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第四節 蒼き疾風の咆哮7
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「!!?」
鋭く輝く深紅の瞳が、視線だけでそれを追うが、あっと言う間に深い谷底へと吸い寄せられていく。
急速に魔力を失っていくその気配を、術で追うことすらもう叶わなかった。
煌きながら落ちいく、古の女妖とその使い魔の魂。
肉眼で見ることの出来なくなった封魔の黒珠は、深く暗い渓谷の底へとその姿を消していった。
「・・・・・」
苦々しく綺麗な眉を寄せたスターレットが、厳しい顔つきのまま、ふうっと小さく息を吐く。
同時に、虚空を駈けた封魔の風と蒼き閃光が、その役目を終え、渓谷から吹き上げる冷たい風の中へと、緩やかに消えていった・・・・
傾きかけた断崖の森の中に、横たわるような静寂が戻ってくる。
地面に片膝を付いているスターレットの足先から、からからと軽い音を立てて、小石が谷底へと落ちた。
魔物は確実に封じた・・・・
だが、あの使い魔の横槍で、消滅させることは叶わなかった。
このまま深き谷底に埋もれ、人血を吸うことすらなければ、永久に蘇ることはないはずだ・・・・
しかし・・・・
暗く深い渓谷に響き渡る、悲鳴にも似た冷たい風の音。
そこから伸び上がってくる透明な風の手に、輝くばかりの蒼銀の髪が弄ばれ、緩やかに虚空に乱舞する。
深紅の輝くその両眼が、静かに、元の美しい銀水色の色へと戻っていく。
どれほどの時間、あの性の悪い女妖と攻防していたのだろうか?
気付けば、ふと見上げた西の空には、夜が間近に迫っていることを知らせる、金剛石のような宵の明星と、そして、僅かに紺色に染まる細い雲が、たゆたうように揺れていたのだった。
「スターレット・・・・」
何かを思うように空を見上げていたスターレットの聴覚に、自分の名を呼ぶ涼しやかな声が聞こえた。
血染めの肩を僅かに揺らすと、彼は、ふと、その綺麗な銀水色の視線をずらして、自分を呼んだ声の主の美麗で妖艶な顔を、静かに顧みたのである。
その腕の中で、いつになく安堵したように、ふぅっとため息をついた異国の美しい女剣士が、長く見事な紅の髪をふくよかな胸元で揺らしながら、ゆっくりとしなやかな体を起こしてくる。
暮れなずむ黄昏の輝きの中で、真っ直ぐに、スターレットの雅で秀麗な顔を見つめる凛と強いその茶色の瞳。
そんな彼女の妖艶な唇が、小さく微笑んだ。
「なんだか体が軽い・・・・それに、痛みも無くなった・・・・おぬし、何かしたのか?」
その言葉に、スターレットもまた、唇だけで小さく笑う。
「封魔の術に癒しの風を仕込んでおいた・・・・そのせいであろう」
蒼きロ―ブの長い裾を揺らして、ロータスの若き大魔法使いが、静かにその場に立ち上がる。
その身に纏った衣は血染めであるが、彼の傷もまた既に癒えており、痛みは一切感じなくなっていた。
輝くような蒼銀の髪が、茜色に染まり始めた空の色を映しながら、ふわりと虚空に跳ね上がる。
彼は、ゆっくりとラレンシェイに背中を向けて、森の中の方へと歩み出したのだった。
「レイ・ポルドンまで送ろう・・・・
そなたの部下が、ロータスの屋敷に忍び込んでまでそなたを探しに来たのだ・・・・
本国から帰還命令が出ているそうだ、早く行くがいい」
そう言って、スターレットは、少年のようにあどけなく微笑むと、背後で静かに立ち上がったラレンシェイを、その広い肩越しに振り返ったのである。
だが、何故か、彼女の蛾美な眉は、風に跳ね上がる紅の前髪の下で、怒ったようにつり上がっている。
傾いた森の木々が、夕映えの鮮やかな色彩を映しながら、吹き付ける風にざわざわと揺れた。
一瞬、その表情の意味がわからずに、スターレットは、怪訝そうな顔つきをして、思わず、まじまじとそんな彼女の美麗な顔を見つめてしまう。
「ラレンシェイ・・・・?」
「おい、スターレット・・・・おぬし、こんな佳(い)い女を目の前にして、最後まで何もしないつもりなのか?」
「・・・・・・・・・・と、唐突に、な、何を言っているのだ?そなた?」
全く予想もしていなかったその言葉に、スターレットは、澄んだ銀水色の瞳をきょとんと丸くして、雅で秀麗なその顔を、呆気にとられたような、困ったような、なにやら実に複雑な表情で満たしたのである。
そんな彼の元へ、ゆっくりと足を近づけながら、ラレンシェイは、片手でさらりと紅の髪をかき上げると、不満そうな表情のまま、追い討ちをかけるように言うのだった。
「本当に判らないのか?それとも、また臆病風を吹かせているのか?
おぬし、本当にこのまま私に何もしないつもりなのか?」
「そなた・・・・まだそのようなことを言っているのか・・・・っ?」
「本国に帰らねばならぬなら、それまでに掟を全うしなければな・・・・
それに、おぬし、リタ・メタリカの王宮で、一度はその腹を決めたのではないか?」
「・・・・・・なっ!?」
思わず、言葉を失って呆然とその場に立ち尽くした彼の頬に、風に揺れる蒼銀の髪が張り付いた。
血染めの衣の裾が、流れるように虚空へと跳ね上がる。
ざわめく森の木々の中で、綺麗な銀水色の瞳を丸くしたまま、スターレットは、困ったような顔つきで、不満そうに歪んだラレンシェイの美麗な顔を、ただただ見つめるばかりであった。
鋭く輝く深紅の瞳が、視線だけでそれを追うが、あっと言う間に深い谷底へと吸い寄せられていく。
急速に魔力を失っていくその気配を、術で追うことすらもう叶わなかった。
煌きながら落ちいく、古の女妖とその使い魔の魂。
肉眼で見ることの出来なくなった封魔の黒珠は、深く暗い渓谷の底へとその姿を消していった。
「・・・・・」
苦々しく綺麗な眉を寄せたスターレットが、厳しい顔つきのまま、ふうっと小さく息を吐く。
同時に、虚空を駈けた封魔の風と蒼き閃光が、その役目を終え、渓谷から吹き上げる冷たい風の中へと、緩やかに消えていった・・・・
傾きかけた断崖の森の中に、横たわるような静寂が戻ってくる。
地面に片膝を付いているスターレットの足先から、からからと軽い音を立てて、小石が谷底へと落ちた。
魔物は確実に封じた・・・・
だが、あの使い魔の横槍で、消滅させることは叶わなかった。
このまま深き谷底に埋もれ、人血を吸うことすらなければ、永久に蘇ることはないはずだ・・・・
しかし・・・・
暗く深い渓谷に響き渡る、悲鳴にも似た冷たい風の音。
そこから伸び上がってくる透明な風の手に、輝くばかりの蒼銀の髪が弄ばれ、緩やかに虚空に乱舞する。
深紅の輝くその両眼が、静かに、元の美しい銀水色の色へと戻っていく。
どれほどの時間、あの性の悪い女妖と攻防していたのだろうか?
気付けば、ふと見上げた西の空には、夜が間近に迫っていることを知らせる、金剛石のような宵の明星と、そして、僅かに紺色に染まる細い雲が、たゆたうように揺れていたのだった。
「スターレット・・・・」
何かを思うように空を見上げていたスターレットの聴覚に、自分の名を呼ぶ涼しやかな声が聞こえた。
血染めの肩を僅かに揺らすと、彼は、ふと、その綺麗な銀水色の視線をずらして、自分を呼んだ声の主の美麗で妖艶な顔を、静かに顧みたのである。
その腕の中で、いつになく安堵したように、ふぅっとため息をついた異国の美しい女剣士が、長く見事な紅の髪をふくよかな胸元で揺らしながら、ゆっくりとしなやかな体を起こしてくる。
暮れなずむ黄昏の輝きの中で、真っ直ぐに、スターレットの雅で秀麗な顔を見つめる凛と強いその茶色の瞳。
そんな彼女の妖艶な唇が、小さく微笑んだ。
「なんだか体が軽い・・・・それに、痛みも無くなった・・・・おぬし、何かしたのか?」
その言葉に、スターレットもまた、唇だけで小さく笑う。
「封魔の術に癒しの風を仕込んでおいた・・・・そのせいであろう」
蒼きロ―ブの長い裾を揺らして、ロータスの若き大魔法使いが、静かにその場に立ち上がる。
その身に纏った衣は血染めであるが、彼の傷もまた既に癒えており、痛みは一切感じなくなっていた。
輝くような蒼銀の髪が、茜色に染まり始めた空の色を映しながら、ふわりと虚空に跳ね上がる。
彼は、ゆっくりとラレンシェイに背中を向けて、森の中の方へと歩み出したのだった。
「レイ・ポルドンまで送ろう・・・・
そなたの部下が、ロータスの屋敷に忍び込んでまでそなたを探しに来たのだ・・・・
本国から帰還命令が出ているそうだ、早く行くがいい」
そう言って、スターレットは、少年のようにあどけなく微笑むと、背後で静かに立ち上がったラレンシェイを、その広い肩越しに振り返ったのである。
だが、何故か、彼女の蛾美な眉は、風に跳ね上がる紅の前髪の下で、怒ったようにつり上がっている。
傾いた森の木々が、夕映えの鮮やかな色彩を映しながら、吹き付ける風にざわざわと揺れた。
一瞬、その表情の意味がわからずに、スターレットは、怪訝そうな顔つきをして、思わず、まじまじとそんな彼女の美麗な顔を見つめてしまう。
「ラレンシェイ・・・・?」
「おい、スターレット・・・・おぬし、こんな佳(い)い女を目の前にして、最後まで何もしないつもりなのか?」
「・・・・・・・・・・と、唐突に、な、何を言っているのだ?そなた?」
全く予想もしていなかったその言葉に、スターレットは、澄んだ銀水色の瞳をきょとんと丸くして、雅で秀麗なその顔を、呆気にとられたような、困ったような、なにやら実に複雑な表情で満たしたのである。
そんな彼の元へ、ゆっくりと足を近づけながら、ラレンシェイは、片手でさらりと紅の髪をかき上げると、不満そうな表情のまま、追い討ちをかけるように言うのだった。
「本当に判らないのか?それとも、また臆病風を吹かせているのか?
おぬし、本当にこのまま私に何もしないつもりなのか?」
「そなた・・・・まだそのようなことを言っているのか・・・・っ?」
「本国に帰らねばならぬなら、それまでに掟を全うしなければな・・・・
それに、おぬし、リタ・メタリカの王宮で、一度はその腹を決めたのではないか?」
「・・・・・・なっ!?」
思わず、言葉を失って呆然とその場に立ち尽くした彼の頬に、風に揺れる蒼銀の髪が張り付いた。
血染めの衣の裾が、流れるように虚空へと跳ね上がる。
ざわめく森の木々の中で、綺麗な銀水色の瞳を丸くしたまま、スターレットは、困ったような顔つきで、不満そうに歪んだラレンシェイの美麗な顔を、ただただ見つめるばかりであった。
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