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4 ドライブデート
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湾岸の夜景を横目に、ワゴンは走っていく。
知らない流行歌がビートを刻んでいる。自称アランが勝手にカーラジオをつけたせいだ。
「榛名くん……えっと、これ、苗字か。下の名前は?」
「恭弥です」
「恭弥くん、せっかくのドライブなんだからさ、もっと楽しも?」
「真面目に運転しないと、アランさんみたいな人、また轢きそうなんで」
明るい曲調なのに、歌詞はよく聞くと陰々鬱々としている。
まるで今の俺みたいだ、と恭弥はぼんやりと考えた。
「じゃあさ、君の話を聞かせてよ」
「聞いたって暗いですよ」
「いいよ? うんと暗いのちょうだい」
アランは完全に面白がっている。
恭弥はため息をついてから、仕方なく身の上話をした。
生まれたときからついていなかった。
貧しい母子家庭で、お父さんたち(不特定多数)が頻繁に出入りする環境で育った。友だちを家に呼べる状態ではなかったから、いつも学校では孤立していた。
それでも恭弥は道を踏み外さなかった。不良になることも、やけを起こして犯罪を起こすこともなく、清く正しく、そして暗い青春時代を送った。
なのに、誰も恭弥を褒めてはくれなかった。
恭弥は高卒とともに地元を離れ、東京で工場勤めを始めた。奨学金を頼りに進学するのも大変そうだったし、何より早くあの家を出て、自立したかった。
ちょうどよく、その工場には寮があった。
が、職場環境は最悪だった。失敗して材料を無駄にすれば怒鳴られる。反抗的だと思われれば殴られる。
それを当たり前だと思って育った者たちが、今度は後輩たちに同じことを繰り返した。
恭弥はそつなく仕事をこなせる方だったのが救いだ。数年間の苦労の末、恭弥は工場内で、『いても邪魔にはならない』という立ち位置を得た。
恭弥にとっては、自力でようやく手に入れた居場所だった。
かわりに激務だった。仕事量に比べ、あきらかに人手不足だ。休憩は回数が少なく、時間も短い。残業は当たり前、休日も法定よりは確実に少なかった。
そんな勤務条件で人材が集まるはずもない。忙しさは増す一方で、休みは寝て過ごす以外にやりようがなかった。
このまま擦り切れるまで使われて、一生を終えるのだろう。恭弥はそう思っていた。
不幸ポイントがかさむたびに、アランは組んだ膝を指で叩いている。
「で、今朝、社長が金持って高飛びしたってわけです」
アランは両手で膝をぱん、と叩いた。
「そして仕事をうしなったかわいそうな恭弥くんは、偶然出会ったアラン王子に拾われ、末永く幸せに暮らしましたとさ。いいね、気に入った」
「一晩、お世話になるだけです。ちゃんと明日は宿をとります」
たぶん朝日を生きて拝むことはないのだろうが、と恭弥は暗く思った。
「っていうか、よく考えたら今夜も宿をとればよかった話ですね……」
そうすれば命を落とすこともなかったのだ。
「ホテルなんかよりも、お兄さんちの方がずっといいって。広いし、ぼくがいるから寂しくないし」
(あんたがいるから危ないんだろうが)
「アランさんは独り暮らしなんですか」
本音の方を飲み込んで、恭弥は質問した。少しでもこの怪しい男のことを探っておきたかった。
「ああ。独り暮らしだよ。週に二度、家政婦さんが来てくれるけど」
アランは家事が似合わない雰囲気なので、納得した。
「恋人か何かと住んだらいいじゃないですか。すごいモテそうだし、お金あるんでしょ」
「ぼく、口説かれてる?」
「口説いてません」
やはり変な男だ。
「安心して。恋人の座は君のために空けてあるよ」
「今日初めて会ったんですけど」
恭弥は冷たく言った。
「君のために空けてあるようなもの、って言い換えたらいい? 猫がいてあんまり外出しないからさ、出会いがないわけ。だから君と会えたのは運命だと思うんだよね」
「ねこ……」
後半は聞こえていなかった。
「ああ。三匹飼ってる」
恭弥は心ならずも動揺していた。
今から行く家には、三匹の猫がいる。
「言ったよ。ぼく、野良猫をほっとけない質だって」
猫は好きだった。
小さなころ、友だちのいない恭弥は、近所の野良猫を懐かせて寂しさを紛らわせていた。
母親がどんな人間性でも、猫には関係なかった。猫が見ていたのはただの恭弥だった。猫は恭弥が来ることを承知で、いつも同じ駐車場にいてくれた。
腹を撫でさせるところまで仲良くなったのに、あるときを境に、猫は姿を消した。しばらく探し回ったが見つからなかった。あの無念さは忘れられそうにない。
きっと拾われたんだろうと自分を無理に納得させて、恭弥はまたひとりぼっちに戻った。
「あれ、もしかして猫ちゃん、苦手だった?」
「あ、いえ」
大人になってからは、SNSで流れてくる動画をいいねするだけの存在となっていた、猫。
それが三匹。
(俺、もしかしてもう死んでて、今天国に向かってんのかな)
恭弥はとても疲れていた。
「えっと、三匹とも、野良だったんですか」
「一匹目は違うよ。ペットショップの売れ残り。見かけたときはかなりでかくなってて、ちょっと後がない感じだった。二匹目と三匹目は元野良だね。餌あげてたら居着いたから、じゃあうちの子になりなよって、誠心誠意口説いて」
「優しいんですね」
恭弥の心は大きく揺れた。
この人、もしかしたらすごくいい人なのかもしれない。話し方が異様に軽薄なだけで。
「そうそう。だから君も早くうちの子になりな? 徐々に慣れてくれたらいいからさ。おさわりとか抱っことかは」
恭弥はかっと顔に血がのぼるのを感じた。
「セクハラですよ」
アランはにやにやした。
「うんうん。懐かしいな、最初はみんなそうやってツンツンしてんの。それがそのうち、自分からお膝に乗ってくるようになるんだ」
自分の膝にのっしりと乗ってくる天使たちを想像して、恭弥の顔が一瞬緩んだ。
すかさずアランは続けた。
「君もそうなるって」
「な、なるわけねぇだろ!」
「はは、フラグ立ててる」
やっぱりこの男は信用できない。
知らない流行歌がビートを刻んでいる。自称アランが勝手にカーラジオをつけたせいだ。
「榛名くん……えっと、これ、苗字か。下の名前は?」
「恭弥です」
「恭弥くん、せっかくのドライブなんだからさ、もっと楽しも?」
「真面目に運転しないと、アランさんみたいな人、また轢きそうなんで」
明るい曲調なのに、歌詞はよく聞くと陰々鬱々としている。
まるで今の俺みたいだ、と恭弥はぼんやりと考えた。
「じゃあさ、君の話を聞かせてよ」
「聞いたって暗いですよ」
「いいよ? うんと暗いのちょうだい」
アランは完全に面白がっている。
恭弥はため息をついてから、仕方なく身の上話をした。
生まれたときからついていなかった。
貧しい母子家庭で、お父さんたち(不特定多数)が頻繁に出入りする環境で育った。友だちを家に呼べる状態ではなかったから、いつも学校では孤立していた。
それでも恭弥は道を踏み外さなかった。不良になることも、やけを起こして犯罪を起こすこともなく、清く正しく、そして暗い青春時代を送った。
なのに、誰も恭弥を褒めてはくれなかった。
恭弥は高卒とともに地元を離れ、東京で工場勤めを始めた。奨学金を頼りに進学するのも大変そうだったし、何より早くあの家を出て、自立したかった。
ちょうどよく、その工場には寮があった。
が、職場環境は最悪だった。失敗して材料を無駄にすれば怒鳴られる。反抗的だと思われれば殴られる。
それを当たり前だと思って育った者たちが、今度は後輩たちに同じことを繰り返した。
恭弥はそつなく仕事をこなせる方だったのが救いだ。数年間の苦労の末、恭弥は工場内で、『いても邪魔にはならない』という立ち位置を得た。
恭弥にとっては、自力でようやく手に入れた居場所だった。
かわりに激務だった。仕事量に比べ、あきらかに人手不足だ。休憩は回数が少なく、時間も短い。残業は当たり前、休日も法定よりは確実に少なかった。
そんな勤務条件で人材が集まるはずもない。忙しさは増す一方で、休みは寝て過ごす以外にやりようがなかった。
このまま擦り切れるまで使われて、一生を終えるのだろう。恭弥はそう思っていた。
不幸ポイントがかさむたびに、アランは組んだ膝を指で叩いている。
「で、今朝、社長が金持って高飛びしたってわけです」
アランは両手で膝をぱん、と叩いた。
「そして仕事をうしなったかわいそうな恭弥くんは、偶然出会ったアラン王子に拾われ、末永く幸せに暮らしましたとさ。いいね、気に入った」
「一晩、お世話になるだけです。ちゃんと明日は宿をとります」
たぶん朝日を生きて拝むことはないのだろうが、と恭弥は暗く思った。
「っていうか、よく考えたら今夜も宿をとればよかった話ですね……」
そうすれば命を落とすこともなかったのだ。
「ホテルなんかよりも、お兄さんちの方がずっといいって。広いし、ぼくがいるから寂しくないし」
(あんたがいるから危ないんだろうが)
「アランさんは独り暮らしなんですか」
本音の方を飲み込んで、恭弥は質問した。少しでもこの怪しい男のことを探っておきたかった。
「ああ。独り暮らしだよ。週に二度、家政婦さんが来てくれるけど」
アランは家事が似合わない雰囲気なので、納得した。
「恋人か何かと住んだらいいじゃないですか。すごいモテそうだし、お金あるんでしょ」
「ぼく、口説かれてる?」
「口説いてません」
やはり変な男だ。
「安心して。恋人の座は君のために空けてあるよ」
「今日初めて会ったんですけど」
恭弥は冷たく言った。
「君のために空けてあるようなもの、って言い換えたらいい? 猫がいてあんまり外出しないからさ、出会いがないわけ。だから君と会えたのは運命だと思うんだよね」
「ねこ……」
後半は聞こえていなかった。
「ああ。三匹飼ってる」
恭弥は心ならずも動揺していた。
今から行く家には、三匹の猫がいる。
「言ったよ。ぼく、野良猫をほっとけない質だって」
猫は好きだった。
小さなころ、友だちのいない恭弥は、近所の野良猫を懐かせて寂しさを紛らわせていた。
母親がどんな人間性でも、猫には関係なかった。猫が見ていたのはただの恭弥だった。猫は恭弥が来ることを承知で、いつも同じ駐車場にいてくれた。
腹を撫でさせるところまで仲良くなったのに、あるときを境に、猫は姿を消した。しばらく探し回ったが見つからなかった。あの無念さは忘れられそうにない。
きっと拾われたんだろうと自分を無理に納得させて、恭弥はまたひとりぼっちに戻った。
「あれ、もしかして猫ちゃん、苦手だった?」
「あ、いえ」
大人になってからは、SNSで流れてくる動画をいいねするだけの存在となっていた、猫。
それが三匹。
(俺、もしかしてもう死んでて、今天国に向かってんのかな)
恭弥はとても疲れていた。
「えっと、三匹とも、野良だったんですか」
「一匹目は違うよ。ペットショップの売れ残り。見かけたときはかなりでかくなってて、ちょっと後がない感じだった。二匹目と三匹目は元野良だね。餌あげてたら居着いたから、じゃあうちの子になりなよって、誠心誠意口説いて」
「優しいんですね」
恭弥の心は大きく揺れた。
この人、もしかしたらすごくいい人なのかもしれない。話し方が異様に軽薄なだけで。
「そうそう。だから君も早くうちの子になりな? 徐々に慣れてくれたらいいからさ。おさわりとか抱っことかは」
恭弥はかっと顔に血がのぼるのを感じた。
「セクハラですよ」
アランはにやにやした。
「うんうん。懐かしいな、最初はみんなそうやってツンツンしてんの。それがそのうち、自分からお膝に乗ってくるようになるんだ」
自分の膝にのっしりと乗ってくる天使たちを想像して、恭弥の顔が一瞬緩んだ。
すかさずアランは続けた。
「君もそうなるって」
「な、なるわけねぇだろ!」
「はは、フラグ立ててる」
やっぱりこの男は信用できない。
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