神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】

坂田 零

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第一節 鋼色の空8

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 いくら武芸に優れ気強い姫君たる彼女とて、まだ歳若い女性だ。
 実に繊細な問題であるこの事柄に、過敏になるのは当然と言えば当然のことである。

 しかし、その余りの機嫌の悪さに、人生経験の少ないウィルタールなどは、半分怯えたようになってしまう。
豪胆で不敵な魔法剣士殿とは違い、彼には恐れというものがある・・・・
 実に困ったように眉根を寄せて、ウィルタールは、小声でジェスターに問うのだった。

「ジェスター様ぁ・・・姫の腹の虫はまだ治まっていないようですよ・・・・・・?」

「そんな事気にするなよ、放っておけば時期に治まる」

 ジェスターは、相も変わらずとそんな事を言って、西から吹き返してくる湿った風に、その見事な栗毛の髪を揺らしていた。
 彼の物怖じしない端正な横顔を、まじまじと見やりながら、ウィルタールは、がっくりと細い肩を落としたのだった。

 「そんなぁ・・・・少しぐらい慰めてあげてくださいよ~・・・・僕じゃ無理ですから・・・・」

 「何で俺が、慰めなきゃならない?そんな事をしてやる理由がどこにある?」

 揺れる見事な栗毛の髪の下で、実に呆れた顔をしながら、面倒臭そうにそう言うと、ジェスターは、あどけなさを残すウィルタールの顔を、その鮮やかな緑玉の瞳でちらりと見たのである。
 そんな彼に対して、ウィルタールは、ますます不満そうな声を上げたのだった。

「だって、姫を城から連れ出したのは、元はと言えばジェスター様じゃないですかぁ・・・?
王宮に居れば、こんなややこしい事にはならなくて済んだかもしれないのにぃ・・・・」

「馬鹿かおまえ?それと此れとは話が別だろ?」

「でもぉ・・・・」

「女みたいにぐちぐちうるせー奴だな?そんな事言っても仕方ねーだろ?
どうせ、成るようにしか成んねーよ!」

「ジェスター様は冷たいですよぁ・・・・普通、あんな状況なら慰めませんか?」

「はぁ?慰めたきゃおまえが慰めてやれよ、俺には関係のない事だ」

「怖くて声なんかかけられなせんよ!!」

 その言葉に、騎馬の手綱を取ったままジェスターは、ますます呆れたような表情になる。
 金色の二重サークレットが煌く額で揺れる、見事な栗毛の前髪を、うっとうしそうに片手でかきあげて、凛々しい唇を曲げながら彼は言う。

「結局それかよ?全く、こんな所まで着いてきた割には意気地の無い奴だな?おまえ、何故俺達に着いてきた?」

 これから彼らは、ルード街道を西へ辿りフレドリック・ルード連合王国との国境に程近いタールファの街から、二手に分かれるこの道をランダムルの峠を越えて北にる。

 そこには、内海アスハ―ナに面した港町サーディナがある。

 魔物の混乱に準じて、この大国リタ・メタリカを侵略するためのサングダ―ル王国の兵が、船団を組んでその地に現れるはずだ。

 ロータス一族に対抗するため、小国カシタ―シュから強制的に連行した、クスティリン族の魔法使いを連れて・・・・
 それを向かえ撃つために、彼らはサーディナに向かうのだ。

 何も知らない人間が聞けば、実に無謀な話だと言うだろう・・・・

 だがかつて、このアーシェ一族最後の魔法剣士ジェスターと、白銀の守護騎士と呼ばれるシルバと、そしてロータスのスターレットと、たった三人で、今や亡国となった東の王国サムザの兵8万を壊滅させたことは、変えようのない事実であった。

 大魔法使いは、表立って戦で魔力を使うことは無い、何故なら、膨大な魔力を操る者には魔力を持たぬ兵など無力に近いからだ、しかし、それは同時に自国の兵にも無力感を感じさせ、士気を落とす結果と成り得る。

 大魔法使いは、兵を連れていない時こそ恐ろしい。

 サングダ―ル軍がサーディナへ攻め入ってくる頃には、そのスターレットと、そして、白銀の守り手シルバ・ガイもサーディナに姿を見せるのだろう。

 魔法剣士一人は二万の騎兵と同じ力を誇り、大魔法使いは五万の騎兵にも匹敵する力を持つと言われている。
この未熟な見習魔法使いの少年は、サーディナに向かうという事が一体どういうことであるか知っていながらも、あえて、このアーシェの魔法剣士ジェスターと、そしてリタ・メタリカの姫君にこうして着いて来ているのだ。

 エトワーム・オリアに残り、王都からの援軍と共に王宮に帰ることも出来たはずであろうに・・・

 意気地が無いと言われた事に確かに反論など出来ないが、ウィルタールは、騎馬の手綱をぎゅっと握り締めると、騎馬の歩みに合わせて揺れる明るい茶色の髪の下で、なにやら神妙な面持ちをして、隣で騎馬を駆るジェスターの端正で凛々しい顔を見たのである。

「どうしても・・・・見ておかなくちゃいけない気がしたからです・・・・・・」

 その言葉に、見事な栗毛の前髪の下で、ジェスターは、形の良い眉を怪訝そうに潜め、リタ・メタリカではと呼ばれる鮮やかで美しい緑玉の瞳を、僅かばかりうつむき加減になったウィルタールに向けたのだった。

「はぁ?何を見るって?」

「今、リタ・メタリカで起こっている出来事の全てを、顛末まで全部、見ておかなければならない気がしたからですよ・・・」

「・・・・・・なんだそれは?」

「僕にもよく解りませんよ!ただ、何となく、使命感と言うか・・・なんと言うか」

「・・・・そりゃ、大した使命だな!」

 ジェスターは、まるでからかうようにそんな事を言って、愉快そうに一笑した。
 しかし、この見習魔法使いの少年が全ての事の顛末を見届けた後、立派な魔法使いに成長し、やがて、彼が育て上げた弟子達にそれが語り継がれ、そして、50年もの時を越えて、もう一つの波乱に繋がっていくだろう事を、この時、彼自身も知らないでいた・・・
 
 それは、まだ、これからずっと先の話の事である。
 まるで幼い子供のようにつんと唇を尖らせて、ウィルタールは、その頬をほんのりと赤く染めると、の馬上で、実にしそうに笑うジェスターの横顔を、青く大きな瞳でジロリと睨んだのだった。

「僕は真面目に言ってるんです!からかわないでくださいよ!」

「あーあーわかったよ、そんなに怒るなよ、おまえ、相変わらず面白いガキだな?」

 そう言いながらも、未だにジェスターは、凛々しい唇の角をニヤニヤと歪めている。

「だから!笑わないで下さいって言ってるじゃありませんか!?」

「笑ってねーよ」

「笑ってるじゃないですか!!」

 その時、騎馬の手綱を取ったまま、後方の男性陣のやり取りを全て聞いていたリタ・メタリカの美しく勇ましい姫君リーヤティアは、紺碧色の長く美しい巻き髪を揺らしながら、綺麗なその眉を吊り上げ、晴れ渡る空の色を映したような紺碧の瞳で鋭く後方を睨んだのだった。

「まったく・・・私の気も知らずに好き勝手なことを・・・・本当に呑気なものです!」

 何やら、その秀麗な顔を鬼気迫る恐ろしい表情に歪めて、リーヤは、鋭い視線のまま、まるで睨むように真っ直ぐ前を見つめすえたのだった。

 艶やかな紺碧色の髪が、騎馬の歩みと共にふわりと跳ね上がり、西から吹き返す湿った風が、なだらかな肩に羽織られた緋色のマントを揺らしていた。

 黒く曇り始めた西の空から、嵐の雲が急速に頭上の空を覆い尽くす、そんな日のことである・・・・
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