戦闘学園

深沢しん

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入学編

四話 ドタバタな朝

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 どんどん、とドアを叩く音の代わりに、そんな声が西道の脳天を突き抜けた。何を言っているのかと思う西道をおいて、神藤は演技がかった声で続ける。

「昨日は、あんなに愛してくれたのに……!」

 西道はゆっくりとドアを開き、同じ階に住む生徒に目をやる。

「おい、周りの人が見てるからやめろ!」

 小声で言っても彼女は続ける。

「やっとでてきてくれた……ねぇ、今日もするんでしょ? してくれるんでしょ?」

「そ、そんなわっ……け」

 西道にだけ見える悪魔の笑みを見せ、勘違いされそうなことを大声で口にする神藤に対し、西道は即座に否定にかかる。だが―――。
 同じ階の人の視線を感じた西道は、目の前で悪魔のような笑みを浮かべ続ける神藤を、腕を引っ張って部屋に引きずり込んだ。

「お前、あそこまでやるかよ!?
てかあれ何、なんの真似だ!?」

「一日で捨てられた女の真似、かしら」

「真面目に答えろとは言ってねぇ!」

 玄関で神藤を問い詰める西道は、諦めに近い感情で接していた。
 神藤はというと、ただ腕を胸の前で堂々と組んでいるだけ。いや、胸というより、胸を持ち上げる土台のような役割をこなさせている。西道はそんな神藤の動作を視認しているのにも関わらず、それどころじゃなさすぎてただ見ている、視界に収めているといった具合だった。

「連絡先、交換してくれるわよね?」

 西道のツッコミに、質問で返す神藤。流石にもうめんどくさいと思った西道は渋々連絡先を交換した。

「やっと帰った……まさか、送る送らないの話であそこまで揉めるとはな……」

 短針が十を少し過ぎたところに、長針が丁度十二を指しているのを確認した西道は、ネイアパスを起動し今さっき入手した二人目の連絡先を眺め、どうにか削除できないかと試行錯誤した。しかし、どこをいじっても削除というボタンは見当たらず、とうとう諦めた西道は軽い晩飯を自らの手で作り始めた。
 インスタントラーメン、おにぎり、メンチカツ。
机にそれらを並べ、西道はブレザーを棚にあるハンガーにかけ、その後椅子に深く腰を掛けた。

「まぁ多少栄養は偏るが……仕方ないか。
自炊は明日からにしよう」

 昨日もコンビニ飯で済ませたやつの台詞である。
 インスタントラーメンから啜り始め、次にメンチカツ、最後におにぎりの順番で忙しく胃に食べ物を蓄積させ、全てを平らげた後、息抜きも含めてネイアパスに表示される、『神藤』という名字を消せないかと、また性懲りもなく試行錯誤していた。

「無理か……まぁ、頻繁に来なければいいかな……ふぁぁ……」

 だが、もちろん、削除することはできず、今度こそ完全に諦めた西道であった。


♢♢♢♢


「……部屋に、行く……は?」

 太陽が窓から差し込む。ネイアパスに内蔵された目覚まし時計で目を覚ました西道は、念のためネイアパスを起動して何か通知がないかチェックすることにした。
 そこで確認したのは、一人目の連絡先である剛の不在着信と『悪い、操作間違えちまった!』というメッセージ、そして……。
――神藤からの『今からあなたの部屋に行くわ』というメッセージでだった。
 ひとまず剛に返信しよう、と人差し指を前へ出し、フリックする動作に移行した際に、前触れのある唐突なインターホンが鳴り響いた。

「はえぇな、おい!まだ着替えてねぇんだぞ……!」

 ネイアパスをつけっぱなしにしたまま、視界にメッセージ欄を映し出したまま、西道は速攻で制服に着替えを始めた。乱雑に脱ぎ捨てた部屋着は裏表逆のままベッドにダイブし、身に着けたワイシャツは袖のボタンが止まっていない。

 『早く開けて』というメッセージが見えた西道は、更に身支度の速度を増させる。すべてが整ったのは2分後だった。

「おい……こんな朝早くからなんだよ!」

「わふっ!」

 思い切りドアを開けたことで、ドアの前に至近距離で立っていた神藤のおでこにぶつかり、あまりの痛みにその場に蹲《うずくま》りおでこの盛り上がった部分に手を当てて痛みを紛らわしていた。

「ちょっと……ゆっくり開けてよ……バカ」

「……はいはい。で、何の用だよ」

 あまり神藤のことが好きではない西道だったが、今回ばかりはさすがに申し訳ないと思った。
 痛みは伝播するのだ。まるで、その痛みを自分が背負ってしまったかのように。そしてそれが自分によって誘発されたものなら尚更、人は罪悪感に苛まれてしまうのだ。

「本当に大丈夫か?」

 西道はゆっくりと、自分の掌底を神藤に見せそこで手を静止させる。

「……何のつもり?」

 ジト目で目をやる神藤。
 そっぽを向いて状態を維持する西道。

「お前のことは正直言って好きじゃない」

「……奇遇ね、私も――」

「けど、罪悪感がここで何もしないことを許してくれないんだよ。俺は間違ったものが嫌いだ。だから、こうして手を伸ばして待ってる」

 すかさず否定しようとするがそれを遮り、西道は自分の信念のようなものを開示した。

「……あなた、案外悪い人じゃないかもしれないわね」

「だからあれは不慮の事故だって……」

 視線を方に戻す。
 彼女はとても悲しそうな表情をしていた。

「そんなの……もうわかってるわよ」

「……は? ならなんでそんな因縁つけてくんだよ」

「………」

 彼女は口を噤む。かと思うと一人でに立ち上がって、スカートについた汚れを両手で払い、踵を返した。

「あ、おい! どこ行くんだよ!」

 西道が声を荒げるたからか一瞬動きを止めるが、何も言わず少し速足でどこかへ行ってしまった。

――――変な奴。

 西道はメールボックスに何か届いていないか確認するが、先ほど何も言わずに走って行った神藤からのメールは一つも確認できなかった。

「あ、あぁ……そうだった、剛に返しかねぇと……」

 西道はドアを開けたまま人差し指以外を掌に置き、最近の文字入力の主流となっているフリックで『おう、全然大丈夫だ』と文字を入れる。
 直後に『送信』と記載された映像を人差し指で押して、相手に届いたことを確認した後西道はようやく玄関を閉めた。

「……とんだ災難だったな」

 西道は朝の支度をする最中、もう一度メールが来ていないか確認していたが、案の定何か文章が神藤から送られるということもなく、そのまま支度を終わらせ今、こうして登校している。

(八時二十分か……ここから学園大体十分くらいだから、まぁギリギリ間に合うか)

 ネイアパスに表示された四つの数字を見て、西道は速度を落とすことも上げることもなく、ただひたすらに歩き続けた。

「よう、西道! 奇遇だな、こんなところで!」

 並木道を抜けると、剛と運良く合流。
快活で接しやすい笑みで、手を挙げていた。

「あぁ……剛か。おはよう、さっきのメール見たけど、どうして電話をかけ間違ったんだ?」
「おう、それなんだけどな……」

 西道と剛は軽く駄弁りながら、五分という短い時間を消費した。
 彼らの通学路は、森を突っ切る形になっているため、目に映る景色が激変すると言ったことは無かった。がしかし、森の木々が排出する新鮮な空気があるため、さほど苦痛にもならないようだった。
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