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終章 ゼンマイ

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極太の腕を組み、堂々としているヅチァラ。猛々しさを象徴する赤髪が風邪でなびく。
後ろを振り向いて、彼は笑った。

「ヅチァラ様っ!」

「我が来たからには死なせん!!」

脳天を貫く大音量の声。普段なら耳障りもいいところだが、今回に限っては頼もしかった。
組んだ腕を解き前傾姿勢を取ったヅチァラ。その後、オーデンやフェニスとは比にならない速さでソシアスとの間を埋めていく。

彼らの間で一番遠い距離にいる女。能力が使えなくなり一時戦線離脱をしているやつだ。
識別名は刻冥楼《タイム》である。

そいつが能力を使用した時の速さは、ヅチァラの今の走行速度に等しい。若干ヅチァラのほうが上だろうか。

能力を使用していない純粋な力。それであれほどの速さを実現させれるヅチァラがどれだけ強力であるかは、その事実が顕著に示していた。

がら空きの胴体に極太の腕を伸ばして拳を叩き込む。
面を上げたソシアスはそれを紙一重で避ける。顔の横からとてつもない風圧が吹いた。
その風圧は地面に溜まった少量の雪を吹き飛ばすくらいには強い。
その直後、ソシアスは何故か既に再生していた左腕で牽制を顔面に一発。
それからもう二回、顔面に追い打ちとなる打撃を食らわした。

「良《よ》い……良いぞォォォォ‼」

しかし、ヅチァラは全く聞いた様子がなかった。打撃を直にもらった顔面は全くブレていなかった。
絶叫する余裕すらあるらしい。

ソシアスの顔に僅かな曇天がかかる。

先程よりも数段速い拳を三度放ったが、結果は同じとなった。顔はブレず、視線は自分から片時も外さなかった。眼を閉じることもなかった。身体能力フィジカルの差は圧倒的だ。

堪らず右手に携えた剣を振るうが、それが届く前に腹を打ち抜かれる。
それによりソシアスの口内から血が少し混じった唾液が吐き出され、衝撃波が彼の体を易々と貫通した。

「行くぞォォォォ‼」

顔を上に向け、瞳孔を狭めるソシアス。そんな彼に構うことなく、ヅチァラは追撃を始める。

空間から真紅のガントレット取り出し右手にはめる。

腰を最大まで捻じり、戻して正拳突き。
相当な速度を有していた。
避けることができないと判断したからか剣を盾にして防御。

着弾。強烈な振動。骨が軋む。衝撃が体中で跳ね回る。

「ッハっ!」

堪らず出る吐息。
空間から取り出した剣はバキバキになった。亀裂が入り、次それを振るえば壊れることは馬鹿でもわかった。

ソシアスは後ろへ飛ぶ。いや……後ろというより、刻冥楼《タイム》の方へ。

「やれるか?」

彼はコミュニケーション﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅を取った。

「うん」

それだけ言うと彼女は姿勢を整える。
そして、彼と同じように空間から﹅﹅﹅﹅剣を取り出して、にやりと笑うヅチァラを見た。

「やっと来たな、ヅチァラ!」

「……フェニス!? 腕をもがれているが大丈夫なのか!?」

そう言われたフェニスは、左腕で掴む右腕を、元々の状態に戻すかのように、右腕を切断面に押し当てる。

「おう、大丈夫だぜ。
この通り、踏ん張ればすぐ繋がるからな!」

「それは良かった!! 我、主らが死んでないかと気が気でなかったぞ!! 生きてて安心というものだ!!」

「ですがヅチァラ様、あの魔物たちはどう倒さねば根本的な解決には至りません」

「らしいな!! 全く、イザナキも面倒なものを作ったもんだ!!」

2つの集団を仕切るいくつもの空気が、不穏なものと変化する。視線、雰囲気、戦っていないのに、もうすでに戦っているような。
ヅチァラの陣営は負傷者が二人。どちらもかなりの重症であるが、数的には有利。
対してソシアス陣営は二人で数的不利に立たされてはいるが、ソシアスの奮闘によりより多くの傷をつけられている。しかし、それと同じ分ソシアスも傷をつけられている。主にヅチァラによって。

「オーデン、フェニス……ではゆくぞ!!」

様子を窺う両者。
そして……ヅチァラの一言により、開戦の幕が上がる。
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