エテルノ・レガーメ

りくあ

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第7章︰それぞれの過去

第64話

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「おはようルナ。」
「おはよう…クラーレ…。」

目を覚まして船の外に出ると、すでに起きていたクラーレと挨拶を交わした。

「フランはまだ寝てる?」
「うん。寝てたよ。」
「そろそろ港に着くみたいだから、起こして来てくれる?」
「あ、はい!」

再び船の中に戻ると、布団に包まって丸くなって寝ている彼の元に近寄った。

「フラン~。朝だよー?」
「んー…。あと5分ー…。」
「そろそろ港に着くんだって。起きて支度しないと…!」
「あと5分でー…。5分でー…。」
「5分経ったら起きるの?」
「元の僕に…戻……る…。」
「…へ?」

彼がおかしな寝言を喋ったと思ったら、突然布団から飛び出し、私の両手を掴んで壁に押し付けた。

「痛っ…!」
「血の…匂い…。」

そのまま彼の顔が近付き、首元に噛み付かれた。

「っ…フラ…ン……!」
「……っ。んぐっ……はぁ…。」

必死に抵抗しようとするが、血を吸われて力が出せず、されるがままになっていた。

「離…し…てぇ……。」
「黙れ。大人しく…血を寄越せ…。」
「フラ………ン……?」

背筋が凍るような悪寒がした。目の前にある彼の顔は、確かにフランのものだが、雰囲気が全く別人になってしまっていた。真っ直ぐこちらを見つめる彼の右目が、青紫色に変化している事に気付いた。

「ルナ!」

クラーレがフランを突き飛ばし、私はその場に膝をついた。

「大丈夫?ルナ…。」
「だ、大丈夫…。けど…フランが…。別人みたいになって…!」
「フランが?」
「痛っ…てて………。あ、あれ?2人共…何してるの?」
「え?」

正気に戻った様子の彼にあった事を話すと、布団に正座して私に向かって頭を下げた。

「ほんっ…とうに、ごめん!」
「う、ううん…大丈夫…だよ。」
「フランは、全く覚えてないの?」
「うん…。普通に寝てると思ってた…。」
「フランの中にも…私みたいに別の人がいるのかな…?」
「全然そんな感じはしないけどなぁ…。」
「…ーぃ……なー…つい…ょー?」
「あ、ラヴィが呼んでる。港に着いたのかも。」
「とにかく今は落ち着いてるみたいだし、船を降りよう。」
「うん…。」



港に停泊した船から降りると、周りには他にもたくさんの船が停められていた。

「ここが港?」
「あぁ。ここがあたしの故郷のノースガルム港さ。」
「ここからサトラテールまでは、馬車に乗って移動するんだ。けど、ここに馬車は無いから…まずは、ここから北にあるカナ村まで行こっか。」
「はーい。」
「カナ村かぁ…懐かしいなぁ…。」

北にある港の出口に向かうと、その近くで人集りが出来ていた。

「ん?なんだろ?ちょっと様子見てくるよ!」

ラヴィが走り出し、人の集まっている場所へ向かって行った。しばらく待っていると、彼女が再び走って戻って来た。

「この先の街道で、吸血鬼が暴れたんだってさ。それで出口を封鎖したみたい。」
「え、封鎖?クラーレ…どうする?」
「吸血鬼がねぇ…。うーん…。」
「あれ?ラヴィ?…やっぱり!ねぇ、ラヴィだよね?」

褐色の肌をした幼い少女が、ラヴィの顔を見るなり声をかけてきた。

「サリア!久しぶりだね~!元気にしてたかい?」
「うん!ラヴィ、帰って来たの?」
「ううん。通り道だっただけさ。この後、街に戻ろうと思ってるよ。」
「この子は?」
「あたしの従姉妹さ。サリアって言うんだ。」
「はじめまして!ラヴィのギルドの人?」
「はじめまして。僕がマスターのクラーレだよ。よろしくねサリアちゃん。」
「そうだサリア。あたし達、カナ村に行きたいんだ。街道を通らないで村に行ける道とか知らないかい?」
「えっと…知ってるけど…。危ないから通らない方がいいって、パパが言ってたよ?」
「教えてくれないかい?通らないから。」
「えっとね。あそこの山に、洞窟があるんだって。そこを通って山の向こう側に抜けると、カナ村の近くに出られるってパパから聞いた事あるよ。」
「へー。そうなんだ。ありがとうサリア。」
「絶対通っちゃ駄目だよ!危ないからね!」
「大丈夫。通らないよ。心配してくれてありがとう。」
「またねサリア。」
「今度、家に遊びに来てね!」

少女は手を振りながら、海辺の方に駆けて行った。

「危険な洞窟を通る道か…。封鎖が解けるまでここで待機するか…。」
「洞窟はなんで危険なのかな?そんなに危ない感じしないけど。」
「子供が近寄らないようにする為じゃないかい?あたしはじっとしてるの苦手だから、洞窟を通って行きたいかな。」
「私も…出来れば早く街につきたい…かな。」
「僕もルナちゃんと同じ意見かな。」
「なら…洞窟の方に行こう。ただし、きちんと準備をしてからね。」
「うん!」
「お店ならこっちだよ。」

ラヴィの案内で港のお店で道具を買い揃え、準備を整えて港の西にある山の方を目指した。
サリアが言っていた洞窟の入口に辿り着くと、ランタンに明かりを灯し、洞窟の中へ入っていった。先頭を歩くクラーレの後に続いて、どんどん奥へと進んで行く。

「ルナちゃん、大丈夫?」
「え…何が?」
「暗い所苦手でしょ?怖くない?手、握ろうか?」
「へ、平気だよ…!それよりなんでそれ知って…」
「だってほら、前に…レジデンスの地下で…」

彼が小さな声でそう言うと、以前レジデンスの地下に侵入した時の事を思い出した。

「そういえば…そうだったね…。」
「多分、あの変な機械…転移装置だったのかもしれない。」
「転移…装置…?」
「あれに触れちゃったから、あの島に飛ばされたんだよ。じゃなきゃ、あんな所に僕達だけで行くはずないもん。」
「そっか…もしそうなら…」
「2人で何の話してるのー?」
「わ、ラヴィ!」

2人で身を寄せあって、声を抑えて会話している間に割り込むように、前を歩いていたラヴィが振り向いた。

「秘密の話だよ。」
「えー秘密なのー?ちょっとだけ…!ちょっとだけ教えて?ね?」
「しょうがないなぁ。」

フランはラヴィの元に駆け寄り、耳元で何かを囁くと彼女は私の方を見て笑った。

「へー。そうなんだ。」
「僕達3人だけの秘密だからね?他の人に喋っちゃ駄目だよ?」
「りょーかい!任せて~。」



「ねぇフラン…。ラヴィに、何て言ったの?」
「…ルナちゃんが、暗い所が怖くて怖くて仕方ないから、僕と手を繋ぎたいって話をしてる…って言ったの。」
「え!?」
「って事で…手、繋ごっか。」
「なんでそうな…」
「…誤魔化さないと怪しまれちゃうよ?」
「わ、わかったよ…。」

仕方なく彼と手を握るとその暖かさで恐怖感が薄れて、少しだけ心が落ち着くような気がした。

「結構奥まで来た様な気がするけど、今の所危険な感じはないね。」
「だねー。ちょっと足場が悪いくらいだし、子供が近寄らないように言ったみたいだね~。」

足元に何か石のようなものがぶつかり、ランタンの明かりを下におろした。

「きゃー!?」
「ど、どうしたのルナ!」
「ほ、ほほ骨が…!」
「これ…人の頭の骨だね…。」
「誰か亡くなったのかな?」
「骨なんかさっきからそこら辺に転がってたよ?」
「えー!?は、早く出ようよこんな所…!」
「う、うん…進もうか。」

フランの腕にしがみつき、再び私達は奥へと歩き出した。

「そんなに骨が怖い?」
「怖いって言うか…。こんな所に骨がゴロゴロしてると思ったら気味が悪…」

カサカサと音を立てて足元を何かが通り、それに驚いて思わず声を上げた。

「きゃー!!」
「わ!?」

その勢いでフランの身体を強く押してしまい、バランスを崩した。彼は足を滑らせ、2人まとめて下の方に転げ落ちて行ってしまった。



そっと目を開けると、私を庇うように抱き締めているフランが隣で倒れ、その下にミグが押しつぶされていた。

「フラン…!大丈夫!?」
「痛てて…。肩から落ちたけど…大丈夫そう…。」
「ってー…。」
「ミ、ミグ!」
「ミグくん大丈夫…!?」
「あぁ…。まぁ…なんとか。」

そう言う彼の腕があちこち擦りむけ、薄らと血が滲んでいた。

「全然大丈夫じゃないじゃん!見せて?」
「いいって…中に戻ったら自分で…。」
「いいから出す!」
「…はい。」

擦りむいた箇所を飲み水で洗い、持っていたハンカチを結んだ。

「後でちゃんと薬使ってね?」
「わかってるよ。お前等は怪我なかったか?」
「うん。ミグくんのおかげでなんともないよ。」
「そっか…よかった。」

フランはその場に立ち上がると、上の方を見上げた。

「それにしても…手を繋いでたのが仇になっちゃったなぁ…。」
「ごめんねフラン…私が押したから…。」
「全く…1人で落ちるならまだしも、フランを巻き込むなよ。」
「1人で落ちろって言いたいの?」
「お前1人くらいなら受け止めきれたさ。」
「もー2人共喧嘩しないでよ。」
「ご、ごめん…。」
「…どうやって戻る?壁は濡れてるから、登れないだろうし…」
「ん?誰か来るぞ…!」

ミグが後ろを振り向くと、奥の方からランタンを手に持った1人の少年が歩いて来た。背は私よりも低く、黒いローブを身にまとった彼は、眼帯で片目を隠していた。

「もしかして…ライガ…?」
「ルナ…?なんでこんな所に?」

私より幼いと思っていた少年は、レジデンスに住む吸血鬼のライガヴィヴァンだった。

「ヴァン様こそ…どうしてこの場所に…。」
「フランも一緒か。俺は…墓参りだ。」
「墓参り?」
「ヴァン様のご両親、既に亡くなってるんだ。」

フランが私の耳元に手を当てて、小さな声で囁いた。

「お前達はどうした?」
「僕達、この休みを利用して、色んな所に旅行してるんです。」
「この先の村に行く予定だったのですが、道に迷ってしまいまして…。」
「この先だと…カナ村か。それなら、この道を真っ直ぐ行って、分かれ道を左に進めば出口に着くはずだ。」
「あ、ありがとうございます。」
「ライガはこれからどうするの?」
「俺はここから下に向かうから、そっちの道だ。」

私達の後ろにある大きな岩の手前に道が延び、彼はその道を指さした。

「そっか…。」
「では私達は失礼します。ライガ様もお気をつけて。」
「あぁ。旅行もいいが怪我はしないようにな。」
「はい。気をつけます。」

彼は私達の横を通り過ぎ、指さした道の方へ姿を消した。そして私達も、彼に教えてもらった道を奥へ進み始めた。

「驚いたなぁ…こんな所にライガが居ると思わなかった…。」
「僕もびっくりしたよ。言われてみると今日だったなぁ…亡くなったの…。」
「フランはライガの両親が亡くなったの知ってたの?」
「うん。お父様とお母様と…妹と弟だったかな。」
「え、兄弟もなのか?」
「そうだよ。名前は聞いた事ないけどね。」
「その…亡くなった理由は…?」
「…家族全員、人間に殺されたって聞いた。」
「…っ。」

私の顔が強ばるのを見て、ミグが私の背中をさすった。

「大丈夫か?」
「あ…うん…。」
「ご、ごめん。気遣いが足りなかったね。」
「ううん!聞いたのは私だし…。」
「…あ!おーい!2人共ー!」
「クラーレ!」

少し先にある別れ道の右側から、クラーレとラヴィが小走りでやって来た。

「ルナ。俺は戻る。」
「あ、うん…。」

ラヴィに気付かれる前に、ミグは私の背中に身を隠して足元に消えて行った。

「心配したよ2人共~。大丈夫?怪我しなかった?」
「うん。なんとか…!」
「よかった…。動けなくなってたらどうしようかと思ったよ。」
「ごめんねクラーレ。心配かけちゃって。」
「わ、私がびっくりしてフランを押しちゃったから…!ごめんなさい…。」
「責めるつもりはないよ。早くここから出た方がいいね。えっと…僕達はこっちから来たから…。」
「多分あっちの道じゃないかな?」
「行ってみよっか。」
「ルナ。今度はあたしと手を繋ごう!」
「だ、大丈夫だよラヴィ…!」
「誰でも怖いもんの、1つや2つはあるもんさ。あたしに任せな!」
「ありがとう…ラヴィ。」

こうして別れ道の左の道を進んで行き、無事に洞窟を通り抜ける事が出来た。
    
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