神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】

坂田 零

文字の大きさ
43 / 75

第三節 混迷の暁に騒乱はいずる10

しおりを挟む
 このギルトルクは、魔王と呼ばれる以前のラグナ・ゼラキエル・アーシェの姿をよく知る者である。
 遥か古の昔、ラグナ・ゼラキエルは・・・・妖剣『アクトレイドス』を操る魔法剣士であり、まだ小国であったリタ・メタリカに侵攻してくる異国の兵を、その名を聞いただけで恐れ慄かせたという、勇猛果敢な勇士であった・・・・

 今、眼前に立つこの青年は、姿は違えど、醸し出すその気配も表情も、全くあの時のラグナ・ゼラキエルと同じ・・・・

『そなたは・・・・うつつよに目覚めし御方の弟たる者のはず・・・・!?我が一族を裏切りし者のはず!だのに、何故・・・・!?そなたは・・・何者だ・・・・!?』

『魔物ごときに裏切り者呼ばわりされる筋合いは無い・・・・・・・本当に、どいつもこいつも、似たような事を聞いてき
やがる・・・俺が誰であろうと、たかが使い魔に説明してやる義理も無い・・・・』

 そう言ったジェスターの鮮やかな緑玉の瞳が、炎の色を映して朱に輝く髪の下で、どこか冷淡に、しかし実に不敵に微笑した。
 その眼差しが、不意に、傍らで【無の三日月(マハ・ディーティア)】を構えるリーヤに向くと、彼は、低く鋭い声で言葉を続ける。

「リーヤ・・・・この魔物の狙いはおまえの命だ。
アーシェの魔物の黒炎は、【無の三日月(マハ・ディーティア)】の『ザイン』で全て打ち消すことができる。【無の三日月(マハ・ディーティア)】を使いこなせよ・・・・・」

 その言葉の全てが終わるか終わらないかの内に、ジェスターの爪先が地面を蹴った。

「言われなくてもやってみせます・・・・っ!その代わり、この魔物を倒したら、さっき貴方が言っていた言葉の意味を、きちんと説明して貰いますよ!」

 濃紺の衣の裾を翻したジェスターの背中にそんなことを叫びながら、リーヤは、綺麗な眉を鋭く眉間に寄せると、彼女もまた、【無の三日月(マハ・ディーティア)】を構えたまま俊足で地面を蹴ったのである。

 その時、黒炎に覆い尽くされたタールファの町に、清らかで荘厳なるジャハバル神殿の鐘が鳴り響いた。

 とたん、闇の焔が舞う空に、青き雷の閃光が走り、それは人も家屋を焼き尽くさんとする黒炎を鎮めるかの如く、鐘の音と共に雨粒のような光の粒子となって町中に降り注いだのである。
 それが誰の業であるか、瞬時に気付いたジェスターが、ふと、その凛々しい唇で小さく微笑う。
 柔軟な両足のばねが叩くように石畳を蹴ると、野を駈ける獣の如きしなやかな肢体が、濃紺の衣の裾を棚引かせながらふわりと虚空を舞った。

 ギルトルクの無骨な手が、腰に履いた魔剣【ジェン・アーガン】を一瞬にして抜き払う。
 紅蓮の炎を纏った金色の大剣の鋭い軌跡が、虚空から一気にギルトルクの頭上へと振り下ろされる。
 闇の魔法剣士が、青銅色の刀身を迅速で翻し、黄金の閃光を引くその重い斬撃を、真っ向から弾き返した時だった、虚空で軽く捻られたジェスターのしなやかで柔軟なその肢体は、そのまま、ギルトルクの背後へと軽い足音を立てて着地したのである。

 炎の色を映し朱色に輝く見事な栗毛の下で、ジェスターの鮮やかで美しい緑玉の瞳が、何ゆえかニヤリと不敵に笑う。

『シャム・アーシェス(守りの炎)』

 彼の発した呪文と呼ばれる古の言語が、今、ギルトルクの眼前から【無の三日月(マハ・ディーティア)】をかざして走りこんでくる、【破滅の鍵】リーヤティアの肢体を守りの炎で包み込んだ。
 光のような焔を纏う美しき姫君は、緋色のマントをなだらかな肩で棚引かせ、艶やかな紺碧色の巻き髪を乱舞させながら、迅速で手首を翻す。

「ったあぁぁぁ――――っ!」

 空気を熱く振動させる朱き刃が閃光の帯を引き、にわかに厳しい顔つきをしたギルトルクの眼前に迫りくる。
 紫のローブを翻し、屈強な体にそぐわぬ機敏さで横に飛び退くと、熱波を帯びる【無の三日月】の朱き斬撃を一瞬にしてかわしたのだった・・・・

 しかし・・・・

 脈打つように虚空を振動させたの朱き刃の残光が、眩いばかりに輝くと、次の瞬間、それは柄無き三日月型の刃に成り果てたのである。
 炎の如き熱を帯びる三日月型の鋭利な残光が、唸るように宙を両断しながら、豪速でギルトルクの元へと迸る。
 流石の闇の魔法剣士も、これには思わず驚愕で目を剥いた。

『何・・・・・・っ!?』

 ぎゅぅんと鋭い唸りを上げた熱き波動の刃を、寸前で黒炎を纏い防いだギルトルクであったが、その眼前では、既に二撃目が翻されている。
 屈強な闇の魔法剣士と対峙しながらも、臆す事無く、爛と強く輝く紺碧色のその瞳。
 リーヤの手から放たれた朱の刃が、ギルトルクの首を狙って真っ向から閃光の帯を引く。
 朱き刀身がどくんと強く脈打つと、凄まじい熱を帯びる光の刃が、弾ける波動を伴って虚空に鋭い唸りを上げた。

『【鍵】たる者は、怯えるだけの兎ではないと言うことか・・・・』

 金色の両眼を、鋭くもどこか愉快そうに細めたギルトルクの手が、ジェン・アーガンの鋭利な刃を持って、【無の三日月】の斬撃を一瞬にして弾き返す。
 ぶつかり合った刃から、朱と青の火花が周囲に飛び散ると、間髪入れずに、ギルトルクの屈強なその腕が、凄まじいばかりの豪剣をリーヤに向かって切り返した。

 俊敏な身のこなしで後方に飛び退いたリーヤの元に、今度は、黒き炎を纏う鋭い斬撃が、閃光の帯を描いて飛び込んで来る。
 緋色のマントが虚空に棚引き、伸び上がった【無の三日月】の光の刃が、封魔の鐘の音が轟く最中で、朱き火花を散して嘆きの剣を受け止めたのだった。

 交差した刃の合間から、強く果敢な紺碧色の両眼が、ギルトルクの金色の瞳を睨むように見つめすえる。
 強風の中に凛と咲く花のような、美しくも強靭な輝きを宿す【破滅の鍵】のその眼差し。

 先程から、その肢体に紅蓮の焔を纏いながらも、金色の妖剣を構える事もせず、そんな彼女の様子を眺めていたジェスターが、ふと、その凛々しい唇だけで小さく笑った。

 本当に、どれだけ気強いじゃじゃ馬なのか・・・・・
 心中でそんな賞賛をリタ・メタリカの姫君に与えながらも、炎の色を映して朱に輝く若獅子の如き見事な栗毛の下で、彼の鮮やかで美しい緑玉の瞳が、どこか、悲哀にも似た光を宿して細められた。

 そう・・・・
 
 強く果敢な心を持つ【破滅の鍵】であるのなら・・・・・
 その時は来たとしても、躊躇う事も無く・・・・
 必ず、この命を絶つことが出来るだろう・・・・
 
 時が来れば・・・・この身の内に眠る全てが、解き放されるはず・・・・
 時が来れば・・・・やがてこの意識も、魔王と呼ばれていた自分に戻っていくのだろう・・・・

 苦しみの最中で、千々に乱れ千切れたその魂の全てを、一つに統合できるのは・・・・

 かつては、炎神と呼ばれていた自分を置いて、他にはいないのだから・・・
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...