29 / 116
第2章︰失われた過去
第28話
しおりを挟む
「えー本日は、野外で実習を行う。野外キャンプ等をした際、生き抜く術として食料の確保は極めて重要である。そこでお前達には、小動物を捕まえる為の罠を製作してもらう。各自、材料等を現地で調達して捕獲を試みるのが今回の目的だ。くれぐれも単独行動は控え、夕暮れ前にはこの場所へ戻ってくるように。」
教官の説明を受けた生徒達は、それぞれの荷物を背負い各地にバラけだした。
「ねぇニア。ニアは罠作った事ある?」
「あるわけないじゃない。そういうあんたはどうなのよ。」
「いや僕もないけど…。シューとパルは?」
「僕も…作った事ないなぁ…。」
「故郷、自然豊か。野生動物捕まえる、得意!」
「あ、じゃあパルは作った事あるんだね。」
「捕まえる…罠作る、経験無い。故郷、武器使って仕留める。」
「そっか…罠自体は作った事がないんだね。」
「ま、作ったことがなくても教本を見れば出来るわよ。」
「えっとまずは…木と縄の確保かな?」
「それなら向こうに森が見えたから、そっちに向かいましょ。」
「フラン?どうかした?」
「あ、や…ナルとソンノも一緒にと思ったんだけど…。」
周囲を見渡すが、話し合う生徒の中に彼らの姿は見当たらなかった。
「もう出発したんでしょ?あたし達も急がないと日が暮れちゃうわ。」
「そうだね…行こうか。」
森の奥へ進みながら材料を集め、開けた場所に荷物を下ろした。
「これだけあれば足りるかな?」
「多分…大丈夫だと思うけど…。」
「えーっと…木、ツル、枝…。あ…重り用の石がないわね。」
「向こう、川の音聞こえた。」
「川辺なら大きめの石もあるかもね。」
パルを先頭に再び移動を始めると、茂みの奥に何やら気配を感じた。
「まって…。そこの茂み…何かいる。」
「え!?」
「ちょ…バカ…!大きな声出すんじゃないわよ…!大型の獣だったらどーすんのよ…!」
「気配、少し大きい…。あまり大きくない…。」
「…ど、どうする…?」
「僕が静かに様子を見るから、みんなは動かないで。逃げる時は、背中を見せないように…ゆっくりね。」
腰に付けたナイフに手をかけ、ゆっくりと足を踏み出す。地面に落ちた木の枝を踏まないように気を配りながら歩みを進めると、茂みの葉にそっと手を触れた。
「……あれ……ソンノ?」
「はぁ~……びっくりしましたわぁ。なんや近づいて来てる思ったら、フランはんやったかぁ…。」
「あたし達だってビックリしたわよ…!」
「ソンノ、隠れる…何故ここいる?」
「いやぁ~。お恥ずかしい話、ちょっと足をくじいてしもてなぁ…。」
彼女の側には小枝が散乱し、荷物の脇に脱いだ靴が置かれている。くじいたと思われる足首には添え木が添えてあり、ツタで器用に固定されていた。
「痛そう…。大丈夫…?」
「大したことあらへんよ~。応急処置は済ませたんで、ちょっと休んどっただけどす。」
「まさかソンノ1人で行動してたの?」
「まさか~。ナルはんも一緒どすえ。」
周りを見渡すが、一緒に居るはずの彼の姿はどこにもない。置いてある荷物も1人分しかないように見える。
「肝心のあいつはどこ行ったのよ。」
「うちは必要あらへんって言ったんやけど…近くに川が流れとるからって、足を冷やすための水を汲みに行ったんよ。」
「やっぱりこの近くに川があるみたいだね。ソンノを1人で残すわけにも行かないし…ニアとパルはここで待っててくれる?僕とシューでナルを探しに行ってくるよ。」
「わかった。気をつけて。」
シューと二人で森の奥へ進んで行くと、しばらくして水の流れる音が聞こえてきた。
「よかった…ちゃんと川があったね…。」
「ナルはどこだろう?」
「…おい、お前等!そこで何やってる?」
「ひぃ…!?」
川の向こう岸にから聞こえた声は、ナルのものだった。彼は右手に水筒を、左手には木の枝を何本か抱えている。
「ナルがここに居るってソンノに聞いたんだ!」
「俺も今から戻る所だ。そっちに行くから、ちょっと待ってろ。」
すると彼は、川の中腹にむき出しになっている岩をめがけて跳躍した。見事に着地したかに見えたが、足を滑らせてバランスを崩した。
「ナル!」
彼の元へ駆け寄ろうと、慌てて川に足を踏み入れた。しかし、思いの外水深は浅く、足首が隠れる程しかない。彼自身も拍子抜けしたのか、しばらくその場に座り込んでいた。
「思ったより…浅いみたいだね…。」
「えっと…どこか痛めてない?」
「ちょっと足を滑らせただけだ!どこも痛くない!」
「そんなにムキにならないでよ~。」
「あ…でも…。持ち物が流されちゃったね…。」
「くそっ…最悪だ…。」
「僕の水筒で良ければ貸そうか?」
「いいよ別に。あんまりソンノ1人で置いとけねーし。」
「それなら心配いらないよ。ニアとパルが一緒に待っててくれてるから。」
「僕達も…罠を作る為の石を探したいし…。」
「罠用の石か。それならこういう丸石を使ったらいいと思うぜ。」
彼は川の中に手を入れ、手のひらサイズの丸い石を拾い上げた。
「どんな罠を作るか話したっけ?」
「石を使う罠なんて少ししかないだろ。実習でやるのは簡単なものだから、角のある石は使わないと思ってな。」
「それだけでわかるなんて凄いね!ナルは罠を作るの得意なの?」
「いいから無駄口叩いてないで、さっさと集めて戻るぞ。」
その後、急いで材料を集め、森の中で待つ3人の元へ戻った。
「いやぁ~。まさかナルがあんなに罠を作るのが上手いと思わなかったよ~。」
「得意で悪いかよ。」
「はぁ…。あんたはもうちょっと素直に喜べないわけ?」
課外実習を終えた僕達は、寮の食堂で食事をとることにした。行動を共にしていた3人にナルとソンノを加え、今日の実習についてあれこれと語り合っている所だ。
「別に褒めろと言ったけじゃない。」
「あんたねぇ…。」
「ニ、ニア…!抑えて抑えて…!」
「ナルの腕前。手際良い。見るだけ、勉強なる。」
「ナルはんの家は、うちらの住んどる所じゃ、かなり有名な罠職人一族やからねぇ~。」
「へぇ~!罠職人って呼ばれる人達がいるんだ?」
「職人だなんて大袈裟よ。罠を作って販売する人はそこら中にいるじゃない。」
「その辺にいる罠職人と一緒にせーへんでほしいわぁ~。ナルはんはうちらの街の自慢なんやから!」
「ソンノお前ちょっと黙れ。」
「んも!?」
彼は、隣に座る彼女の口にちぎったパンを押し込んだ。
「なんでお前がムキになってんだよ。確かに俺の祖父はすげー職人だけど、俺は職人と呼べるほどじゃねえよ。」
「…っ!それでも、うちはナルはんの腕もすごいと思っとります!」
「はいはいわかったわかった。これやるから黙って食え。」
すると今度は彼女の手元にデザートのプリンを置き、その場に立ち上がった。
「え、ナル…!もう部屋に戻るの?」
「疲れたからもう寝る。また明日な。」
彼が歩き出すのと同時に、ソンノは美味しそうにプリンを頬張り始めた。
「ねえソンノ。ナルはいつもあんな感じなの?」
「ん~。今日は随分と機嫌が良さそうどすなぁ~。」
「えっ…あれで機嫌が良いの…?」
「ナルはんは、軽々しく自分の話はせーへんのよ。褒められて嬉しなって、つい喋ってしもたんやと思いますえ。」
「確かに、ナルから家族の話は詳しく聞いた事ないかも。」
「うちにデザートくれるんも珍しいし、早く部屋に戻る為の口実なんやないかなぁ~。」
「ソンノはナルの気持ちがよくわかるんだね。」
「あくまでうちの仮定やけどね~。うちらは家が近いもんで、小さい頃から一緒に育ったんどす。」
「ふぅん…。あんなやつとよく喋ってられたわね。」
「ナルはん結構お喋りやと思うけどなぁ?うちの話もよく聞いてくれはるし。」
「あれのどこがお喋りなのよ。」
「ナルのお祖父さんがすごい人って事はわかったけど、お父さんやお母さんは何をしてるの?」
「ん~。うちの口から、そういった話は出来へんなぁ。あんまり喋りすぎるとナルはんに怒られてまうわ。」
「そうだよね。今度時間のある時にでも、ナルに直接聞くことにするよ。」
「ふわぁ~…。お腹いっぱいなって眠くなってきたわぁ~…。」
「ちょっと!こんな所で寝るんじゃないわよ!」
「ソンノ…寝たみたい。」
「はぁ!?嘘でしょ…?」
「ナルは帰っちゃったし…僕が背負って連れていくよ。」
「私、手伝う。1人大変。」
「じゃ、じゃあ、僕はみんなの食器片付けておくよ…!」
「はぁ…。仕方ないわね。あたしも片付けるの手伝うわ。」
パルの手を借り、ソンノをおぶって部屋に連れていった。後から部屋にやってきたニアとシューの2人と合流し、それぞれの部屋に戻って休む事にした。
「…ぃ。」
どこからか声が聞こえるような気がした。
「………い。……きろ。」
重い瞼をゆっくり開くと、自分の顔が視界の端に映りこんだ。
「ん…?ルドルフ?なんでここに…?」
「なんでもなにも、俺様の部屋だからな。」
目を擦りながら身体を起こすと、ベッドの軋む音がした。どうやら、床も壁も全ての家具が真っ赤に染まっているこの部屋で眠りについていたらしい。
「あれ…よく見たら僕の部屋じゃない…。ここはどこ?」
「2度も言わせるな。俺様の部屋だ。」
「え?じゃあ…夢の中って事?」
「まぁそんな所だな。」
「…こんな所にいて、頭が痛くはならない?」
「いいや全く。何故そんなことを聞く?」
「あー…ううん。なんでもないよ。」
「そんな事より早く表へ出ろ。ぐずぐずしてる暇はないぞ。」
すると彼は僕の腕を掴み、ベッドの上から引きずり下ろした。
「え…ちょっと待ってよ!表って…どこに行くつもり?」
「いいから黙って歩け。お前に拒否権などない。」
腕を引かれながら、半ば強引に建物の外へとやって来た。
硬いコンクリートの地面が広がり、同じような形をした四角い建物が左右にズラリと並んでいる。緑はおろか、生き物の気配も感じられない閑散とした場所だった。
「そこに立って、今から俺様の指示に従って動け。」
「一体何をするつもり?」
「お前は本当に危機感というものが足りない。もうすぐ実技テストがあるのを忘れたのか?」
「え?テストって…来月行われる騎士学校の?」
「そうだ。そのテストとやらで偉い奴らを認めさせれば、学校とやらに行く必要がなくなるのだろう?」
彼の言う通り、来月行われる実技テストで優秀な成績を修めた生徒は、王国騎士団への入団が認められた例がある。つまり、その時点で学校を卒業することが出来るわけだ。
しかしそれは特例中の特例で、過去に実技テストで卒業した生徒は指で数えられるほどしかいない聞く。
「それは…アリサみたいに実力のある人なら有り得るかもしれないけど…。普通じゃありえない事だよ。」
「お前は無理だと思ってるのか?」
「僕は急いで騎士になりたいとは思ってないからだよ。まだまだこの学校で勉強することが沢山あるんだ。」
「そんな悠長な事を言ってる場合か?」
「ルドルフはどうしてそんなに急かそうとするの?」
「俺様はこんな所で止まっている訳にはいかない。お前こそ、守りたいものがあるとか何とかほざいていたが…そんなにのんびりしていていいのか?」
「それは…。」
僕は過去を全て思い出した訳では無い。しかし、何か大切な物を失った喪失感がずっと心の中に残っているような気がしているのだ。それがなんなのかは、未だによくわかってはいない。
今はとにかく学校を卒業し、ギルドの為に出来ることをしたいと思っている。けれど、心の喪失感がなんなのか、それを知りたいという思いも捨てきれずにいた。
「とにかく、実技テストに向けて俺様が魔法の使い方を叩き込んでやる。覚えていて損は無いだろう。」
「魔法を教えてくれるの?」
「お前にその気がなくても、俺様は早くここから離れたいからな。協力してもらうぞ。」
「わ、わかったよ…。」
これまた半ば強引ではあるが、魔法があまり得意でないのは事実だ。テストの結果がどうであれ、自分の能力向上の為に彼の要求に従う事にした。
教官の説明を受けた生徒達は、それぞれの荷物を背負い各地にバラけだした。
「ねぇニア。ニアは罠作った事ある?」
「あるわけないじゃない。そういうあんたはどうなのよ。」
「いや僕もないけど…。シューとパルは?」
「僕も…作った事ないなぁ…。」
「故郷、自然豊か。野生動物捕まえる、得意!」
「あ、じゃあパルは作った事あるんだね。」
「捕まえる…罠作る、経験無い。故郷、武器使って仕留める。」
「そっか…罠自体は作った事がないんだね。」
「ま、作ったことがなくても教本を見れば出来るわよ。」
「えっとまずは…木と縄の確保かな?」
「それなら向こうに森が見えたから、そっちに向かいましょ。」
「フラン?どうかした?」
「あ、や…ナルとソンノも一緒にと思ったんだけど…。」
周囲を見渡すが、話し合う生徒の中に彼らの姿は見当たらなかった。
「もう出発したんでしょ?あたし達も急がないと日が暮れちゃうわ。」
「そうだね…行こうか。」
森の奥へ進みながら材料を集め、開けた場所に荷物を下ろした。
「これだけあれば足りるかな?」
「多分…大丈夫だと思うけど…。」
「えーっと…木、ツル、枝…。あ…重り用の石がないわね。」
「向こう、川の音聞こえた。」
「川辺なら大きめの石もあるかもね。」
パルを先頭に再び移動を始めると、茂みの奥に何やら気配を感じた。
「まって…。そこの茂み…何かいる。」
「え!?」
「ちょ…バカ…!大きな声出すんじゃないわよ…!大型の獣だったらどーすんのよ…!」
「気配、少し大きい…。あまり大きくない…。」
「…ど、どうする…?」
「僕が静かに様子を見るから、みんなは動かないで。逃げる時は、背中を見せないように…ゆっくりね。」
腰に付けたナイフに手をかけ、ゆっくりと足を踏み出す。地面に落ちた木の枝を踏まないように気を配りながら歩みを進めると、茂みの葉にそっと手を触れた。
「……あれ……ソンノ?」
「はぁ~……びっくりしましたわぁ。なんや近づいて来てる思ったら、フランはんやったかぁ…。」
「あたし達だってビックリしたわよ…!」
「ソンノ、隠れる…何故ここいる?」
「いやぁ~。お恥ずかしい話、ちょっと足をくじいてしもてなぁ…。」
彼女の側には小枝が散乱し、荷物の脇に脱いだ靴が置かれている。くじいたと思われる足首には添え木が添えてあり、ツタで器用に固定されていた。
「痛そう…。大丈夫…?」
「大したことあらへんよ~。応急処置は済ませたんで、ちょっと休んどっただけどす。」
「まさかソンノ1人で行動してたの?」
「まさか~。ナルはんも一緒どすえ。」
周りを見渡すが、一緒に居るはずの彼の姿はどこにもない。置いてある荷物も1人分しかないように見える。
「肝心のあいつはどこ行ったのよ。」
「うちは必要あらへんって言ったんやけど…近くに川が流れとるからって、足を冷やすための水を汲みに行ったんよ。」
「やっぱりこの近くに川があるみたいだね。ソンノを1人で残すわけにも行かないし…ニアとパルはここで待っててくれる?僕とシューでナルを探しに行ってくるよ。」
「わかった。気をつけて。」
シューと二人で森の奥へ進んで行くと、しばらくして水の流れる音が聞こえてきた。
「よかった…ちゃんと川があったね…。」
「ナルはどこだろう?」
「…おい、お前等!そこで何やってる?」
「ひぃ…!?」
川の向こう岸にから聞こえた声は、ナルのものだった。彼は右手に水筒を、左手には木の枝を何本か抱えている。
「ナルがここに居るってソンノに聞いたんだ!」
「俺も今から戻る所だ。そっちに行くから、ちょっと待ってろ。」
すると彼は、川の中腹にむき出しになっている岩をめがけて跳躍した。見事に着地したかに見えたが、足を滑らせてバランスを崩した。
「ナル!」
彼の元へ駆け寄ろうと、慌てて川に足を踏み入れた。しかし、思いの外水深は浅く、足首が隠れる程しかない。彼自身も拍子抜けしたのか、しばらくその場に座り込んでいた。
「思ったより…浅いみたいだね…。」
「えっと…どこか痛めてない?」
「ちょっと足を滑らせただけだ!どこも痛くない!」
「そんなにムキにならないでよ~。」
「あ…でも…。持ち物が流されちゃったね…。」
「くそっ…最悪だ…。」
「僕の水筒で良ければ貸そうか?」
「いいよ別に。あんまりソンノ1人で置いとけねーし。」
「それなら心配いらないよ。ニアとパルが一緒に待っててくれてるから。」
「僕達も…罠を作る為の石を探したいし…。」
「罠用の石か。それならこういう丸石を使ったらいいと思うぜ。」
彼は川の中に手を入れ、手のひらサイズの丸い石を拾い上げた。
「どんな罠を作るか話したっけ?」
「石を使う罠なんて少ししかないだろ。実習でやるのは簡単なものだから、角のある石は使わないと思ってな。」
「それだけでわかるなんて凄いね!ナルは罠を作るの得意なの?」
「いいから無駄口叩いてないで、さっさと集めて戻るぞ。」
その後、急いで材料を集め、森の中で待つ3人の元へ戻った。
「いやぁ~。まさかナルがあんなに罠を作るのが上手いと思わなかったよ~。」
「得意で悪いかよ。」
「はぁ…。あんたはもうちょっと素直に喜べないわけ?」
課外実習を終えた僕達は、寮の食堂で食事をとることにした。行動を共にしていた3人にナルとソンノを加え、今日の実習についてあれこれと語り合っている所だ。
「別に褒めろと言ったけじゃない。」
「あんたねぇ…。」
「ニ、ニア…!抑えて抑えて…!」
「ナルの腕前。手際良い。見るだけ、勉強なる。」
「ナルはんの家は、うちらの住んどる所じゃ、かなり有名な罠職人一族やからねぇ~。」
「へぇ~!罠職人って呼ばれる人達がいるんだ?」
「職人だなんて大袈裟よ。罠を作って販売する人はそこら中にいるじゃない。」
「その辺にいる罠職人と一緒にせーへんでほしいわぁ~。ナルはんはうちらの街の自慢なんやから!」
「ソンノお前ちょっと黙れ。」
「んも!?」
彼は、隣に座る彼女の口にちぎったパンを押し込んだ。
「なんでお前がムキになってんだよ。確かに俺の祖父はすげー職人だけど、俺は職人と呼べるほどじゃねえよ。」
「…っ!それでも、うちはナルはんの腕もすごいと思っとります!」
「はいはいわかったわかった。これやるから黙って食え。」
すると今度は彼女の手元にデザートのプリンを置き、その場に立ち上がった。
「え、ナル…!もう部屋に戻るの?」
「疲れたからもう寝る。また明日な。」
彼が歩き出すのと同時に、ソンノは美味しそうにプリンを頬張り始めた。
「ねえソンノ。ナルはいつもあんな感じなの?」
「ん~。今日は随分と機嫌が良さそうどすなぁ~。」
「えっ…あれで機嫌が良いの…?」
「ナルはんは、軽々しく自分の話はせーへんのよ。褒められて嬉しなって、つい喋ってしもたんやと思いますえ。」
「確かに、ナルから家族の話は詳しく聞いた事ないかも。」
「うちにデザートくれるんも珍しいし、早く部屋に戻る為の口実なんやないかなぁ~。」
「ソンノはナルの気持ちがよくわかるんだね。」
「あくまでうちの仮定やけどね~。うちらは家が近いもんで、小さい頃から一緒に育ったんどす。」
「ふぅん…。あんなやつとよく喋ってられたわね。」
「ナルはん結構お喋りやと思うけどなぁ?うちの話もよく聞いてくれはるし。」
「あれのどこがお喋りなのよ。」
「ナルのお祖父さんがすごい人って事はわかったけど、お父さんやお母さんは何をしてるの?」
「ん~。うちの口から、そういった話は出来へんなぁ。あんまり喋りすぎるとナルはんに怒られてまうわ。」
「そうだよね。今度時間のある時にでも、ナルに直接聞くことにするよ。」
「ふわぁ~…。お腹いっぱいなって眠くなってきたわぁ~…。」
「ちょっと!こんな所で寝るんじゃないわよ!」
「ソンノ…寝たみたい。」
「はぁ!?嘘でしょ…?」
「ナルは帰っちゃったし…僕が背負って連れていくよ。」
「私、手伝う。1人大変。」
「じゃ、じゃあ、僕はみんなの食器片付けておくよ…!」
「はぁ…。仕方ないわね。あたしも片付けるの手伝うわ。」
パルの手を借り、ソンノをおぶって部屋に連れていった。後から部屋にやってきたニアとシューの2人と合流し、それぞれの部屋に戻って休む事にした。
「…ぃ。」
どこからか声が聞こえるような気がした。
「………い。……きろ。」
重い瞼をゆっくり開くと、自分の顔が視界の端に映りこんだ。
「ん…?ルドルフ?なんでここに…?」
「なんでもなにも、俺様の部屋だからな。」
目を擦りながら身体を起こすと、ベッドの軋む音がした。どうやら、床も壁も全ての家具が真っ赤に染まっているこの部屋で眠りについていたらしい。
「あれ…よく見たら僕の部屋じゃない…。ここはどこ?」
「2度も言わせるな。俺様の部屋だ。」
「え?じゃあ…夢の中って事?」
「まぁそんな所だな。」
「…こんな所にいて、頭が痛くはならない?」
「いいや全く。何故そんなことを聞く?」
「あー…ううん。なんでもないよ。」
「そんな事より早く表へ出ろ。ぐずぐずしてる暇はないぞ。」
すると彼は僕の腕を掴み、ベッドの上から引きずり下ろした。
「え…ちょっと待ってよ!表って…どこに行くつもり?」
「いいから黙って歩け。お前に拒否権などない。」
腕を引かれながら、半ば強引に建物の外へとやって来た。
硬いコンクリートの地面が広がり、同じような形をした四角い建物が左右にズラリと並んでいる。緑はおろか、生き物の気配も感じられない閑散とした場所だった。
「そこに立って、今から俺様の指示に従って動け。」
「一体何をするつもり?」
「お前は本当に危機感というものが足りない。もうすぐ実技テストがあるのを忘れたのか?」
「え?テストって…来月行われる騎士学校の?」
「そうだ。そのテストとやらで偉い奴らを認めさせれば、学校とやらに行く必要がなくなるのだろう?」
彼の言う通り、来月行われる実技テストで優秀な成績を修めた生徒は、王国騎士団への入団が認められた例がある。つまり、その時点で学校を卒業することが出来るわけだ。
しかしそれは特例中の特例で、過去に実技テストで卒業した生徒は指で数えられるほどしかいない聞く。
「それは…アリサみたいに実力のある人なら有り得るかもしれないけど…。普通じゃありえない事だよ。」
「お前は無理だと思ってるのか?」
「僕は急いで騎士になりたいとは思ってないからだよ。まだまだこの学校で勉強することが沢山あるんだ。」
「そんな悠長な事を言ってる場合か?」
「ルドルフはどうしてそんなに急かそうとするの?」
「俺様はこんな所で止まっている訳にはいかない。お前こそ、守りたいものがあるとか何とかほざいていたが…そんなにのんびりしていていいのか?」
「それは…。」
僕は過去を全て思い出した訳では無い。しかし、何か大切な物を失った喪失感がずっと心の中に残っているような気がしているのだ。それがなんなのかは、未だによくわかってはいない。
今はとにかく学校を卒業し、ギルドの為に出来ることをしたいと思っている。けれど、心の喪失感がなんなのか、それを知りたいという思いも捨てきれずにいた。
「とにかく、実技テストに向けて俺様が魔法の使い方を叩き込んでやる。覚えていて損は無いだろう。」
「魔法を教えてくれるの?」
「お前にその気がなくても、俺様は早くここから離れたいからな。協力してもらうぞ。」
「わ、わかったよ…。」
これまた半ば強引ではあるが、魔法があまり得意でないのは事実だ。テストの結果がどうであれ、自分の能力向上の為に彼の要求に従う事にした。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる