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11 レッツゴートゥヨコハマ
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「というわけで、話はついたから」
「強引なんですよ、亜蘭さんは……あちらも困ってませんでした?」
自分のせいで店に迷惑がかからないといいが、と思いながら、恭弥は訊いた。
「全然。ちょうど学生さんがひとり急に辞めちゃって、困ってたんだって」
「はあ、なら、いいです……ありがとうございます」
今までとは全然違う職種で抵抗はあるものの、仕事があるのは素直にありがたかった。それにアランはまったくの善意でしてくれたことだ。
「じゃ、横浜行こっか。服買いに」
「え、ほんとに行くんですか」
「うん。ぼくが買ってあげるから心配はいらないよ」
恭弥はあわてて首を振った。
「いいです! そんなお金かかること」
「ここはお兄さんに甘えときなさいよ……ってのは、嫌いなんだっけ。難しい子だね」
アランはため息をついてみせた。
「自分の服は自分で買うんで」
「わかった、わかった。でも」
アランはにやりと笑った。
「ぼくが気に入って勝手にプレゼントするぶんにはいいよね」
「えっ」
「まさか恭弥くん、心のこもったプレゼントに『対価』とか野暮なこと、言わないよね?」
「えっと」
恭弥は言葉に詰まった。
「じゃ、先に出かける支度をしておいて」
「ちょっと、亜蘭さん」
「ぼく? ぼくは猫ちゃんたちのお世話。給餌器と給水器をセットしてくる」
そうじゃない、と言う間も与えず、アランは台所へ行ってしまった。
恭弥は仕方なく、間借りしている一階の部屋へ行き、着替えを始めた。
「……なに見てんの」
気づくとボンが部屋に入ってきていた。少し襖が開いていたようだ。畳に座って小首をかしげ、しげしげと恭弥の着替えを見つめている。
皮膚の上に、着脱可能な皮がもう一枚あるのが面白いのだろうか。
「……あんま見んな。俺の裸なんて貧相なだけだ。ほら、しっしっ」
恭弥はなんとなく恥ずかしくなって、ボンに背中を向けた。
ボンは大あくびして、その場で香箱座りした。恭弥のしっしっを完全に無視している。
(ま、かわいいから許すわ)
着替え終わって廊下を歩いていた恭弥は、アランが洗面所にいるのに気付いた。どうやらアランも身支度の最中らしい。
結いなおすところなのだろう。肩先までの髪をほどいて、口にヘアゴムを咥えている。シャツの前はだらしなく開いて、すらりとした身体を覗かせている。
(ボンもこっちの裸見てればいいのに。飽きたのかな)
視線に気づいたアランは口からヘアゴムを離し、にやにやと笑った。
「恭弥くんのえっち」
恭弥はこの日何度目かの赤面をした。
「あ、あんたのそれ、わざとだろ」
「何が?」
悠然と髪を結いながら、アランは訊いた。
「いえ……なんでもないです」
アランのにやけ面を残して、恭弥はその場をいそいで離れた。なぜだか身体じゅうが熱くて仕方なかった。
(俺を弄んで楽しんでやがる)
恭弥に下心があるふりをしているのは、優しいからというより、その方が面白いからだ。絶対そうだ。
「支度、終わったよ。猫ちゃんたちにも挨拶してきたし、行こ」
廊下から声をかけられ、恭弥はしぶしぶ部屋を出た。アランはジャケット姿だ。なのにますます胡散臭い。
「ほんとに出かけるんですか」
「もちろん。かわいい子とデートしたくない男なんている?」
恭弥の背中にさりげなく手を回して、アランは外に出た。
「別に俺はかわいくないんですが。あとデートでもねえ」
心臓がどきりとしたのをごまかして、恭弥はぶっきらぼうに言った。
アランは鍵をしまって、かわりにスマートフォンを取り出した。
「タクシー呼ぶね。……はい、呼んだ。あきらめなさい恭弥くん」
「ってか、迷子になってたときも、そのアプリでタクシー呼べばよかったんじゃないですか」
「そのつもりだったよ。君の車に轢かれかけるまでは」
恭弥は呆れた。
「車道の真ん中でそんなのやっちゃダメっすよ」
「東京は不慣れだから」
「ずっと鎌倉に住んでたんですか?」
「ぼく? じいちゃんが死ぬまで、ずっと東京に住んでた」
「なにそれ」
「こっちに住んだらこっちがよくなっちゃって、忘れちゃったんだよ」
配車のランプをつけたタクシーが道を曲がってくる。
「そういえば亜蘭さんは車、持ってないんですか」
「持ってるよ。じいちゃんの。僕は免許持ってないから、もはやオブジェ」
「うわ、もったいな。今日だって俺が運転すればよかったのに」
「うーん。古いんだよね、あれ。雨ざらしだったし」
「雨ざらし」
「ためしに今度、恭弥くんがカフェに通うのに使ってみる? 一応、まだ走ると思うよ」
「一応じゃこわいっすね」
「大丈夫、大丈夫。じいちゃん死んで五年しか経ってない」
「そこそこ経ってますね」
ふたりはタクシーに乗り込んだ。
「すいません、横浜駅西口まで」
アランが当然のように言うので、恭弥は思わず叫んだ。
「鎌倉駅からJRでいいでしょ!? 一万ぐらいかかりますよ、ここから」
「電車って面倒なんだよねー」
「乗り換えもねえよ。すみません、鎌倉駅までで……」
「鎌倉駅ですね」
運転手はいい人だったようで、恭弥の意見を採用した。
タクシーはメーターを回して走り始めた。
「ふだん横浜に出るのにタクシー使ってるんですか」
「うん。でもまあ、ふだんと違うことするのも、いいよね」
「はー、金持ち……」
「強引なんですよ、亜蘭さんは……あちらも困ってませんでした?」
自分のせいで店に迷惑がかからないといいが、と思いながら、恭弥は訊いた。
「全然。ちょうど学生さんがひとり急に辞めちゃって、困ってたんだって」
「はあ、なら、いいです……ありがとうございます」
今までとは全然違う職種で抵抗はあるものの、仕事があるのは素直にありがたかった。それにアランはまったくの善意でしてくれたことだ。
「じゃ、横浜行こっか。服買いに」
「え、ほんとに行くんですか」
「うん。ぼくが買ってあげるから心配はいらないよ」
恭弥はあわてて首を振った。
「いいです! そんなお金かかること」
「ここはお兄さんに甘えときなさいよ……ってのは、嫌いなんだっけ。難しい子だね」
アランはため息をついてみせた。
「自分の服は自分で買うんで」
「わかった、わかった。でも」
アランはにやりと笑った。
「ぼくが気に入って勝手にプレゼントするぶんにはいいよね」
「えっ」
「まさか恭弥くん、心のこもったプレゼントに『対価』とか野暮なこと、言わないよね?」
「えっと」
恭弥は言葉に詰まった。
「じゃ、先に出かける支度をしておいて」
「ちょっと、亜蘭さん」
「ぼく? ぼくは猫ちゃんたちのお世話。給餌器と給水器をセットしてくる」
そうじゃない、と言う間も与えず、アランは台所へ行ってしまった。
恭弥は仕方なく、間借りしている一階の部屋へ行き、着替えを始めた。
「……なに見てんの」
気づくとボンが部屋に入ってきていた。少し襖が開いていたようだ。畳に座って小首をかしげ、しげしげと恭弥の着替えを見つめている。
皮膚の上に、着脱可能な皮がもう一枚あるのが面白いのだろうか。
「……あんま見んな。俺の裸なんて貧相なだけだ。ほら、しっしっ」
恭弥はなんとなく恥ずかしくなって、ボンに背中を向けた。
ボンは大あくびして、その場で香箱座りした。恭弥のしっしっを完全に無視している。
(ま、かわいいから許すわ)
着替え終わって廊下を歩いていた恭弥は、アランが洗面所にいるのに気付いた。どうやらアランも身支度の最中らしい。
結いなおすところなのだろう。肩先までの髪をほどいて、口にヘアゴムを咥えている。シャツの前はだらしなく開いて、すらりとした身体を覗かせている。
(ボンもこっちの裸見てればいいのに。飽きたのかな)
視線に気づいたアランは口からヘアゴムを離し、にやにやと笑った。
「恭弥くんのえっち」
恭弥はこの日何度目かの赤面をした。
「あ、あんたのそれ、わざとだろ」
「何が?」
悠然と髪を結いながら、アランは訊いた。
「いえ……なんでもないです」
アランのにやけ面を残して、恭弥はその場をいそいで離れた。なぜだか身体じゅうが熱くて仕方なかった。
(俺を弄んで楽しんでやがる)
恭弥に下心があるふりをしているのは、優しいからというより、その方が面白いからだ。絶対そうだ。
「支度、終わったよ。猫ちゃんたちにも挨拶してきたし、行こ」
廊下から声をかけられ、恭弥はしぶしぶ部屋を出た。アランはジャケット姿だ。なのにますます胡散臭い。
「ほんとに出かけるんですか」
「もちろん。かわいい子とデートしたくない男なんている?」
恭弥の背中にさりげなく手を回して、アランは外に出た。
「別に俺はかわいくないんですが。あとデートでもねえ」
心臓がどきりとしたのをごまかして、恭弥はぶっきらぼうに言った。
アランは鍵をしまって、かわりにスマートフォンを取り出した。
「タクシー呼ぶね。……はい、呼んだ。あきらめなさい恭弥くん」
「ってか、迷子になってたときも、そのアプリでタクシー呼べばよかったんじゃないですか」
「そのつもりだったよ。君の車に轢かれかけるまでは」
恭弥は呆れた。
「車道の真ん中でそんなのやっちゃダメっすよ」
「東京は不慣れだから」
「ずっと鎌倉に住んでたんですか?」
「ぼく? じいちゃんが死ぬまで、ずっと東京に住んでた」
「なにそれ」
「こっちに住んだらこっちがよくなっちゃって、忘れちゃったんだよ」
配車のランプをつけたタクシーが道を曲がってくる。
「そういえば亜蘭さんは車、持ってないんですか」
「持ってるよ。じいちゃんの。僕は免許持ってないから、もはやオブジェ」
「うわ、もったいな。今日だって俺が運転すればよかったのに」
「うーん。古いんだよね、あれ。雨ざらしだったし」
「雨ざらし」
「ためしに今度、恭弥くんがカフェに通うのに使ってみる? 一応、まだ走ると思うよ」
「一応じゃこわいっすね」
「大丈夫、大丈夫。じいちゃん死んで五年しか経ってない」
「そこそこ経ってますね」
ふたりはタクシーに乗り込んだ。
「すいません、横浜駅西口まで」
アランが当然のように言うので、恭弥は思わず叫んだ。
「鎌倉駅からJRでいいでしょ!? 一万ぐらいかかりますよ、ここから」
「電車って面倒なんだよねー」
「乗り換えもねえよ。すみません、鎌倉駅までで……」
「鎌倉駅ですね」
運転手はいい人だったようで、恭弥の意見を採用した。
タクシーはメーターを回して走り始めた。
「ふだん横浜に出るのにタクシー使ってるんですか」
「うん。でもまあ、ふだんと違うことするのも、いいよね」
「はー、金持ち……」
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