エテルノ・レガーメ

りくあ

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第2章︰ルナソワレーヴェ

第13話

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「待ってー!ルファー!」
「にゃー!」

部屋から飛び出して廊下を全速力で走っている白猫を、私は必死に追いかけていた。

「おっと。捕まえた~。」

そこに丁度通りかかったレーガが、白猫を拾い上げて腕に抱き抱えた。

「あ、レーガ!ありがとう!」
「この猫、ルファーっていうの?ルナの使い魔かな?」
「そうなの!でもまだ懐かなくて…すぐ逃げちゃうんだよねぇ…。」
「にゃあ!」
「そりゃそうよ!あんたみたいな小娘が主なんてね。」

彼の肩の上に、小さな女の子が現れた。人間の様に見えるが、身長は20cm程しかなく、背中には透き通った青い羽が生えている。

「わ!誰!?」
「僕の使い魔のベルだよ。驚かせてごめんね。」
「この程度でビビるなんて、随分弱そうね。」
「こらベル。僕の可愛い妹にそんなこと言ったらいけないよ?」
「ふーん。」
「すごく綺麗な羽だね!妖精さんなの?」
「あらそう?でもあたしは妖精じゃなくて悪魔よ。」
「えーこんなに可愛いのに?」
「結構見る目があるわね。しょうがないからあたしが使い魔についてアドバイスしてあげてもいいわよ。」
「もう…調子いいんだから…。せっかくだから僕も付き合うよ。」
「2人共ありがとう!」
「僕の部屋に行こうか。ルファーも一緒にね?」
「にゃー…。」

しばらく彼の腕の中で抵抗していたルファーだったが、どうやら諦めたようで大人しくなった。部屋に移動すると、私とルファーは並んでベッドの上に座った。

「まず、使い魔って言うくらいだから、あなたよりルファーのほうが立場が低いのはわかるわね?」
「そうなの?フィーが使い魔はお友達だっていうから、同じくらいかと思ってた。」
「使い魔は、主の手となり足となり、とにかくこき使ってもらう事で、自分の存在する意味があるのよ。」
「でもこき使うなんて…かわいそう。」
「ルナは優しい子だね~。」
「レーガ!なんでルナの頭を撫でるのよ!」
「そこにルナの頭があるから!」
「は、はぁ…。」
「その…こき使うようなやり方しかないのかな…?」
「うーん。そうねぇ…。使い魔自身にもよるけど…。」
「この子の意見を聞いてみたらどうかな?」
「にゃー?」
「そうね。あたしが通訳してあげるわ。」
「わぁ!そんなことが出来るんだ!やってやって!」
「はじめましてルファー。あなた、どうしてルナを主だと認めないの?」
「にゃー!にゃーぁ。」

ルファーは何やら興奮した様子で、懸命に話をしているようだった。

「ふーん…。やっぱりあなたが主らしくないから、従う気がないみたいね。」
「主らしくってどうしたらいいの!?」
「だそうよ?ルファー。」
「にゃー。」
「ルファーは…大人の女性が好みらしいわね…。あなたみたいに子供なのは嫌…ですって。」
「えー!そんなー!」
「そんなー!」
「ちょっとレーガ。どうしてあなたまでショックを受けるのよ…。」
「ルファー!君はルナの可愛さがわからないのか!?」
「にゃー!?」

椅子に座っていたレーガが、勢いよく立ち上がると素早くルファーを持ち上げた。

「いいかルファー。確かに大人の女性は身体のラインが…」
「ルナ!ちょっと耳を塞ぐわね…。」
「え?どうして?」
「いいから!ちょっとだけ我慢してて!」



「にゃ、にゃぁ…。」
「これだけルナの素晴らしさについて語っても、まだ嫌だと言うのか!」

ベルに塞がれていた耳が聞こえるようになり、どうやら彼の話は終わったようだった。

「やっと終わった…。…ねぇ。それよりも、あなたどうして喋らないの?にゃーしか言えないわけないでしょう?」
「…びっくりすると思ったからだにゃ。」
「わ!喋った!?」
「ほら。」
「使い魔は契約した時点で喋れるようになるのよルナ。フィーに聞かなかった?」
「レーガ様の言いたいことはわかったにゃ。確かに君の言う通りだと思う。」
「え、ほんと?伝わってよかったよ~。」
「でも僕は!ヴェラ様…い、いや、ルル先輩に憧れて、使い魔になろうと思ったのに!どうしてこんなちんまい奴の使い魔になったんだにゃー!」
「ルファー、ヴェラとルルの事知ってたんだね!」
「な!お2人の事を気安く呼び捨てにするなんて!許さにゃいにゃ!」
「そりゃそうだよ。ヴェラの妹なんだから。」
「い、妹!?」
「そうだもん!ヴェラに魔法だって教えて貰ってるし、ルルにも勉強見てもらってるもん!」
「しょ…しょうがにゃい…。君を主として認めてあげるにゃ。」
「意外とあっさりだったわね。」
「ルナ。よかったね。」
「うん!ありがとう2人共!」
「はぁ…走ったからお腹がすいたにゃ。ご飯を食べてくるにゃ。」
「あ、待ってルファー!私も行くよ~!」



「ルファー?どこー?」

仲良くなったはずの使い魔のルファーは、逃げ出す事が無くなったものの、たまにどこかへ居なくなってしまう事がある。

「おや、ルナ様。お久しぶりです。」
「あ、ルル!ルファーを見なかった?白い毛の猫なんだけど…。」
「ルファー…白い毛の猫…。あぁ…彼ならあちらの茂みいますよ。」
「どうして茂みにいるんだろう?」
「ヴェラ様を眺めているのではないでしょうか?」
「え?ヴェラを眺める…?」
「本人に聞いてみましょう。」

中庭にある茂みに近づいていくと、何やらブツブツ喋る声が聞こえた。

「はぁ…。やっぱり…ヴェラ様が……。あの方の…に…ったらよかった…に。」
「ルファー。何してるの?」
「う…。…今忙しいにゃ。」
「何が忙しいのですか?」
「ル、ルル先輩!えっと…その…。」
「ルナ様の使い魔になったというのに、まだヴェラ様の追っかけをしているのですか?」
「ヴェラの追っかけ?」
「あ、主には関係ないにゃ!」
「彼はヴェラ様の事を好いているのです。」
「好きだなんてとんでもない!ヴェラ様の美しさは尊いのにゃ!」
「と、尊い…?」
「まぁ…ヴェラ様も知っておられますし、このように眺めるだけで邪魔する事もないので、我々は放置しているのです。」
「それならいい…いや!良くない!私の魔法の練習に付き合ってくれるって、ルファー言ってたのに!」
「あと30分。いや、あと1時間は眺めていたいにゃ…。」
「魔法の練習でしたら、ヴェラ様に聞いて参りましょうか?」
「え?ほんと?ありがとう!」
「にゃんと…その手が…!それなら僕も一緒にいくにゃ!」
「えぇ…。」



「さ、主。始めますにゃ。」
「待ってよルファー…。まだ日も昇ってないのにもう魔法の練習始めるのー…?」
「いち早くこの魔法を習得しなければならないにゃ!善は急げにゃ!」
「ふわぁ…。はいはい…。」

少しでも早く魔法を覚えてヴェラに近づく事で、ルファーは彼女に近づくことが出来ると思うようになり、熱心に魔法を見てくれている。
それはとてもいい事なのだが…。

「だめにゃだめにゃ!もっとこう…体の芯から力を出すにゃ!」
「芯からって言われても…!うぅ…。」
「こんなんじゃヴェラ様に笑われてしまうにゃ!座ってないで立つにゃ!」
「ちょっと休憩しようよ~。朝ご飯食べてないから、お腹も空いたし…。」
「しょうがないにゃあ…。そしたら、続きは夜にやるにゃ。」

そう言い残すと、屋根の上に軽々と移動して敷地の外へ飛び出して行ってしまった。

「はぁ~…。私も外に出てみたいなぁ。」
「あれ?ルナ。どう…しました…?」
「あ、フィー…。」



「そうですか…。外に出られない…のですね…。」

私の部屋に場所を移すと、ベッドの上で彼女と話を始めた。

「うん…。ライガが駄目だって。フィーは外に出てもいいの?」
「私は…1人じゃなければ…外に出てもいいと言われていますけど…。」
「そうなんだ…。いいなぁ。」
「でも、ライガが言ってました…。…外は怖い所だから…1人では行かせられないって…。」
「え?怖い所なの?」
「ちょっとだけ…怖い…ですよ。知らない人が…いっぱいいて。」
「それは怖いかも…。で、でも、みんな外に出てるのに、私だけ出られないのは…なんか悔しいなって。」
「なら…人のいない場所に行かないですか…?誰も居ないなら…怖くないです…。」
「確かに!それにフィーとだったら大丈夫かも。行こ行こ!」

建物の出入口までやって来ると、大きな扉を2人で押し開けた。石畳の道の脇に花壇があり、何本か木も植えられていて、中庭の風景とどこか似ていた。しかし大きく違うのが、石畳の先にとてつもなく長い橋がかけられている。

「この橋…どこまで続いてるの?」
「ここは…大きな谷に囲まれた所に、建ってるので…。陸と陸を繋げる為に架かってるんです…。」
「歩いたら物凄く時間かかりそう…。人が沢山いる所って、この橋の先なの?」
「そうですよ…。私達は基本的に…使い魔に運んで貰うので…そんなに時間はかからな…」
「フィー。ルナ。」

後ろを振り向くと、ライガが腕を組んで扉の前に立っていた。

「ライガ…。」
「ここに連れてきたのは、フィーか?」
「違…」
「そう…です。」
「話があるから部屋に来い。ルナは自分の部屋に戻っていろ。」
「フィー…。」
「大丈夫…ですよ。お話…するだけですから…。」

彼に手を引かれ、2人まとめて中に引き戻されてしまった。



「あれ?どうしたの?ルナ。お腹すいてない?」
「え?…ううん!そんなことないよ!」

夕飯の時間、エレナとレーガの2人と一緒に食堂でご飯を食べていた。

「あまり食べてないですわね。別の物を用意しましょうか?」
「だ、大丈夫!ちょっと考え事してて…ぼーっとしちゃっただけ…。」
「悩み事ならお兄さんに言ってごらん?あ!後でルナの部屋に行こうか?」
「おやめなさい変態。」
「どうしたの、エレナー?もしかして、ヤキモチ?」
「ち、違いますわ!私は食べ終わったので、お先に失礼!」

彼女は食べ終わった食器のお盆を手に持ち、食堂の奥の方へと行ってしまった。

「あはは。逃げられちゃった~。」
「ねぇレーガ。後で部屋に行ってもいい?」
「もちろん!大歓迎だよ~。でも、もうちょっとご飯食べたらにしようね?」
「うん!わかった!」

彼の部屋でお茶を飲みながら、ライガが怒ってフィーを連れて行ってしまった事を話した。

「確かに外は怖い所だし、危ない所だよ。まだルナには早いと思うし…僕も、フィー1人では行かせられないと思ってる。」
「そっか…。でも、まさかあんな風になってると思ってなかったなぁ…。」
「ガッカリした?」
「うん…。」
「ルナが1人でも大丈夫なくらい、魔法を使いこなせる様になったら、外に出られると思うよ?それでも不安なら、僕が連れて行ってあげてもいいし。」
「そっか!レーガと一緒なら大丈夫かも!」
「ライガの事は…そうだなぁ…。いけないことをしたから怒ったんじゃなくて、心配になって怒っちゃったんじゃないかな?」
「心配で怒るの?」
「僕だって、ルナが危ない事をしようとしてたら、怒っちゃうかもしれないよ?だって心配だからね。」
「うーん。そういうものなのかなぁ?」
「そうだよ~。あ、そうだ、魔法の勉強は順調?」
「少しづつね!軽いものなら動かせるようになったよ!」
「おおー。それはすごいね。その内、空も飛べちゃうかもね。」
「え!空を飛ぶ事出来るの!?」
「うん。僕は飛べるよ?」
「すごーい!私も飛んでみたいなぁ!」
「大丈夫、焦る必要ないよ。僕が少しづつ教えてあげる。」
「ほんと!?ありがとう!」
「まずは羽を見つけられるようにならないとね…そしたら……は………して……た……。」



「う…ん…?」
「おはようルナ。」
「あれ…?レーガ?」
「うん。僕だよ?」
「あ、そっか…レーガの部屋で寝ちゃったんだっけ…?」

身体を起こすと、そこは確かに彼の部屋のベッドの上だった。

「そうそう。飛行の練習の話をしてたら寝ちゃってたね。」
「ご、ごめんね…。」
「いや?僕としては、毎日ここで寝てくれてもいいんだけどなぁ~。ルナの寝顔を見ていると、幸せな気持ちになるし。」
「み、見ないでよ~!お腹すいたからご飯食べに行こ!」
「はーい。」

食堂に行くと、ヴェラ以外の3人の姿があった。

「みんな早起きだね?」
「そうか?そうでもないと思うが。」
「あなたが遅いだけですわよ。」
「それはしょうがないよ~だってルナが寝…」

一緒に寝ていた事を、みんなの前で言われるのが恥ずかしくなり、彼の腕を掴んで身体を揺さぶった。

「わー///!レーガ何を言おうとしてるの!?」
「どうしたんですか…?ルナ…。」
「な、なんでもないよ!」
「そうでした!ルナ、新しい服を買ってきましたわよ!是非とも着てくださいね?」

差し出された紙の袋を受け取ると、中には色とりどりの服が入っているようだった。

「わぁー!ありがとうエレナ!後で見てみるね!」
「あれ?今までも、エレナが買ってたんじゃないの?」
「いえ…それはライガが…。」
「え!?ライガが…!?」
「なんだよ。」
「へー…。今までの服はライガがねぇ…。」
「変な目で見るな。仕方なくだ…。」
「もちろん今までのも着るよ?心配しないでね、ライガ。」
「別に…好きなのを着てくれて構わないが…。」
「ライガの選んでくれた服もそうだけど、下着も気に入ってるよ?」
「ええ!?」
「そちらは今後、全て私が選びますわ!今までの下着は捨てましょう!」
「えー!どうしてー!?」
「えー!捨てるならもらっ…」
「おやめなさい!!!」
「…賑やかで楽しいね…ライガ。」
「そ、そうか…?」
「それよりも、ライガが服を選んでるなんて知らなかったよ!僕も今度、選んでくる!」
「なら、私も…選びたいな…!」
「おいおい。ルナは着せ替え人形じゃないんだぞ…?」
「みんなに選んでもらうの、私は嬉しいよ?」
「なら…まぁいいか。」

食事後、1度自室に戻ってエレナに貰った服に着替えると、レーガが待っている中庭にやってきた。

「へ~。それがエレナの選んだ服?」
「変かな?」
「似合ってるよ。ルナの可愛さが引き立ってると思う。」
「よかった~!私も、この服気に入ったの!」
「ところで、本当に飛行の練習する?」
「え、どうして?昨日教えてくれるって言ってたもん!」
「その…ルナはまだ…。なった…ばかりだし…。」
「なったって?」
「羽があるかどうかはその人次第だからね。ルナに羽があるかどうか、まずは見て見ないと。」
「羽ってことは背中?そうだ!背中にチャックがあるから開けてみて!」

くるりと後ろを向き、彼に背中を向けた。

「あはは。着ぐるみみたいだね。…いいの?開けちゃって。」
「え?確認しないといけないんでしよ?」
「じゃ、じゃあ…。」

彼の手が背中に触れるのを感じるのと同時に、別の手が私の身体を引き寄せた。

「何をしてる?」
「あ、あれ?ヴェラ?」
「ありゃ、残念。」
「あのね、ヴェラ。私飛んでみたくて、羽があるかどうか、確認してもらう所だったの!」
「ちょっと…変な事を吹き込まないで。」
「別に変な事じゃないと思うけど?」
「ルナ。お前に羽はない。」
「え?どうして?」
「それは…。」

ヴェラは何か言いたそうな表情をしていたが、それ以上言葉を続ける事はなかった。それを見ていたレーガが、彼女の隣に移動すると私の前にしゃがんだ。

「ごめんね~ルナ。もうちょっと大人にならないと羽はないんだよねぇ~。」
「そっかぁ…。じゃあ、まだ飛べないんだ…。」
「羽が生えたら教えてあげるから、あんまり落ち込まないで?」
「うん…わかった。」
「…ルナ。お前の使い魔が部屋で待っていたぞ。行ってやれ。」
「ルファーが?わかった!」

私は2人に向かって大きく手を振り、中庭から部屋へと小走りで駆けて行った。
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