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第三節 混迷の暁に騒乱はいずる4
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嵐の過ぎた暁の空には、細くたゆたう東雲色の雲が、強い風に押し流されて東へと動いている。
まだ、眠ったままのタールファの町。
そこから、フレドリック・ルード連合王国まで伸びるルード街道には、青く澄んだ空気が立ち込め、その石畳を照らし出すまだ昇ったばかりの眠たそうな太陽の光の中に、小鳥達のさえずりが響き渡っていた。
一夜の宿を提供してくれた、あの呉服商人アイヴァン・クレラモンドは、突然実母を失い、すっかり憔悴しきっていた様子だったが、アルアミナの憑となったあの少女の遺体を手厚く葬ってくれると、そう約束して彼らをアルカロスへと送り出してくれた。
「ジャハバル神のご加護を」と言って深く頭を垂れたまま、身動ぎもしないで彼らを見送ったアイヴァンの姿は、どこか痛々しいほどであった。
まるで、昨夜の嵐が嘘であったかのようによく晴れた空の下、軍馬よりも一回り大きな黒馬の馬蹄が、旅人の姿すらない閑散とした石畳の上に響き渡っている。
その馬上で、吹き返しの強い風に煽られた純白のマントが、流れるように虚空へと棚引いていた。
すらりと引き締まる背中で軽やかに跳ね上がる、艶やかな漆黒の長い黒髪。
見事な竜の彫刻が施された白銀の二重サークレットが、彼の広い額で、朝日を受けて鋭利に輝いていた。
黒馬の手綱を取る、端正で精悍な顔立ちのその青年は、他でもない、白銀の守護騎士と呼ばれる銀の森の守り手、シルバ・ガイである。
その鞍の前輪には、青珠の森の美しき守り手の姿があり、馬蹄を響かせる黒馬の足元には、青き毛並みを揺らした豹が並走していた。
「ねぇ・・・本当に大丈夫なの?」
黒馬の前輪で、ふと、背後で手綱を取るシルバを振り返り、美しき青珠の守り手レダ・アイリアスは、なにやら、 その蛾美な眉を不審そうに寄せてそんな事を聞いてきた。
昇ったばかりの朝日に照らし出され、高く結った藍に輝く艶やかな黒髪が、木々に滴る朝露のようにきらきらと輝いている。
どこか怒ったように、どこか心配しているように、紅玉の如き鮮やかな紅の瞳が、真っ直ぐに、精悍で端正なシルバの顔を見つめていた。
甘い色香の漂う秀麗な顔立ち。
そんな彼女に、シルバは、唇だけで小さく笑って見せると、相変わらず沈着で穏やかな声で言うのだった。
「大丈夫だ」
「・・・・貴方は、いつも本当のことは何も教えてくれない・・・だから、その言葉、信用できないわ」
「そうか?」
「そうよ!」
昨夜とは打って変わった、いつもの気強い眼差しできっぱりとそう言い切ったレダに、シルバは、柄にも無く困ったような顔つきをすると、純白のマントを羽織った広い肩で小さくため息をついたのである。
「・・・・・・・参ったな」
「ほら!やっぱり何か隠してる!どうしてそうなの?」
「どうして・・・と、言われても・・・・な?」
尚も食い下がるレダに、シルバは思わず、黒馬の足元を走る青き魔豹リュ―インダイルに、その深き地中に眠る紫水晶のような澄んだ右目を向ける。
それに気付いたリュ―インダイルが、どこか愉快そうに金色の瞳を細めると、まるで「それは私の出る幕ではあるまい?」と言うように首を横に振ったのだった。
シルバは、ますます困ったような顔つきをして、ふと、眼前のレダにその視線を戻したのである。
嵐の後の強い吹き返しの風に、彼女の髪がたゆたいながら虚空で揺れている。
綺麗な桜色をした裸唇を拗ねた子供のように尖らせて、前髪の下から覗く鮮やかな紅の瞳が、ひたすら真っ直ぐに彼の顔を凝視していた。
「具合が悪いこと・・・どうして黙っていたの?そんな所まで我慢してどうするの?本当に、どうしようもない人ね?」
「・・・・反論はしないよ」
「反論はじゃなくて、反論できないんでしょ?」
「・・・・・・・・・」
確かに、彼女の言う通りだ・・・・と、押し黙るしか手立ての無いシルバは、広い肩で小さくため息をつく。
今朝、彼が目覚めた時、彼女は、寝台に寄りかかるようにして眠っていた。
その傍らには、以前のように青き豹の姿をしたリュ―インダイルが、長い尾を揺らして佇んでいたのである。
金色の眼差しを穏やかに細め、驚いたような顔つきをするシルバに、リュ―インダイルは言ったのだ。
『レダが・・・・そなたの傍を離れようとしなかったのだ・・・・・随分と心配していた』
と・・・・
彼の言葉に嘘などないだろう。
恐らくその通りなのであろう。
だが・・・・だからと言って、己の身に起こっている事柄を、今、此処でレダに話したところで、どうなるという訳でもない・・・・
変なところで諦めが早いと、以前、白銀の森の可愛らしい姫君サリオ・リリスに言われたことがあったが・・・・彼女の言う事も確実に当たっているのだ。
反論なんてできるはずもない。
なにやら複雑な表情で押し黙ったまま、シルバの紫水晶の瞳が、ふと、レダを通り越した前方の石畳を見る。
はぐらかすような彼のその態度に、殊更レダの蛾美な眉が吊り上がった。
何を思ったか、彼女は、その繊細でしなやかな指先で彼の端正な顎を掴むと、半ば強制的にこちらを振り向かせたのである。
シルバは、純白のマントを羽織る広い肩を驚いたように震わせて、まじまじと、そんな彼女の秀麗な顔を見る。
「な・・・・っ」
「これでも心配したのよ!?話したくないなら、何も話さなくていい・・・!
だけど・・・・」
そこまで言った彼女の気強い表情が、ふと、どこか切な気な面持ちに豹変する。
余りにも切ないその顔つきに、シルバの澄んだ紫水晶の瞳が、にわかに困惑の様相を呈してしまう。
レダは、どこか押し殺したような声で、小さく呟くように言うのだった。
「辛い時は辛いと・・・・そう言って・・・・貴方は、何でも隠し過ぎる・・・・」
「・・・・・・・・」
そう言ったレダを、戸惑いながら見つめたその紫水晶の右瞳が、ふと、どこか穏やかな輝きを宿して細められる。
そんなシルバの精悍で凛々しい唇が、小さく微笑した。
「・・・・そうかもしれない・・・・」
騎馬が足を踏み出す度に、白銀の二重サークレットが飾られた広い額で漆黒の前髪が跳ね上がる。
その下から覗く、実直で澄んだ紫色の眼差しが、真っ直ぐに、レダの鮮やかな紅の瞳とぶつかった。
レダは、僅かばかりうつむき加減になると、そんな彼の広い胸元に、青き華の紋章が刻まれた綺麗な額を、静かに押し当てたのである。
「本当に・・・・どうしようもない人・・・・」
その言葉は、少なからず当たっているだけに、シルバは、何も答えられずに、ただ、戸惑う眼差しのまま、そんなレダの秀麗な顔を見つめるばかりであった。
騎馬の蹄が石畳を蹴る度に、藍に輝く艶やかな黒髪が、彼の精悍な頬を撫でて跳ね上がる。
芳しい花の香りがする・・・・
このひとは本当に美しく、その心根は実に女性らしく可愛らしいだと・・・・今更ながらにそう思う。
だが・・・幾ばくかの愛しさを感じたとしても、今の彼は、そう簡単に心のを外す訳にはいかないのだ・・・・
まだ、討たねばならぬ敵がいる、果たさねばならぬ師との約束がある、それに・・・・自身の命はいつ尽きるかも知れぬ・・・・・・
誰かを愛したところで、結局は共に居ることもできず、誰かに愛されたところで、最終的にはその人は悲しませることになる・・・・
例えそれが誰であろうと、心に残すことはできない・・・・
だがその思いは、変なところで諦めが早い、シルバの悪癖たる考えなのかもしれない。
そんな複雑な彼の胸中を知る由もないレダは、その広い胸に綺麗な額を押し当てたまま、ただ、長い睫毛を伏せ鮮やかな紅の瞳を閉じたのだった。
暁の空にたゆたう細い雲が、吹き返しの強い風に東へと押し流されていく。
金色の太陽の切っ先が地上を明るく照らし出す最中に、タールファの町が遠くなっていく。
嵐の過ぎた暁の空には、細くたゆたう東雲色の雲が、強い風に押し流されて東へと動いている。
まだ、眠ったままのタールファの町。
そこから、フレドリック・ルード連合王国まで伸びるルード街道には、青く澄んだ空気が立ち込め、その石畳を照らし出すまだ昇ったばかりの眠たそうな太陽の光の中に、小鳥達のさえずりが響き渡っていた。
一夜の宿を提供してくれた、あの呉服商人アイヴァン・クレラモンドは、突然実母を失い、すっかり憔悴しきっていた様子だったが、アルアミナの憑となったあの少女の遺体を手厚く葬ってくれると、そう約束して彼らをアルカロスへと送り出してくれた。
「ジャハバル神のご加護を」と言って深く頭を垂れたまま、身動ぎもしないで彼らを見送ったアイヴァンの姿は、どこか痛々しいほどであった。
まるで、昨夜の嵐が嘘であったかのようによく晴れた空の下、軍馬よりも一回り大きな黒馬の馬蹄が、旅人の姿すらない閑散とした石畳の上に響き渡っている。
その馬上で、吹き返しの強い風に煽られた純白のマントが、流れるように虚空へと棚引いていた。
すらりと引き締まる背中で軽やかに跳ね上がる、艶やかな漆黒の長い黒髪。
見事な竜の彫刻が施された白銀の二重サークレットが、彼の広い額で、朝日を受けて鋭利に輝いていた。
黒馬の手綱を取る、端正で精悍な顔立ちのその青年は、他でもない、白銀の守護騎士と呼ばれる銀の森の守り手、シルバ・ガイである。
その鞍の前輪には、青珠の森の美しき守り手の姿があり、馬蹄を響かせる黒馬の足元には、青き毛並みを揺らした豹が並走していた。
「ねぇ・・・本当に大丈夫なの?」
黒馬の前輪で、ふと、背後で手綱を取るシルバを振り返り、美しき青珠の守り手レダ・アイリアスは、なにやら、 その蛾美な眉を不審そうに寄せてそんな事を聞いてきた。
昇ったばかりの朝日に照らし出され、高く結った藍に輝く艶やかな黒髪が、木々に滴る朝露のようにきらきらと輝いている。
どこか怒ったように、どこか心配しているように、紅玉の如き鮮やかな紅の瞳が、真っ直ぐに、精悍で端正なシルバの顔を見つめていた。
甘い色香の漂う秀麗な顔立ち。
そんな彼女に、シルバは、唇だけで小さく笑って見せると、相変わらず沈着で穏やかな声で言うのだった。
「大丈夫だ」
「・・・・貴方は、いつも本当のことは何も教えてくれない・・・だから、その言葉、信用できないわ」
「そうか?」
「そうよ!」
昨夜とは打って変わった、いつもの気強い眼差しできっぱりとそう言い切ったレダに、シルバは、柄にも無く困ったような顔つきをすると、純白のマントを羽織った広い肩で小さくため息をついたのである。
「・・・・・・・参ったな」
「ほら!やっぱり何か隠してる!どうしてそうなの?」
「どうして・・・と、言われても・・・・な?」
尚も食い下がるレダに、シルバは思わず、黒馬の足元を走る青き魔豹リュ―インダイルに、その深き地中に眠る紫水晶のような澄んだ右目を向ける。
それに気付いたリュ―インダイルが、どこか愉快そうに金色の瞳を細めると、まるで「それは私の出る幕ではあるまい?」と言うように首を横に振ったのだった。
シルバは、ますます困ったような顔つきをして、ふと、眼前のレダにその視線を戻したのである。
嵐の後の強い吹き返しの風に、彼女の髪がたゆたいながら虚空で揺れている。
綺麗な桜色をした裸唇を拗ねた子供のように尖らせて、前髪の下から覗く鮮やかな紅の瞳が、ひたすら真っ直ぐに彼の顔を凝視していた。
「具合が悪いこと・・・どうして黙っていたの?そんな所まで我慢してどうするの?本当に、どうしようもない人ね?」
「・・・・反論はしないよ」
「反論はじゃなくて、反論できないんでしょ?」
「・・・・・・・・・」
確かに、彼女の言う通りだ・・・・と、押し黙るしか手立ての無いシルバは、広い肩で小さくため息をつく。
今朝、彼が目覚めた時、彼女は、寝台に寄りかかるようにして眠っていた。
その傍らには、以前のように青き豹の姿をしたリュ―インダイルが、長い尾を揺らして佇んでいたのである。
金色の眼差しを穏やかに細め、驚いたような顔つきをするシルバに、リュ―インダイルは言ったのだ。
『レダが・・・・そなたの傍を離れようとしなかったのだ・・・・・随分と心配していた』
と・・・・
彼の言葉に嘘などないだろう。
恐らくその通りなのであろう。
だが・・・・だからと言って、己の身に起こっている事柄を、今、此処でレダに話したところで、どうなるという訳でもない・・・・
変なところで諦めが早いと、以前、白銀の森の可愛らしい姫君サリオ・リリスに言われたことがあったが・・・・彼女の言う事も確実に当たっているのだ。
反論なんてできるはずもない。
なにやら複雑な表情で押し黙ったまま、シルバの紫水晶の瞳が、ふと、レダを通り越した前方の石畳を見る。
はぐらかすような彼のその態度に、殊更レダの蛾美な眉が吊り上がった。
何を思ったか、彼女は、その繊細でしなやかな指先で彼の端正な顎を掴むと、半ば強制的にこちらを振り向かせたのである。
シルバは、純白のマントを羽織る広い肩を驚いたように震わせて、まじまじと、そんな彼女の秀麗な顔を見る。
「な・・・・っ」
「これでも心配したのよ!?話したくないなら、何も話さなくていい・・・!
だけど・・・・」
そこまで言った彼女の気強い表情が、ふと、どこか切な気な面持ちに豹変する。
余りにも切ないその顔つきに、シルバの澄んだ紫水晶の瞳が、にわかに困惑の様相を呈してしまう。
レダは、どこか押し殺したような声で、小さく呟くように言うのだった。
「辛い時は辛いと・・・・そう言って・・・・貴方は、何でも隠し過ぎる・・・・」
「・・・・・・・・」
そう言ったレダを、戸惑いながら見つめたその紫水晶の右瞳が、ふと、どこか穏やかな輝きを宿して細められる。
そんなシルバの精悍で凛々しい唇が、小さく微笑した。
「・・・・そうかもしれない・・・・」
騎馬が足を踏み出す度に、白銀の二重サークレットが飾られた広い額で漆黒の前髪が跳ね上がる。
その下から覗く、実直で澄んだ紫色の眼差しが、真っ直ぐに、レダの鮮やかな紅の瞳とぶつかった。
レダは、僅かばかりうつむき加減になると、そんな彼の広い胸元に、青き華の紋章が刻まれた綺麗な額を、静かに押し当てたのである。
「本当に・・・・どうしようもない人・・・・」
その言葉は、少なからず当たっているだけに、シルバは、何も答えられずに、ただ、戸惑う眼差しのまま、そんなレダの秀麗な顔を見つめるばかりであった。
騎馬の蹄が石畳を蹴る度に、藍に輝く艶やかな黒髪が、彼の精悍な頬を撫でて跳ね上がる。
芳しい花の香りがする・・・・
このひとは本当に美しく、その心根は実に女性らしく可愛らしいだと・・・・今更ながらにそう思う。
だが・・・幾ばくかの愛しさを感じたとしても、今の彼は、そう簡単に心のを外す訳にはいかないのだ・・・・
まだ、討たねばならぬ敵がいる、果たさねばならぬ師との約束がある、それに・・・・自身の命はいつ尽きるかも知れぬ・・・・・・
誰かを愛したところで、結局は共に居ることもできず、誰かに愛されたところで、最終的にはその人は悲しませることになる・・・・
例えそれが誰であろうと、心に残すことはできない・・・・
だがその思いは、変なところで諦めが早い、シルバの悪癖たる考えなのかもしれない。
そんな複雑な彼の胸中を知る由もないレダは、その広い胸に綺麗な額を押し当てたまま、ただ、長い睫毛を伏せ鮮やかな紅の瞳を閉じたのだった。
暁の空にたゆたう細い雲が、吹き返しの強い風に東へと押し流されていく。
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