神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】

坂田 零

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第一節 鋼色の空7

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「なかなか追い着きませんね?シルバ様に?」

 ロータス一族の大魔法使いたる者の弟子にして、見習魔法使いたる少年ウィルタール・グレイは、騎馬の手綱を取りながら、その大きな青い瞳で、黒く曇り始めた西の空を見つめると、で、やはり騎馬を操っている、若獅子の鬣の如き見事な栗色の髪を持つ青年にそんな事を言ったのだった。

 太陽の光を受けて金色に輝く前髪の隙間から、鮮やかな緑玉の両眼を向けると、青年は、なにやら凛々しい唇で愉快そうに笑うのである。

「あいつの馬は俊足だ、リタ・メタリカの軍馬なんかよりよっぽど良く調教されてる、そう簡単に追い着けるかよ」

 そう言った彼の広い額で、決して人の手では施すことの出来ぬ繊細な彫刻が掘り込まれた金色の二重サークレットが、翳りかけた太陽の光に照らし出されて鋭く煌いていた。

 それは、一人で二万の騎兵と同じ力を持つと言われる最強の、魔法剣士たる者の証である。

 リタ・メタリカの民族衣装を象る鮮やかな朱の衣を、すらりと引き締まったその身に纏い、背中の鞘にも金色の妖剣をえた、その青年・・・・・アーシェ一族最後の魔法剣士ジェスター・ディグであった。

 そんなジェスターの旧知の友たる白銀の守り手は、彼らがエトワーム・オリアを立つ少し前に、青珠の森の美しき守り手を連れかの町を発っていた。

 青珠の守り手レダ・アイリアスを、少しでも早くアルカロスに送り届けるためである。

 出発がほんの数時間遅かっただけなのに、丸一日経っても、一向にその街道上には、白銀の守り手の駆る黒き騎馬の機影が見えてこない。
 それが、ウィルタールには、よほど不思議で仕方なかったのだろう。
 端正で凛々しいジェスターの横顔を、ウィルタールの青い瞳がまじまじと見やった。

「そうなんですか・・・・?」

「元は遊牧の民の馬だ、それに、調教したのはあいつ自身だ。
あいつは女の扱いは下手でも、動物の扱いは昔から上手かったからな」

 ジェスターは、愉快そうにそう言って笑う。
 そんな彼の言葉に、ウィルタールは何やら怪訝そうな表情で眉を潜めると、思わず唸ってしまうのだった。

「そ、そうなんだ・・・・・・・女性の扱いが下手なようには・・・・見えませんでしたけど・・・・」

 彼の関心事項はどうやらその点であるらしい・・・・
 愉快そうに、ジェスターは言う。

「馬鹿でお人好しなんだよ」

「・・・・・・・は、はぁ・・・・」

 見習魔法使いの少年は、なにやら解せぬ様子で頷いた。
 もし、あの青年・・・洗練された物腰を持ちながらも、それでいて実に穏やかで沈着な白銀の守り手たる青年が此処にいてくれたなら、リタ・メタリカの姫君の事も、慰めてくれていたかもしれない・・・

 そんな事を思い、ウィルタールは、ふと、彼らの馬から少し離れた前方で手綱を取る、美しくも勇ましい高貴な姫君の優美な後ろ姿を、何ゆえか恐々と見やったのだった。

 エトワーム・オリアの街から、フレドリック・ルード連合王国へと向かうルード街道、俗に盗賊街道とも呼ばれるその道筋に、三つのが響き渡っている。

 北をランダムル山脈、南をカルダタス山脈に囲まれたその道は、いつもよりも歩く人の数が多いようだった。
 今、リタ・メタリカの国内はにわかに訪れた闇の物の襲撃により、壊滅的な打撃を受けている最中だ、この道を歩く人々は、命からがらその難を逃れてきた避難民達なのであろう。
 その全ての人々が、まさか、彼らと同じこの道筋を、リタ・メタリカの姫君が辿っているなどと、夢にも思ってはいないはずだ。

 リタ・メタリカの姫君リーヤティアは、エトワーム・オリアを出る辺りからずっと不機嫌なままである。

 その理由は、彼女の父王たるダファエル三世が、ウィルタールの師であるロータス一族の若き大魔法使いスターレットと、そして彼女の婚約を、勝手に取り決めてしまった事に端を発していた。

 自分が王宮に不在なうちに、意思も確認せずにそんな事を取り決めた父にも怒りを感じるが、それより何より、父王の問いかけに、当のスターレットが『陛下の御意のままに』と答えたことが気に入らぬのだ。

 ロータスの者が、非常に王家に忠実で、王家の意向には絶対に反目しないからこそ余計に腹が立つ。

 『愛している訳ではないが、王の言葉であるのだから聞くしかない』

 そんなニュアンスが、彼女の女性としての誇りを傷つけたようだった。
 それは、元来生真面目で上手に嘘などつけぬスターレット自身が、一番自覚していようこと。

 しかしながら、彼は今此処にはいない。

 リ―ヤが気付いた時には、既に彼の姿はエトワーム・オリアには無かった。

 彼の旧知の友にして、彼の行方を知るだろうジェスターが言うには、「おまえが何を言おうと、あいつはいずれおまえを娶る、今は黙って勝手にさせやれ」だそうだ。

 彼女にしてみれば、全くもってその言葉の意味がわからない。

 どういう意味です?とジェスターに聞いても、言葉の通りだ、と言われるだけで何も答えてはもらえない。

 スターレットは本当にそれでも良いと思っているのか・・・・一体、また何処へ消えてしまったのか・・・・・・
 
 複雑な乙女心はますます毛羽立って、不機嫌な様子を呈していく。
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