君は僕の心を殺す〜SilkBlue〜

坂田 零

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【2、素性】

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 その日も彼女は店にやってきて、アンニュイな表情をしながら、窓辺の席でコーヒーを飲んでいた。
 料理を頼むでもなく、時折タブレットをいじりながら、相変わらず窓の外を眺めていた。
 ディナータイムの前、店に客もまばらだった。
 コーヒーポーションの補充をしつつ、横目でちらっと、彼女を見る。
 偶然なのか、なんなのか、彼女もこちらを見た。

 変なタイミングで、目があった。

「あ……」

「………。」

 彼女は、可笑しそうに微笑わらう。
 そして、「菅谷すがやくん」と、まるで昔からの知り合いみたいに、俺を呼んだ。
 ガラにもなく、一瞬どきっとする。 
名字…ネームプレートあるし、そりゃわかるだろうが、唐突に呼ばれるとなんかばつが悪い。

「っ…あ、はい」
 
 なんとなく挙動不審になりつつ、彼女の席の前に立つ。
 彼女はもう一度、可笑しそうに微笑わらった。

「コーヒー、おかわりください」

「かしこまりま…」

菅谷 樹すがや いつきくん」

「えっ?」

 俺は思わずぎょっとした。

 名字だけならいざ知らず、なんで下の名前まで知ってんだこの人?

 きっと、よっぽど目が泳いでたんだろう。
 彼女は、俺の顔をガン見しながら、やたら可笑しそうに笑った。

「そんな顔しなくてもいいじゃない!
驚いた?フルネーム知ってて?」

物静かで地味な女。

その印象が、俺の中でこの瞬間に変わった。
どこか艶っぽく。
どこか子供っぽく。
やけにイタズラなその表情が、彼女の天真爛漫さを物語っていた。

この人、こんなタイプだったんだ…

「びっくりした…まじ…
何で、俺の名前知ってるんすか??」

「あたし、ここの常連だし!新人リサーチしといたんだ!」

「新人…リサーチ…??」

「このお店の新人さんには、不審な女って思われがちだから、あたし」

「は、はぁ……」

 確かに…と言いかけた言葉を飲みこんで、代わりに「コーヒー追加で」とオーダー確認すると、俺は逃げるように彼女の側を離れた。

                     *
 彼女は、ディナータイム前に現れて、で忙しくなる頃にそっと帰っていく。
 ディナータイムは、一気に慌ただしくなる。
 客が増えてきたら席を独占しない、それが彼女の他の客に対するマナーだったんだろう。
 さっきまで彼女がいた席に、他の客が座る。
 その光景は俺にとって、いつの間にか不自然な光景になっていた。
 
彼女の姿のない、窓際の席。
 慌ただしいディナータイムが過ぎて、カウンター脇でやっと一息ついた時、長いツケマをパサパサ揺らしながら、ミキが隣にやってきた。

「なんか今日は忙しかったね~?給料日だからかな?」

「25日…そか、確かに給料日だ…」

「でしょでしょ?うちらはまだだけどね、給料日!」

「そだな…あ、そういえば、ミキちゃんさ…」

 そこまで言いかけて、俺は言葉を止めた。
 あの窓際の席にいつも座る、例の常連客が俺の本名を知ってた…
 その理由を、ミキに聞いても知る訳ないやん。
 頭の中にそんな考えがよぎる。

「いや…なんでもない」

「えー?!何よ~気になるやん!なになに??」
 
ミキは不満そうに声をあげた。

「……いや、その」

 仕方ない、聞いてみるか…と、内心で諦める。

「あのさ、今日さ、例の窓際の席の常連に、いきなりフルネーム呼ばれたんだけど…」

「ああ!」

 ミキは可笑しそうに笑って、まじまじと俺の顔を覗きこんでくる。

「新人リサーチでしょ?」

「え?知ってんの?」

「知ってるよ~あたしもやられたもん!突然フルネーム呼ばれるからびびる!」

「…あの人、なんで俺らのフルネーム知ってんの?ネームには名字しか書いてないやん」

「あ、そっか!いっくんは知らないんだ!」

「何を?」

「あの人ね、うちの店長の彼女なんだよ」

「え?まじ?」

「まじまじ!」

 この店の店長は、四大卒なわりに頭かっ飛んでで面白い人だった。
 なんてたって、俺の髪の色が真っ赤なのに「イタリアの国旗に赤混じってるし大丈夫だべ!」って言ってバイトに採用した変なアラサー男だ。
 ホールは社員とバイトにまかせて、大体は事務所で事務だの経理だの発注だのってやってて、なかなかホールには出てこない。
 たが、ちゃんと仕事してるせいか、誰も店長を悪く言う奴はいなかった。
 
あの人…
店長の彼女だったんだ…
なんとなく、わかるような…
わからないような…

 そんな事を思って、ふと、窓の外を見ると。
 スコールのような雨が降っていた。

 
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