神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】

坂田 零

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第三節 混迷の暁に騒乱はいずる9

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 鋭利に輝く閃光が空を二分し、灼熱の炎の如き熱波を帯びる朱の刃が、驚くほどの迅速(はや)さを持って眼前の魔物の脳天を鋭く捕えた。

 熱き波動を巻き起こす朱き刃が、黒き獅子の頭を顎まで斬り下ろした時、地面に伸び上がった【無の三日月(マハ・ディーティア)】の残光が、突如として紅蓮の爆炎を吹き上げたのだった。

「!?」

 本人すら全く予想もしなかったその出来事に、澄んだ紺碧色の瞳が驚愕したように大きく見開かれる。
 その視界の中で、燃え盛る深紅の火柱が、まるで地を這うようにして石畳を抉り取り、千々に砕けた破片を撒き散らしながら、眼前に迫り来る黒き獅子の群へと一直線に迸った。

 凄まじい轟音を上げて渦を巻く灼熱の炎。
 それは、金と朱の焔を巻き上げながら、烈火の如き勢いで黒き獅子を次々と飲み込んでいく。
 黒き炎を打ち消す紅蓮の炎が、断末魔の悲鳴すら上げられぬ魔物どもを、一瞬にして白い灰へと変えて、やがて、地面の中へと吸い込まれるようにして消えて行った・・・。

「な・・・・何なのです、これは!?」

 その時、【無の三日月(マハ・ディーティア)】を構えたまま、唖然としてそれを見やっていたリーヤの聴覚に、不意に、もう聞き慣れた青年の声が飛びこんで来たのだった。

「本当に大したじゃじゃ馬だよ、おまえは?・・・・今度は【ザイン(神炎)】か?流石【破滅の鍵】だな?」

 どこか愉快そうに、どこか感心したようにそう言ったのは、他でもない、アーシェ一族最後の魔法剣士、ジェスター・ディグであったのだ。
 いつの間にやら、リーヤと背中を合わせるようにしてそこに立っていたジェスターは、妖剣【アクトレイドス(告死の剣)】を構えたまま、燃え盛る炎のような鮮やかな緑玉の瞳を、実に愉快そうな面持ちで細め、背後に居るリーヤをちらりとだけ顧みたのである。

「あの炎は【神炎】と言うのですか?」

 そう彼に問い返すと、リーヤは、揺れる紺碧色の前髪の下で、綺麗な眉を眉間に寄せながら、鋭い視線を周囲に走らせた。

「ああ・・・・・・・
いいかリーヤ、『時が来る』までに、【無の三日月(マハ・ディーティア)】を完璧に使いこなせよ・・・・
そうじゃないと・・・・」

 いつになく鋭い響きを持つその声が、どこか意味深に、言葉の語尾で止められる。

「・・・そうじゃないと・・・・何なのです?」

 余りにも不自然に言葉が止まったので、リーヤは、その綺麗な顔を実に怪訝そうな表情で満たしながら、緋色のマントを羽織る肩越しに、ふと、そんなジェスターを振り返るのだった。
 その時、澄んだ紺碧色の眼差しが、不意に、虚空に揺らめく無数の黒い影を捕えた。

 次の瞬間。

 こちらに背を向けて立っているジェスターの長身から、まるで黄金の炎が燃えるが如く、鋭い音を立て、金色のオーラが吹き上がったのである。

「・・・・そうじゃないと・・・この俺に、とどめを刺すことはできないぞ」

 そう言うが早く、若獅子の鬣の如き見事な栗色の髪が虚空に揺れ、ジェスターの爪先が俊足で地面を蹴った。

「・・・!?・・・今、なんと言いましたジェスター!?」

 実に理解しがたい彼のその言葉に、驚いたような顔つきになったリーヤが、咄嗟に体ごと背後を振り返る。
 そんな彼女の視界の中で、濃紺の衣が棚引くように虚空に翻り、轟音と共に出現した紅蓮の炎が、まるで生き物であるかのようにゆらゆらと揺れ、すらりとしたジェスターの長身に絡み付く。
 禍々しくも神々しい金色の大剣が振りかざされると、そこから伸び上がる金色の光の帯が、眩いばかりの輝きを放って乱舞する。
 激しく揺れる栗色の前髪の下で、凶悪で冷酷な輝きを宿した緑玉の瞳が、研ぎ澄まされた刃の如く鋭く発光した。
 彼の凛々しいその唇が、呪文と呼ばれる古の人にあらざる言語を紡ぎ出す。

「【ザイン・アーレフ(神炎乱舞)】」

 虚空の最中から迫り来る、無数の黒き獅子の影。
 眩いばかりの黄金の輝きが妖の剣に迸り、その凄まじい光の帯が、ジェスターの見事な栗毛の髪を、殊更激しく虚空に揺らめき立たせた。

 妖の剣と呼ばれるアクトレイドスの眩い金色の刀身が、長身の頭上から一気に振り下ろされると、鋭利な切っ先が指し示す地面から、幾筋もの紅蓮の爆炎が轟音を上げて空に立ち昇った。
 それは、地を這う業火の柱となって八方向に走ると、今、正に彼の身を引き裂こうと宙を舞った魔物達を、金色の

 激しい焔を上げながら、一瞬にして飲み込んでしまったのである。
 凄まじいばかりに煌々と輝く深紅の炎が、燃え立つ黒き炎を打ち消して、それは、舐めるように地面を這いながら周囲の空間を覆い尽くしていく。

 轟々と低い唸りを上げ、金と朱の焔を伴い迸った紅蓮の爆炎は、瞬きも許さぬ短い時間で、無数にうごめく黒き闇の獅子を全て焼き尽くし、それこそ、微塵の灰すら残さぬほどに消し飛ばしたのである。
 アーシェの者の纏う業火は、魔物以上に魔物じみた灼熱の業火だ。

 その強力な魔力を、獣の形をした魔物になど防げるはずもない。
 燃え盛る炎の色を映し朱色に染まった見事な栗色の髪が、煌きながら虚空に揺れている。
 その前髪の隙間から覗く、異形と呼ばれる鮮やかで美しい緑玉の瞳が、爛々と輝きながら静かにリーヤを振り返った。

 炎を纏うジェスターの姿は、正に、朱き炎の獅子を擬人化したような姿。

 リーヤは、利き手に【無の三日月(マハ・ディーティア)】を構えたまま、いつになく神妙な面持ちをして、息を呑むほど冷淡で、禍々しい程に美しい彼の神秘的な緑玉の瞳を、真っ直ぐ見つめたのである。

 その眼差しは魔性と見紛う程に、何故かいつも、彼女の心を囚らえて放さない・・・・

「ジェスター・・・・貴方は・・・一体・・・・」

 リーヤの桜色の唇が、そう言葉を紡いだ時だった・・・・
 不意に、聞き覚えのない低く鋭い男の声が、どこからともなく響いてきたのである。

『【鍵】たる者よ・・・・・そなたの命は、このギルトルクが貰い受ける・・・・
そなたは、我が御方の行く末を暗雲で覆う者・・・・』

 その言葉と同時に、異空間から伸び上がった暗黒の炎が、リーヤと、そしてジェスターの眼前で急速に人の形を取ると、それはやがて、深き紫色のロ―ブを翻した屈強な男の姿へと成り果てたのだった。

 鋭利に輝く金色の両眼。
 闇の色を映した漆黒の短髪。
 その額に飾られた、青銅色の二重サークレットには緻密な一角獣の彫刻は施されている。

 それは、この闇の者がジェスターと同じ魔法剣士であることを明白に物語っていた。
 太い腰に履かれている青銅色の剣は、かつて無数に大地を駈けていた一角獣の角から切り出されたという、【ジェン・アーガン(嘆きの角)】と名付けられた魔剣である。

「魔法剣士・・・・・・・?」

 リーヤは、晴れ渡る空の色をしたその瞳を、鋭く厳しく歪めて【無の三日月(マハ・ディーティア)】の柄を握り直した。
 凛と立つ花のように勇敢で気強い【破滅の鍵】と呼ばれる美しき姫君の姿を、ギルトルクの金色の眼差しが舐めるように見やる。

 厚い唇の隅を邪に歪めて、闇の魔法剣士は極めて冷淡な口調で言うのだった。

『流石は【鍵】たる者だ・・・・・この私を目前にしても臆しもせぬか?』

 そう言った彼の視線が、今度は、そんな彼女の傍らで、紅蓮の炎を纏いながら、鋭く、そしてどこか冷酷な表情をしている同族の青年の顔を見る。
 そんな彼の姿を目にした瞬間だった、何ゆえか、ギルトルクの顔色が、にわかに驚愕の表情へと打ち変わったのである。

『そなたは・・・・・!?』

 闇の魔法剣士の瞳に映し出される、紅蓮の炎に身を置きながら金色の剣を構えるその青年の姿・・・・

 その装いは、『魔王と呼ばれる以前の魔王』と、あまりにも酷似していて、ギルトルクは、金色の両眼を殊更大きく見開いたのである。
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