していた箇所を確認するように。
「治っていますわ。完全に繋ぎ合わさっていますわね。でも、照望。貴方は肩甲骨と胸骨を折ったと思っているかも知れませんが、間違っているわ。その二箇所を庇っているみたいだけれど、その他に三箇所ほどバラバラ事件ですわ」
「相変わらず……天才のクソガキだな。お前の頭は非人道的で構成されてるんじゃないのか」
ソレは微弱な音波を私の体内に流して、骨の様子を確認したのだろう。
「私は貴方という人間其の物のことはとても好きではないですわ。寧ろ、貴方自身はどうでもいい」
表情一つ変えずに、元人間は私の肩に自らの顎を乗せて笑った。クスリと笑った。
━━ガチャッ。
二階のドアがゆっくり開き……何者かが入室し、静かに閉じられる。そこには、顔を真っ赤にさせた日和の姿があった。
「……照望さん!どなたかと話していると思って、三階に行ってみたら照望さんのベットの上に……。裸ん坊の清香さんが満足したような晴れやかな表情を浮かばせて寝ていたから、まさかと思って下りてきたら……何やっているんですか!」
早口で日和は捲し立ててくる。
己を完璧と名乗る元人間が、全てを知っているかのように日和の方に顔を向けた。「きゃあ、可愛いいい!」元人間の顔を見て叫ぶ日和。
お前もか。
その憶測が裏目に出た。寧ろ逆だ。奇怪的な張本人こそ、最近、私達と出会って、人格を知り始めた元廃ビル一階在住の監視役で在ったからだ。完全に隣の人影に骨抜き状態だ。
私が認識する速さの数倍先に━━清香の隣にいる少女を模した。人間を模した。ニンゲンという概念を超えた存在に成り果ててしまったソレが、私を認識した。
「対象者……発見ですわ」
肉声とは程遠いソレの発する音声に違和感を感じていなかった清香が精神的ではなく、物理的に宙に浮いた。ターゲットという言葉に反応してか。ソレの首元目掛けて空中上段蹴りを入れたのだ。
清香の行動は、あまりにも唐突のように感じられるかも知れないが、清香は職務を全うしているだけに過ぎない。堂川清香の職務内容として、『監視者』という意味合いの中には私達の警護もしっかり含まれているからだ。そして、その一撃は流石、特殊部隊所属だけあると賞賛に値するほどの無駄のない洗練されたものだ。
「……はっ?」清香の声には戸惑いが満ちていた。一瞬で放たれた一撃は、ピンポイントで首元に当たったはずが、片手で制された。その勢いのまま片足首が掴まれる。清香の身体は、それによってハンマー投げのように、二回転された。遠心力を利用し、ガラス窓に向かって軽々と放り投げられたのだ。
砕かれるガラス一つ一つの破片が、反射してキラキラと輝く。私は、気を失いかけている監視役に向かって走り出していた。何故だかバネが飛び出したソファーの背もたれに片足を踏み込んで、跳躍する。
空中で清香から視界を外さないように注意して、茶色い椅子から窓枠に足を掛ける。グサリと、窓枠に残った鋭利なガラスが私の足裏に刺さったが、飛散する血を無視して私は清香を背から抱きしめた。
そのまま、地面に垂直落下した。簡素な外観の元廃ビルだけあって、遮るものが何もなく、私は清香の下敷きになるカタチで肩甲骨と胸骨を粉砕させた。
「くっそお。清香!大丈夫か?」
体内の複雑骨折よりも、私は清香の身を案じる。「ごほごほッ!」息を吹き返したかのように、咳き込む清香を見て私は安心した。しかし、視野が定まっておらず、再び意識を失ったようだった。
清香を振り回し、挙げ句の果て窓から落とした張本がゆっくりと二階から下りてきた。こんな悪行を行いながらも、悪びれる様子一つ見せない。
「やはり、貴方は涼川照望ですわね」
「こんなことをして、何も思わないのか」
「冗談はよしてですわ」
こんな歩道の、ど真ん中で言い合っているわけにはいかない。地面は熱いし、一刻も早く清香を柔らかいベットの上に安静にさせたい。清香自身の外的損傷は見られない。ひとまず安心できた。ここに来て早々に殉死などされては、日和も悲しむ。
「おい、彼女を三階まで運んでおいてくれ。私は這いつくばってでも、自力で二階に上がる」
「しょうがないですわ」
死に損ないの分際で、人を二階から文字通りに振り落としたガキが、どの口を叩くのだろうか。
「貴方の部屋に全裸にして、置いて来たわ。負傷箇所はゼロですわ」
「ああ、そうかい」
「そっけないですねですわ」
「その気色の悪い話し方を何とかしてくれないか」
「じゃあ、私の背中の言語認識発声中枢プログラムのアップデートを行いなさい……ですわ」
二階のソファーの上で私は動けないでいた。私の目の前に、精巧に人間を模されたソレが移動して来る。私は人間を模して作られたソレを知っている。
「誰かさんの所為で、かろうじて動くのは右手の親指と左肘の筋くらいだ」
「認識。……しましたわ……ですわ」
軽く首肯し、ソレが甲冑の如く身にしていた、分厚いダウンジャケットを脱ぎ捨てた。
「相変わらず、お前はSFの住人だな」
ダウンジャケットの下は黒いレースのミニスカートに、上半身が裸という五十パーセント一糸纏わぬ姿だった。背中の中心が横にスライドして開くとモニターが現れた。
「全ての操作は済ませておいたですわ……モニター上のボタンを押しなさい……ですわ」
ボタンを押す前に、私は脇下を指先で擽ぐる。
「きゃっ!やめっ辞めなさい!やめっデスワデスワデスワーー!」
━━ポン。私は報復とばかりにソレの 笑いの急所を弄ってから、指定されたボタンを押した。
「君が、私のことを本人かどうか確認するために、こちらの監視役を弄んだように、私も君が本人かどうか確認させてもらった」
私の上に被さり、ハアハアと息を荒げて涙目になっているソレとは、数十年前に出会っていた。そして、元は人間であったソレに問いかける。ミイラ取りがミイラにでもなったのかと訊ねる。
「その姿が、自身を守る為に辿り着いた最良の選択だったのか?」
「私のような完璧な人間に、愚問をふっかけないでいただけますか?」
ソレは今までのデスワを語尾にやたらと付けていた口調とは、打って変わっていた。まるで、人の肉声に類似したような声を出す。
「完璧?今のお前の姿が完璧だというのか?」
人でなくなっても尚ニンゲンを名乗るか。ましてや、完璧な人間を。
「でも、暑さでエラーを起こした私を助けてくれた彼女には悪いことをしたと思っているわ。折角、助けてくれたのに」
「後悔するくらいなら、最初っから私を試すようなことをするな」
私は至って落ち着いた口調で、元人間を軽くどやすが、ソレに対しては何を言ったところで無駄であろう。
元人間は上半身を曝したまま、私の背中を摩るように撫でた。人差し指、中指そして小指。ゆっくりと。粉砕していた箇所を確認するように。
「治っていますわ。完全に繋ぎ合わさっていますわね。でも、照望。貴方は肩甲骨と胸骨を折ったと思っているかも知れませんが、間違っているわ。その二箇所を庇っているみたいだけれど、その他に三箇所ほどバラバラ事件ですわ」
「相変わらず……天才のクソガキだな。お前の頭は非人道的で構成されてるんじゃないのか」
ソレは微弱な音波を私の体内に流して、骨の様子を確認したのだろう。
「私は貴方という人間其の物のことはとても好きではないですわ。寧ろ、貴方自身はどうでもいい」
表情一つ変えずに、元人間は私の肩に自らの顎を乗せて笑った。クスリと笑った。
━━ガチャッ。
二階のドアがゆっくり開き……何者かが入室し、静かに閉じられる。そこには、顔を真っ赤にさせた日和の姿があった。
「……照望さん!どなたかと話していると思って、三階に行ってみたら照望さんのベットの上に……。裸ん坊の清香さんが満足したような晴れやかな表情を浮かばせて寝ていたから、まさかと思って下りてきたら……何やっているんですか!」
早口で日和は捲し立ててくる。
己を完璧と名乗る元人間が、全てを知っているかのように日和の方に顔を向けた。「きゃあ、可愛いいい!」元人間の顔を見て叫ぶ日和。
お前もか。
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