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二章
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二日目の夜。
彗星盤の蓋を開けて時間を確認したクロノアは、バッグから携帯食を取り出して幾度かかじる。その度に固い感触が歯に伝わった。
(まるで某栄養食品だな。食感が似てる)
ぼりぼりと口内で噛み砕きながら、洞窟の外に目を向けていた。
今彼が身を置いている、ストレトが言ったセーブポイント呼んだ洞穴。
他には誰もいない。いるのは自分たちだけ。外では強いとは言い切れない雪が吹いている。
「止んでくれますかね……これ」
怪訝そうな顔で独り言のように呟いたファフアル。
「どうだろうな」
一瞥もしないガードが口を開いた。
「山の天気は変わりやすいって言うけどね。まぁ運次第かな」
「知るか。天気が何だろうと進むだけだ」
洞穴の入り口から一番遠いところで携帯食をかじりながら、そんなやり取りを傍らで眺める。
コミュニケーションに齟齬がない。無理矢理感がない。
かなり長い時間をパーティーとして過ごしてきたのだとわかる。
バッグから寝袋を取り出して広げる。
魔物が来ることは無いのかと確認をしてみると、魔除けの石が入り口に設置してあるから大丈夫だとガードが返答。とりあえずは安心して良いようだ。
「ちょっと来い」
「え……あ、はい」
あとはもう寝袋の中に入るだけという時に、ガウナが後ろ姿のままで洞窟の少し奥の方まで来るように促した。
言われるがままに行くと、彼女は内壁に背を持たれた。腕を組み、目を閉じている。
「一応伝えておく。私の能力は方向可変《ベクトルチェンジャー》だ。物の動く方向を切り替えられる、止めることは出ない」
「……伝えておく?ベクトルキャンセラー?」
「お前が戦闘に参加するっつーから一応教えておいた方がいいと思ってな。
他のやつのも教えておくぞ」
「えっと……許可、貰ってますよね?」
「んなこと気にすんじゃねぇよ、詐欺野郎」
「気にするなって言ったって……て、え、詐欺!?」
予想外の毒。必要以上に驚いてガウナの目を見た。
「中身と外身が違うからな」
「は、はは……」
反応に困り、とりえあず苦笑いをした。
そんなクロノアを気にした様子もなく、ガウナは元の話題に戻って語る。
「ガード、あいつは鉄甲っつー能力を持ってる。意味はそのまんまだ、肘から先を鉄に変えることができる。回数は無制限だ」
「ストレト。あいつは防膜っつー能力だ。薄い膜を張って耐久力を高めることができんだ。回数は無制限だがその度に魔力を使う」
「ファフは……わからねぇ。そもそも贈与《ギフティッド》を持っていること自体普通じゃないからな、持ってないのか、隠してるのか。一度聞いたが上手く躱された」
「これで終いだ。とっとと戻るぞ、火が消えて寒くなる前に眠ったほうがいい」
「……はい。教えて下さってありがとうございます」
マシンガントークを放ったガウナは用が済んだと言わんばかりにその場から去る。
視線の刺々しさは少しだけ改善されたような気がした。
(ガウナさんの方向可変《ベクトルチェンジャー》にガードさんの鉄甲、ストレトさんの防膜……ファフアルさんは不明か)
全員の能力を頭の中にインストール。一人一人の戦闘スタイルを頭の中で思い描いた後で踵を返した。
その瞬間《とき》――――悪寒が背をなぞった。
(またこの感覚……使いたてで誤作動を起こしてるみたいな感じか?
気配感知も万能ってわけじゃないのかもな……)
明日も歩き続け、場合によっては魔物との戦闘もあり得る。
クロノアはいろんなことを考え、想像しながら意識を落とした。
♢♢♢♢
翌日……三日目の朝。天気は大雪。それに強風が付随している、つまりは吹雪だ。
真っ先に起きたストレトが、迫真の表情で伝えてきた。
「こりゃ暫くは止まないな」
「だが行くしかない。このまま降り止まない可能性もあるからな」
「ですね」
「俺、準備しますね」
簡単な朝食を済ませた後、クロノアの発言をきっかけとして、全員が寝袋を片付けて歩行の準備を行った。
服は全員そのまま。着替えを持ってくるほどバッグの容量は多くない、更に着替える暇もない。当然と言えば当然である。
そして、出発。時間にして八時半。
陣形は今まで通りストレトとガウナのツートップ。
「ガードさん、俺の荷物大丈夫ですか?」
しっかり聞き取れるように気持ち声を張る。
するとガードは目線をそのままに口を開いた。
「あぁ、問題ない」
「ならよかったです!」
風と雪が吹雪く。全員がフードを被っているのにも拘らず、顔面に横から殴ってくる風と雪。うざったいと思っても解消することはできず、我慢するのみ。
「魔物です! 右にいます!」
頭に強い電気信号が流れ、知らせる。と同時に、魔物の姿を視覚で感じ取るべく全速力で駆け抜けた。
ガウナも即座に戦闘体制に移行し、ストレトも一手遅れて駆り出す。
「ほんとに速ぇんだなあいつ……あぁもう、邪魔だな、クソっ!」
「上手く動けないねこれ……!
いつもよりちょっとパフォーマンスが落ちる!」
後ろでクロノアの姿を追いかけるツートップの二人。雪に対する嘆きを吐いているようだ。クロノアは顔面に大粒の雪に叩きつけられながら走行を続け、首を回して魔物を探す。
(気配《・・》が一番強く感じるのは……)
父の努力が込められたグラディウスを一気に引き抜き、跳ねる。
歯の隙間から白い息を吐いて、目線の先にいる魔物に刃を入れる。
ス――――――。
気持ちいいぐらいにするっと通った剣に、赤い血が付着。
敵は兎のような見た目をしている。脚には剛健さを感じさせる力強い筋肉がついている。
脚兎《レグット》。全身を純白で包み込んでいる。
つまりはこの状況に最も適した迷彩服を持つ、捕捉しにくい魔物。
「雑魚……の上位ってところかな。もうこんなところまで来たんだ」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでストレトも狩れ。
一番幼いあいつがもう一体倒してんだぞ」
「うん! 了解!!」
風が雪を運ぶ、そんな最悪の天候の中、魔物を真剣な面持ちで殺し続ける三人がいた。
最多討伐数は、クロノア。二位の五匹を大きく突き放した十匹を討伐した。
「何だ、やっぱ強いじゃねぇかお前」
「いえ、全然です、俺なんか」
「はっ、謙遜か? やめとけよ、反吐が出っから」
反吐が出る、という割には柔和な表情だ。心なしかうれしそうに見える。
クロノアは杖を両手で握り締めるファフアルと、周囲に警戒の目を向けるガードのもとに戻り、言った。
「どんどん進みましょう」
「……そうだな」
彗星盤の蓋を開けて時間を確認したクロノアは、バッグから携帯食を取り出して幾度かかじる。その度に固い感触が歯に伝わった。
(まるで某栄養食品だな。食感が似てる)
ぼりぼりと口内で噛み砕きながら、洞窟の外に目を向けていた。
今彼が身を置いている、ストレトが言ったセーブポイント呼んだ洞穴。
他には誰もいない。いるのは自分たちだけ。外では強いとは言い切れない雪が吹いている。
「止んでくれますかね……これ」
怪訝そうな顔で独り言のように呟いたファフアル。
「どうだろうな」
一瞥もしないガードが口を開いた。
「山の天気は変わりやすいって言うけどね。まぁ運次第かな」
「知るか。天気が何だろうと進むだけだ」
洞穴の入り口から一番遠いところで携帯食をかじりながら、そんなやり取りを傍らで眺める。
コミュニケーションに齟齬がない。無理矢理感がない。
かなり長い時間をパーティーとして過ごしてきたのだとわかる。
バッグから寝袋を取り出して広げる。
魔物が来ることは無いのかと確認をしてみると、魔除けの石が入り口に設置してあるから大丈夫だとガードが返答。とりあえずは安心して良いようだ。
「ちょっと来い」
「え……あ、はい」
あとはもう寝袋の中に入るだけという時に、ガウナが後ろ姿のままで洞窟の少し奥の方まで来るように促した。
言われるがままに行くと、彼女は内壁に背を持たれた。腕を組み、目を閉じている。
「一応伝えておく。私の能力は方向可変《ベクトルチェンジャー》だ。物の動く方向を切り替えられる、止めることは出ない」
「……伝えておく?ベクトルキャンセラー?」
「お前が戦闘に参加するっつーから一応教えておいた方がいいと思ってな。
他のやつのも教えておくぞ」
「えっと……許可、貰ってますよね?」
「んなこと気にすんじゃねぇよ、詐欺野郎」
「気にするなって言ったって……て、え、詐欺!?」
予想外の毒。必要以上に驚いてガウナの目を見た。
「中身と外身が違うからな」
「は、はは……」
反応に困り、とりえあず苦笑いをした。
そんなクロノアを気にした様子もなく、ガウナは元の話題に戻って語る。
「ガード、あいつは鉄甲っつー能力を持ってる。意味はそのまんまだ、肘から先を鉄に変えることができる。回数は無制限だ」
「ストレト。あいつは防膜っつー能力だ。薄い膜を張って耐久力を高めることができんだ。回数は無制限だがその度に魔力を使う」
「ファフは……わからねぇ。そもそも贈与《ギフティッド》を持っていること自体普通じゃないからな、持ってないのか、隠してるのか。一度聞いたが上手く躱された」
「これで終いだ。とっとと戻るぞ、火が消えて寒くなる前に眠ったほうがいい」
「……はい。教えて下さってありがとうございます」
マシンガントークを放ったガウナは用が済んだと言わんばかりにその場から去る。
視線の刺々しさは少しだけ改善されたような気がした。
(ガウナさんの方向可変《ベクトルチェンジャー》にガードさんの鉄甲、ストレトさんの防膜……ファフアルさんは不明か)
全員の能力を頭の中にインストール。一人一人の戦闘スタイルを頭の中で思い描いた後で踵を返した。
その瞬間《とき》――――悪寒が背をなぞった。
(またこの感覚……使いたてで誤作動を起こしてるみたいな感じか?
気配感知も万能ってわけじゃないのかもな……)
明日も歩き続け、場合によっては魔物との戦闘もあり得る。
クロノアはいろんなことを考え、想像しながら意識を落とした。
♢♢♢♢
翌日……三日目の朝。天気は大雪。それに強風が付随している、つまりは吹雪だ。
真っ先に起きたストレトが、迫真の表情で伝えてきた。
「こりゃ暫くは止まないな」
「だが行くしかない。このまま降り止まない可能性もあるからな」
「ですね」
「俺、準備しますね」
簡単な朝食を済ませた後、クロノアの発言をきっかけとして、全員が寝袋を片付けて歩行の準備を行った。
服は全員そのまま。着替えを持ってくるほどバッグの容量は多くない、更に着替える暇もない。当然と言えば当然である。
そして、出発。時間にして八時半。
陣形は今まで通りストレトとガウナのツートップ。
「ガードさん、俺の荷物大丈夫ですか?」
しっかり聞き取れるように気持ち声を張る。
するとガードは目線をそのままに口を開いた。
「あぁ、問題ない」
「ならよかったです!」
風と雪が吹雪く。全員がフードを被っているのにも拘らず、顔面に横から殴ってくる風と雪。うざったいと思っても解消することはできず、我慢するのみ。
「魔物です! 右にいます!」
頭に強い電気信号が流れ、知らせる。と同時に、魔物の姿を視覚で感じ取るべく全速力で駆け抜けた。
ガウナも即座に戦闘体制に移行し、ストレトも一手遅れて駆り出す。
「ほんとに速ぇんだなあいつ……あぁもう、邪魔だな、クソっ!」
「上手く動けないねこれ……!
いつもよりちょっとパフォーマンスが落ちる!」
後ろでクロノアの姿を追いかけるツートップの二人。雪に対する嘆きを吐いているようだ。クロノアは顔面に大粒の雪に叩きつけられながら走行を続け、首を回して魔物を探す。
(気配《・・》が一番強く感じるのは……)
父の努力が込められたグラディウスを一気に引き抜き、跳ねる。
歯の隙間から白い息を吐いて、目線の先にいる魔物に刃を入れる。
ス――――――。
気持ちいいぐらいにするっと通った剣に、赤い血が付着。
敵は兎のような見た目をしている。脚には剛健さを感じさせる力強い筋肉がついている。
脚兎《レグット》。全身を純白で包み込んでいる。
つまりはこの状況に最も適した迷彩服を持つ、捕捉しにくい魔物。
「雑魚……の上位ってところかな。もうこんなところまで来たんだ」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでストレトも狩れ。
一番幼いあいつがもう一体倒してんだぞ」
「うん! 了解!!」
風が雪を運ぶ、そんな最悪の天候の中、魔物を真剣な面持ちで殺し続ける三人がいた。
最多討伐数は、クロノア。二位の五匹を大きく突き放した十匹を討伐した。
「何だ、やっぱ強いじゃねぇかお前」
「いえ、全然です、俺なんか」
「はっ、謙遜か? やめとけよ、反吐が出っから」
反吐が出る、という割には柔和な表情だ。心なしかうれしそうに見える。
クロノアは杖を両手で握り締めるファフアルと、周囲に警戒の目を向けるガードのもとに戻り、言った。
「どんどん進みましょう」
「……そうだな」
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