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第二節 落日は海鳴りに燃ゆる1

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 遠く海鳴りが響き渡る。
 異国からの侵略者が繰り広げた凄惨な殺戮は、太陽が僅かに西に傾き始めた頃、一応の終結を迎えていた。

 サーディナ提督府の兵士たちが、生き残っていたサングダ―ル兵を捕虜として捕縛し始め、街の人々も皆、一様に安堵の表情を浮かべ始めていた。

 罵声の消えたサーディナの街に、ただ、内海アスハ―ナからの漣の音が響き渡り、潮の香りを運ぶ海からの風が吹き抜けている。


 その町並みを見下ろす小高い丘の上に、今、静かに、一人の青年が立った。

 頭から被った深緑のローブが、吹き付ける海風に煽られて、ゆらゆらとたゆたっている。
 一見、細身に見えるすらりとした長身と、ローブの下に見え隠れする、細く繊細な顎の線。

 どこか得体の知れぬ不気味さを持つその青年は、静かにその両眼を細め、ただ、真っ直ぐに、サーディナの街を眺めやっていた。

 東の空に薄く浮かび始めた満月の白い影。

『・・・・月は、満ちた・・・・今宵、時が来る・・・・真実の我御方よ・・・・・』

 古の言語で紡がれたその言葉は、吹き付ける海風に千切られて、たおやかに虚空へと消えて行った・・・・・
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