4 / 5
ピュアカッパ
しおりを挟む
ボロい万屋にはブリーフしか売っていなかった。近所の木こり御用達なんだとか。
「お嬢さん、一人で来たんじゃなかね?」
朝、私が一人でロッジへ向かうのをどうやら見ていた様で、店主が聞いて来た。
「ええ、あの……」
店主はブリーフを手に口ごもる私を見て、ハッとしたように「イヤ、いいんです。いいんですよ、すんません」と何故か謝った。
ロッジの客目当てに肉や野菜も置いてあったので、私がキュウリを手に取ると、ますます何かを確信した様に「こっちのキュウリのほーが、立派でさぁ」と立派なキュウリを私に差し出し、何故かそわそわして「いや、お客さんの好きなサイズで……」とモゴモゴ言った。
『お嬢さん』から何故『お客さん』に呼び方を変えたのか。
何故田舎者のクセに『サイズ』などとモゴモゴ言うのか。
気になりつつも、時間はまだたくさんあるので、物珍しくもある田舎のコンビニを物色していると、酒類コーナーを見つけた。
少ない銘柄を眺めていると、カッパのイラストがラベリングされている焼酎の瓶があった。
そうそう、カッパってお酒が好きだったはず、と思い起こして、私はそれを手に取った。
店員は「ふうむ……」と感慨深げに私と焼酎瓶を見比べて重々しく頷いていた。
イヤイヤ、流石に焼酎瓶は無理ですからね?
色々と言いたい事はあったけれど、私は微笑んで店を後にし、山の人工的な小道を散策し、パンツとキュウリと焼酎瓶の入ったビニール袋を手に持ってロッジへと戻った。
*
ロッジへ戻ると、テレビのある部屋にカッパ男がいなかった。
なんだ、満足して帰ったのか、と買って来たパンツをちょっと切なく見下ろし、用を足しにトイレへ行くと、カッパ男は蓋をした便器に顔を伏せて縮こまっていた。
縮こまっていたけれど、偉丈夫なのでトイレ内はぎゅうぎゅう詰めだった。
「ど、どうしたの!?」
カッパ男は泣いていた。
大きな逞しい身体を小さくして、ぐずぐずと鼻(くちばし? にある二つの穴)を啜って
いるのだった。
私はカッパ男に近寄って、隆々と盛り上がっている肩にそっと触れた。
その肌は人間と変わらない質感で、色も日に焼けた肌色だ。だから困るのだけれど。
カッパ男は腕で涙を拭いながら、
「あのオナゴには、お、夫がおったのじゃな……そうと知らんと俺は……」
「……」
可哀想なカッパ男……私は自分の短絡さを責めた。
なんという罪悪感!
憧れのマドンナが四十六分間も彼に見せた光景は、どれだけ彼の純真をえぐっただろう?
彼はテレビもデッキもリモコンも使い方がわからないので、画面を変えたり、電源を切ってしまう事が出来なかったのだ。
きっと音がトイレまで追って来た事だろう。
耳を塞いでうずくまるカッパ男の姿を想像し、私は胸が締め付けられた。
「ごめんね……どんなのか想像はついていたのに……そんな風に泣くなんて思わなくて……むしろ……」
喜ぶと思って、と言い掛けて直ぐに止めた。
こんな失恋をさせてしまうなんて……。
「うっ、ううっ……良いのじゃ。俺が勝手に横恋慕しておったのじゃ……カッパなのに、人間のオナゴに恋するからこうなるのじゃ……」
「でもどうして川へ帰らなかったの?」
「礼も言わずに黙って帰るのはいかんじゃろ」
律儀なカッパだと思った。
まだ鼻をスンスン言わせているので、私は買って来たキュウリを彼に差し出した。
「げ、元気出しなよ。ほら、キュウリ食べる?」
「うう……おぬし、なんと優しいオナゴじゃ……まだ名を聞いておらなんじゃな?」
「里緒奈だよ」
「りおな。変わった名じゃ」
「カッパにはそうかもね。カッパって名前あるの?」
カッパ男は頷いた。
「じゃが、人間には教えられんのじゃ」
「なにそれ、人の名前は聞いといて」
「我らの名前というのはの、魂なんじゃ。名を知られ呼び付けられれば、その者に服従せねばならぬといった具合じゃ」
「……良く解らないけど……じゃあ、あなたをどう呼べば良いの?」
「そうじゃなぁ……」
「……カッパ……男だから……カパ郎」
通じるとは期待しなかったけれど、冗談半分で私がそう言うと、カパ郎は急に表情を凍り付かせ、「なん……じゃと!?」と信じられない様に声を漏らした。
「……おぬし……おぬし、妖術使いか!?」
「……カパ郎なんだ」
「くっ……お、おのれ……」
「ハイハイ、いいから、パンツはきなよカパ郎」
「ぱんつ……?」
パンツを穿くのに苦戦するカパ郎を手伝っていると、なんだか拾った子犬を世話している様な気分になって来る。子犬と言うには大きすぎるけれど。
というか、凄い大きいんだけど……。
見た事無いんだけど……なにコレ怖い。
カッパって妖怪なんだ、と私は改めて思って、目を逸らす。
「お嬢さん、一人で来たんじゃなかね?」
朝、私が一人でロッジへ向かうのをどうやら見ていた様で、店主が聞いて来た。
「ええ、あの……」
店主はブリーフを手に口ごもる私を見て、ハッとしたように「イヤ、いいんです。いいんですよ、すんません」と何故か謝った。
ロッジの客目当てに肉や野菜も置いてあったので、私がキュウリを手に取ると、ますます何かを確信した様に「こっちのキュウリのほーが、立派でさぁ」と立派なキュウリを私に差し出し、何故かそわそわして「いや、お客さんの好きなサイズで……」とモゴモゴ言った。
『お嬢さん』から何故『お客さん』に呼び方を変えたのか。
何故田舎者のクセに『サイズ』などとモゴモゴ言うのか。
気になりつつも、時間はまだたくさんあるので、物珍しくもある田舎のコンビニを物色していると、酒類コーナーを見つけた。
少ない銘柄を眺めていると、カッパのイラストがラベリングされている焼酎の瓶があった。
そうそう、カッパってお酒が好きだったはず、と思い起こして、私はそれを手に取った。
店員は「ふうむ……」と感慨深げに私と焼酎瓶を見比べて重々しく頷いていた。
イヤイヤ、流石に焼酎瓶は無理ですからね?
色々と言いたい事はあったけれど、私は微笑んで店を後にし、山の人工的な小道を散策し、パンツとキュウリと焼酎瓶の入ったビニール袋を手に持ってロッジへと戻った。
*
ロッジへ戻ると、テレビのある部屋にカッパ男がいなかった。
なんだ、満足して帰ったのか、と買って来たパンツをちょっと切なく見下ろし、用を足しにトイレへ行くと、カッパ男は蓋をした便器に顔を伏せて縮こまっていた。
縮こまっていたけれど、偉丈夫なのでトイレ内はぎゅうぎゅう詰めだった。
「ど、どうしたの!?」
カッパ男は泣いていた。
大きな逞しい身体を小さくして、ぐずぐずと鼻(くちばし? にある二つの穴)を啜って
いるのだった。
私はカッパ男に近寄って、隆々と盛り上がっている肩にそっと触れた。
その肌は人間と変わらない質感で、色も日に焼けた肌色だ。だから困るのだけれど。
カッパ男は腕で涙を拭いながら、
「あのオナゴには、お、夫がおったのじゃな……そうと知らんと俺は……」
「……」
可哀想なカッパ男……私は自分の短絡さを責めた。
なんという罪悪感!
憧れのマドンナが四十六分間も彼に見せた光景は、どれだけ彼の純真をえぐっただろう?
彼はテレビもデッキもリモコンも使い方がわからないので、画面を変えたり、電源を切ってしまう事が出来なかったのだ。
きっと音がトイレまで追って来た事だろう。
耳を塞いでうずくまるカッパ男の姿を想像し、私は胸が締め付けられた。
「ごめんね……どんなのか想像はついていたのに……そんな風に泣くなんて思わなくて……むしろ……」
喜ぶと思って、と言い掛けて直ぐに止めた。
こんな失恋をさせてしまうなんて……。
「うっ、ううっ……良いのじゃ。俺が勝手に横恋慕しておったのじゃ……カッパなのに、人間のオナゴに恋するからこうなるのじゃ……」
「でもどうして川へ帰らなかったの?」
「礼も言わずに黙って帰るのはいかんじゃろ」
律儀なカッパだと思った。
まだ鼻をスンスン言わせているので、私は買って来たキュウリを彼に差し出した。
「げ、元気出しなよ。ほら、キュウリ食べる?」
「うう……おぬし、なんと優しいオナゴじゃ……まだ名を聞いておらなんじゃな?」
「里緒奈だよ」
「りおな。変わった名じゃ」
「カッパにはそうかもね。カッパって名前あるの?」
カッパ男は頷いた。
「じゃが、人間には教えられんのじゃ」
「なにそれ、人の名前は聞いといて」
「我らの名前というのはの、魂なんじゃ。名を知られ呼び付けられれば、その者に服従せねばならぬといった具合じゃ」
「……良く解らないけど……じゃあ、あなたをどう呼べば良いの?」
「そうじゃなぁ……」
「……カッパ……男だから……カパ郎」
通じるとは期待しなかったけれど、冗談半分で私がそう言うと、カパ郎は急に表情を凍り付かせ、「なん……じゃと!?」と信じられない様に声を漏らした。
「……おぬし……おぬし、妖術使いか!?」
「……カパ郎なんだ」
「くっ……お、おのれ……」
「ハイハイ、いいから、パンツはきなよカパ郎」
「ぱんつ……?」
パンツを穿くのに苦戦するカパ郎を手伝っていると、なんだか拾った子犬を世話している様な気分になって来る。子犬と言うには大きすぎるけれど。
というか、凄い大きいんだけど……。
見た事無いんだけど……なにコレ怖い。
カッパって妖怪なんだ、と私は改めて思って、目を逸らす。
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる