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終節 時を告げる三日月8
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だが、何故だろう・・・・?
先程から、【無の三日月】は、ひっきりなしに熱く鋭く脈打つばかりである。
リーヤは、警戒を解かぬまま、凛とした強い眼差しで、突然そこに現れた、見知らぬその青年の繊細で端正な顔を見つめすえたのだった。
「貴方は・・・・何者ですか?」
「お初にお目にかかります・・・・リタ・メタリカの勇敢な姫君・・・・」
青年はそう言って小さく微笑すると、赤銅色の長い髪をたおやかに揺らしながら、ゆっくりとした歩調でリーヤの元へと歩んで来たのだった。
怪訝そうに眉根を寄せる彼女の前で、地面に片膝を付き、彼は、恭しく頭を垂れる、そして、銀水色と緑玉色をした美しい魔眼で、静かに、リーヤの秀麗な顔を仰ぎ見たのだった。
緋色のマントを羽織るなだらかな肩を揺らして、リーヤは、そんな彼の真っ直ぐな眼差しを、澄んだ紺碧色の両眼で受け止めたのである。
「貴方が、あの魔物を・・・・?」
「恐れながら、多少なりとも腕に覚えがあります故・・・・不躾ながら、退治させて頂きました」
実に丁寧なその口調。
彼は、どこかの王宮に仕えていた者なのかもしれない。
しかし、リーヤは、尚もその警戒を解かずに、低めた声色で静かに言うのだった。
「私が、リタ・メタリカの姫であることを知っているのは、この地ではたった二人だけのはずです・・・・?
貴方は、何故それを?名を名乗りなさい・・・!」
「・・・ご無礼をお許しください」
そう言って、青年は、静かにその場に立ち上がった。
繊細なその頬にかかる、艶やかな赤銅色の髪。
魔眼と呼ばれる色違いの不思議な瞳が、どこか申し訳なさそうに細められる。
「鍵たる御方・・・・私の名は・・・・・・イグレシオ・ローティシヤ・アーシェ」
その名を聞いた瞬間、リーヤの秀麗な顔が、にわかに困惑と驚愕に歪み、紺碧色の大きな瞳が、殊更大きく見開かれたのだった。
「今、なんと言いました!?」
驚愕する彼女を見つめながら、青年は、静かに笑った。
イグレシオ・ローティシヤ・アーシェ。
リタ・メタリカの民であるならば、一度は、その名を聞いたことがあるはずだ・・・
悲劇の英雄、イグレシオ。
それは、400年前、魔王の弟オルトランに仕えていたとされる、アーシェ一族の魔法剣士たる者の名であった。
リタ・メタリカの王女エスターシアと結ばれぬ恋に落ち、ラグナ・ゼラキエルを討ち取った者でありながら、何者かの策略で、終戦後に反逆者として斬首された。
その死を嘆き悲しんだ王女エスターシアは、彼の首を腕に抱き、ひなげしの花となった。
今尚、多くの吟遊詩人やジプシーの間で語り継がれている、リタ・メタリカの古き伝承。
その伝承の中に出てくる人物の名を、何故、今、この青年が語るのか・・・・
「何を言っているのですか?その名は、400年前に死した者の名であるはずですよ?
私を、からかっているのですか?」
激昂したように綺麗な眉を吊り上げたリーヤに向かって、イグレシオと名乗ったその青年は、どこか物悲しく微笑する。
「鍵たる御方・・・・歴史書や伝承が伝うることが、全て真実とは、限らないのです・・・・」
「なんですって?」
「私の名は、今も昔も・・・・この名のまま・・・・」
「何を言っているのです?だとしたら、貴方は、400年もの長き間、ずっと生き続けてきたとでも言うのですか?」
「はい・・・・御意の通りにございます・・・・」
「!?」
たおやかに微笑む彼を見つめたまま、リーヤは、言葉を失って【無の三日月】の刃を地面に向けた。
ひたすら驚愕する彼女の艶やかな紺碧色の巻き髪を、たゆたう夕映えの風が弄ぶように揺らしている。
真っ直ぐに、こちらを見つめる銀水色と緑玉の不思議な眼差し。
その瞳に、嘘をついているような気配はない。
一体どういう事なのか、全く訳がわからないまま、リーヤは、ひたすらその青年の顔を見つめすえてしまう。
彼は、そんな彼女の困惑に気付いているのか、実に静かな口調で言葉を続けた。
「貴女は・・・・本当に、エスターシアによく似ておられる・・・・鍵たる御方・・・・
今宵、私がここにこうして参ったのは、他でもありませぬ・・・・
貴女と、そして・・・・この現世(うつつよ)に生まれし我が主君に、お目通りを願うため・・・・」
「主君?貴方の主君は・・・・一体・・・・」
そこまで言って、リーヤは、何かに気付いたように、緋色のマントを羽織る肩をハッと揺らしたのだった。
「まさか・・・・主君とは・・・・ジェスターのことを言っているのですか!?」
「今、我が主君が、そう名乗っておいでであれば、御意の通りにございましょう」
「何を言っているのです!?貴方が本当にイグレシオであるのなら、貴方の主君はオルトランのはず!」
「鍵たる御方・・・・先程も申し上げました通り、歴史書や伝承は、決して全ての真実を伝える物ではありません・・・・」
イグレシオと名乗るその青年が、そう言い終えた時だった、不意に、その背後から、ゆっくりと近づいてくる一つの足音があった。
夕映えの輝きを映し出す茜色の虚空に、若獅子の鬣の如き見事な栗色の髪が流れるように棚引いている。
三度(みたび)ハッとして、そのなだらかな肩を揺らしたリーヤの視界の中で、濃紺の衣の長い裾がまるで戦旗のように緩やかに翻った。
「その辺にしておけ・・・・差し当たって、今、おまえに用は無い」
「ジェスター・・・・」
リーヤは、僅かばかり安堵した様子で、ゆっくりとそこに長身を立たせた、良く見知った青年の仮の名を呼んだ。
先程から、【無の三日月】は、ひっきりなしに熱く鋭く脈打つばかりである。
リーヤは、警戒を解かぬまま、凛とした強い眼差しで、突然そこに現れた、見知らぬその青年の繊細で端正な顔を見つめすえたのだった。
「貴方は・・・・何者ですか?」
「お初にお目にかかります・・・・リタ・メタリカの勇敢な姫君・・・・」
青年はそう言って小さく微笑すると、赤銅色の長い髪をたおやかに揺らしながら、ゆっくりとした歩調でリーヤの元へと歩んで来たのだった。
怪訝そうに眉根を寄せる彼女の前で、地面に片膝を付き、彼は、恭しく頭を垂れる、そして、銀水色と緑玉色をした美しい魔眼で、静かに、リーヤの秀麗な顔を仰ぎ見たのだった。
緋色のマントを羽織るなだらかな肩を揺らして、リーヤは、そんな彼の真っ直ぐな眼差しを、澄んだ紺碧色の両眼で受け止めたのである。
「貴方が、あの魔物を・・・・?」
「恐れながら、多少なりとも腕に覚えがあります故・・・・不躾ながら、退治させて頂きました」
実に丁寧なその口調。
彼は、どこかの王宮に仕えていた者なのかもしれない。
しかし、リーヤは、尚もその警戒を解かずに、低めた声色で静かに言うのだった。
「私が、リタ・メタリカの姫であることを知っているのは、この地ではたった二人だけのはずです・・・・?
貴方は、何故それを?名を名乗りなさい・・・!」
「・・・ご無礼をお許しください」
そう言って、青年は、静かにその場に立ち上がった。
繊細なその頬にかかる、艶やかな赤銅色の髪。
魔眼と呼ばれる色違いの不思議な瞳が、どこか申し訳なさそうに細められる。
「鍵たる御方・・・・私の名は・・・・・・イグレシオ・ローティシヤ・アーシェ」
その名を聞いた瞬間、リーヤの秀麗な顔が、にわかに困惑と驚愕に歪み、紺碧色の大きな瞳が、殊更大きく見開かれたのだった。
「今、なんと言いました!?」
驚愕する彼女を見つめながら、青年は、静かに笑った。
イグレシオ・ローティシヤ・アーシェ。
リタ・メタリカの民であるならば、一度は、その名を聞いたことがあるはずだ・・・
悲劇の英雄、イグレシオ。
それは、400年前、魔王の弟オルトランに仕えていたとされる、アーシェ一族の魔法剣士たる者の名であった。
リタ・メタリカの王女エスターシアと結ばれぬ恋に落ち、ラグナ・ゼラキエルを討ち取った者でありながら、何者かの策略で、終戦後に反逆者として斬首された。
その死を嘆き悲しんだ王女エスターシアは、彼の首を腕に抱き、ひなげしの花となった。
今尚、多くの吟遊詩人やジプシーの間で語り継がれている、リタ・メタリカの古き伝承。
その伝承の中に出てくる人物の名を、何故、今、この青年が語るのか・・・・
「何を言っているのですか?その名は、400年前に死した者の名であるはずですよ?
私を、からかっているのですか?」
激昂したように綺麗な眉を吊り上げたリーヤに向かって、イグレシオと名乗ったその青年は、どこか物悲しく微笑する。
「鍵たる御方・・・・歴史書や伝承が伝うることが、全て真実とは、限らないのです・・・・」
「なんですって?」
「私の名は、今も昔も・・・・この名のまま・・・・」
「何を言っているのです?だとしたら、貴方は、400年もの長き間、ずっと生き続けてきたとでも言うのですか?」
「はい・・・・御意の通りにございます・・・・」
「!?」
たおやかに微笑む彼を見つめたまま、リーヤは、言葉を失って【無の三日月】の刃を地面に向けた。
ひたすら驚愕する彼女の艶やかな紺碧色の巻き髪を、たゆたう夕映えの風が弄ぶように揺らしている。
真っ直ぐに、こちらを見つめる銀水色と緑玉の不思議な眼差し。
その瞳に、嘘をついているような気配はない。
一体どういう事なのか、全く訳がわからないまま、リーヤは、ひたすらその青年の顔を見つめすえてしまう。
彼は、そんな彼女の困惑に気付いているのか、実に静かな口調で言葉を続けた。
「貴女は・・・・本当に、エスターシアによく似ておられる・・・・鍵たる御方・・・・
今宵、私がここにこうして参ったのは、他でもありませぬ・・・・
貴女と、そして・・・・この現世(うつつよ)に生まれし我が主君に、お目通りを願うため・・・・」
「主君?貴方の主君は・・・・一体・・・・」
そこまで言って、リーヤは、何かに気付いたように、緋色のマントを羽織る肩をハッと揺らしたのだった。
「まさか・・・・主君とは・・・・ジェスターのことを言っているのですか!?」
「今、我が主君が、そう名乗っておいでであれば、御意の通りにございましょう」
「何を言っているのです!?貴方が本当にイグレシオであるのなら、貴方の主君はオルトランのはず!」
「鍵たる御方・・・・先程も申し上げました通り、歴史書や伝承は、決して全ての真実を伝える物ではありません・・・・」
イグレシオと名乗るその青年が、そう言い終えた時だった、不意に、その背後から、ゆっくりと近づいてくる一つの足音があった。
夕映えの輝きを映し出す茜色の虚空に、若獅子の鬣の如き見事な栗色の髪が流れるように棚引いている。
三度(みたび)ハッとして、そのなだらかな肩を揺らしたリーヤの視界の中で、濃紺の衣の長い裾がまるで戦旗のように緩やかに翻った。
「その辺にしておけ・・・・差し当たって、今、おまえに用は無い」
「ジェスター・・・・」
リーヤは、僅かばかり安堵した様子で、ゆっくりとそこに長身を立たせた、良く見知った青年の仮の名を呼んだ。
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