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第二節 落日は海鳴りに燃ゆる18
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『貴方が城にお帰りになる時を・・・・お待ちいたしております・・・・ゼル』
消え入るようなその声が、落日の輝きを散す海風に漂いながら、緩やかに、異空の狭間へと消え失せていく。
燃え盛る炎の如きジェスターの鋭い両眼が、ふと、茜色の空を睨むように見た。
その視線の先を追うように、リーヤの紺碧色の瞳もまた、揺れる前髪の隙間から落日の空を見つめすえる。
イグレシオの気配が完全にその場から消失すると同時に、サーディナの街を不気味に闊歩していた死人の隊列もまた、紅き炎を失い、再び元の骸へと戻っていった・・・・
街を覆い尽くしていた薄闇が緩やかに狭まり、内海アスハ―ナに落ち行く太陽の光が、その紅の切っ先を海辺の町に落とし始める。
美しく穏やかな夕映えの輝きを宿し、眼下に佇むサーディナの街。
未だに鋭い顔つきをしているジェスターを、揺るぎない真っ直ぐな眼差しで見つめながら、リーヤは、そんな彼の腕の中から、徐にその名を呼ぶのだった。
「ジェスター・・・・・・・」
その声に、彼の鮮やかな緑玉の瞳が、ゆっくりと、どこか不安気な表情の彼女を見る。
落日の輝きを受けてきらきらと輝く、夕凪の海。
そこから吹き付けてくる潮風に、若獅子の鬣の如き見事な栗色の髪が、たゆたうように揺れていた。
そんな彼の表情は、いつのまにか、いつもの飄々としたあの表情に戻っている・・・
それを見た瞬間、リーヤは、まるで安堵したかのように、ふぅっと大きくため息をついたのである。
訝しそうに眉根を寄せ、慣れた手つきでアクトレイドスを背鞘に収めると、ジェスターは、いつも通りのぶっきらうな口調で言うのだった。
「なんだ?その間抜け面は?」
相変わらずの無礼な物の言いようだが、何故か今は、怒る気にもなれず、リーヤは、ゆるやかに彼の腕を抜けながら、どこか戸惑いがちにその綺麗な唇を開くのである。
「・・・・・先程の貴方は・・・・・いつもの貴方ではありませんでした・・・・」
「・・・・・・・・」
その言葉に、ふと、揺れる栗毛の隙間から覗く、鮮やかで美しい緑玉の瞳を細めて、ジェスターは、何をも答えず黙り込んだ。
穏やかに凪いだ内海アスハ―ナから、轟くような海鳴りが響き渡る。
リーヤは、艶やかな紺碧色の長い巻き髪を揺らしながら、戸惑いがちな瞳のまま、意を決したように言葉を続けたのである。
「貴方は何故、私を・・・・【破滅の鍵】たるこの私を、今までずっと、守ってきたのですか?
貴方が、ラグナ・ゼラキエルであるならば・・・・私は貴方にとって忌むべき者のはずです・・・それなのに何故?」
「・・・・・・・・・抗うためだ」
いつになく冷静な声と口調で、ジェスターは、そう短く答えて、燃え盛る炎の如き緑玉の瞳を、静かに、夕凪のアスハ―ナに向けたのだった。
すらりとした長身が纏う朱の衣の長い裾が、吹き付ける海風に煽られ虚空に棚引いた。
高い位置にある腰に片手をあてがった姿勢で、彼は、ゆっくりと言葉を続ける。
「やがて、【炎神】と呼ばれる者となる宿命から、抗うためだ・・・・・
たがら、アーシェの名を棄てた・・・・・・・今の俺は何者でもない・・・・
アランデュ―クでも、ラグナ・ゼラキエルでもない・・・・俺は、名を棄てた者・・・・・
今の俺には、名などない・・・・」
決して強い口調ではない、寧ろ、淡々とした冷静な口調であった。
だが、それが今、鋭い刃のようにリーヤの心を突き貫く。
消え入るようなその声が、落日の輝きを散す海風に漂いながら、緩やかに、異空の狭間へと消え失せていく。
燃え盛る炎の如きジェスターの鋭い両眼が、ふと、茜色の空を睨むように見た。
その視線の先を追うように、リーヤの紺碧色の瞳もまた、揺れる前髪の隙間から落日の空を見つめすえる。
イグレシオの気配が完全にその場から消失すると同時に、サーディナの街を不気味に闊歩していた死人の隊列もまた、紅き炎を失い、再び元の骸へと戻っていった・・・・
街を覆い尽くしていた薄闇が緩やかに狭まり、内海アスハ―ナに落ち行く太陽の光が、その紅の切っ先を海辺の町に落とし始める。
美しく穏やかな夕映えの輝きを宿し、眼下に佇むサーディナの街。
未だに鋭い顔つきをしているジェスターを、揺るぎない真っ直ぐな眼差しで見つめながら、リーヤは、そんな彼の腕の中から、徐にその名を呼ぶのだった。
「ジェスター・・・・・・・」
その声に、彼の鮮やかな緑玉の瞳が、ゆっくりと、どこか不安気な表情の彼女を見る。
落日の輝きを受けてきらきらと輝く、夕凪の海。
そこから吹き付けてくる潮風に、若獅子の鬣の如き見事な栗色の髪が、たゆたうように揺れていた。
そんな彼の表情は、いつのまにか、いつもの飄々としたあの表情に戻っている・・・
それを見た瞬間、リーヤは、まるで安堵したかのように、ふぅっと大きくため息をついたのである。
訝しそうに眉根を寄せ、慣れた手つきでアクトレイドスを背鞘に収めると、ジェスターは、いつも通りのぶっきらうな口調で言うのだった。
「なんだ?その間抜け面は?」
相変わらずの無礼な物の言いようだが、何故か今は、怒る気にもなれず、リーヤは、ゆるやかに彼の腕を抜けながら、どこか戸惑いがちにその綺麗な唇を開くのである。
「・・・・・先程の貴方は・・・・・いつもの貴方ではありませんでした・・・・」
「・・・・・・・・」
その言葉に、ふと、揺れる栗毛の隙間から覗く、鮮やかで美しい緑玉の瞳を細めて、ジェスターは、何をも答えず黙り込んだ。
穏やかに凪いだ内海アスハ―ナから、轟くような海鳴りが響き渡る。
リーヤは、艶やかな紺碧色の長い巻き髪を揺らしながら、戸惑いがちな瞳のまま、意を決したように言葉を続けたのである。
「貴方は何故、私を・・・・【破滅の鍵】たるこの私を、今までずっと、守ってきたのですか?
貴方が、ラグナ・ゼラキエルであるならば・・・・私は貴方にとって忌むべき者のはずです・・・それなのに何故?」
「・・・・・・・・・抗うためだ」
いつになく冷静な声と口調で、ジェスターは、そう短く答えて、燃え盛る炎の如き緑玉の瞳を、静かに、夕凪のアスハ―ナに向けたのだった。
すらりとした長身が纏う朱の衣の長い裾が、吹き付ける海風に煽られ虚空に棚引いた。
高い位置にある腰に片手をあてがった姿勢で、彼は、ゆっくりと言葉を続ける。
「やがて、【炎神】と呼ばれる者となる宿命から、抗うためだ・・・・・
たがら、アーシェの名を棄てた・・・・・・・今の俺は何者でもない・・・・
アランデュ―クでも、ラグナ・ゼラキエルでもない・・・・俺は、名を棄てた者・・・・・
今の俺には、名などない・・・・」
決して強い口調ではない、寧ろ、淡々とした冷静な口調であった。
だが、それが今、鋭い刃のようにリーヤの心を突き貫く。
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