なつのにおい

世界観

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2日目 切っても切れない糸

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 人間は、大きな環境変化があるとすぐに適応できる人間と、なかなか元にいた場所から抜けられず置いてけぼりになってしまう人間がいる。




 かという自分は後者である。いつも、先行く周りの人を見て一度は焦るが、"まぁいいか"とその場所に残ってしまう。現代ではこういう人間を「ゆとり世代」と総称しているのだろう。
 まず、そうやって「ゆとり世代」とか「B型」だからお前はこういう人間だとか決めつけること自体俺は嫌いだ。
 たまに、『お前はこういう奴だよな』とか、『お前はそういう所あるよな』とか言う人間はいるけど、そう言う人間が俺は一番嫌いなのだ。勝手な相手の尺度で自分を図られて偏見で相手を決めつける。
 お前に俺の何がわかるんだ。どれだけ誰かと分かり合いたいと思ったって、結婚したって親友になったって相手の本当の気持ちなんて相手にしかわからない。
 なぜなら、「気持ち」というのは丸い球体であり、真ん中には「本質」がある。
 でも、人はどれだけ相手と近い距離の関係になろうとも、その球体から3cmくらい進んだ所までしか相手の事を見えないと思う。
 だって本当の気持ちも自分の事も自分にしかわからないんだから。
 だから、本当の相手なんてわからないのに決めつけたりしたらいけないって俺は思う。

「これだから"ゆとり"はよぉ!お前が遅いからお客様が怒るんだよ!」
「すいません」

 こういう事だ。週に四回のファミレスのアルバイトで一回は必ず被る矢島さんはいつもお客様にクレームを言われると何かと俺に理不尽に理由をつけてキレてくる。

 そうこうしている内に、店内はお昼時を過ぎて休憩の時間になった。

「休憩入ります」
「おつかれさーん」

 キッチンから店長の声が聞こえた。店長はいつも優しくて矢島さんには内緒で残り物をくれたり、まかないでデザートを作ってくれたりする。
 やっと休憩かと思い、休憩室で椅子に座って物思いにふけっていると昨日の一言をふと思い出した。


『星もいつかは消えちゃうんだ。だからちゃんと見てるんだよ』


 どういう事だったんだろうな、本当に不思議な人で言葉も行動も全然読めなくてこんな人初めてだった。
 でも、もう俺はこの人とは関わってはいけない。考えたら考えるだけ好きになってしまう自分がわかっているから。
 結局メッセージの返信は返していない。

「葉月くーん…」
「店長、どうしたんですか」
「これ、オムライス、お客さん頼んだんだけどやっぱ要らないって言われちゃったから食べていーよー」
「いいんですか!ありがとうございます」
「矢島君には内緒だよ」
「はーい!」

 本当に店長は優しい、矢島さんが嫌で辞めようかと悩むけど店長の優しさでこの場所で働き続けてしまう。
 ただ、朝8時から夕方16時までという長時間労働を終えたあと、夜は居酒屋のバイトなので新しい場所を探さないとなとは思っている、思っているだけだ。その場所に安定してしまうとなかなか自分は抜け出せない。
 今、美咲さんは何をやっているんだろう。何を考えて、何を見て、誰といるんだろう。考え出してしまうと止まらなくなる、こんなに人に惹かれてしまっているのは初めてだった。

「また会いたいな…」

 自分に呆れるほど俺は美咲さんに惑わされている。
 考えるだけ苦しい、もう関わってはいけないという痛みと後悔で胸が締め付けられるんだ。美咲さんの連絡先を消せばもうこの関係は本当に終わるのに消せない自分が嫌になるし、痛かった。
 40分の休憩が終わり、その後も矢島さんのストレス発散パンチバッグにされながらもファミレスのアルバイトを終えた。一人になると美咲さんの事で心が苦しくなってしまうので今は働いている方が大分楽だ。
 自転車に乗り、次の居酒屋のアルバイト先までを走る。夕焼けに差し掛かった世界は橙色でまるで自分だけを違う世界に追い出そうとしているようで悲しくなった。
  


「お疲れ様です」

 アルバイト先に到着し、着替えていると二つ上の里奈先輩がじっとこっちを見つめていた。

「未来くーん…もう先輩生きてるの疲れたよ…」
「わけわかんないですよ、なんか嫌なことでもあったんですか」
「また捨てられた…」
「またですか…もういい加減彼氏作るの諦めたらいいじゃないですか、里奈先輩は男を見る目が無さすぎです」

 里奈先輩はいつも飲み会で出会っては、すぐ人を好きになっていつも三日も経たない内に捨てられている。

「嫌だよ…私、一人じゃ生きていけないもん、誰かが隣にいてくれないときっと私が駄目になっちゃう気がする」
「もう充分駄目ですよ」
「うるさい!でも、きっといつか私の運命な人が現れると思うんだ。たくさんの糸があって私とその人を結びつけてくれるの」

 運命の人か…。里奈先輩のたくさんの糸の中からその糸を結びつけるって言葉は感慨深い物があった。
 こうやって言われる言葉で一つで思い出してしまう。
 "あの人"は………辞めよう。

 考えるだけ無駄だ。

『未来くん!注文とってー!』

「呼ばれたんで行きますね。里奈先輩の糸見つかるといいですね」
「待ってよ、未来くーん…」
  
 後ろから里奈先輩の声が聞こえてくるのを後にしながら気持ちを入れ直した。
  

 これ以上深く考えれば、里奈先輩に呑み込まれるような気がしたから。






「いらっしゃいませー!ご注文お決まりでしょう…あっ…」

 唖然とした。
 頭の中の回転が出来なくなって言葉を失ってしまった。

「未来君?!」
「み、美咲さん?!!」

 もう関わらないと決めたはずなのにこんなにも早く出会ってしまった。
 どうやら美咲さんは昨日飲みに行ったK大学のカースト上位組と飲みに来ていたようだ。

「ここで働いてたんだね、なんでAINE返してくれなかったの!」
「それは…色々あって…」
  
 誤魔化す余裕もないくらい胸が締め付けられていて、手まで震えてしまっている。震えを隠す事だけでもう精一杯だった。
 こんなにも余裕がなくなってしまうのは初めてだ。

「あっ、未来君じゃーん!!!聴いてよぉ!!!!美咲さぁ、未来君のことばっか話すんだよぉ?!」
「ちょっと、やめてよ!」
「いつも普段はあんまり話さないのに本当どうしちゃったんですかぁー!!!」
「ああもう!未来君!また後でね!生ビール三つと梅酒のロックと塩キャベツとから揚げで!」

 動揺を隠すのに必死で何を言っているのかさっぱりわからなかったが、また後でねという言葉に嬉しくなってしまった。
 しかし、不思議と注文をとることだけは仕事病なのかしっかり出来ていた。

「生三、梅酒ロック一、塩キャベツ、から揚げお願いします!」

 キッチンに戻った瞬間、身体から重みが取れるように力が抜け落ちていく。
 こんなにも動揺させられるなんて本当にどうしたらいいんだろうか。
 この重みが取れても、胸の痛みだけは依然として取れない。

「ちょっと来て!」

 キッチンの入口の前で美咲さんは俺を呼んでいた。一度、大きく深呼吸をして心を落ち着かせて向かう。
 そこには、焦りながら昨日出会った時と同じように不思議な雰囲気のある可愛らしい女性が立っていた。

「どうしたの?」
「今日、何時まで?」
「22時までだけど」
「…待ってる」
「え!なんで」
「いいから!私の友達ももう結構酔ってて落ち着くまで時間かかるから!それに、まだ話足りなかったから…」
「…俺もまだ話したかった」

 言ってしまった、というより口が気持ちのまま滑ってしまった。一体俺は何をやってるんだ。

「うん、待ってるから、仕事頑張ってね」
「ありがとう」

 何やってるんだよ…もう関わらないつもりでいたのに、正直な気持ちのままに動いてしまった。
 それでも心の中は、胸の痛みと嬉しさで満ち溢れていた。

 その後も、仕事は続き度々里奈先輩の愚痴を聴きつつ、美咲さんの方を見て笑っている姿に元気を貰いながら時間は進んでいった。職場の時計の針は22時を指していたので着替えてあがる準備をしていると、また里奈先輩はこちらをじっと見ている。

「今度はどうしたんですか」
「未来くん、あの子の事好きなんでしょ」
「えっ…いや、そんな事ないですよ」

 俺は落ち着きを取り戻していない事を悟らせないように振る舞うのが精一杯だった。
 しかし、

「女の勘は当たるよ、もう動揺してるじゃん」
「だったらなんなんですか」
「好きになったんなら迷っちゃだめだよ?その糸が切れる前にね」
「…失礼します」

 まるで見透かされているようで腹が立ったので会話の途中で終わらせた。



 …自分だってどうしたらいいかわからないんだよ。





「お疲れ様です、お先失礼します」
「「「お疲れ様ーー!」」」

 タイムカードを切り、今日の仕事を終える。
 すると、店の前で待つ女性の影が目に映った。
 そこには可憐な背中で待つ彼女の姿。
 出口までの距離が愛おしさで遠く、緊張で近く感じる。
 予想以上の激しい動悸だったため、深呼吸をし、少し震えながらも取手に手をかけた。

「終わったよ、待たせちゃってごめんね」
「ううん、さっき私達も解散したところ」
「ならよかった」
「うん、仕事お疲れ様」
「ありがとう、帰ろっか」
「ううん。言ったじゃんか、ご飯食べに行こうって!さてはメッセージ見てないなー?」
「見たよ!え、でも今なの?」
「うん、未来君は今を逃したらなんだかもう二度と会えない気がするから、わかんないけど」
「…!そんな事ないよ」
「未来君は分かりやすいよ、何か私に隠してるでしょ」
  

 昔から自分は顔に出やすいって言われてきた。
 また見透かされて自分が嫌になり、もう感情を抑える事が出来なくなった。


「…なんだよっ」


「え?」



「好きなんだよ!君のことが!でも、駄目なんだよ…好きになっちゃ…」
「なんで…?」



『未来君はいつもあたしなんか見てなくて遠いよ。本当にあたしの事好きだったの?』



「…俺に恋愛は向いてない、きっと君といたらもっと君の事を好きになっていくし君を傷つける、だから俺はもう君と関わっちゃいけないって思ったんだ!!」
「意気地無し…まだ私は何も傷ついてない、未来君と出会えて嬉しかった、もっと未来君のこと知りたいし私もこんなに人の事を考えるようになったのは初めてなの、だからちゃんと私と向き合ってよ」
「…無理だよ、俺に向き合うなんてできない、どうせまた美咲さんの事を傷つけて終わるよ」
「どうしてそこまで決めつけるの、ちゃんと教えて」
「…二年前に初めて付き合えた彼女が出来たんだ、でも俺はその子と向き合う事が出来なくて彼女を傷つけてしまった。俺は寄り添ってるつもりでも彼女のことなんてまるで見てなかった。結局一人で自己満足してただけなのかもね…。だから俺には恋愛は向いてない」

 ペラペラと口を滑らしてしまった。
 情けない…。好きな人の前でこんなにも弱い所を見せて俺は一体何してるんだよ。
 それでも、目の前の美咲さんは真剣に頷きながら話を聞いてくれて自分が余計にも情けなくなった。

「私はその子じゃない、だから私も傷つくなんてまだ始まってもないのに勝手に決めつけないでよ。それに、もう未来君は私とそんなにも必死になって向き合ってくれてるじゃん。私が傷つかないように必死に自分と戦って向き合ってくれてた」
「はっ…あっ…あっ……」
  
 これまで耐えてきた過去からのしがらみ、我慢が溶けていくように泣いてしまった。美咲さんは優しく身体を包み込んでくれて21にもなる男が馬鹿みたいに大泣きをした。

「ずっと辛かったんだね、私が未来君の事見ててあげるから大丈夫だよ」
「駄目だよ、それに俺は自分の事で精一杯で自分の領域に少しでも入ってこられるだけで嫌になる我儘だよ」

 もう、言ってしまおう。
 美咲さんとの関係はこれで終わりだ。
 …さようなら、美咲さん。

「だから美咲さんは幸せになっ…」

「嫌だ。ここまで言って気づかないかな…?私も未来君の事が好きなの。一目惚れだった。未来君は未来君、私は私でしょ?支える時こうやって支え合う、それじゃ駄目なのかな」

「…………俺なんかでいいの」

「そうやって卑屈にならないで。人はね、一人じゃ生きていけないんだ。私は未来君を支えたい、未来君にも支えて欲しい。だからもう一度ちゃんと言って」
  
 この糸を運命と呼んでもいいのだろうか。
 でも、もう俺は目の前の頬を赤らめた彼女じゃなきゃだめだと思う。



 美咲さんと一緒にいたい。



「好きです。付き合ってください」
「こちらこそ。よろしくね、未来君」
  
 こんなにも幸せな気持ちになったのは初めてだった。今、一目惚れした女性に想いを伝えることが出来て、付き合うことが出来た。こんなに幸せで良いのだろうか。

「気付いたんだけどさ、今外だよ笑」
「あっ…今私すっごい恥ずかしい…笑」
「俺も笑。美咲さん、お腹すいたしご飯食べよっか」
「美咲!もうさん付け禁止ね!」
「はい!み、美咲」
「はーい!私はさっき結構食べちゃったから私の家でご飯で作ってあげる、お家でお酒飲もーよ」
「お、じゃあお酒買っていかなきゃだ」
「だね!私は梅酒がいいなー?」
「さっきも飲んでたじゃん!」
「ばれたか!笑」

 居酒屋の駐車場から足を踏み出し、歩幅を合わせてアパートの近くのコンビニまでの道を歩いた。歩いてる時の美咲の横顔は笑顔が絶えず、何度も胸を締め付けられた。

「あっ、一番星」
「ほんとだ、ここら辺で星なんて久しぶりに見た」



「…未来君。やっと星見つかったよ」



「俺もだよ。ちゃんと見てるね」

「絶対だよ」
「うん、約束」

 美咲は小さくやわらかな手から小指を指し出し、ゆっくりとこの想いと約束を離さぬようにこの夏汗を握り締めた手から小指で握り締める。
 すると、横を歩く彼女は笑顔になり、夜の月明かりに照らされていた。
 その姿は自分には眩しすぎるほど輝いていて、あまりにも妖艶で、綺麗で、



 "この時間が永遠に続けばいいのに"と月に願った。

  

 コンビニである程度の買い物を済ませ、美咲のアパートに向かう。道中も下らない話で盛り上がり、お互いの嫌いなもの、好きなものまで一緒で答えが同じだった時、二人は笑っていた。
 もう誰もいない23時の住宅街の夜道は、二人を暖かく包み込んでいて夏には暑苦しいくらいだった。
  
 アパートに到着すると、部屋を少し片付けてくると言うので待っていた。中からは部屋を走り回る音と美咲の焦る声がたまに聴こえて、なんだかとても愛おしかった。

「お待たせ!遅くなっちゃってごめんね!!」
「ううん、ありがとう。お邪魔します」
「お邪魔されます!笑」

 玄関に上がると、フローラルの花と果実の甘い香りが鼻をくすぐった。靴箱の上の棚には、家族写真であろう写真立てと紫色のアネモネの花が花瓶に挿してある。

「恥ずかしいからあんまり見ないでね笑」
「あ、ごめん笑」
「軽くご飯準備するから部屋でくつろいでて!」
「はーい!」
  
 部屋はとてもまとまっていて、如何にも女子大学生の一人暮らしと呼ぶにはぴったりな部屋だった。
 部屋の真ん中にある折り畳み式であろうミニテーブルの前に座り、部屋を眺めていた。
 一角には美咲の好きなバンドのCDがたくさん詰まったCDラックと、スピーカー、その隣には埃のかぶったアコースティックギターが置いてある。
 ギターを見ると、昔の事、夢や嫌な事を思い出してしまうので直ぐに目を逸らした。

「出来たよー!オムライス!食べてみて!」

 目の前に出されたオムライスには湯気が上がる中、ケチャップでハートマークが描かれていた。不器用さがわかるように綺麗なハートマークじゃなくて途中でケチャップが途切れたり、それを誤魔化すようにハートの中には顔が描いてあったり、その頑張ってる様子に可愛らしくニヤけてしまった。

「なんで笑うのさ!」
「変な顔 笑」
「うるさい!早く食べて!」
「わかったよ笑。いただきます」

 口の中に入れると、ふわふわな卵の生地からケチャップの酸味の聞いた米と、小さく刻まれた具材に愛情がたくさん詰まっていて、ニヤけが悪化しそうになるのを堪えた。バイト終わりの腹を空かした胃に食べ物が入っていくのを感じる。

「どう?美味しい?」
「うん、めちゃくちゃ美味い」
「やった!一番得意なんだ!」
「今まで食べたオムライスで一番美味しいよ」
「褒めすぎ!笑」

 その後も、談笑を混じえながらオムライスを直ぐに食べ終えてしまい、幸福感に包まれていた。

「そういえば、なんで未来君はバンドを好きになったの?」
「俺のお兄ちゃんがバンドマンで子供の頃からよくギターを弾いてるのを見せてくれたんだ。それで、バンドとかそういう音楽を子供の頃から聴いてた」
「そうなんだ!未来君はバンドやらなかったの?」
「…やってたよ。もう解散しちゃったけど笑」
「すごいじゃん!何やってたの?」
「ギターボーカル、下手くそだけどね笑」
「えー!かっこいい!私、ギターやってみようと思って始めたんだけどすぐ辞めちゃったんだよね笑。そこにあるアコギ弾いてみてよ!」
「えー…」
「お願い!未来君の歌もギターも聴いてみたい!」
「…ちょっとだけだよ」

 ギターを触るなんて久しぶりだ。高校最後のライブ以来ギターなんて全く弾いていない。
 埃を被ったギターを手に取り、適当にチューニングをした。

 なんの曲をやろうか。なんの曲を美咲に届けようか。美咲が目を輝かせているのを見て、可愛らしくて本当に好きだな、と感じた。

 ♪ジャラーーン♪

「じゃあ、まったりとお酒を呑みながら聴いていってください」
「はーい!」



『探してんだ 僕らはいつだって 
夢や希望という類の 次の世界への道しるべ
僕らはいつだって それが見つからない もがいたって 僕にしか描けないんだ このストーリー 
明日何が起きよったって 僕には何も分からないんだって でもそれでいいんだって 
僕はそう言いかせてるんだ
でも、わかりたいんだ 
どんな大人になるのかって 僕は明日何してるんだって でも明日には明日の今日が来る
でもそれはわからないんだよ
青い空 清々しい位の晴天
眩しいくらいだって君は言うんだよ
でも僕には眩しいくらいじゃないとって
言いたいんだけど言えないんだ』


 目の前の彼女は笑顔でぱちぱちと手を打ち、静かな周りの音を打ち消していた。

「すごいよ未来君!めっちゃ歌うまいしギターもかっこいい!」
「照れるよ。嬉しい、ありがとう」
「今の曲オリジナル?すっごいかっこよかった」
「うん、高校の時やってた曲。久しぶりだったから出来るか不安だったよ笑」
「絶対続けるべきだよ!ほんとにかっこよかった」

 美咲の目はどこまでも真っ直ぐで、純真な目で俺の目を見てくる。
 夢を諦めた自分にも美咲からも、目を逸らしたくなるよ。

「もう出来ないよ。皆楽器辞めちゃったし」
「ううん出来るよ!だって私、今未来君の音楽に可能性を感じたもん!」
「褒めすぎ笑。音楽で売れるなんて本当のひと握り、俺になんて出来るわけないよ」
「ほらでた!未来君の悪い所だよ。やってみてもないのに諦めちゃう所。私はどんな未来君でもどんな所に行こうともついて行くし一緒にいる。『眩しいくらいじゃないと』って言ってやんなよ」
  
 俺だって………。そりゃ言ってやりたいさ…。

「…考えてみるよ」
「失敗したっていいんだよ」
「………」

 黙ることしか出来なかった。
 本当に美咲は人をよく見ることが得意な人で、何も反論できなくなる。
 本当は俺だって音楽をやりたい、ずっと夢だった。でも現実は美咲が言うほど甘くないんだよ。

「本当はやりたいんでしょ」
「えっ…」
「そこまでなるってことは本当はやりたいんじゃないの?」
「現実は甘くない」
「私はずっとファンでいるよ」

 美咲はそっとこの小刻みに止まることのない震える手を握りしめてくれた、暖かい。

「私の心には届いたよ、君の音楽。だから、その繊細で中身はとっても力強い音楽を皆に届けてよ。絶対共感する人はいるし、未来君の音楽の力信じて欲しい」

 手を強く握りしめられる。

「私は約束したよ。君の隣で誰よりも君のこと見てて支えるって。だから誰よりも輝いてよ」


「私の一番星」


「なんでそこまで…」
「私の大好きな人には笑顔で誰よりも輝いていて欲しい。さっき歌ってた時、一番輝いてた。この人はこんなにも輝くんだなって思ったの」





「…本当は俺も音楽をやりたい。誰よりも輝きたい!!俺の音楽で世界まで変えられるかは分からないけど、1人でもいいから変えてやりたい!!ライブハウスでどのバンドよりもでっかい音出してでっかい声で後ろの人の心にまで届くような音楽してでっかい夢のある音楽、俺だってしたいんだよ!!」

「…かっけーじゃん」


 また、抑えきれない感情は口から滝のように流れ出てしまった。そんな情けない自分を美咲は優しく身体を抱き締めてくれた。
 それはまるで、夏の夜風が火照った体を包み込むように。


 何かが始まるようで、終わっていくようで。


 夏の知らせを感じたんだ。

「大好きだよ、私にそんな君をずっとそばで応援させてよ」
「ずっとそばにいて欲しい」
「うん、未来君の隣で」

 そのまま美咲を抱き締め、倒れた。
 ずっとこの人と一緒にいたい。
 ずっと美咲の隣で笑っていたい。
 どうか神様、ずっと美咲と一緒にいられますように。

「大好きだよ、美咲」
「うん、私も大好き」

 今日は一日、色々な事がありすぎて疲れはとうに限界を超えてしまっていた。瞼は段々と重みがかかるように美咲を見つめている眼前は閉ざされていく。

 おやすみなさい。明日も、その先もこの幸せが永遠に続きますように。
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