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一章

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二人は黙々と洞窟《ダンジョン》を潜る。
魔物が出現することはあまりない。ただダンジョンの外より少し暗く茶色くごつごつとした岩が幾度となく広がっているだけ。
ダンジョンの構造はいまいちよくわからない。
馬鹿デカいホールのような空間もあれば、一人でやっとギリギリ通れるような細道もある。かと思えば、分かれ道が複数回登場するような道もある。

そんな中悠々とした態度で足を進めるグリエマの背中に荷物がないことに、
クロノアはようやく気付く。

「あれ、バッグは置いてきたんですか?」

疑問を正直に口にすると、グリエマは周囲を一瞬だけ見回し顔を向けた。

「あぁ、戦闘続きになるだろうかな。
……言ってる傍からほら、来たぞ」

「………?」

グリエマは口を動かしながら戦闘態勢を取る。クロノアが視線をずらした先には、一匹の暗鳥《コウモリ》がやってきていた。

「なんだ、一匹……か?」

クロノアの予想は外れた。暗闇から現れた暗鳥《コウモリ》は、大群を率いてやって来ている。近づくにつれその騒々しさは耳を切断したくなるほどの大きいものとなっていく。

「大体、百匹くらいはいるな」

「え……嘘でしょ……?」

四方八方に目をやって現実を受け入れないようにしても、わらわらと闇から姿を現していく暗鳥《コウモリ》たちを見て、流石に現実だと認識せざるを得なくなった。

「序盤からこんな大群相手に……!」

「洞窟《ダンジョン》ならこれくらいよくあることだぞ、
クロノア君、ちょっと下がってくれるか」

必死の形相でグラディウスを手に取ると、そんな声がかかった。
クロノアが指示通りに後方へ飛び退ると、グリエマは火魔法を発動する。

「ファイアイメイション」

短い詠唱と同時に、扇状に炎が飛んでいく。クロノアの母、ニファと同じ中級魔法だ。その炎はほぼ全ての暗鳥《コウモリ》を覆い尽くし、無数の悲鳴が上がった。

しかし脇から攻め立ててくる暗鳥《コウモリ》は、焼かれて地面に落下していく暗鳥《コウモリ》を踏み台にするようにして、止まることを知らずに飛びこんでくる。

『以降は念話で連携を取る。左右に散らばるぞ』

『はい!』

クロノアは右、グリエマは右と移動すると、
それにつられて暗鳥《コウモリ》たちは見事に二分される。
そして、牙を剥きだしにしてクロノアの元へ向かう。

(大体…………二十体くらいだな。
エマさんが焼き落としてくれたのがでかい)

「はぁぁ……!」

クロノアは低姿勢から、高速の斬撃。

その一撃により暗鳥《コウモリ》は両断。中の肉を垣間見せ絶命した。

(これでやっと一体か……何かいい方法は………っと)

華麗な着地を決めるとグリエマから離れるように疾走。
暗鳥《コウモリ》たちの撹乱を狙いつつ、無謀にも突っ込んできた暗鳥《コウモリ》は、それなりに優位と言える武器のリーチによって命を刈り取る。そのほとんどが、一体目と同様一撃で体を両断されていた。


♢♢♢♢


(………もう一度打つか。だが魔力が持つかどうか、自然回復だけで賄えるどうか…)

自然回復とは失った魔力を充填する身体機能のことだ。
距離が開くように走り続けながら、どう対処すべきかを勘定するグリエマ。

『クロノア君、そっちはどうだ?』

『まぁまぁです。
あと10秒もすれば倒せますかね』

グリエマは返事をせず、急速に進行方向を変える。

「ファイアイメイション」

顔を横に向けて、先ほどと同じ魔導を放つ。
暗鳥《コウモリ》はほとんどが死滅したが、数匹のみ速度を上げて向かってくる。

『わかった。こちらも直に終わる』

念話を飛ばした瞬間、グリエマの腕を暗鳥《コウモリ》の爪が掠めた。

微かに顔をしかめるが、すぐに元に戻り反撃。クロノアのグラディウスよりもながいリーチがある長剣によって、突き刺して命を刈り取った。

残り数匹はすぐに終わった。特筆して反応できないということは無く、どれも迅速に反応し斬り伏せる。しかし、前と比べて微妙に反応が遅れていることに、グリエマは僅かな苛立ちを覚えた。

(一応、治療しておくか)

前腕辺りついたかすり傷を、魔導によって目立たなくさせた。

(………どの程度持つだろうか)

グリエマはその傷を見ながら、心のなかで力なく呟いた。

「エマさんっ!次は骸骨みたいなやつがやってきます!」

そう言われて顔を持ち上げると、クロノアがいる方向からは骸骨兵《スケルトン》が押し寄せていた。

「そいつらは防御力が薄い。
両足を狙えばあとは容易くなるぞ」

「はい!」

グリエマは指示を与えると駆け出して応戦。クロノアは一歩を強く踏み出し、ぼろぼろな刃の剣を持った骸骨兵《スケルトン》たちに向かっていく。

二人は――――――、
いや、クロノアはまだ知らない。



洞窟《ダンジョン》の恐ろしさを。


♢♢♢♢


地面に転がるは無数の死体。大量の暗鳥《コウモリ》、それから同じくらいの量の、
バラバラになったスケルトンの骨。
魔物が粗方片付いたことを確認すると、
溜息を空気中に混ぜてグリエマへ声を掛ける。

「もう襲ってくる魔物はいなさそうですね」

付着した血を振り払うようにグラディウスを一振りして、グリエマの元への駆け寄る。

「あぁ…そうみたいだな」

声に覇気がない。心なしか体力も削られているように見える。彼女はその場にへたり込みながら、上目でクロノアを見た。

「エマさん、大丈夫ですか?」

数か所、切りつけられたような痕跡がある。そこに覆われていた真っ白な肌も、底を覆っていた衣服にも、カッターで切られたような浅い傷があった。

「大……丈夫だ」

彼女は先ほどまでの様相とは一変し、とても快調そうな様子で立ち上がった。
左手には、長剣を収めた鞘が握られている。

「子供に心配されるとはな。
私も弱くなったものだ」

「いや、弱くなんて、ないです。エマさんは十分強いですよ!」

「ふむ……嬉しいことを言うじゃないか」

二者はそんなたわいもない話をしながら、ダンジョン内の探索を進める。

(…………エマさんは、どんな人生を歩んできたんだろう)

そんな中クロノアは 自分を助けてくれた相手に対して興味を示していた、主に過去のことについて。
一見ぶっきらぼうに見えるが、自分の面倒は確実に見てくれている。言葉の端々にも優しさがある。でも何か、人から距離を取ろうとしている節があるなと、見解を脳裏で述べた。
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