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第一節 覚醒する闇2
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シァル・ユリジアン最大の大国リタ・メタリカを統治する王の世代は、ダファエル三世。
栄華を誇るこの王の居城スターリン城は、その美観よりも有事の際に適した強固な作りの無骨で巨大な城であった。
難攻不落のこの城に侵入して来た敵軍など、築城以来全く無いと豪語されているほどである。
黒衣の夜空に浮かんだ満月が、うっすらと朧な衣を身につけた時、よく手入れされた城の中庭に、上質の絹で織られたドレスをまとった若い女性が一人・・・・・誰かを探すようなそぶりで足を踏み出していた。
月明かりに照らし出される、流れるような紺碧(こんぺき)色の長い巻髪。
くっきりとした大きな瞳もまた、晴れ渡る空のような紺碧色。
金色の月明かりの下、なだらかな肩に羽織られたローブが夜風に揺れる。
秀麗で綺麗な頬に、その紺碧色の髪束が触れた時、彼女のその大きな瞳には、もう見慣れた青年の姿が映った。
端正で知的な横顔。
その透き通る蒼銀の艶やかな髪が、天空から差し込む月影に金色に輝いていた。
時折、美しいと形容される彼の雅やかな顔が、いつになく険しい表情で空を仰いでいる。
「スターレット・・・・・?」
彼女は、どこか戸惑ったように彼の名を呼んだ。
その声に、蒼銀の前髪の隙間から覗く綺麗な銀水色の両目が、ゆっくりと彼女の方へ向く。
「リタ・メタリカ王家の内親王が、このような時間に出歩くなど・・・・女官長に叱られますよ?リーヤ姫?」
ふと、いつものように穏やかに微笑むと、彼は、リタ・メタリカの王女リーヤティアの秀麗な顔を顧みたのだった。
そんな彼の微笑にほっとしたのか、大国の美姫は桜色唇で彼女は小さく笑う。
「部屋の窓から、貴方が見えたのです・・・・・随分と怖い顔をしていましたね?
・・・・・スターレット?」
愛しそうな眼差しでこちらを見つめる大きな瞳。
わずかばかり遠慮がちに紡がれた彼女の言葉に、彼、スターレット・ノア・イクス・ロータスは穏やかに微笑んで見せた。
「貴女様は、何も心配することなどないのですよ・・・・
さぁ、もうお休みになって下さい、お体に障ります」
彼はそう言って、彼女のしなやかな白い手を取った、そして、何かに気が付いて苦笑する。
「また剣術でございすか?
リタ・メタリカには強固な兵がいる、貴女様が武術を習わなくても、敵軍は打ち払えます。
美しい御手が傷だらけになっておられる」
「王宮に閉じ込められているのは、とても退屈なのですよ?
女はしとやかにあれ・・・・そのような事は、男の理想を押し付けているだけ。
王家の姫が・・・・・剣術を習うことは、そんなにいけない事ですか?」
リーヤは、唇を尖らせると強い眼差しで、困ったような顔をするスターレットを見つめすえる。
リタ・メタリカの第一王女であるこの姫は、その秀麗な容姿にそぐわず、気性の荒い軍馬を手足のように乗りこなし、剣術も弓術もこなす女性であるのだ。
以前、リタ・メタリカの東の国境を侵した隣国の軍が自国の兵と刃を交えた時のこと。
父王ダファエル三世と、宮廷付きの魔法使いであるスターレットが引き止めるのも聞かず、まるで戦の女神のような出で立ちで軍馬を駆り、湧き上がる砂塵の中、敵の兵士を次々と薙ぎ払った姿には、ロータス一族の大魔法使いたる彼も唖然としたほどだ。
『リーヤ姫はちとお転婆が過ぎる・・・・あれでは、求婚者すら現れまい・・・・』
そう言って頭を抱えたあの時の主君の姿が蘇ってきて、スターレットは思わず笑う。
「いいえ殿下、決してそのようなことは・・・・
海の向こうのエストラルダ帝国には、女人だけで組織されたアストラと言う強靭な部隊が存在します・・・
彼女達もまた、自国を守るための戦人(いくさびと)、いけないなどと言うことはありますまい」
「お父様と違って、貴方は物分りが良くて助かります。
それに、私だって知らない訳ではないのですよ?スターレット?
ラグナ・ゼラキエルのこと・・・・自分の身ぐらい自分で守れなければね」
いつになく強い表情でそう言った彼女に、スターレットは、一度その銀水色の瞳を閉じると、小さく肩でため息をついた。
「ロータスの魔法使いも、貴女にはかないません、リーヤ姫」
「レイ・ポルドンから帰ってきた貴方の様子が、いつもと違っていましたから、調べさせたのです・・・・・・
お父様からどんな銘を受けて、貴方があの地に出向いたのか」
この気強くお転婆な姫君には、おそらく、何を隠しても無駄なのだろう・・・・
スターレットは、諦めたように肩をすくめると、ゆっくりと瞼を開き、再び真っ直ぐに彼女の美麗な顔を見つめたのだった。
「ご存知の通りにございます。古の封印は、既に解かれました・・・・
二十数年前、アーシェ一族の末裔に双子が誕生した時点で、事は動き始めていました。
やがて、何らかの形で、あやつはこのリタ・メタリカに現れるでしょう」
そんな彼の言葉に驚くこともなく、リタ・メタリカの美しき王女リーヤティアは、何故かやかに笑ったのである。
「そんな事だろうと思っていました」
「・・・・・・・・・・」
スターレットは、返す言葉も見つからぬまま、ただ、困ったように知的な唇で笑った。
しかし・・・・
ごく少数の人間だけが知り、彼女自身がまだ知らないある重要な事柄がある。
だが、それはやがて、時がくれば彼女も知ることになるだろう事実。
さしあたって、今、彼女に話すことでもない・・・・
スターレットは、彼女の手を取ったまま、ゆっくりと宮殿へ向けて歩き出した。
煌びやかな星屑の宝石をまとう天空から、淡い月の光が夜風に舞っている。
これから巻き起こるだろう壮絶な戦いの、これが幕開けになる夜とは知らずに、ただ、淡々と湧き上がる静かな闇が、栄華を誇る大国の夜に横たわっていた。
シァル・ユリジアン最大の大国リタ・メタリカを統治する王の世代は、ダファエル三世。
栄華を誇るこの王の居城スターリン城は、その美観よりも有事の際に適した強固な作りの無骨で巨大な城であった。
難攻不落のこの城に侵入して来た敵軍など、築城以来全く無いと豪語されているほどである。
黒衣の夜空に浮かんだ満月が、うっすらと朧な衣を身につけた時、よく手入れされた城の中庭に、上質の絹で織られたドレスをまとった若い女性が一人・・・・・誰かを探すようなそぶりで足を踏み出していた。
月明かりに照らし出される、流れるような紺碧(こんぺき)色の長い巻髪。
くっきりとした大きな瞳もまた、晴れ渡る空のような紺碧色。
金色の月明かりの下、なだらかな肩に羽織られたローブが夜風に揺れる。
秀麗で綺麗な頬に、その紺碧色の髪束が触れた時、彼女のその大きな瞳には、もう見慣れた青年の姿が映った。
端正で知的な横顔。
その透き通る蒼銀の艶やかな髪が、天空から差し込む月影に金色に輝いていた。
時折、美しいと形容される彼の雅やかな顔が、いつになく険しい表情で空を仰いでいる。
「スターレット・・・・・?」
彼女は、どこか戸惑ったように彼の名を呼んだ。
その声に、蒼銀の前髪の隙間から覗く綺麗な銀水色の両目が、ゆっくりと彼女の方へ向く。
「リタ・メタリカ王家の内親王が、このような時間に出歩くなど・・・・女官長に叱られますよ?リーヤ姫?」
ふと、いつものように穏やかに微笑むと、彼は、リタ・メタリカの王女リーヤティアの秀麗な顔を顧みたのだった。
そんな彼の微笑にほっとしたのか、大国の美姫は桜色唇で彼女は小さく笑う。
「部屋の窓から、貴方が見えたのです・・・・・随分と怖い顔をしていましたね?
・・・・・スターレット?」
愛しそうな眼差しでこちらを見つめる大きな瞳。
わずかばかり遠慮がちに紡がれた彼女の言葉に、彼、スターレット・ノア・イクス・ロータスは穏やかに微笑んで見せた。
「貴女様は、何も心配することなどないのですよ・・・・
さぁ、もうお休みになって下さい、お体に障ります」
彼はそう言って、彼女のしなやかな白い手を取った、そして、何かに気が付いて苦笑する。
「また剣術でございすか?
リタ・メタリカには強固な兵がいる、貴女様が武術を習わなくても、敵軍は打ち払えます。
美しい御手が傷だらけになっておられる」
「王宮に閉じ込められているのは、とても退屈なのですよ?
女はしとやかにあれ・・・・そのような事は、男の理想を押し付けているだけ。
王家の姫が・・・・・剣術を習うことは、そんなにいけない事ですか?」
リーヤは、唇を尖らせると強い眼差しで、困ったような顔をするスターレットを見つめすえる。
リタ・メタリカの第一王女であるこの姫は、その秀麗な容姿にそぐわず、気性の荒い軍馬を手足のように乗りこなし、剣術も弓術もこなす女性であるのだ。
以前、リタ・メタリカの東の国境を侵した隣国の軍が自国の兵と刃を交えた時のこと。
父王ダファエル三世と、宮廷付きの魔法使いであるスターレットが引き止めるのも聞かず、まるで戦の女神のような出で立ちで軍馬を駆り、湧き上がる砂塵の中、敵の兵士を次々と薙ぎ払った姿には、ロータス一族の大魔法使いたる彼も唖然としたほどだ。
『リーヤ姫はちとお転婆が過ぎる・・・・あれでは、求婚者すら現れまい・・・・』
そう言って頭を抱えたあの時の主君の姿が蘇ってきて、スターレットは思わず笑う。
「いいえ殿下、決してそのようなことは・・・・
海の向こうのエストラルダ帝国には、女人だけで組織されたアストラと言う強靭な部隊が存在します・・・
彼女達もまた、自国を守るための戦人(いくさびと)、いけないなどと言うことはありますまい」
「お父様と違って、貴方は物分りが良くて助かります。
それに、私だって知らない訳ではないのですよ?スターレット?
ラグナ・ゼラキエルのこと・・・・自分の身ぐらい自分で守れなければね」
いつになく強い表情でそう言った彼女に、スターレットは、一度その銀水色の瞳を閉じると、小さく肩でため息をついた。
「ロータスの魔法使いも、貴女にはかないません、リーヤ姫」
「レイ・ポルドンから帰ってきた貴方の様子が、いつもと違っていましたから、調べさせたのです・・・・・・
お父様からどんな銘を受けて、貴方があの地に出向いたのか」
この気強くお転婆な姫君には、おそらく、何を隠しても無駄なのだろう・・・・
スターレットは、諦めたように肩をすくめると、ゆっくりと瞼を開き、再び真っ直ぐに彼女の美麗な顔を見つめたのだった。
「ご存知の通りにございます。古の封印は、既に解かれました・・・・
二十数年前、アーシェ一族の末裔に双子が誕生した時点で、事は動き始めていました。
やがて、何らかの形で、あやつはこのリタ・メタリカに現れるでしょう」
そんな彼の言葉に驚くこともなく、リタ・メタリカの美しき王女リーヤティアは、何故かやかに笑ったのである。
「そんな事だろうと思っていました」
「・・・・・・・・・・」
スターレットは、返す言葉も見つからぬまま、ただ、困ったように知的な唇で笑った。
しかし・・・・
ごく少数の人間だけが知り、彼女自身がまだ知らないある重要な事柄がある。
だが、それはやがて、時がくれば彼女も知ることになるだろう事実。
さしあたって、今、彼女に話すことでもない・・・・
スターレットは、彼女の手を取ったまま、ゆっくりと宮殿へ向けて歩き出した。
煌びやかな星屑の宝石をまとう天空から、淡い月の光が夜風に舞っている。
これから巻き起こるだろう壮絶な戦いの、これが幕開けになる夜とは知らずに、ただ、淡々と湧き上がる静かな闇が、栄華を誇る大国の夜に横たわっていた。
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