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チョコレィト編-修道服を着ているから、修道士なのではない
第三十五話 挑戦
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「あーあ、かったりぃ」
それは、男にとっては退屈な任務だった。王都の外れ、適当に木や草の植えられた空白の中を歩く。
ちょっと元素魔法が使えるだけの女の子を殺して来いと、それだけの仕事だ。何も面白いことがない。手渡された火薬玉を、手の中で放っては掴み、放っては掴み。このつまらない道具も、渡されたには使うべきだろう。あの黒ずくめの男は、何事にも理由を求めるうえ、冗談すら通じない。
「くそ、モヤシ貴族のくせによ」
このコンディトライに入って、最初はデカい組織に入れてラッキーだと思った。取引が穏便に進むよう、いろいろと手配するのは、派手さこそないがスリリングで面白かった。彼は地方貴族の末っ子であり、王都の貴族に媚びへつらいながら、変わり映えのない毎日を送ることに嫌気が差して、貴族としての立場を捨てた経緯を持つから。国を欺くようなそのやり口は、爽快感すらあったのだ。
だから、本拠地たる王都に工作員として召集されたときは、とても興奮したのだが。あのクリオロのやり口は石橋を叩きすぎている。それを優秀と呼ぶのはわかるのだが、男にとって達成感とは、リスクの裏にあるものなのだ。
――結果は出してやるから、好きにやらせろってんだ。
そう思いつつ、彼は地面から不自然にせり出した石組みの煙突の前で立ち止まる。とんがり帽子みたいな雨よけの隙間から、手をかざした。
王都での聞き込みから、標的の小娘が地下水路に向かったのはわかっている。彼女が地下水路の中に実家を持っていることも、残念ながらわかっている。そして、彼の手は敏感に、わずかな空気の流れを感じとれてしまった。
「はぁ、これで今日も、仕事は終わり……っと」
火薬玉に雷の魔法を流す。内部に仕込まれた、ヴァンホーテンお得意の機械とやらが動き始め、あとは転がしこめば時限式で起爆する。
そして実際、起爆した。
足元に振動が伝わり、煙突から立ち上る、人の焼けた脂っぽい匂い。
「さぁ、見たくもねぇ死体の確認だ」
そうして、彼は地下水道の入り口まで、せめて口笛を吹いて歩き、饐≪す≫えた匂いのする下水道をざりざりこすって歩き、触るだけで錆のつきそうな鉄門扉を足蹴にして開いた。そして、松明の明かりも届かない薄闇の通路の中、二重扉のもう一枚を、同じように開けようとして。
彼は久しぶりに、『仕事』をすることになる。
◇◆◇
「うぉわっ!」
目の前の扉が開いた瞬間。ショコラは自分の小さな体を滑り込ませた。
相手は驚き。自分は懐。ただ脇腹に手を添えて。
「せっ!」
泥水の魔力を放出するだけで、それは完璧な奇襲になる。男の身体は面白いようにくの字に折れ、彼は来た道を突き戻された。
どこぉん。
水路の壁に叩きつけられた男の姿を、ショコラはルビーの瞳から外さない。油断はしない。一歩一歩、距離を詰めつつも、右手は一定のリズムで円を刻む。刻んだ円はすなわち水流となり、泥水の竜巻となって彼女の周りを滞空する。
彼女が松明にぼんやりと照らされた水路に出るころには、彼女は八つの小竜巻を背に従えていた。彼女の魔法を放つ、小さな砲門。
「あら、明るいところで見ると、あなたやっぱり」
ショコラはついに、男の顔をはっきりと見る。
「クリオロではないのね」
「……はっ、誰があんな引きこもり野郎だって」
「でもどうやら、関係者ではあるみたいね」
「けっ、不本意ながらな」
男は壁にもたれたまま答えた。口の中を切ったのか血を吐き捨てるが、逆に言えばそれだけだ。
起き上がった彼は、中肉中背と言ったところだが、水路を一つ挟んで向かい合うショコラには一回り大きく見える。筋肉質なのだ。ショコラの一撃で破れた衣服から覗く身体は、しなやかに織り込まれた筋肉に包まれている。
「逆に、俺も驚いてんだが――」
「あっそ、だから?」
「……あ?」
「だからって聞いてるのよ、ねぇ」
だが、今のショコラには、彼がどうであろうと関係ない。彼が強者だろうと、弱者だろうと、敵だろうと味方だろうと天使だろうと悪魔だろうと。やることは決まっているのだ。
「今からわたしは、あなたを殺すわ。そのうえで、だから何って。そう聞いてるのよ」
そう、ショコラは復讐を果たす。
彼女自身のために復讐を果たす。
それこそが彼女の信じる価値観であり、唯一の判断基準であり、ただ一つの人生であるならば。
その障害を取り除くことに、彼女は一切の躊躇を持たない。
十二歳の少女の叩きつけた挑戦状。男はしばし、ぽかんと口を開けた。
「パレ」
返事すらまたない。ショコラの背後に控えた八つの渦は回転を速め、その中で極限まで加速された礫《つぶて》を打ち出す。それぞれ一発ずつの一斉射が、頬を裂き、腕を打ち、脛をかすめる。
ブランクによる精度の低下が、ショコラに舌打ちをさせた。
そして同時。
「ははっ、そうだよ。これでこそだよなぁ!」
男が哄笑する。眉を寄せるショコラ。
「これでこそ、仕事だぁ!」
稲妻が空気を割く。雷の元素魔法の強みは、速度だ。その光を見てからでは、避けられない。
「そう、あなた雷の元素魔法を使うの」
光を見てから。その場合の話だが。
男の様子から攻撃を予想していたショコラは、八つの砲門のうち二つを変形。壁として展開することで防いでいた。その泥水を今度は槍の形に作り直して、ショコラはその柄を握る。
「いたわね、そんなやつも」
彼女の身の丈を超える一槍を、ショコラは体全体のしなりを使って投擲した!
「まじかよ!」
事象魔法の加速を受け、漆黒色の槍は風を切る。男は咄嗟に横に飛んで避け、石造りの壁面を崩し、突き立つ槍。男はそのまま牽制の雷を放ちつつ、距離を取ろうとするから。ショコラは水路を挟んだまま追いかける。大地など一切見えないこの水路では、土のリソースは得られないが、逆に水のリソースは十分だ。
男が放つ雷を、ショコラは水路の水を迫り上げて、その膨大な水の中に逃がしてしまう。じゅぅっと電熱が音を上げ、汚い水の中で生きていた小魚の死体がぷかりと浮かぶ。
しかし、ショコラのパレもまた届かない。高速の礫は本来、人の肉を容易に抉る威力を持つはずなのだが、彼はそのすべてを掌で握り取ってしまう。
ショコラは走り続けるうち、息が上がってくる。男はまだ余裕がありそうで。このまま均衡状態が続けば、ショコラは少しずつ不利になっていく。
少しでも弱みを見せぬよう、ショコラは息を整えて軽口をたたく。
「どうしたの、そんなに逃げ腰で。私を殺しに来たんでしょ?」
「あぁそうさ。だがな、いかな窮鼠を狩るにしろ、わざわざ盛ってる時を狙うやつはいねぇだろ?」
「……ほんっと下品」
「仕方ないだろう。口と生まれの悪さってのは、俺のせいじゃないからな!」
「じゃあ、せめてマシな死に方はさせてあげるわよ!」
そして、ショコラは背中に隠し続けた魔法を展開する。
さっき投げた槍は完全な思い付きだったが。要はいくつも掴めないような形と、質量があれば、あの男も避けるしかないのだ。
ならば、それを連射する。
十二本の細長い土柱がふわり、ショコラの側面に整列し、積み重なる。
「エクレール!」
それをショコラがなでてやるだけで、事象魔法の加速、漆黒の雷が殺到した。
「脳みそに筋肉でも詰めてんのか!」
それぞれ左右に散らされた十二本を完全によけきるには、地下水路は狭すぎた。男は足を止め、拳を構える。質量をもたない雷の元素魔法を使う彼には、肉体で対処する以外の道がない。彼は十二本の土柱すべてに素早く目を通し、優先順位を確認。
「おぅらよ!」
一本目を掴み、二本目にぶち当てる。三本目を真正面から掌底で押しとどめ、それで体の中心に届くものは最後。わずかに生じた安全地帯へと一歩踏み出して、最小限の回避を――
「甘いわね」
最小限の回避をすることなど、ショコラにはわかっていた。踏み出した先、ショコラは水路の中で待ち構えていた。水路の中とはつまり、水のリソースの中。
彼女のこぶしはすでに必殺の魔力を蓄えている。
「そっちがな」
けれど、男は不敵に笑う。彼が指を鳴らすと、小さな稲光があらぬ方向、天井へと走る。そして、見上げると。
「じょうだんっ!」
火薬玉が起爆した。長い年月の中で劣化した天井の石材が落ちてくる。ショコラは咄嗟、溜めた魔力をがむしゃらに放出し、その反動で飛びすさる。
がらがら、どぼどぼ。もうもうと降りかかる土埃に、ショコラは咳き込んだ。わずかに聞こえた指を鳴らす音に次いで、手近の松明も消し飛ばされ。
騒音と暗闇。ショコラの聴覚と視覚が塗りつぶされる。
だけど、それは相手も同じはず。
ショコラはせめて、同じ位置に留まることだけはしまいと、音を殺したすり足。敵の何も見えていないことが、むしろショコラの精神にヤスリをかけている。
天井の石材が崩れる数秒を、何倍もの時間として、彼女は感じた。
そして、煙も落ち着き、多少向こう岸が見えるようになった時。
「よぉ」
不意に声をかけられ、振り向き。ショコラはようやく目の前に男が立っていることに気づいた。
「このっ……」
「おせぇ」
衝撃。
男の拳がショコラの腹部にめり込んだ。突きあがる圧迫感に頭が前に出る。
「ほら」
その顎を狙いすました膝蹴り。ショコラの視界に光がちかちかと散り、棒立ちにさせられたところで――
「ほらよぉ!」
後ろ回し蹴り。回転の勢いをそのまま乗せた足刀がショコラの首を捉えた。
「げぇっ……」
「あーあ、可愛くない声だなぁ」
喉を潰され、悲鳴すら出せず。ショコラはわずかに宙に浮かび、頭から後ろに倒れる。ごんっ、という鈍い音は彼女の頭が石床とぶつかった音だ。それが気付けになったように、ショコラは背を丸めてせき込み始めた。
男は、それを薄ら笑いで見下ろしている。
「……まだよ。まだ、まだ」
「おうおう、そうだな。まだだよ、なっ!」
喉をさすりながら身を起こしたショコラを、男は路傍の小石を蹴飛ばすように蹴り飛ばした。彼女の身体は面白いようにころころと弾んで、また地面に転がる。
「俺を殺すんだったか。そりゃあ、無理な話だぜ、ショコラちゃんよ」
男は威圧感を与えるためか、気分が良いからか。両腕を広げながら言った。
「確かにお前は強いかもしれない。二重の血統は、それだけで元素魔法の格がつくぅ。だけどな、格で世の中決まらねぇんだ。あぁ、決まってたまるかよ」
ショコラは男の言葉を聞きながら、再び体を起こす。強く蹴られた喉は違和感があって、ついせき込んでしまうが、耐えられないものじゃない。おなかが痛んで、体の真ん中を庇おうとして動きが不自然になる。でも動ける。
立ち上がって、きっと男の方をにらみつけた途端、左の頬を強かに張られた。
「俺には鍛えた体があって、お前にはない! 子供なんだよ、お前は、あぁ?」
そして、返す手の甲で、今度は反対の頬を張られた。火傷の残る、厚さのまちまちな皮膚は、それで簡単に裂けてしまった。
「元素魔法だって、まだ未熟じゃないか! そんなんでチョコレィトの娘なんて、笑わせんじゃねぇ!」
叩かれる、叩かれる、叩かれる。
男の、酔っぱらったような饒舌とともに、ショコラはなされるがままだ。じんじんと熱を持つ頬を、やがて男は拳で殴りつけてくる。石をぶつけられているような硬い感触に、頬の皮がずり向けたのを感じた。
「ガキなんてな、パパとママに甘えて媚びてりゃいいんだよ」
痛みだけが頭を支配していた。こんなに痛いのだから、もうどうしようもないと。
ショコラはされるがまま、男に唾を吐きかけられている。
男の目が細められる。昏い欲望に浸かりきった目だ。幕引きとばかり、大きく拳を振りかぶって。
「お前はおとなしく、パパとママにでも守られて、のんきにしてりゃあ良かったんだよ!」
雷をまとった拳を解き放つ――!
「なんですって?」
しかし、それが届くことはなかった。
男はショコラの顔の前で、拳を止めてしまったのだ。
ショコラの、怒りに燃えるルビーの瞳。
ただそれだけが、男の拳を押しとどめている。
その間隙をついて、ショコラの背後からパレの砲門が現れる。牽制射撃、数発。男はさすがに距離を取り、不服そうに舌打ちする。
「パパとママに、守られていればよかった、ですって」
そんな彼の一仕草など、ショコラの瞳には映っていない。怒りに燃える彼女の瞳は、ただ敵を敵としてのみ認識している。
「それで、どうなったと思ってるのよ」
声が震えた。この震えは力だ。今、ショコラには自分を取り巻く魔力の渦が、自分の第二の手足のように感じられる。この激情が、魔力を脈動させている。
「私がそんなだったから。私が、バカで弱くてまっしろだったからッ!」
感じる。父に基礎を習い、ビスキュイに扱いを習った魔法を。自分がどう使えばよいか。
「お父さんとお母さんは、死んじゃったのよ!」
ならば、今こそその力を、私の手の中に。
「踏み砕け 我が父、その偶像を!」
「獅子《レガルティオ》……だとぉ!」
手を前に構え、ショコラの叫びが眷属を呼ぶ。
地下水道の水流は意志を得て、逆巻く水流が姿を得る。ショコラの魔力により泥を得て、汚濁の象徴たる濁流は、しかし荘厳な獣となった。力強く大地を圧する四肢、勇猛たるたてがみ。そして、獣の王たる精悍な顔立ちは。まさに、獅子だった。
声なき咆哮を上げて。地下水路ギリギリの体躯を持つ獅子は、小さな少女に付き従う。
「……ははっ」
冷や汗を垂らしていた男は、彼女の魔法を見て笑う。
「なんだよ。レガルティオなんていうから、ヴァンホーテン卿みてぇなとんでもないのを想像したがよ」
それは余裕の笑みだった。
「なんだそのしょぼい咆哮は! あくびかと思ったぜ。ただ獅子の形をしていりゃ強いとか、そう思ってんのか」
「そんなわけないでしょう」
男の挑発を、ショコラは鼻で笑い返した。
そんなことはわかっている。自分はあのヴァンホーテンのように、純粋な魔力で威圧できるような魔力量は持っていないし、お父さんのように精密な形を作り切れているわけでもない。未熟な獅子だ。
ただ、彼の言う通り。獅子の形が強さを決めるのではなかった。今までの自分は形を作ることに執着していたが、そうではない。お父さんも殺し屋であった以上、あの獅子は美しいだけでなく、その腹の中に何かを隠していたはずで。
それが何かはわからない。
だが、別にわからなくて、いい。
今この魔法は、わたしの魔法なのだから。
「ただ、愛のもとに」
彼女の詠唱を合図として、獅子が顎門《がくもん》を開いて食らいかかる。敵に、ではなく、ショコラにだ。
その自殺ともとれる一幕に男が目を見張る中、ショコラは泥の獅子に飲み込まれる。
いや、飲み込まれたのは、獅子だった。
獅子はショコラの肢体に触れるや否や、泥水へと再分解。ショコラの身体へまとわりついている。獅子の巨躯はショコラの身体を二層、三層にも、まるでミルフィユのように包み込んでいく。そして、もはや彼女の一切も見えないほどに積み重なってから。
内側に引き込まれるように、泥水が圧縮された。ショコラの肢体に寄り添うように成形されるそれは、最後にふわりとスカートの裾をふくらまして。エスプレッソ色の、ドレスになった。
「いくわよ」
キュートなフリルを揺らしてショコラが一歩を踏み出す。その一歩に、地下水路の床はひび割れる。
「なんだよ、それ」
その不吉な音に我に返った男は、追い払うように雷を放った。
「ドレスよ」
雷は、ドレスの表面をすべるようにして、弾き散らされる。
「そんな、そんなわけがあるか」
怯えた顔で男が首を振る。彼はぶつぶつと詠唱をはじめ、地下水路の中に静電気が充満し始める。
「あら、ひどいこと言うのね」
それでも、ショコラの足は止まらない。収束し輝きを強める男の拳をまっすぐ見据え、侵攻する。
「うるせぇ! 寄ってくるんじゃねぇ!」
そして、男の魔法が放たれた。
間合いの外から繰り出された拳から、光線が解き放たれる。地下水路を真夏の炎天下のように照らし出す光量、熱量を圧縮した一条。
ショコラはその射線上に腕を振る。ドレスから千切れた泥水の数滴が、その場に漂う。
「カレ」
その一滴一滴が急速に膨張し、漆黒の門となってショコラの前に立ち並んだ。
光線はその一、二枚を貫通したところで、威力を失ってしまう。
「ウソだろ」
男には自分の魔法を無効化されたことも、自分の魔法を無効化した壁を、十二歳の少女が素手で殴りぬいてくるのも、どちらも信じられなかった。
「ひどいこと言うのね」
自分の言葉を遮られたことを怒るように、ショコラが同じ言葉を繰り返す。男の背筋がびくりと伸びる。
「これ、お父さんが最期に、私に残したものなのよ」
言い切る頃には、ショコラは男の目の前にいた。引き絞られた拳は、確実に男を捉えていて、けれど男は震える足で立ち尽くしているばかり。
「……そ、謝罪もないのね」
彼女は目を伏せて。
「じゃ、さようなら」
少女の拳では到底あり得ない質量でもって。男の腹部に拳を埋めた。彼は小さく呻いて、白目をむき、その場にうずくまるようにして倒れる。
ショコラは彼の身体を足先でつんつんとして、反応がないのを確認して、それでようやく緊張を解いた。
「まずは、勝てた……」
言葉とともに息が抜けて、ショコラの身を包んでいたドレスが弾け飛ぶ。彼女の身を包んでいたドレスは実際のところ、超超高圧の泥水であって、それが彼女に規格外の質量と、それに伴う攻撃力を与えていたのだが。それゆえに、制御が緩めば弾け飛ぶのは当然だった。
つま先からてっぺんまで濡れ鼠になったショコラは、子犬がそうするようにむすっとして頭を振る。
「まぁこの際、見てくれはどうでもいいのよ」
別に誰も見ていないのに言い訳をするショコラだ。
だが。ショコラは心の中で付け足す。クリオロの時のように躊躇してしまうことは、なかった。見てくれは置いておいて、自分はちゃんと力を使える。
今度は、ちゃんと、守れる。
その事実を握りしめるよう、ショコラはぐっと拳を作った。
そして、余裕のできた頭で一つ、思い至る。
ジェラートを誘き出すエサとしてショコラを利用したクリオロが、ショコラに刺客を送り込んでジェラートには送り込まないなんてことがあるのかと。
彼女は今朝、パティスリーにいた。
それは、男にとっては退屈な任務だった。王都の外れ、適当に木や草の植えられた空白の中を歩く。
ちょっと元素魔法が使えるだけの女の子を殺して来いと、それだけの仕事だ。何も面白いことがない。手渡された火薬玉を、手の中で放っては掴み、放っては掴み。このつまらない道具も、渡されたには使うべきだろう。あの黒ずくめの男は、何事にも理由を求めるうえ、冗談すら通じない。
「くそ、モヤシ貴族のくせによ」
このコンディトライに入って、最初はデカい組織に入れてラッキーだと思った。取引が穏便に進むよう、いろいろと手配するのは、派手さこそないがスリリングで面白かった。彼は地方貴族の末っ子であり、王都の貴族に媚びへつらいながら、変わり映えのない毎日を送ることに嫌気が差して、貴族としての立場を捨てた経緯を持つから。国を欺くようなそのやり口は、爽快感すらあったのだ。
だから、本拠地たる王都に工作員として召集されたときは、とても興奮したのだが。あのクリオロのやり口は石橋を叩きすぎている。それを優秀と呼ぶのはわかるのだが、男にとって達成感とは、リスクの裏にあるものなのだ。
――結果は出してやるから、好きにやらせろってんだ。
そう思いつつ、彼は地面から不自然にせり出した石組みの煙突の前で立ち止まる。とんがり帽子みたいな雨よけの隙間から、手をかざした。
王都での聞き込みから、標的の小娘が地下水路に向かったのはわかっている。彼女が地下水路の中に実家を持っていることも、残念ながらわかっている。そして、彼の手は敏感に、わずかな空気の流れを感じとれてしまった。
「はぁ、これで今日も、仕事は終わり……っと」
火薬玉に雷の魔法を流す。内部に仕込まれた、ヴァンホーテンお得意の機械とやらが動き始め、あとは転がしこめば時限式で起爆する。
そして実際、起爆した。
足元に振動が伝わり、煙突から立ち上る、人の焼けた脂っぽい匂い。
「さぁ、見たくもねぇ死体の確認だ」
そうして、彼は地下水道の入り口まで、せめて口笛を吹いて歩き、饐≪す≫えた匂いのする下水道をざりざりこすって歩き、触るだけで錆のつきそうな鉄門扉を足蹴にして開いた。そして、松明の明かりも届かない薄闇の通路の中、二重扉のもう一枚を、同じように開けようとして。
彼は久しぶりに、『仕事』をすることになる。
◇◆◇
「うぉわっ!」
目の前の扉が開いた瞬間。ショコラは自分の小さな体を滑り込ませた。
相手は驚き。自分は懐。ただ脇腹に手を添えて。
「せっ!」
泥水の魔力を放出するだけで、それは完璧な奇襲になる。男の身体は面白いようにくの字に折れ、彼は来た道を突き戻された。
どこぉん。
水路の壁に叩きつけられた男の姿を、ショコラはルビーの瞳から外さない。油断はしない。一歩一歩、距離を詰めつつも、右手は一定のリズムで円を刻む。刻んだ円はすなわち水流となり、泥水の竜巻となって彼女の周りを滞空する。
彼女が松明にぼんやりと照らされた水路に出るころには、彼女は八つの小竜巻を背に従えていた。彼女の魔法を放つ、小さな砲門。
「あら、明るいところで見ると、あなたやっぱり」
ショコラはついに、男の顔をはっきりと見る。
「クリオロではないのね」
「……はっ、誰があんな引きこもり野郎だって」
「でもどうやら、関係者ではあるみたいね」
「けっ、不本意ながらな」
男は壁にもたれたまま答えた。口の中を切ったのか血を吐き捨てるが、逆に言えばそれだけだ。
起き上がった彼は、中肉中背と言ったところだが、水路を一つ挟んで向かい合うショコラには一回り大きく見える。筋肉質なのだ。ショコラの一撃で破れた衣服から覗く身体は、しなやかに織り込まれた筋肉に包まれている。
「逆に、俺も驚いてんだが――」
「あっそ、だから?」
「……あ?」
「だからって聞いてるのよ、ねぇ」
だが、今のショコラには、彼がどうであろうと関係ない。彼が強者だろうと、弱者だろうと、敵だろうと味方だろうと天使だろうと悪魔だろうと。やることは決まっているのだ。
「今からわたしは、あなたを殺すわ。そのうえで、だから何って。そう聞いてるのよ」
そう、ショコラは復讐を果たす。
彼女自身のために復讐を果たす。
それこそが彼女の信じる価値観であり、唯一の判断基準であり、ただ一つの人生であるならば。
その障害を取り除くことに、彼女は一切の躊躇を持たない。
十二歳の少女の叩きつけた挑戦状。男はしばし、ぽかんと口を開けた。
「パレ」
返事すらまたない。ショコラの背後に控えた八つの渦は回転を速め、その中で極限まで加速された礫《つぶて》を打ち出す。それぞれ一発ずつの一斉射が、頬を裂き、腕を打ち、脛をかすめる。
ブランクによる精度の低下が、ショコラに舌打ちをさせた。
そして同時。
「ははっ、そうだよ。これでこそだよなぁ!」
男が哄笑する。眉を寄せるショコラ。
「これでこそ、仕事だぁ!」
稲妻が空気を割く。雷の元素魔法の強みは、速度だ。その光を見てからでは、避けられない。
「そう、あなた雷の元素魔法を使うの」
光を見てから。その場合の話だが。
男の様子から攻撃を予想していたショコラは、八つの砲門のうち二つを変形。壁として展開することで防いでいた。その泥水を今度は槍の形に作り直して、ショコラはその柄を握る。
「いたわね、そんなやつも」
彼女の身の丈を超える一槍を、ショコラは体全体のしなりを使って投擲した!
「まじかよ!」
事象魔法の加速を受け、漆黒色の槍は風を切る。男は咄嗟に横に飛んで避け、石造りの壁面を崩し、突き立つ槍。男はそのまま牽制の雷を放ちつつ、距離を取ろうとするから。ショコラは水路を挟んだまま追いかける。大地など一切見えないこの水路では、土のリソースは得られないが、逆に水のリソースは十分だ。
男が放つ雷を、ショコラは水路の水を迫り上げて、その膨大な水の中に逃がしてしまう。じゅぅっと電熱が音を上げ、汚い水の中で生きていた小魚の死体がぷかりと浮かぶ。
しかし、ショコラのパレもまた届かない。高速の礫は本来、人の肉を容易に抉る威力を持つはずなのだが、彼はそのすべてを掌で握り取ってしまう。
ショコラは走り続けるうち、息が上がってくる。男はまだ余裕がありそうで。このまま均衡状態が続けば、ショコラは少しずつ不利になっていく。
少しでも弱みを見せぬよう、ショコラは息を整えて軽口をたたく。
「どうしたの、そんなに逃げ腰で。私を殺しに来たんでしょ?」
「あぁそうさ。だがな、いかな窮鼠を狩るにしろ、わざわざ盛ってる時を狙うやつはいねぇだろ?」
「……ほんっと下品」
「仕方ないだろう。口と生まれの悪さってのは、俺のせいじゃないからな!」
「じゃあ、せめてマシな死に方はさせてあげるわよ!」
そして、ショコラは背中に隠し続けた魔法を展開する。
さっき投げた槍は完全な思い付きだったが。要はいくつも掴めないような形と、質量があれば、あの男も避けるしかないのだ。
ならば、それを連射する。
十二本の細長い土柱がふわり、ショコラの側面に整列し、積み重なる。
「エクレール!」
それをショコラがなでてやるだけで、事象魔法の加速、漆黒の雷が殺到した。
「脳みそに筋肉でも詰めてんのか!」
それぞれ左右に散らされた十二本を完全によけきるには、地下水路は狭すぎた。男は足を止め、拳を構える。質量をもたない雷の元素魔法を使う彼には、肉体で対処する以外の道がない。彼は十二本の土柱すべてに素早く目を通し、優先順位を確認。
「おぅらよ!」
一本目を掴み、二本目にぶち当てる。三本目を真正面から掌底で押しとどめ、それで体の中心に届くものは最後。わずかに生じた安全地帯へと一歩踏み出して、最小限の回避を――
「甘いわね」
最小限の回避をすることなど、ショコラにはわかっていた。踏み出した先、ショコラは水路の中で待ち構えていた。水路の中とはつまり、水のリソースの中。
彼女のこぶしはすでに必殺の魔力を蓄えている。
「そっちがな」
けれど、男は不敵に笑う。彼が指を鳴らすと、小さな稲光があらぬ方向、天井へと走る。そして、見上げると。
「じょうだんっ!」
火薬玉が起爆した。長い年月の中で劣化した天井の石材が落ちてくる。ショコラは咄嗟、溜めた魔力をがむしゃらに放出し、その反動で飛びすさる。
がらがら、どぼどぼ。もうもうと降りかかる土埃に、ショコラは咳き込んだ。わずかに聞こえた指を鳴らす音に次いで、手近の松明も消し飛ばされ。
騒音と暗闇。ショコラの聴覚と視覚が塗りつぶされる。
だけど、それは相手も同じはず。
ショコラはせめて、同じ位置に留まることだけはしまいと、音を殺したすり足。敵の何も見えていないことが、むしろショコラの精神にヤスリをかけている。
天井の石材が崩れる数秒を、何倍もの時間として、彼女は感じた。
そして、煙も落ち着き、多少向こう岸が見えるようになった時。
「よぉ」
不意に声をかけられ、振り向き。ショコラはようやく目の前に男が立っていることに気づいた。
「このっ……」
「おせぇ」
衝撃。
男の拳がショコラの腹部にめり込んだ。突きあがる圧迫感に頭が前に出る。
「ほら」
その顎を狙いすました膝蹴り。ショコラの視界に光がちかちかと散り、棒立ちにさせられたところで――
「ほらよぉ!」
後ろ回し蹴り。回転の勢いをそのまま乗せた足刀がショコラの首を捉えた。
「げぇっ……」
「あーあ、可愛くない声だなぁ」
喉を潰され、悲鳴すら出せず。ショコラはわずかに宙に浮かび、頭から後ろに倒れる。ごんっ、という鈍い音は彼女の頭が石床とぶつかった音だ。それが気付けになったように、ショコラは背を丸めてせき込み始めた。
男は、それを薄ら笑いで見下ろしている。
「……まだよ。まだ、まだ」
「おうおう、そうだな。まだだよ、なっ!」
喉をさすりながら身を起こしたショコラを、男は路傍の小石を蹴飛ばすように蹴り飛ばした。彼女の身体は面白いようにころころと弾んで、また地面に転がる。
「俺を殺すんだったか。そりゃあ、無理な話だぜ、ショコラちゃんよ」
男は威圧感を与えるためか、気分が良いからか。両腕を広げながら言った。
「確かにお前は強いかもしれない。二重の血統は、それだけで元素魔法の格がつくぅ。だけどな、格で世の中決まらねぇんだ。あぁ、決まってたまるかよ」
ショコラは男の言葉を聞きながら、再び体を起こす。強く蹴られた喉は違和感があって、ついせき込んでしまうが、耐えられないものじゃない。おなかが痛んで、体の真ん中を庇おうとして動きが不自然になる。でも動ける。
立ち上がって、きっと男の方をにらみつけた途端、左の頬を強かに張られた。
「俺には鍛えた体があって、お前にはない! 子供なんだよ、お前は、あぁ?」
そして、返す手の甲で、今度は反対の頬を張られた。火傷の残る、厚さのまちまちな皮膚は、それで簡単に裂けてしまった。
「元素魔法だって、まだ未熟じゃないか! そんなんでチョコレィトの娘なんて、笑わせんじゃねぇ!」
叩かれる、叩かれる、叩かれる。
男の、酔っぱらったような饒舌とともに、ショコラはなされるがままだ。じんじんと熱を持つ頬を、やがて男は拳で殴りつけてくる。石をぶつけられているような硬い感触に、頬の皮がずり向けたのを感じた。
「ガキなんてな、パパとママに甘えて媚びてりゃいいんだよ」
痛みだけが頭を支配していた。こんなに痛いのだから、もうどうしようもないと。
ショコラはされるがまま、男に唾を吐きかけられている。
男の目が細められる。昏い欲望に浸かりきった目だ。幕引きとばかり、大きく拳を振りかぶって。
「お前はおとなしく、パパとママにでも守られて、のんきにしてりゃあ良かったんだよ!」
雷をまとった拳を解き放つ――!
「なんですって?」
しかし、それが届くことはなかった。
男はショコラの顔の前で、拳を止めてしまったのだ。
ショコラの、怒りに燃えるルビーの瞳。
ただそれだけが、男の拳を押しとどめている。
その間隙をついて、ショコラの背後からパレの砲門が現れる。牽制射撃、数発。男はさすがに距離を取り、不服そうに舌打ちする。
「パパとママに、守られていればよかった、ですって」
そんな彼の一仕草など、ショコラの瞳には映っていない。怒りに燃える彼女の瞳は、ただ敵を敵としてのみ認識している。
「それで、どうなったと思ってるのよ」
声が震えた。この震えは力だ。今、ショコラには自分を取り巻く魔力の渦が、自分の第二の手足のように感じられる。この激情が、魔力を脈動させている。
「私がそんなだったから。私が、バカで弱くてまっしろだったからッ!」
感じる。父に基礎を習い、ビスキュイに扱いを習った魔法を。自分がどう使えばよいか。
「お父さんとお母さんは、死んじゃったのよ!」
ならば、今こそその力を、私の手の中に。
「踏み砕け 我が父、その偶像を!」
「獅子《レガルティオ》……だとぉ!」
手を前に構え、ショコラの叫びが眷属を呼ぶ。
地下水道の水流は意志を得て、逆巻く水流が姿を得る。ショコラの魔力により泥を得て、汚濁の象徴たる濁流は、しかし荘厳な獣となった。力強く大地を圧する四肢、勇猛たるたてがみ。そして、獣の王たる精悍な顔立ちは。まさに、獅子だった。
声なき咆哮を上げて。地下水路ギリギリの体躯を持つ獅子は、小さな少女に付き従う。
「……ははっ」
冷や汗を垂らしていた男は、彼女の魔法を見て笑う。
「なんだよ。レガルティオなんていうから、ヴァンホーテン卿みてぇなとんでもないのを想像したがよ」
それは余裕の笑みだった。
「なんだそのしょぼい咆哮は! あくびかと思ったぜ。ただ獅子の形をしていりゃ強いとか、そう思ってんのか」
「そんなわけないでしょう」
男の挑発を、ショコラは鼻で笑い返した。
そんなことはわかっている。自分はあのヴァンホーテンのように、純粋な魔力で威圧できるような魔力量は持っていないし、お父さんのように精密な形を作り切れているわけでもない。未熟な獅子だ。
ただ、彼の言う通り。獅子の形が強さを決めるのではなかった。今までの自分は形を作ることに執着していたが、そうではない。お父さんも殺し屋であった以上、あの獅子は美しいだけでなく、その腹の中に何かを隠していたはずで。
それが何かはわからない。
だが、別にわからなくて、いい。
今この魔法は、わたしの魔法なのだから。
「ただ、愛のもとに」
彼女の詠唱を合図として、獅子が顎門《がくもん》を開いて食らいかかる。敵に、ではなく、ショコラにだ。
その自殺ともとれる一幕に男が目を見張る中、ショコラは泥の獅子に飲み込まれる。
いや、飲み込まれたのは、獅子だった。
獅子はショコラの肢体に触れるや否や、泥水へと再分解。ショコラの身体へまとわりついている。獅子の巨躯はショコラの身体を二層、三層にも、まるでミルフィユのように包み込んでいく。そして、もはや彼女の一切も見えないほどに積み重なってから。
内側に引き込まれるように、泥水が圧縮された。ショコラの肢体に寄り添うように成形されるそれは、最後にふわりとスカートの裾をふくらまして。エスプレッソ色の、ドレスになった。
「いくわよ」
キュートなフリルを揺らしてショコラが一歩を踏み出す。その一歩に、地下水路の床はひび割れる。
「なんだよ、それ」
その不吉な音に我に返った男は、追い払うように雷を放った。
「ドレスよ」
雷は、ドレスの表面をすべるようにして、弾き散らされる。
「そんな、そんなわけがあるか」
怯えた顔で男が首を振る。彼はぶつぶつと詠唱をはじめ、地下水路の中に静電気が充満し始める。
「あら、ひどいこと言うのね」
それでも、ショコラの足は止まらない。収束し輝きを強める男の拳をまっすぐ見据え、侵攻する。
「うるせぇ! 寄ってくるんじゃねぇ!」
そして、男の魔法が放たれた。
間合いの外から繰り出された拳から、光線が解き放たれる。地下水路を真夏の炎天下のように照らし出す光量、熱量を圧縮した一条。
ショコラはその射線上に腕を振る。ドレスから千切れた泥水の数滴が、その場に漂う。
「カレ」
その一滴一滴が急速に膨張し、漆黒の門となってショコラの前に立ち並んだ。
光線はその一、二枚を貫通したところで、威力を失ってしまう。
「ウソだろ」
男には自分の魔法を無効化されたことも、自分の魔法を無効化した壁を、十二歳の少女が素手で殴りぬいてくるのも、どちらも信じられなかった。
「ひどいこと言うのね」
自分の言葉を遮られたことを怒るように、ショコラが同じ言葉を繰り返す。男の背筋がびくりと伸びる。
「これ、お父さんが最期に、私に残したものなのよ」
言い切る頃には、ショコラは男の目の前にいた。引き絞られた拳は、確実に男を捉えていて、けれど男は震える足で立ち尽くしているばかり。
「……そ、謝罪もないのね」
彼女は目を伏せて。
「じゃ、さようなら」
少女の拳では到底あり得ない質量でもって。男の腹部に拳を埋めた。彼は小さく呻いて、白目をむき、その場にうずくまるようにして倒れる。
ショコラは彼の身体を足先でつんつんとして、反応がないのを確認して、それでようやく緊張を解いた。
「まずは、勝てた……」
言葉とともに息が抜けて、ショコラの身を包んでいたドレスが弾け飛ぶ。彼女の身を包んでいたドレスは実際のところ、超超高圧の泥水であって、それが彼女に規格外の質量と、それに伴う攻撃力を与えていたのだが。それゆえに、制御が緩めば弾け飛ぶのは当然だった。
つま先からてっぺんまで濡れ鼠になったショコラは、子犬がそうするようにむすっとして頭を振る。
「まぁこの際、見てくれはどうでもいいのよ」
別に誰も見ていないのに言い訳をするショコラだ。
だが。ショコラは心の中で付け足す。クリオロの時のように躊躇してしまうことは、なかった。見てくれは置いておいて、自分はちゃんと力を使える。
今度は、ちゃんと、守れる。
その事実を握りしめるよう、ショコラはぐっと拳を作った。
そして、余裕のできた頭で一つ、思い至る。
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