神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】

坂田 零

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終節 時を告げる三日月9

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 妖剣と呼ばれる金色の大剣を、濃紺の衣を纏う広い肩に担ぎながら、アーシェ一族最後の魔法剣士、自らを『ジェスター・ディグ(名を棄てた者)』と名乗る青年が、燃え盛る炎の如き緑玉の瞳を鋭く細めて、イグレシオと名乗る青年の背中を睨むように見据えている。

 夕映えに吹く静かな風に、長い赤銅色の髪をたゆたうように揺らし、イグレシオは、ゆっくりと、背後を振り返った。

 落日の輝きを散した夕闇の風が、今、真っ向から対峙した両者の合間を、音も無く通り過ぎて行く。

 燃え盛る炎の如き鮮やか緑玉の両眼と、魔眼と呼ばれる色違いの不思議な両眼が、互いに臆した様子もなく真っ直ぐにぶつかり合う。

 綺麗な銀水色と鮮やかな緑玉の瞳をどこか懐かしそうに細めて、イグレシオは、何ゆえか、穏やかに微笑した。

「・・・・・その眼差しは、今も昔も、変わらない・・・・相変わらずですね・・・」

「失せろ・・・・
おまえの話は、時が来たらゆっくり聞いてやる・・・・
今の俺には、おまえの記憶など微塵も残っていない・・・・
このまま此処に留まれば、容赦なく斬る・・・!」

 低く鋭くそう言い放ったジェスターに、イグレシオは、再び、小さく微笑って見せた。
 恭しくその頭を垂れながら、彼は、静かな口調で答えて言うのである。

「わかりました・・・・それでは・・・いずれまた」

 ふわりと深緑のローブの裾が揺れ、緩やかに伸び上がってくる黒き炎が、古の英雄の姿を異空間へと掻き消していく。
 その暗黒の炎が現すものは、彼もまた、闇の者の一人であると言うこと。
 リーヤは訳がわからずに、未だ鋭い表情でその端正で凛々しい顔を歪めているジェスターに、当惑する紺碧色の瞳を向けたのである。

 古の英雄の気配が、完全にその場から消え失せ、広大な大地に落ち行く太陽の切っ先が、荘厳に佇むジャハバル神殿の壁を、まるで光の矢のように照らし出した時、燃え盛る炎のような緑玉の瞳が、静かに、戸惑うリーヤの秀麗な顔を見た。
 夕映えの鮮やかな色彩の中で、若獅子の鬣の如き見事な栗色の髪が、輝きながら揺れている。

「おい、大丈夫か?」

 肩に担ぐようにしていた金色の大剣を、慣れた手つきで背鞘に収めながら、ジェスターは、厳しい顔つきのまま、相変わらずのぶっきらぼうな口調でそう聞いた。
 緋色のマントが揺れるなだらかな肩で、一つ大きく息を吐きながら、リーヤもまた、利き手に持っていた【無の三日月】を腰の鞘に収めたのである。
 艶やかな紺碧色の髪を揺らしながら、彼女は、ゆっくりとそんなジェスターの前に立った。

「あの者は、私に、何の危害も加えませんでした・・・・むしろ、魔物を打ち払ってくれました・・・・」

 秀麗なその顔を実に怪訝そうに歪めながら、リーヤは、どこか腑に落ちない様子で言葉を続ける。

「あの者は・・・・本当に・・・・イグレシオなのですか?
貴方なら、わかるはずですよね?ジェスター・・・・?」

「さぁな・・・・・本人がそう言うなら、そうなんだろ?」

 相も変わらず飄々として、相も変わらず無粋な口調でそう言ったジェスターが、どこか意味深に微笑して、くるりとリーヤに背中を向ける。
 落ちいく太陽の切っ先が辺りを茜色に染める中、そのまま、彼は、ジャハバル神殿に向かって、一人、歩いて行ってしまうのだった。

 どうしてこの青年は、いつも本当にこんな態度なのか・・・・
 先程まで、ずっと、彼の言葉の意味を重みを、必死で受け止めようとしていたのに・・・・

 そう思った瞬間、リーヤの身の内に、いつにも増して激しい怒りが湧き上がってきたのである。
 ふわりと緋色のマントを揺らし爪先で地面を蹴ると、彼女の俊足が、にわかに彼のいく手を阻むようにその眼前に踊り出たのだった。

 高貴で秀麗なその顔を怒りで歪めながら、ふと、訝しそうにその場に立ち止まったジェスターの端正で凛々しい顔を、リーヤは、強い眼差しで真っ向から睨み付ける。

「どうして貴方はいつもそのような態度しか取れないのですか!?
私が、今、どんな思いをしているのか、貴方に判っているのですか!?」

「はぁ?・・・・・何言ってんだおまえ?知る訳ねーだろそんなこと・・・・馬鹿か?」

 なにやら怪訝そうに形の良い眉を潜めて、ジェスターは、ため息混じりにそんな事を言う。
 その答えに、ますますリーヤの蛾美な眉が吊り上がった。

「本当に、どれほど無粋なのですか貴方は!?
貴方が言っていたことが真実であれば!
私は、いずれ貴方を、この手に掛けなければならないと言う事なのですよ・・・!?
それを・・・・」

 リーヤの口から出たその言葉に、飄々としていたジェスターの顔が、不意に、どこか鋭く、そして、どこか切な気な表情に変わった。
 揺れる見事な栗毛の下で、燃え盛る炎の如き緑玉の瞳が、僅かに細められる。

「・・・・・・だからなんだ?
いずれそうなるにしても、それは、おまえが産まれ持った使命だ・・・・・仕方ないだろ」

「仕方ないなどという言い方をしないでください・・・・!
私は、仮にも、ここまでこうして、貴方と旅をしてきた身ですよ・・・・!
貴方に救われた時も多々あります・・・・なのに!
もしそうなれば・・・・私は・・・・・・っ!」

「そうなればなんだ?辛いとでも言いたいか?」

 どこか冷めたような面持ちを宿す鮮やかな緑玉の瞳が、激昂したように輝くリーヤの紺碧色の瞳を、今、真っ直ぐに囚えた。
 この日最後の光を放つ落日の太陽が、そんな彼の端正で凛々しい顔に、不思議と冷静で、そして物悲しそうな淡い影を刻んでいる。

 揺れる見事な栗色の髪。
 異形と呼ばれるその鮮やかで美しく神秘的な眼差しに、一度囚られると、何故か、いつも身動きが取れなくなってしまう。

 彼の瞳は、言葉通りの魔性の瞳・・・・・

 リーヤは言葉に詰まって、思わず、押し黙った。
 たゆたうように揺れる長く艶やかな紺碧色の巻き髪と、なだらかな肩に羽織られた緋色のマント。
 定まることなくゆらゆらと揺れるそれは、まるで、揺れ動く彼女の心をそのまま現しているかのようだった。

 瞬きもせずに、異形と呼ばれる緑玉の瞳を見つめすえた、晴れ渡る空の色を映した大きな瞳。
 ざわざわと、心の奥に沸き立ってくる、言葉では言い表すことのできない不思議な感覚。
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