青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第2章:シュヴァリエ

第19話

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「…甘い。」 

食堂で朝日を浴びながら、私は甘いパンケーキを食べていた。トロトロとした透明な液体がかかった部分をフォークで切り取り、口へ運ぶ。

「せやろー?甘くて美味いやろー?」

テーブルの向かい側で、アルトゥンが目を細めた。
ヴィーズも時々見せるこの顔が、笑顔という表情だと言う事を最近知った。
彼が笑顔を浮かべると、調理場からやって来たグリが、彼の頭をめがけて手にしたお盆を振り下ろした。

「いだっ!?」
「てめぇが作ったんじゃねぇだろ。食い終わったら、ちゃんと片付けとけよ?」
「分かっとる分かっとる!あんまゆったりしとると、仕事遅れるで~。」

グリは私達を食堂に残し、部屋を出て行った。
目の前に置かれたパンケーキは、彼が仕事前に作ってくれた物だ。1口大に切り取った塊を、次々と口の中へ運んでいく。

「…パンケーキ、何で甘い?」
「生地自体も甘いけど、1番はこの蜂蜜やな!」

アルトゥンは近くに置かれていた瓶を掴み、私の手元に近付けた。パンケーキにかけられていた透明な液体は、どうやら蜂蜜と言うらしい。

「…はちいつ?」
「花の蜜を集める、蜂って言う虫が居るんやけど…そいつが作った蜜蝋から取った液体が、この蜂蜜なんや。」
「…みつろー。アロマのざいりょー。」
「そ、そうなん?本で読んだんか?」
「…ルスキャ言ってた。」
「あー…そういや、材料が少なくなってきて、もうアロマが作れへんとか何とか…昨日言っとったなぁ…。」
「…みつろー。買い行こ。」
「買う言うてもなぁ...この辺じゃ売ってるの、見た事ないで?」

私は空になった皿の上にフォークを置き、椅子から飛び降りた。

「…分からない、ビオレタに聞く。」
「ほんなら、まずは片付けな!アスールも一緒に手伝ってくれるか?」
「…分かった。」

食べ終えた皿を片付け、私は彼と共に書庫へ向かった。



「蜜蝋が売っている場所…ですか?」

ビオレータに蜜蝋の話をすると、彼は引き出しの中から1枚の紙を取り出し、机の上に大きく広げた。中央に描かれた大きな街を指さし、そこから横へと指を滑らせていく。

「ビエントから馬車で1時間程の、フォンミイと言う村で買えると思いますよ。」
「ほんまに何でも知っとるんやなぁ…。」
「何でもは言い過ぎですよ。あなたより、多く本を読んでいると言うだけの事です。」
「…みつろー。欲しい。」
「うーん…街中で買えるんやったら、俺1人でも十分やろうけど…。馬車で行かなあかん場所やったら、馬に乗れる人が必要やなぁ。」

腕を組み、首を傾げるアルトゥンを見た後、隣に立っているビオレータに視線を移した。私の視線に気付き、彼の瞳が私を見下ろす。

「…何故俺を見るんですか?」
「…行こ。」
「俺が忙しい事くらい、あなたでも分かりますよね?遊んでいる暇は無いんですよ。」

広げた紙を片付けようとする彼の腕を掴み、前髪の隙間から垣間見える黄色の瞳をじっと見つめた。

「…仕事、手伝う。」
「あのですね…。俺の仕事は、あなたに出来るような簡単な仕事じゃ…」
「お、俺も!俺も手伝うから、お願い出来へんかな!?」

アルトゥンは身を乗り出し、彼に迫った。

「…何でそこまでする必要があるのですか?蜜蝋は、ルスケアさんが必要としているんですよね?アスールさんが興味を持つのはともかく…あなたは必要無いはずです。」
「もしかしたら…アスールの家族が居るかもしれんやろ?」

彼の言葉に、ビオレータは口を閉ざした。しばらく考え込み、深くため息をつく。

「帰って来たら、何でも手伝うと約束するのであれば行ってあげても良いですよ。」
「ほんま!?ほんなら、指切りや!」
「…ゆびきい。」
「アスールさんの世話は、全面的にあなたへ任せますからね?」
「おう!任しとき!」

私達はビオレータの用意した馬車に乗り込み、フォンミイへと出発した。



「あ~ここがフォンミイやったんか~。」

辿り着いたのは、シュヴァリエメゾンと同じくらいの広さの小さな村だった。街中に比べて人の姿はまばらで、至る所に動物の姿が見える。

「…来た事ある?」
「せや!前に、護衛の仕事で来た事あったわ!誰と来たかまでは、よう覚えとらんけどなぁ。」

視線を感じて振り返ると、黒いローブに身を包み、フードを深く被ったビオレータがこちらを見ていた。彼は建物の影に立ち、私達の話に静かに耳を傾けている。

「ってか…なんでビオレータは、そんな日陰に立っとるん?」
「言ったでしょう?俺は強い光が苦手だと。」
「ひ、陽の光もダメやったん?」
「ダメと言う事はありませんが…薄暗い場所が落ち着くんです。」
「馬乗って疲れたやろし、蜜蝋は俺とアスールで探してくるわ!ビオレータはここで待っとって。」
「では、お言葉に甘えてそうさせてもらいます。」
「小さい村の中やけど、俺から離れへんようにしてな?」
「…分かった。」

ビオレータを日陰に残し、アルトゥンと共に村の中を歩き回る。

「…甘い匂い。」
「せやなぁ。どこもかしこも花の匂いがして、のどかな所やなぁ。」
「…のどか?」
「落ち着いてて…静かで…ゆっくり過ごせそうな場所…って感じやな。」

再び村の様子を見渡すと、街中のように道を急ぐ人は居らず、人々の声も少なく感じた。その分、鳥や動物達の声がよく聞こえてくる。
そう思ったのも束の間、私達の後ろから黒いローブを羽織った人物が走り抜け、それと同時に叫び声が聞こえて来た。

「待てー!誰かー!そいつを捕まえてくれー!」

走り去る人物を追いかけ、今度は村人が私達の側を通り過ぎる。村人の男性は息を切らしてその場に立ち止まり、地面に座り込んだ。

「大丈夫ですか!?一体何があったんや!」
「はぁ…。食い逃げだよ…。さっきのローブを着た客が…金を払わずに、食事だけして…逃げやがった…。」
「…不審者。」
「こんなのどかな場所でも、色々起きるもんやなぁ…。アスール、一旦蜜蝋はお預けや。さっきの不審者を捕まえるで。」
「…分かった。」
「おっちゃん。食い逃げ犯の特徴、わかる範囲でええから教えてくれへん?」
「特徴と言ってもなぁ…。黒いローブを着て、フードを被ってたから…顔はよく見えなかった。背丈はあんたより少し低かったが…この辺りに住んでる人じゃ無さそうだったなぁ。」
「ふむふむ…。じゃあ、そいつが食っとった料理は何やった?」
「料理?確か…そう!ホンオフェだったな。」
「なんやそれ?初め聞くなぁ。」
「俺の故郷で食べてた料理だから、この辺では馴染みがないだろうな。」
「ほんなら、おっちゃん!俺が犯人捕まえたるから、その料理もう1回作…」
「おーい!捕まえたぞー!」

話をしている彼等の元に、数名の村人がやって来た。彼等の中心にビオレータが立っていて、両腕を後ろで掴まれている。

「こいつだ!こいつが食い逃げ犯だ!」
「ちょ…待ってぇな!そいつは俺等の連れや!食い逃げなんてしとらんって!」
「いや待て…そのローブ。犯人が着てたのと似てるぞ!」

先程聞いた犯人の特徴である、黒いローブを彼も身に付けていた。さらに、日差しを遮る為にフードも深く被っている。

「こんなローブ、その辺にいくらでもあるやん!」
「いやいや!背格好もこのくらいだった!」
「こいつが犯人で間違いない!」

どうやら村人達は、見た目の特徴が似ていたビオレータを食い逃げ犯だと思い込んでいるらしい。犯人の疑いをかけられている当の本人は、静かに村人の話を聞いていた。

「ビオレータ!お前も何か反論したってくれよ~!」
「反論など無意味です。」
「ならどうするんよ!このままやと、役所に突き出されてまうで~!」
「簡単です。我々が、騎士である事を証明すればいいんですよ。」
「そんなん言うても…俺、普段着なんやけど…。」
「皆さん。これをご覧下さい。」

彼はローブの中から1枚の紙を取り出し、村人の1人に手渡した。

「これは…?」
「王直筆の命令書です。我々ビエント騎士団が、この村の警備をするようにと記された物で…ここにある王の捺印が、何よりの証拠です。」
「王様の命令って言われても…俺等には、本物かどうかの見分けはつかないし…。」
「ど、どうせ偽物だろ!?こんな紙切れ1枚じゃ、あんた等が騎士団だって証拠にはならねぇ!」
「…では、これで満足ですか?」

彼は村人達の手を振り払い、首元の紐を解いた。すると、白い服に青い布…彼はローブの中に騎士団の制服を着ていた。

「これ…騎士団の制服だ!」
「俺も見た事ある!前に、騎士団長様が着てたよな?」
「我々が食い逃げ犯ではなく、騎士団の人間である事…分かっていただけましたか?」
「すみません騎士様…!とんだご無礼を…どうかお許し下さい!」

村人達は、彼に向かって次々と頭を下げた。彼は地面に落ちたローブを手に取り、再びフードを被り直す。

「いいえ…誰しも間違いはあります。そもそも俺が、紛らわしい格好をしていたのが悪いのですから…謝る必要はありません。」
「せやね!誤解が解けたんなら、それでええわ。」
「それと、先程の不審者…ローブで姿を隠していたのが気になります。我々で犯人を捕まえますので、どうかご安心を。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「店主に話を伺いたいので、協力していただけますか?」
「もちろんです…!犯人を捕まえる為なら、何でもします!」

ビオレータの犯人疑惑は解消され、私達は店主と共に彼の店を訪ねた。店の中は様々な食べ物の匂いが漂い、匂いを嗅ぐだけでお腹が空いてくるような気分になる。

「これが、犯人が食べていたと言うホンオフェですか。」

アルトゥンが店主に頼み込み、犯人が食べていたと言う料理を作ってもらった。彼は皿を持ち上げると、鼻を近づけて眉間に皺を寄せる。料理から離れている私でも分かるほど、その皿は強烈な匂いを発していた。

「なんや…すごい匂いやな…。」
「それで…アルトゥンさんは、何故犯人の食べた料理を作ってもらったんですか?」
「追いかける手掛かりになるかと思ってな。奴が俺等の近くを通り過ぎた時、変な匂いがしたんよ。もしかしたらと思ったけど、この料理を食べたんなら納得やわ。」
「まさかとは思いますが…この料理の匂いで犯人を追いかけるつもりですか?」
「せやで?何も変な事言っとらんやろ?」
「犬じゃないんですから…。そんな事出来る訳無いでしょう。」
「まぁまぁ。今んとこ、手掛かりはこの料理とローブくらいしかないんやし、やってみるしかないやろ!」
「あなたのその自信は、一体どこから来るのやら…。」

頭を抱えるビオレータと共に店を出て、犯人が逃げたと思われる方向へ歩き出した。
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