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入学編
十一話 カレーライス
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「ふー……まじでさっきのは危なかった。中二病がよくやる『俺の腕が……俺の腕じゃなくなる前に……』みたいな感じで、ほんと危なかったな」
神藤が漸く腕を離してくれたことで、西道は晴れて自由に身に。気分転換も兼ねて近所にあるコンビニに行き、30分ほどして自宅に帰ってくる。
右手に提げる袋とは逆の手でポケットの鍵を取り出し、くるりと回してノブに手を掛ける。
「ただいま……なのか?」
言いながら中に侵入すると、顔を膝に埋めている神藤が見えてくる。西道は時々視線を送って気にかけながら、購入した物品を冷蔵庫や収納棚へと配置、或いはキッチンの作業台に、昼食用の食材を並べる。
「神藤、昼カレーでいいか?」
現在時刻は十三時過ぎ。三時間近く神藤から拘束を受けていたため、この時間になった。
西道が良いながら神藤の方を見ると、彼女はうつむいたまま顔を縦に振って、了承の合図を出す。
西道は調理を始める。
野菜を適切な大きさに切り、肉を一口大に切る。仕込みをして、肉は焼いて、野菜は鍋に張ってある加熱した水の中に入れ火を通す。肉に火が通ったらその肉を鍋の中に入れ、お玉でかき混ぜながら数分。ルーを一ブロックずつ入れては味見をして、最適な味を模索。三つのブロックを入れたところで、西道の舌に味が合った。
調理している時、空気は食材を切る音、肉を焼く音、野菜を煮る音、味見するためにルーを啜る音だけを振動させていた。神藤は一言も喋らずただ伏しているだけ。西道は料理に集中しているため、あまり気にかけることが出来なかった。
楕円形の皿に盛られた半々になったカレーライス。
米はカレーの調理をする前に炊いておいたものを盛っている。炊飯器は西道が入寮する前から備えられていたものを使用した。
「ほら、できたぞ。中辛で良かったか?」
「うん。ありがとう」
――――なんかすげぇいい子。
スプーンを皿の端においたカレーを二つ分、両手に乗せて持っていきながらそんな会話をする。彼はその間で、本日何度目かわからないくらい行っている認識の変化を行っていた。
漸く顔を持ち上げた神藤の前と、その少し横にカレーが乗った皿を置いて、微かに距離を空けて座る。
……が、神藤はその距離を即座に埋めてきた。
「神藤、さっきからずっと思ってたんだが……その、くっつく必要あるか?」
「西道くんと少しでも近くで居たいの。駄目?」
「いや……別にいいけどさ。何でだろうって思って。あの時助けたのはお前だったからじゃないって言っただろ?」
「うん。言われた」
「そうだとしても私は西道くんに感謝してるの。だから、そんなあなたに少しでも近づいていたい」
「それが理由じゃ……駄目かな」
しょんぼりする神藤。
(そんな顔されたら……断れねぇだろ)
何かがこみ上げてくる感覚がした西道は、傍を向きながら、若干声量を落として言った。
「……わかったよ。じゃあほら、カレー食おうぜ。口に合うかわからんけど」
「うん……もらうね。いただきます」
「いただきます」
手のひらを合わせそう口にした二人は、肩はおろか脇腹や骨盤でさえも密着するという異様な状態を保持したまま、昼食を取っていた。
(……誰かと食べるご飯は……久しぶりだな)
島に来る前、時自分が一人で食事を取っていたことを思い出す西道。
カレーをすくい上げて口に運び、咥え。口を閉ざしたままスプーンを引き、食べ物を噛み、ある程度分解できたら喉に流す。そんな『食べる』という人間が持つ欲求の一つを満たしながら、それと同時にもう一つの欲求、追求を達成させていた西道であった。
♢♢♢♢
「なぁ……帰らないのか?」
「帰ってほしいの?」
「いや、そういうわけじゃない……とも言えないけど」
使用した調理器具と皿を洗い、一段落した時、言い渋りながらもそう声をかけた西道。ちなみに、洗剤で洗った食器は『私も手伝う。洗った食器、私にちょうだい』とボランティアを志望した神藤に、その水分を拭かせた。
「なら、お願い。ここにいたいの。西道くんと一緒に居たいの、今は」
「お前は俺のこと嫌いなんじゃなかったのか? あんな突っかかって、事あるごとに絡んできて」
「それは……ごめんなさい。私、ちょっと素直じゃないところがあって。本当は普通に喋りたかったんだけど、上手く行かなくて。それで、話す口実作るために、西道くんの部屋に行った。迷惑だったよね。ほんと、悪いと思ってる……ごめん」
(……そういうことだったか)
神藤があのような行動を取ったことに合点がいった西道は心のなかで納得の言葉を鳴らす。
言うなれば、空回り。そもそも本当に嫌いなのであれば、連絡先の交換を望むことは普通ならないだろう。
西道は神藤に対する認識をガラリと変えた。神藤奏花は……不器用な人間だ。
「いや、別にそこまで気にしてない。少し面倒だとは思ったが、知れてよかった。話してれてありがとな」
「うん……ごめんね」
下を向く彼女。本気で反省しているのだということが、心の底から伝わってくるようだった。
「二度は……謝んなくていい」
パック型のをマグカップに注いでレンジでチンしたコーヒーを啜る。
「それより神藤、まだここに居るってんなら、教えてもらいたいことがある」
「なに……?」
以前とは打って変わって完全に敵対心のないしゅんとした顔が、西道の方へ向く。
「ここに来るに至った、経緯について。まぁ色々端折って言うと、父と何が合ったかって話だ」
「……それは……」
それを言うと、彼女はひどく動揺したらしい。どうやら触れたくないような話題らしい。
しかし、引けない。この情報は学園長の画策を見破る飢えで大事なものとなるからな。
(まぁ……何で阻止しようとしてんだって聞かれると、なんとも言えないけど。強いて言うなら……)
……過去だ。
「家庭の事情に首突っ込みたくないから、教えられる範囲で良い。どうやってここに来たのか」
「……うん」
「わかった、教える」
彼女は勘定したような表情を取ったあとで、了承という形で返答をよこした。
「でもね、私……今それですごく悩んでて、怖くて……上手く話せるかわからない。それでも、いい?」
神藤は両手の人差し指同士でくるくると回しながらしどろもどろに答える。
「あぁ、頼む」
――――こういう感情をなんて表現するんだ? 初めてだからよくわからないけど。
実は中身が違った違っただけで、こんなにも変わるものなのだろうか。
西道は時折相槌を打って、彼女の話に耳を傾け続けた。
神藤が漸く腕を離してくれたことで、西道は晴れて自由に身に。気分転換も兼ねて近所にあるコンビニに行き、30分ほどして自宅に帰ってくる。
右手に提げる袋とは逆の手でポケットの鍵を取り出し、くるりと回してノブに手を掛ける。
「ただいま……なのか?」
言いながら中に侵入すると、顔を膝に埋めている神藤が見えてくる。西道は時々視線を送って気にかけながら、購入した物品を冷蔵庫や収納棚へと配置、或いはキッチンの作業台に、昼食用の食材を並べる。
「神藤、昼カレーでいいか?」
現在時刻は十三時過ぎ。三時間近く神藤から拘束を受けていたため、この時間になった。
西道が良いながら神藤の方を見ると、彼女はうつむいたまま顔を縦に振って、了承の合図を出す。
西道は調理を始める。
野菜を適切な大きさに切り、肉を一口大に切る。仕込みをして、肉は焼いて、野菜は鍋に張ってある加熱した水の中に入れ火を通す。肉に火が通ったらその肉を鍋の中に入れ、お玉でかき混ぜながら数分。ルーを一ブロックずつ入れては味見をして、最適な味を模索。三つのブロックを入れたところで、西道の舌に味が合った。
調理している時、空気は食材を切る音、肉を焼く音、野菜を煮る音、味見するためにルーを啜る音だけを振動させていた。神藤は一言も喋らずただ伏しているだけ。西道は料理に集中しているため、あまり気にかけることが出来なかった。
楕円形の皿に盛られた半々になったカレーライス。
米はカレーの調理をする前に炊いておいたものを盛っている。炊飯器は西道が入寮する前から備えられていたものを使用した。
「ほら、できたぞ。中辛で良かったか?」
「うん。ありがとう」
――――なんかすげぇいい子。
スプーンを皿の端においたカレーを二つ分、両手に乗せて持っていきながらそんな会話をする。彼はその間で、本日何度目かわからないくらい行っている認識の変化を行っていた。
漸く顔を持ち上げた神藤の前と、その少し横にカレーが乗った皿を置いて、微かに距離を空けて座る。
……が、神藤はその距離を即座に埋めてきた。
「神藤、さっきからずっと思ってたんだが……その、くっつく必要あるか?」
「西道くんと少しでも近くで居たいの。駄目?」
「いや……別にいいけどさ。何でだろうって思って。あの時助けたのはお前だったからじゃないって言っただろ?」
「うん。言われた」
「そうだとしても私は西道くんに感謝してるの。だから、そんなあなたに少しでも近づいていたい」
「それが理由じゃ……駄目かな」
しょんぼりする神藤。
(そんな顔されたら……断れねぇだろ)
何かがこみ上げてくる感覚がした西道は、傍を向きながら、若干声量を落として言った。
「……わかったよ。じゃあほら、カレー食おうぜ。口に合うかわからんけど」
「うん……もらうね。いただきます」
「いただきます」
手のひらを合わせそう口にした二人は、肩はおろか脇腹や骨盤でさえも密着するという異様な状態を保持したまま、昼食を取っていた。
(……誰かと食べるご飯は……久しぶりだな)
島に来る前、時自分が一人で食事を取っていたことを思い出す西道。
カレーをすくい上げて口に運び、咥え。口を閉ざしたままスプーンを引き、食べ物を噛み、ある程度分解できたら喉に流す。そんな『食べる』という人間が持つ欲求の一つを満たしながら、それと同時にもう一つの欲求、追求を達成させていた西道であった。
♢♢♢♢
「なぁ……帰らないのか?」
「帰ってほしいの?」
「いや、そういうわけじゃない……とも言えないけど」
使用した調理器具と皿を洗い、一段落した時、言い渋りながらもそう声をかけた西道。ちなみに、洗剤で洗った食器は『私も手伝う。洗った食器、私にちょうだい』とボランティアを志望した神藤に、その水分を拭かせた。
「なら、お願い。ここにいたいの。西道くんと一緒に居たいの、今は」
「お前は俺のこと嫌いなんじゃなかったのか? あんな突っかかって、事あるごとに絡んできて」
「それは……ごめんなさい。私、ちょっと素直じゃないところがあって。本当は普通に喋りたかったんだけど、上手く行かなくて。それで、話す口実作るために、西道くんの部屋に行った。迷惑だったよね。ほんと、悪いと思ってる……ごめん」
(……そういうことだったか)
神藤があのような行動を取ったことに合点がいった西道は心のなかで納得の言葉を鳴らす。
言うなれば、空回り。そもそも本当に嫌いなのであれば、連絡先の交換を望むことは普通ならないだろう。
西道は神藤に対する認識をガラリと変えた。神藤奏花は……不器用な人間だ。
「いや、別にそこまで気にしてない。少し面倒だとは思ったが、知れてよかった。話してれてありがとな」
「うん……ごめんね」
下を向く彼女。本気で反省しているのだということが、心の底から伝わってくるようだった。
「二度は……謝んなくていい」
パック型のをマグカップに注いでレンジでチンしたコーヒーを啜る。
「それより神藤、まだここに居るってんなら、教えてもらいたいことがある」
「なに……?」
以前とは打って変わって完全に敵対心のないしゅんとした顔が、西道の方へ向く。
「ここに来るに至った、経緯について。まぁ色々端折って言うと、父と何が合ったかって話だ」
「……それは……」
それを言うと、彼女はひどく動揺したらしい。どうやら触れたくないような話題らしい。
しかし、引けない。この情報は学園長の画策を見破る飢えで大事なものとなるからな。
(まぁ……何で阻止しようとしてんだって聞かれると、なんとも言えないけど。強いて言うなら……)
……過去だ。
「家庭の事情に首突っ込みたくないから、教えられる範囲で良い。どうやってここに来たのか」
「……うん」
「わかった、教える」
彼女は勘定したような表情を取ったあとで、了承という形で返答をよこした。
「でもね、私……今それですごく悩んでて、怖くて……上手く話せるかわからない。それでも、いい?」
神藤は両手の人差し指同士でくるくると回しながらしどろもどろに答える。
「あぁ、頼む」
――――こういう感情をなんて表現するんだ? 初めてだからよくわからないけど。
実は中身が違った違っただけで、こんなにも変わるものなのだろうか。
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