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人間編
永遠の別れだとも知らずに
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パジャマのままダイニングに向かうと、既に父と弟は座っていた。椅子は四個。父が右端で隣が弟、父の前が私。これがいつもの定位置。すると座っている弟が顔をあげて「おねぇちゃん、はやくぅ。冷めちゃうよ」とせかした。
「うん、ごめん。ちょっと待ってて」
テーブルを見ると、具沢山の味噌汁、炊きたての白ご飯に甘辛く煮た昨日の焼き魚。うん、美味しそうだ。私は素早く手を洗うと、お待たせと声をかける。父のいただきます、の合図で私たちも声を揃えた。
私たち家族は朝は基本そろってだ。誰かが欠けたりしない、三人の朝食。昔は父の仕事が忙しく父が早朝に出て行くこともあったが、母が蒸発した後、父はすぐに転職して落ち着くようになった。こうして三人で食卓を囲めるのは、父が転職したお陰なのだ。
それにしても今日の味噌汁は具沢山だな。大根やねぎはともかく、普段入れない人参も一口サイズで入っている。人参を箸でつまみ首をかしげていると、父が微笑んだ。
「あぁ、この人参ね。今日生ゴミを出している時に、向かえの田中さんに貰ったんだよ。なんでも息子さんが農家を始めたらしくて、一人じゃ食べきれないって近所に配っているらしい。お味噌汁を作っていたとき味見したけど、甘くて美味しかったよ」
「へぇ、あ、本当だ美味しい」
橙色をした人参はスーパーで売っているものよりも甘く、美味しかった。田中さんの息子さん、農家の才能あるんじゃないか。昔はよくブラック会社の愚痴をこぼしていたそうだが、会社を辞めて良かったじゃないか。上司に怒鳴られることもなく、農家は息子さんにとって天職だろう。
「ところで美咲、今日は出掛けるっていってたね。昼食はどうする?」
「ん、外で食べようかなって。修真がハンバーガー食べたいって言ってたし」
「違うよおねぇちゃん。おねぇちゃんが食べたいものがあるから、じゃあ僕はハンバーガー食べるって言ってたんだよ」
「そ、そうだけど…。修真も楽しみだって言ってたじゃん。チーズたっぷりハンバーガー。この辺りでは店舗がないから食べてみたいって」
「まぁまぁ、今日は外で食べてくればいいさ。でも、あんまり遅くならないようにな」
「うん、夕方までには帰るつもりだから安心して」
私は柔和に微笑みかけると、父は安堵の笑みを浮かべる。父は私もいつか母のように家を出て行くのではないかといつも心配している。私はそんな馬鹿げたこと、絶対あり得ないのにと父を慰めるのだが、父の曇った顔は晴れてくれない。愛するひとがいなくなった痛みは、私には分からない。母は好きだった。だけど家族なんてどうでもいいという黒い感情が時々、目に見える形で母に表れいてて、母が蒸発した後やっぱりかと納得した自分がいた。
でも、私は裏切ったりしない。母の血にだって、抗ってみせる。
ーーーーーーーーーーー
「おねぇちゃん、遅いよ、はやく」
「待ってよ、お姉ちゃんにはたくさん準備があるの!」
「だって準備してから一時間かかってるんだよ」
そりゃ、弟は服を着替えるだけで良いかもしれないが、私はメイクや髪型をセットするのだってあるんだ。目元のアイラインを引く難しさは、弟には分かるまい。それに、服に合わせてメイクを変えているんだ。じっくりと考えさせて欲しい。
今日はクリーム色のハイネックセーターに、黒とベージュのチェックのサスペンダースカート。ほら、肩にかけるスカート。ちなみにミニだ。足の露出もあるぞ。でも残念。ニーハイだとバランスが悪いのでやめておく。まぁ、長い靴下もってないからできないけど…。
メイクは、と、オレンジ色をベースとしたドールメイクがいいな。先月買ったデパコスがオレンジ色ベースだったからそれを使うとして、茶色のマスカラは出掛ける時に買いたいな。黒しかもってないもん。それと、アイラインはあのキャ○メイクが出したキャラメル色のペンシルで引いてと。私が好きな美容系ユーチューバーもこのメイクしてたんだよね。まぁ、私が真似しただけだけど。最後にチークとリップを塗って完成。
髪の毛は、百六十度のアイロンで揺るまき程度。前髪は薄くして、毛先を強く巻く。横に流して固めれば完成。これだけやれば、一時間もかかる。どうだ弟よ、姉の変身した姿は。
「はやく、もう十時だよ」
うーん。姉弟だからだろうか。反応なしだ。
「お、美咲、可愛くなったな」
玄関までお迎えしてくれた父は、頭を撫でながら褒めてくれた。私はできるだけ、母がしていたメイクはしない。どうだ、こっちのが父好みだろう。はにかむと、父は一万円程お小遣いをくれた。全く、今日は父のプレゼントを買いに行くっていうのに。いい父親だ。
「これで服を買ってきなさい。お父さんじゃ、美咲に合う服もわからないからね。余ったら何か他のものを買えば良いよ」
「家で足りないものない? 洗剤は切れてるとして…」
「じゃあ美味しいプリンを買ってきてもらおうかな。夕飯の前に皆で食べよう」
じゃあ、行ってきます、と私は弟と玄関を出る。これが、父と当分会えなくなるなんて思わなかった。なんとなくそんな予感がしたら、今日は出掛けなかった。でもこのときの私はつい五時間後に起ることなんて想像できない。地獄をさまよっている今、この時の父の顔は今でも忘れられない。
「うん、ごめん。ちょっと待ってて」
テーブルを見ると、具沢山の味噌汁、炊きたての白ご飯に甘辛く煮た昨日の焼き魚。うん、美味しそうだ。私は素早く手を洗うと、お待たせと声をかける。父のいただきます、の合図で私たちも声を揃えた。
私たち家族は朝は基本そろってだ。誰かが欠けたりしない、三人の朝食。昔は父の仕事が忙しく父が早朝に出て行くこともあったが、母が蒸発した後、父はすぐに転職して落ち着くようになった。こうして三人で食卓を囲めるのは、父が転職したお陰なのだ。
それにしても今日の味噌汁は具沢山だな。大根やねぎはともかく、普段入れない人参も一口サイズで入っている。人参を箸でつまみ首をかしげていると、父が微笑んだ。
「あぁ、この人参ね。今日生ゴミを出している時に、向かえの田中さんに貰ったんだよ。なんでも息子さんが農家を始めたらしくて、一人じゃ食べきれないって近所に配っているらしい。お味噌汁を作っていたとき味見したけど、甘くて美味しかったよ」
「へぇ、あ、本当だ美味しい」
橙色をした人参はスーパーで売っているものよりも甘く、美味しかった。田中さんの息子さん、農家の才能あるんじゃないか。昔はよくブラック会社の愚痴をこぼしていたそうだが、会社を辞めて良かったじゃないか。上司に怒鳴られることもなく、農家は息子さんにとって天職だろう。
「ところで美咲、今日は出掛けるっていってたね。昼食はどうする?」
「ん、外で食べようかなって。修真がハンバーガー食べたいって言ってたし」
「違うよおねぇちゃん。おねぇちゃんが食べたいものがあるから、じゃあ僕はハンバーガー食べるって言ってたんだよ」
「そ、そうだけど…。修真も楽しみだって言ってたじゃん。チーズたっぷりハンバーガー。この辺りでは店舗がないから食べてみたいって」
「まぁまぁ、今日は外で食べてくればいいさ。でも、あんまり遅くならないようにな」
「うん、夕方までには帰るつもりだから安心して」
私は柔和に微笑みかけると、父は安堵の笑みを浮かべる。父は私もいつか母のように家を出て行くのではないかといつも心配している。私はそんな馬鹿げたこと、絶対あり得ないのにと父を慰めるのだが、父の曇った顔は晴れてくれない。愛するひとがいなくなった痛みは、私には分からない。母は好きだった。だけど家族なんてどうでもいいという黒い感情が時々、目に見える形で母に表れいてて、母が蒸発した後やっぱりかと納得した自分がいた。
でも、私は裏切ったりしない。母の血にだって、抗ってみせる。
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「おねぇちゃん、遅いよ、はやく」
「待ってよ、お姉ちゃんにはたくさん準備があるの!」
「だって準備してから一時間かかってるんだよ」
そりゃ、弟は服を着替えるだけで良いかもしれないが、私はメイクや髪型をセットするのだってあるんだ。目元のアイラインを引く難しさは、弟には分かるまい。それに、服に合わせてメイクを変えているんだ。じっくりと考えさせて欲しい。
今日はクリーム色のハイネックセーターに、黒とベージュのチェックのサスペンダースカート。ほら、肩にかけるスカート。ちなみにミニだ。足の露出もあるぞ。でも残念。ニーハイだとバランスが悪いのでやめておく。まぁ、長い靴下もってないからできないけど…。
メイクは、と、オレンジ色をベースとしたドールメイクがいいな。先月買ったデパコスがオレンジ色ベースだったからそれを使うとして、茶色のマスカラは出掛ける時に買いたいな。黒しかもってないもん。それと、アイラインはあのキャ○メイクが出したキャラメル色のペンシルで引いてと。私が好きな美容系ユーチューバーもこのメイクしてたんだよね。まぁ、私が真似しただけだけど。最後にチークとリップを塗って完成。
髪の毛は、百六十度のアイロンで揺るまき程度。前髪は薄くして、毛先を強く巻く。横に流して固めれば完成。これだけやれば、一時間もかかる。どうだ弟よ、姉の変身した姿は。
「はやく、もう十時だよ」
うーん。姉弟だからだろうか。反応なしだ。
「お、美咲、可愛くなったな」
玄関までお迎えしてくれた父は、頭を撫でながら褒めてくれた。私はできるだけ、母がしていたメイクはしない。どうだ、こっちのが父好みだろう。はにかむと、父は一万円程お小遣いをくれた。全く、今日は父のプレゼントを買いに行くっていうのに。いい父親だ。
「これで服を買ってきなさい。お父さんじゃ、美咲に合う服もわからないからね。余ったら何か他のものを買えば良いよ」
「家で足りないものない? 洗剤は切れてるとして…」
「じゃあ美味しいプリンを買ってきてもらおうかな。夕飯の前に皆で食べよう」
じゃあ、行ってきます、と私は弟と玄関を出る。これが、父と当分会えなくなるなんて思わなかった。なんとなくそんな予感がしたら、今日は出掛けなかった。でもこのときの私はつい五時間後に起ることなんて想像できない。地獄をさまよっている今、この時の父の顔は今でも忘れられない。
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