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人間編
弟の成れの果て
しおりを挟むそれは突然表れた。音もなく、それは弟の背後に立って、淡々と仕事をこなしていく。どうにもならない不運。ひょっとするとそういう運命だったのかもしれない。変えられない運命。たらればを考える暇もなく、この不運を回避しても弟はああなる運命だったのかもしれない。私が予知能力を手に入れても、回避できないのかもしれない。それほど残酷な結末が、弟に待ち受けていた。
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新刊は「年上上司、年下社長に溺愛される」という結構話題のBLで、今日は四刊目が発売された。またこれがね、上司が可愛いのよ。黒髪で体育会系で男子校上がりの上司が、苦労なしのお金持ち年下社長に頭が上がらないんだよ。最初はその上司は、親のコネで社長になったその年下くんが嫌いだったんだけど、飲み会の時に襲われちゃってね。もうそのときから社長の溺愛っぷりが半端じゃないの。皆も見た方がいいよ。ドラマCDにもなってるし、そろそろアニメもやるんじゃないかなぁ。
おっと、急がねば。可愛い弟が待っている。また変なおじさんに声をかけられていないだろうか。人が沢山いる場所だから大丈夫か。いや待てよ、綺麗なおねぇさんたちに声をかけられてついていってしまうかもしれない。「君、迷子なのかな」って黒髪ロングのおねぇさま方が親切に駅まで送っていってしまうかもしれない。弟が説明する余地もなく、手を引かれるかもしれない。まずいな、それは。
急いで建物の外にでると、弟が花壇で座っていた。よかった、誘拐されてない。安堵で足が不思議とゆっくりになる。そうだ、後ろから驚かしてやろう。いつもスマホを触る私の後ろに立って驚かすんだ。今日くらい立場が逆だっていいじゃないか。
あれこれどう驚かすか考えていると、不自然なバスがこちらへ向かってきた。いや、正確には弟にだ。道路のでこぼこに揺れるとか、そういうレベルじゃないくらい左右に揺れている。花壇を壊し、隣の車にぶつかり、弟に迫ってきている。怪物のようだった。落ち着け、弟は迫ってくるバスをただ構えるだけの馬鹿じゃない。バスのスピードは遅い。まだ周りの半数がその重大さに気が付いていないが、弟もそろそろ気が付くだろう。スマホを持ってなにかをみている様子だが、弟はスマホを触っているときでもちゃんと私の声に気付くことが出来る。
大丈夫…だ…。そう震えていると、弟の顔がなかなか上がらないことに気が付いた。何故? もうすぐそこまでバスは迫ってきているのに。もう、ちらほら悲鳴をあげる人も出てきているのに。なんで気付かない。ぎょっとして弟の耳辺りを、目を凝らしてみて見る。しまった、イヤホンだ。それじゃあ、気が付かない。どうしよう間に合わない。
走り出した。ブーツが嫌な音を立てている。足をくじく。痛い、でも走らなきゃ。弟が、いなくなってしまう。また父が、沈んだ顔をしてしまう。いや、嫌だ。嫌だ。嫌だ。修真、修真、しゅうま、しゅうー。
「しゅうまああああああああああああああ」
驚いた。自分にこんな大きな声が出せれるのか。知らなかった。まるで獣の雄叫びのようだった。これで気付く、修真は…。
どす、とバスは弟に激突してしまう。弟がイヤホンをとり、顔をあげた瞬間、バスと地面の間に吸い込まれた行った。私は走るのに夢中で、バスのスピードが速くなっていることに気が付かなかった。バスは弟と花壇にぶつかった衝撃で、やっと止まった。いや大人しく止まった訳ではない。ぶつかった衝撃で、バスがおおきく傾き、更に弟が下敷きになる。
下敷きになったかなってないかは、今は問題ではない。バスに吸い込まれた時はっきりとみた、飛び散る血。花壇が真っ赤に染まる。普段見慣れない、ピンク色の肉塊。一メートル先まで飛び散っている。ちいさな弟は、ただの肉の塊になってしまった。タイヤにへばりつく、塊。あれが、弟。さっきまで生きていた弟。数十分前に会話した弟。嘘だ。動かないなんて、嘘だ。
私は短い悲鳴を出しながら、這いつくばりながら駆け寄る。しゅうま、しゅうま、しゅうま。誰も私を止めない。ただならぬ雰囲気に、皆察したんだろう。私は必死に弟をかき集めて、手のひらを満たす。あの美しい瞳も、塊に紛れてわからない。しゅうま、しゅうま。
これからどうすればいいの? 父には、何て言えば良いの? プリンか弟かも分からなくなるぐらい混ざって。唯一、弟が買った父のプレゼントだけ無事だった。そりゃそうだ、私が持っていたんだ。弟が持っていたものは、全部わからなくなってしまった。
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