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特別小説『宵』
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特別小説━━『宵』
血の匂いに慣れるように
暗闇でも見えるように
ヒトは環境に適応していく
気が付いた時には、身体より心が何も感じなくなっている
江戸時代まで魑魅魍魎は恐怖する対象であり、町人たちの幕府に対しての不平不満の象徴だった。
夜闇で月明かりに照らされた異形こそ、畏怖する対象であった。
時代は移ろう。
幕府が瓦解すると、日ノ本を生きる人々の価値観が少しずつ変わっていく。
夜が明るくなるにつれて、妖は存在意義を無くしていった。
静かに消えていくモノ。
自然に紛れるモノ。
人に仇をなすモノ。
人的被害を与えるモノたちを撲滅するのが、蘆屋国光━━呪い師の生業だった。
「人が生きながらに喰われる様を見て、平静を保てる者の方が少ないだろう」
「数刻のうちに、女、子供が理性を失ったバケモノに変貌する光景を見て、表情一つ変えずに斬り伏せられる者がいないと夜は誰も歩けない」
その者こそが━━蘆屋国光なのだから。
* * *
「眼前で血肉を啜られながら叫ぶ女がいる」
聞くに耐えぬ断末魔が心をザワつかせる。
考えるよりも早く駆け寄ると、女はぐにゃりと笑みを浮かべて私に襲いかかってきた。
私が閉じ籠められていた呪禁御殿は、生き地獄に他ならなかった。
毎日、人ならざるモノが現れて、私は無心で殺すのだ。
殺し終えると、壁に貼られた無数の呪符が一枚……はらりと床に落ちる。
九つの頃、呪禁御殿から私は解放された。
呪禁御殿にて、私が死ぬか生気を失くすと考えていたか。
その時、私は知りました。
この地獄が、親戚から私への理不尽で無秩序な恐怖による冤枉の牢だと。
『あの子は、人ではない』
『目を見たら、呪われる』
『ヤツが……蘆屋の末裔が、御殿から出てきたぞッ!』
『慌てるなッ!十にも満たぬ小僧だ!我々だけでも……ッ!』
「逝ね」
床を叩くような無数の足音が。
忌々しく止まない声たちが。
一瞬で消え失せた光景を、何十年経ても私は忘れないだろう。
血走った瞳で、床を流れる血の上を歩いた。
『殺めた人の数だけ妖怪を退治しろ。それが後にお前が生きていく唯一の手段になるだろう』
「呪禁御殿の中とやる事は何も変わらないじゃないか」
そう割り切って、四十のバケモノを退治した頃から私は呪い師として生きることとなった。
『陰陽師に最も近い呪い師』と、人は私を呼ぶようになりました。
* * *
『ムラマサ贋作です』
「ムラマサ……贋作」
『国光殿が持つことで、人の怨と血潮に穢れ妖刀と化した真のムラマサとは異なり、お持ちの一本が神刀へと至るでしょう』
━━贋作であっても、討幕への天秤を幾度と傾けたムラマサ。
「幻想を斬るには相応な業物ということか。けだし、私風情が握ったところで、神刀に至るとは考えられんさ」
『切れ味こそあれど……引き取り手が、居なかったのです……』
どこかの屋敷に蔵っておくより、私が預かっている方が安全ということだろう。
『末代まで呪われ滅ぶと嫌まれてしまい、俺のところまで流れ着いたってわけでっさ』
「単なる贋作かもしれないという可能性よりも、未知への恐怖が勝ったか……」
「君と私の仲だ。その刀、引き取ろう」
比べることすら烏滸がましい。
それでも私は、自分自身と一本の刀を重ねていたのかもしれない。
ムラマサ贋作と出会ってからも、私は。
「滅びよ」
「消えよ」
「失せよ」
「逝ね」
「人を喰らった自身の在り方を、恨むんだな」
斬る。……斬る。斬る、斬る斬る斬る。
騙し、欺き、振り下ろす。
唯一の救いは、ソレが人でなかったこと。
ただ。
「夜がもう少しだけ暗ければ、お前達の死顔を見ないで済んだであろうに……」
完
血の匂いに慣れるように
暗闇でも見えるように
ヒトは環境に適応していく
気が付いた時には、身体より心が何も感じなくなっている
江戸時代まで魑魅魍魎は恐怖する対象であり、町人たちの幕府に対しての不平不満の象徴だった。
夜闇で月明かりに照らされた異形こそ、畏怖する対象であった。
時代は移ろう。
幕府が瓦解すると、日ノ本を生きる人々の価値観が少しずつ変わっていく。
夜が明るくなるにつれて、妖は存在意義を無くしていった。
静かに消えていくモノ。
自然に紛れるモノ。
人に仇をなすモノ。
人的被害を与えるモノたちを撲滅するのが、蘆屋国光━━呪い師の生業だった。
「人が生きながらに喰われる様を見て、平静を保てる者の方が少ないだろう」
「数刻のうちに、女、子供が理性を失ったバケモノに変貌する光景を見て、表情一つ変えずに斬り伏せられる者がいないと夜は誰も歩けない」
その者こそが━━蘆屋国光なのだから。
* * *
「眼前で血肉を啜られながら叫ぶ女がいる」
聞くに耐えぬ断末魔が心をザワつかせる。
考えるよりも早く駆け寄ると、女はぐにゃりと笑みを浮かべて私に襲いかかってきた。
私が閉じ籠められていた呪禁御殿は、生き地獄に他ならなかった。
毎日、人ならざるモノが現れて、私は無心で殺すのだ。
殺し終えると、壁に貼られた無数の呪符が一枚……はらりと床に落ちる。
九つの頃、呪禁御殿から私は解放された。
呪禁御殿にて、私が死ぬか生気を失くすと考えていたか。
その時、私は知りました。
この地獄が、親戚から私への理不尽で無秩序な恐怖による冤枉の牢だと。
『あの子は、人ではない』
『目を見たら、呪われる』
『ヤツが……蘆屋の末裔が、御殿から出てきたぞッ!』
『慌てるなッ!十にも満たぬ小僧だ!我々だけでも……ッ!』
「逝ね」
床を叩くような無数の足音が。
忌々しく止まない声たちが。
一瞬で消え失せた光景を、何十年経ても私は忘れないだろう。
血走った瞳で、床を流れる血の上を歩いた。
『殺めた人の数だけ妖怪を退治しろ。それが後にお前が生きていく唯一の手段になるだろう』
「呪禁御殿の中とやる事は何も変わらないじゃないか」
そう割り切って、四十のバケモノを退治した頃から私は呪い師として生きることとなった。
『陰陽師に最も近い呪い師』と、人は私を呼ぶようになりました。
* * *
『ムラマサ贋作です』
「ムラマサ……贋作」
『国光殿が持つことで、人の怨と血潮に穢れ妖刀と化した真のムラマサとは異なり、お持ちの一本が神刀へと至るでしょう』
━━贋作であっても、討幕への天秤を幾度と傾けたムラマサ。
「幻想を斬るには相応な業物ということか。けだし、私風情が握ったところで、神刀に至るとは考えられんさ」
『切れ味こそあれど……引き取り手が、居なかったのです……』
どこかの屋敷に蔵っておくより、私が預かっている方が安全ということだろう。
『末代まで呪われ滅ぶと嫌まれてしまい、俺のところまで流れ着いたってわけでっさ』
「単なる贋作かもしれないという可能性よりも、未知への恐怖が勝ったか……」
「君と私の仲だ。その刀、引き取ろう」
比べることすら烏滸がましい。
それでも私は、自分自身と一本の刀を重ねていたのかもしれない。
ムラマサ贋作と出会ってからも、私は。
「滅びよ」
「消えよ」
「失せよ」
「逝ね」
「人を喰らった自身の在り方を、恨むんだな」
斬る。……斬る。斬る、斬る斬る斬る。
騙し、欺き、振り下ろす。
唯一の救いは、ソレが人でなかったこと。
ただ。
「夜がもう少しだけ暗ければ、お前達の死顔を見ないで済んだであろうに……」
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