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第2章︰失われた過去
第29話
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学校での授業に加え、夢の中でルドルフと共に行った魔法の特訓はおよそ1ヶ月の間続けられた。
そして遂に、実技テストの日を迎えた。
「…それでは皆さん。これまで習った事を十分に発揮し、結果を残せるよう頑張って下さいね。」
「校長。ありがとうございました。えー…続きまして…実技テストを行うに当たって、詳しいルール等をダグラス教官よりご説明いただきます。教官、お願いします。」
進行役の教官からマイクを受け取り、ゆっくりと階段を登って壇上に立った。
「今回の実技テストも、例年通りのルールで行います。男女別、学年は関係なし、武器の指定もなし、魔法の使用ありの模擬戦を行ってもらう。罠や道具の使用に関しては、事前に持ち込みの申請をした物のみを許可する。試合時間は5分。時間内にどちらかが降伏を宣言した場合や、試合続行が難しいと判断した場合、その場で試合を打ち切る事とする。最終判定は、教官3名の話し合いで勝敗を決める。勝利した者は次の試合へと進み、敗北した者は見学となる。…勝ち負けに応じて順位を決めることになるが、負けたからと言って成績を下げたりすることは無い。皆、自分の力を出し切るように。以上だ。」
ダグラス教官の説明を受けた後、生徒達は入口に張り出された試合表の前に集められた。
「うわぁ…緊張する…。」
「あたしの名前はどこかしら…。」
「パルはあんまり緊張してなさそうだね。」
「試合、滅多ない機会。上級生と手合わせ、ワクワク!」
「うちはとにかく早う終わらせて見学したいわぁ~。」
「お前はただサボりたいだけじゃねぇか…。適当にやって、教官に怒られても知らないからな。」
「あたしは、第2試合みたいだわ。パルフェは?」
「第…3試合みたい。」
「えっと…。僕は…ってえぇ!?」
「シュ、シュー…大きな声出してどうしたの?」
「ぼ、僕の相手…。」
彼が指した先には、僕の名前が書いてあった。
「え!?いきなり僕とシューで試合!?」
「しかも、第1試合みたいどすなぁ~。」
「ぼ、僕無理だよ…!フランに勝てるわけ…!」
「シュー、試合前から弱気…良くない。」
「そうだぞ。案外お前みたいなのが勝てたりするかもしれないしな。」
「あんたはとことん気に触る言い方をするわね。」
「本当の事を言ったまでだ。」
これまでしてきたほとんどの実習で、彼と行動を共にしてきた。協力して課題をこなす事もあれば、時には競い合うこともあった。
しかし彼の実力は、正直なところ未知数だ。このような試合という形式で競い合った事はない。気が弱いからと言って、侮れない相手だ。
「とにかく、お互いベストを尽くそうシュー!」
「う、うん…頑張るよ…。」
「あたし達は、2階の観戦席から応援してるわ。」
「それではこれより、第1試合をはじめる。1期生のフラン。同じく1期生のシュティレ。白線の中へ入りなさい。」
白く引かれた線の上に立ち、深く一礼した。
ゆっくり歩みを進め、指定された位置で背筋を伸ばす。数歩先に、怯えた様子のシューが立っている。まるで僕の中に隠された、もう1人の僕が見えているかのようだった。
彼は友人と呼ぶに相応しい人物だが、手加減して粗末な試合をする訳にはいかない。
「いいか?相手に対し、情をかけるな。お前はただの催し物だと思っているかもしれないが、騎士ともなれば常に命懸けだという事を忘れるな。やらなければ、自分がやられる。…もしも粗末な試合をするようものなら、俺様がお前の身体を乗っ取って試合に割り込む。万が一、殺してしまっても恨むなよ?」
昨日の晩、ルドルフはそんな事を口にしていた。彼の言う事は間違っていないが、やり方があまりにも残忍だ。何としてでも、彼の出番を作らせてはいけない。
「お互い武器を構えなさい。」
教官の言葉に、両腰から2本の剣を引き抜いた。それと同時に、シューは背中に背負った盾と細身の剣を構えた。
「それでは、試合開始!」
ピーッと吹かれた笛の音で、僕達の試合は始まった。
盾持ちを相手にする時は、攻撃を防がれる事を前提として動かなければならず、とにかく手数が必要となってくる。素早く間合いを詰め、隙を作る為の攻撃を仕掛ける。
ーキィン!
金属のぶつかる音が室内に鳴り響いた。攻撃を左右に振り分け、相手の隙を伺う。
何度も何度も攻撃は盾で防がれる。しかし、この程度で怯んではいられない。
「そこだ…っ!」
がら空きになった足元に向かって、剣を振りかざした。しかし、相手の隙をついたはずの攻撃は、いとも簡単に避けられてしまう。
「わっ…!」
彼はバランスを崩し、後ろによろけた。すかさず反対側から攻撃を仕掛ける。しかしそれも、盾で見事に防がれてしまった。
素早さを活かして後ろに回り込むが、躱されてしまい…。力を込めて盾を押し返そうとするも、守りの姿勢を崩す事は出来ず…。
ーピーッ!
「試合終了!剣を収めなさい!」
試合時間5分間、僕の攻撃は全て防がれてしまった。明確な勝敗を決める為、試合を見ていた教官3人が中央に集まり、話し合いを始めた。
「今回の試合、勝者はフランとする。」
白線の外まで歩き、後ろを振り返って頭を下げた。試合をする上で、手合わせしてくれる相手への礼儀は常に忘れてはいけない。昨日、ダグラス教官がそのように話していた。
「フラン~…!」
「あ、シュー…。」
2階の観戦席へ向かう途中の階段の前で、シューが僕の元へ駆け寄ってきた。
「やっぱり…フランには勝てなかったよ…。」
「僕も正直びっくりしたよ。まさかずっと防がれ続けるなんてね…。」
「そ、それは…。」
「勝てたのは嬉しいけど悔しいなぁ。あんなにシューが盾の扱いが上手いと思ってなかったよ。」
「たまたまだよ…。攻撃するのも怖いけど、攻撃されるのも怖いし…。」
「2人共。お疲れ。」
観戦席へやってくると、パルとソンノが並んで座っていた。その後ろの席に歩み寄り、僕達も並んで腰掛けた。
「シュティレはん~。あんた見かけによらず、すごい戦いしはるなぁ~。見ててびっくりしたわぁ~。」
「え…そ、そうかな…?」
「あんなシュー見た事ない。かっこよかった。」
「で、でも僕…負けちゃったし…。」
「勝ち負けなんて、所詮は結果やで~?シュティレはんの盾さばきは、教官達の目に止まったはずやと思うで!」
「そうだよシュー。一見隙がありそうに見えて、そこをつこうとしたけど全部防がれちゃったし…。」
「せやなぁ~。もっと攻撃の姿勢も見せられたら、勝てたかもしれへんけどなぁ。」
「防御大事。攻撃、もっと大事。タイミング、見極める難しい。」
「2人共そんなに見てたんだ…。なんだか恥ずかしいよ…。」
「ところで…ナルとニアは?」
「ニア、今試合してる。」
彼女の指さす方向には、剣を構えるニアの姿があった。
「ナルはんは、2人の試合が終わりそうって時に下に降りていきましたえ~。」
「そっか…すれ違いになっちゃったんだね。」
「フラン、次の相手見た?」
「あ、うん。別のクラスの同級生だったよ。」
「ええなぁ~。うちなんて、1試合目から上級生となんよ?考えただけでしんどいわぁ~。」
「ソンノ羨ましい。私も上級生、手合わせしたい。」
「そうだよー。上級生と試合するなんて、中々ない機会だと思うよ?」
「せやかてなぁ~。ここでそんな頑張った所で、美味しいもんが食べれるわけでもあらへんしなぁ~。」
「それはそうだけ…」
なんの前触れもなく、ズキッと頭に痛みが走った。
「フラン?どうかした?」
「…ううん。大丈夫…。ちょっとトイレに行ってくるね。」
「付き添わなくて平気…?どこか調子が悪いなら、保健室とか…」
「本当に大したことないから、気にしないで。すぐ戻るよ。」
僕はその場から逃げるように、トイレへ駆け込んだ。
「…ルドルフ?」
「よく分かったな。」
鏡に映るもう1人の自分が、自分の意思に逆らうように口を開いた。はたから見たら、1人で会話をしている変な人に見えるだろう。
「もうちょっと…まとも呼び出し方はないの?」
「これが一番手っ取り早い。お前だってちゃんと気付けたじゃないか。」
「それはそうだけど…。何の用?」
「なんなんださっきの試合は。お粗末にも程がある。」
「…仕方ないでしょ。彼は友人なんだから…。」
「情をかけるなと言ったはずだが?次もまた醜態を晒すようなら俺…」
「もうしない!…もう手加減したりしないから、君は大人しく見ていてくれないか…?」
「…ふん。次はないからな。」
会話を終えてすぐに観客席へ戻り、皆の試合を見守る事にした。
それからしばらく経つと、頭の痛みはすっかり良くなった。しかし、心のモヤモヤは試合が進むにつれて増すばかりだった。
試合は次々と行われていった。全員の1試合目が終わり、シューとソンノは1回戦で敗退してしまった。
僕の2試合目は、隣のクラスの同級生が相手だった。彼は魔法の扱いにたけた生徒で、上手く距離を取らせて魔法で僕の隙をついてくる。相手の裏をかいてわざと距離を取り、素早く距離を詰めて相手の懐に潜り込み、勝利を勝ち取った。
1回戦を勝ち抜いただけあって、中々に手強い相手だった。
ニアは2回戦で敗退してしまい、ナルとパルと僕の3人が順調に勝ち進んでいる。
「どっちが勝っても、恨みっこなしだからな?」
「もちろん。望むところだよ。」
平然を装って大口を叩いたものの、まさか2度も友人と剣を交えることになるとは思いもしなかった。ルドルフに手加減しないと言った手前、シューとの試合のように半端な試合は出来ない。
「試合始め!」
ーキーン!
開始の合図と同時に一気に相手の懐へ潜り込んだ。しかし、彼の反応速度も引けを取らず、あと一歩の所で振り払われてしまう。
相手に距離を取られないよう、次々と攻撃を仕掛けていく。
「大事なのは、とにかく素早く仕掛ける事だよ。時間を与えれば与える程、相手が有利になっちゃうからね。」
誰かに、そう言われた事は覚えている。誰の言葉なのか、いつ教わったのか…多少記憶が戻ったとは言え、記憶の全てが戻ったわけではない。
しかしその言葉は、僕の心に深く刻まれていた。
「ようやく、剣さばきが様になって来たね。」
「これも全て、あなた様のご指導があったからこそです。」
「も~。そんな堅苦しい言葉遣いやめようよ~。」
「ですが…。僕のような、しがない吸血鬼が…幹部であるあなた様に軽々しい口など聞けません。」
「幹部である前に、僕は君の家族なんだから。こうして剣を教えるのだって、親である僕の義務なんだよ?」
「親なのであれば尚更です。目上の方には、きちんと礼を尽くさなけれ…」
「あーもーわかったよ。じゃあ、今日の訓練はこれでおしまいね。また明日、同じ時間にやろうか。」
「はい。わかりました。」
「あ、そうだ!昨日の帰り、美味しいお菓子を貰ったんだ。一緒に食べよう?」
「いえ…僕は…」
「いいからほら!さー行こう!」
僕に伸ばされた白い手に、力強く腕を掴まれた。
「フラン・セシル!!!」
「っ!」
僕の腕を掴んでいるのは、つい先程まで話をしていた人物ではなくアリサ教官だった。
彼女は、ものすごい剣幕でこちらを見つめている。
「え…ア、アリサ教官…?」
「聞こえなかったの!?…もう勝負はついたわ。剣を収めなさい。」
「勝負…?」
前方に視線を落とすと、床に跪く教官の背中と床に寝そべる生徒の足が見えた。床に飛び散った少量の赤い液体で、生徒の足元が汚れてしまっている。
その光景を見て、僕はナルと実技テストで試合を行っていた事を思い出した。
「っ…!ナル!?」
「落ち着きなさい!まだ息はしてるわ。今すぐ保健室に運ぶから、あなたも手伝いなさい。」
「は、はい!」
彼を白い布の上に運び、保健室へと駆け込んだ。
「大丈夫よ~。命に別状はないわ~。」
「よかった…。」
「ありがとうございます。メドゥ教官。」
「あら…。アリサ教官、あなたも腕を怪我してるわね~。」
付き添いでやってきたアリサ教官の腕に、剣で切られたような跡が出来ていた。
「この程度、かすり傷よ。問題ないわ。」
「だめよ~?そういった小さな傷をなめてはいけないわ~。はい、ここへ座って~。」
「教官…その傷は…。」
「あなたに切られたものよ。…まさか覚えていないの?」
「それがその…。試合開始直後は覚えているんですが…アリサ教官に止められるまでの事は何も…。」
「それだけ必死だったのかしら~?まぁでも、こういった試合で怪我をするのはよくある事よ~。あなたのせいではないから、あまり気落ちする事ないわ~。」
「はい…。」
「あなた達が思い切って試合ができるよう、私達教官が控えているのよ。それに、相手を切ることが怖くて、騎士なんかやっていられないわ。」
「アリサ教官は…戦う相手が仲間であっても斬れますか?」
「場合によっては斬るわ。私が剣を振るうのは、自分の信念を貫き通す為よ。」
「自分の信念を貫き通す…。」
「は~い。治療完了よ~。」
「フラン。あなたは先に戻りなさい。まだ試合が残っているわ。」
「はい…。」
記憶がない間、身体が勝手に動いていた事に不安を感じつつ、僕は保健室を後にした。
戻ってすぐに、別の試合で勝ち抜いた相手との決勝戦が行われた。
「やぁフランくん。君と手合わせできて嬉しいよ。」
「トワさん…。」
僕の相手は、ニアの婚約者であるデトワーズさんだった。自身の背よりも長い槍を持つ彼の姿は、立っているだけで背筋が凍るような威圧感を感じる。
「ニアーシャの友人だからといって、手加減はしないよ。」
「もちろんです。僕も全力で参ります。」
「これより、決勝戦を行う。各自、中央へ。」
教官に促され、剣を両手に歩みを進めた。両者が見合い、教官の合図で試合は始まった。
ーキィン!
数ある武器の中で最も扱いが難しいとされている槍を、彼は涼しい顔で軽々と扱っている。接近戦が要となる双剣は、リーチが長い槍を相手に戦うには、あまりにも分が悪い。
相手の攻撃を防ぐだけで精一杯になり、全く攻撃に転じることが出来ない。このまま距離を詰められなかったら、一方的に攻め続けられるだけになってしまう。
「“ミラの加護を受けし者…」
「なっ…!」
彼との距離が開いたタイミングで、僕は魔法の呪文を唱え始めた。しかしこれは、僕が自分の意思で口を開いているわけではない。僕の中に眠るもう1人の僕、ルドルフが僕の身体を通じて魔法の詠唱をしているのだ。
正直自分でも驚いている。普通であれば、剣を混じえながら魔法の詠唱など出来るわけがないからだ。
魔法を唱える為には、かなりの集中力を要する。僕とルドルフで、それぞれ剣と魔法に集中出来るからこそなせる技だ。
「…光の精霊と契を交わし、我に力を与えよ。グリューエン!”」
詠唱と共に、床から光の柱が現れ、僕の周りを取り囲んだ。彼は避けながら慌てて距離を取り、互いに魔法の詠唱を始めた。
「“ミラの加護を受けし者。氷の精霊と契を交わし、我に力を与えよ。我が祈りは加護となり、その恩恵は汝に還らん。更なる力を、我に授けたまえ。グラシエ!”」
「“…レイ!”」
彼の氷魔法と僕の光魔法はほぼ同時に発動し、2人の間で激しくぶつかりあった。
その衝撃で弾け飛んだ氷の粒が、頬と腕をかすめる。
彼が怯んだ隙に距離を詰め、なんとか接近戦へと持ち込んだ。
ーキンッ!キィン!
有利な位置につけたとしても、けして油断はできない。彼は槍を上手く使い、欠点である至近距離からの攻撃を上手く防いでいる。
「“ミラの加護を受けし者。光の精霊と契を交わし、我に力を…」
「っ…!」
彼が距離を取ろうと槍から片手を離した瞬間、僕は瞬時に右手の剣をその場に投げ捨て、彼の腕を掴んだ。
「…ランビリズマ!”」
ルドルフが唱えた魔法の力で、彼の身体に電流が走った。
「ぐぁぁぁ!」
彼はその場に倒れ、試合は打ち切りとなった。
「本日の実技テスト、とても素晴らしい試合を見せてもらいました。フランくん、優勝おめでとう。」
「ありがとうございます。」
全ての試合を終え、表彰式が行われた。
決勝戦に勝利した僕は見事優勝を果たしたが、同じく決勝戦に進んだパルは優勝を逃してしまうという結果に終わった。
その日の夜。僕の部屋にアリサ教官がやってきた。
「一体何の話?」
「今日のテストの結果を受けて、あなたを騎士見習いに雇用しようという案が出てきたの。」
「き、騎士見習いって事は…。」
「王国騎士団に入団しないか?って事よ。色々と手続きがあるから、来月からになるけど…最終的に、どうするか決めるのはあなた次第よ。」
「もし入団することになったら、学校は辞めることになる…?」
「もちろんそうなるわね。どう考えても、学校と両立出来るわけがないもの。」
「そう…だよね。」
短い間ではあったが、騎士学校で沢山の事を学んできた。良い友人にも恵まれ、それなりに楽しく生活出来ていたと思う。それが無くなると思うと、少し寂しい気もする。
しかし、いつ卒業出来るか分からない状況にいる事を考えると、この機会を逃したら一生ここから出られない可能性もある訳だ。
「ここでやり残したことがあるなら、無理にとは言わないわ。来月までまだ時間はあるから、ゆっくり考えなさい。返事は後日、私に聞かせてくれればいいわ。」
「待ってアリサ!…僕、入団するよ。」
部屋を出ようと背を向けた彼女を呼び止め、返事を返した。
「そんなに早く決めていいの?」
「ありえないとは思ってたけど…もし優勝したら、入団しようって覚悟はしてたよ。」
「そう…それなら話は早いわね。手続き進めておくから、詳しい話はまた後日するわね。」
彼女は簡潔に話を済ませ、部屋を出ていった。
あまりに話がとんとん拍子に進み、なんだか少し不安になる気がした。
「騎士団に入団できて良かったな。こちらとしては願ったりかなったりだ。」
頭が痛くなるような赤い部屋で、彼はソファーに座って優雅にお茶を啜っていた。
「それよりルドルフ。どうして僕の身体を勝手に動かしたの?」
「お前があまりにも不甲斐ない試合をするせいだ。あのままやり合っていても、お前が勝てる道筋が見えなかったからな。」
「確かに君の魔法が助けにはなったけど…ナルとの試合は、あそこまでする必要なかったはずだよ!」
「戦いにやり過ぎも、やらなさ過ぎもない。命がかかってるんだ。お前のように生半可な気持ちでは、いずれ死ぬぞ?」
「僕が言いたいのは、もっとやり方があったんじゃないかってこ…」
「お前と話していると、本当に拉致があかない!昔から少しは丸くなったと思ったが、相変わらずだな。」
「昔の僕をどれだけ知っているか知らないけど、わかったつもりになられちゃ迷惑だよ!」
「笑わせてくれる。俺様の魔法がなかったら、お前はここまで来れなかったと言う事を肝に銘じておけ。…今日はもう疲れた。寝る。」
「あっ…ちょっと!」
彼は僕の言葉を無理やり遮り、部屋から出ていってしまった。
勝ちは勝ちでも、一歩間違えれば相手を殺すような戦い方をした事は到底喜べるものではない。僕の進むべき道が、これで本当に合っているのか…。不安はより一層増すばかりだった。
そして遂に、実技テストの日を迎えた。
「…それでは皆さん。これまで習った事を十分に発揮し、結果を残せるよう頑張って下さいね。」
「校長。ありがとうございました。えー…続きまして…実技テストを行うに当たって、詳しいルール等をダグラス教官よりご説明いただきます。教官、お願いします。」
進行役の教官からマイクを受け取り、ゆっくりと階段を登って壇上に立った。
「今回の実技テストも、例年通りのルールで行います。男女別、学年は関係なし、武器の指定もなし、魔法の使用ありの模擬戦を行ってもらう。罠や道具の使用に関しては、事前に持ち込みの申請をした物のみを許可する。試合時間は5分。時間内にどちらかが降伏を宣言した場合や、試合続行が難しいと判断した場合、その場で試合を打ち切る事とする。最終判定は、教官3名の話し合いで勝敗を決める。勝利した者は次の試合へと進み、敗北した者は見学となる。…勝ち負けに応じて順位を決めることになるが、負けたからと言って成績を下げたりすることは無い。皆、自分の力を出し切るように。以上だ。」
ダグラス教官の説明を受けた後、生徒達は入口に張り出された試合表の前に集められた。
「うわぁ…緊張する…。」
「あたしの名前はどこかしら…。」
「パルはあんまり緊張してなさそうだね。」
「試合、滅多ない機会。上級生と手合わせ、ワクワク!」
「うちはとにかく早う終わらせて見学したいわぁ~。」
「お前はただサボりたいだけじゃねぇか…。適当にやって、教官に怒られても知らないからな。」
「あたしは、第2試合みたいだわ。パルフェは?」
「第…3試合みたい。」
「えっと…。僕は…ってえぇ!?」
「シュ、シュー…大きな声出してどうしたの?」
「ぼ、僕の相手…。」
彼が指した先には、僕の名前が書いてあった。
「え!?いきなり僕とシューで試合!?」
「しかも、第1試合みたいどすなぁ~。」
「ぼ、僕無理だよ…!フランに勝てるわけ…!」
「シュー、試合前から弱気…良くない。」
「そうだぞ。案外お前みたいなのが勝てたりするかもしれないしな。」
「あんたはとことん気に触る言い方をするわね。」
「本当の事を言ったまでだ。」
これまでしてきたほとんどの実習で、彼と行動を共にしてきた。協力して課題をこなす事もあれば、時には競い合うこともあった。
しかし彼の実力は、正直なところ未知数だ。このような試合という形式で競い合った事はない。気が弱いからと言って、侮れない相手だ。
「とにかく、お互いベストを尽くそうシュー!」
「う、うん…頑張るよ…。」
「あたし達は、2階の観戦席から応援してるわ。」
「それではこれより、第1試合をはじめる。1期生のフラン。同じく1期生のシュティレ。白線の中へ入りなさい。」
白く引かれた線の上に立ち、深く一礼した。
ゆっくり歩みを進め、指定された位置で背筋を伸ばす。数歩先に、怯えた様子のシューが立っている。まるで僕の中に隠された、もう1人の僕が見えているかのようだった。
彼は友人と呼ぶに相応しい人物だが、手加減して粗末な試合をする訳にはいかない。
「いいか?相手に対し、情をかけるな。お前はただの催し物だと思っているかもしれないが、騎士ともなれば常に命懸けだという事を忘れるな。やらなければ、自分がやられる。…もしも粗末な試合をするようものなら、俺様がお前の身体を乗っ取って試合に割り込む。万が一、殺してしまっても恨むなよ?」
昨日の晩、ルドルフはそんな事を口にしていた。彼の言う事は間違っていないが、やり方があまりにも残忍だ。何としてでも、彼の出番を作らせてはいけない。
「お互い武器を構えなさい。」
教官の言葉に、両腰から2本の剣を引き抜いた。それと同時に、シューは背中に背負った盾と細身の剣を構えた。
「それでは、試合開始!」
ピーッと吹かれた笛の音で、僕達の試合は始まった。
盾持ちを相手にする時は、攻撃を防がれる事を前提として動かなければならず、とにかく手数が必要となってくる。素早く間合いを詰め、隙を作る為の攻撃を仕掛ける。
ーキィン!
金属のぶつかる音が室内に鳴り響いた。攻撃を左右に振り分け、相手の隙を伺う。
何度も何度も攻撃は盾で防がれる。しかし、この程度で怯んではいられない。
「そこだ…っ!」
がら空きになった足元に向かって、剣を振りかざした。しかし、相手の隙をついたはずの攻撃は、いとも簡単に避けられてしまう。
「わっ…!」
彼はバランスを崩し、後ろによろけた。すかさず反対側から攻撃を仕掛ける。しかしそれも、盾で見事に防がれてしまった。
素早さを活かして後ろに回り込むが、躱されてしまい…。力を込めて盾を押し返そうとするも、守りの姿勢を崩す事は出来ず…。
ーピーッ!
「試合終了!剣を収めなさい!」
試合時間5分間、僕の攻撃は全て防がれてしまった。明確な勝敗を決める為、試合を見ていた教官3人が中央に集まり、話し合いを始めた。
「今回の試合、勝者はフランとする。」
白線の外まで歩き、後ろを振り返って頭を下げた。試合をする上で、手合わせしてくれる相手への礼儀は常に忘れてはいけない。昨日、ダグラス教官がそのように話していた。
「フラン~…!」
「あ、シュー…。」
2階の観戦席へ向かう途中の階段の前で、シューが僕の元へ駆け寄ってきた。
「やっぱり…フランには勝てなかったよ…。」
「僕も正直びっくりしたよ。まさかずっと防がれ続けるなんてね…。」
「そ、それは…。」
「勝てたのは嬉しいけど悔しいなぁ。あんなにシューが盾の扱いが上手いと思ってなかったよ。」
「たまたまだよ…。攻撃するのも怖いけど、攻撃されるのも怖いし…。」
「2人共。お疲れ。」
観戦席へやってくると、パルとソンノが並んで座っていた。その後ろの席に歩み寄り、僕達も並んで腰掛けた。
「シュティレはん~。あんた見かけによらず、すごい戦いしはるなぁ~。見ててびっくりしたわぁ~。」
「え…そ、そうかな…?」
「あんなシュー見た事ない。かっこよかった。」
「で、でも僕…負けちゃったし…。」
「勝ち負けなんて、所詮は結果やで~?シュティレはんの盾さばきは、教官達の目に止まったはずやと思うで!」
「そうだよシュー。一見隙がありそうに見えて、そこをつこうとしたけど全部防がれちゃったし…。」
「せやなぁ~。もっと攻撃の姿勢も見せられたら、勝てたかもしれへんけどなぁ。」
「防御大事。攻撃、もっと大事。タイミング、見極める難しい。」
「2人共そんなに見てたんだ…。なんだか恥ずかしいよ…。」
「ところで…ナルとニアは?」
「ニア、今試合してる。」
彼女の指さす方向には、剣を構えるニアの姿があった。
「ナルはんは、2人の試合が終わりそうって時に下に降りていきましたえ~。」
「そっか…すれ違いになっちゃったんだね。」
「フラン、次の相手見た?」
「あ、うん。別のクラスの同級生だったよ。」
「ええなぁ~。うちなんて、1試合目から上級生となんよ?考えただけでしんどいわぁ~。」
「ソンノ羨ましい。私も上級生、手合わせしたい。」
「そうだよー。上級生と試合するなんて、中々ない機会だと思うよ?」
「せやかてなぁ~。ここでそんな頑張った所で、美味しいもんが食べれるわけでもあらへんしなぁ~。」
「それはそうだけ…」
なんの前触れもなく、ズキッと頭に痛みが走った。
「フラン?どうかした?」
「…ううん。大丈夫…。ちょっとトイレに行ってくるね。」
「付き添わなくて平気…?どこか調子が悪いなら、保健室とか…」
「本当に大したことないから、気にしないで。すぐ戻るよ。」
僕はその場から逃げるように、トイレへ駆け込んだ。
「…ルドルフ?」
「よく分かったな。」
鏡に映るもう1人の自分が、自分の意思に逆らうように口を開いた。はたから見たら、1人で会話をしている変な人に見えるだろう。
「もうちょっと…まとも呼び出し方はないの?」
「これが一番手っ取り早い。お前だってちゃんと気付けたじゃないか。」
「それはそうだけど…。何の用?」
「なんなんださっきの試合は。お粗末にも程がある。」
「…仕方ないでしょ。彼は友人なんだから…。」
「情をかけるなと言ったはずだが?次もまた醜態を晒すようなら俺…」
「もうしない!…もう手加減したりしないから、君は大人しく見ていてくれないか…?」
「…ふん。次はないからな。」
会話を終えてすぐに観客席へ戻り、皆の試合を見守る事にした。
それからしばらく経つと、頭の痛みはすっかり良くなった。しかし、心のモヤモヤは試合が進むにつれて増すばかりだった。
試合は次々と行われていった。全員の1試合目が終わり、シューとソンノは1回戦で敗退してしまった。
僕の2試合目は、隣のクラスの同級生が相手だった。彼は魔法の扱いにたけた生徒で、上手く距離を取らせて魔法で僕の隙をついてくる。相手の裏をかいてわざと距離を取り、素早く距離を詰めて相手の懐に潜り込み、勝利を勝ち取った。
1回戦を勝ち抜いただけあって、中々に手強い相手だった。
ニアは2回戦で敗退してしまい、ナルとパルと僕の3人が順調に勝ち進んでいる。
「どっちが勝っても、恨みっこなしだからな?」
「もちろん。望むところだよ。」
平然を装って大口を叩いたものの、まさか2度も友人と剣を交えることになるとは思いもしなかった。ルドルフに手加減しないと言った手前、シューとの試合のように半端な試合は出来ない。
「試合始め!」
ーキーン!
開始の合図と同時に一気に相手の懐へ潜り込んだ。しかし、彼の反応速度も引けを取らず、あと一歩の所で振り払われてしまう。
相手に距離を取られないよう、次々と攻撃を仕掛けていく。
「大事なのは、とにかく素早く仕掛ける事だよ。時間を与えれば与える程、相手が有利になっちゃうからね。」
誰かに、そう言われた事は覚えている。誰の言葉なのか、いつ教わったのか…多少記憶が戻ったとは言え、記憶の全てが戻ったわけではない。
しかしその言葉は、僕の心に深く刻まれていた。
「ようやく、剣さばきが様になって来たね。」
「これも全て、あなた様のご指導があったからこそです。」
「も~。そんな堅苦しい言葉遣いやめようよ~。」
「ですが…。僕のような、しがない吸血鬼が…幹部であるあなた様に軽々しい口など聞けません。」
「幹部である前に、僕は君の家族なんだから。こうして剣を教えるのだって、親である僕の義務なんだよ?」
「親なのであれば尚更です。目上の方には、きちんと礼を尽くさなけれ…」
「あーもーわかったよ。じゃあ、今日の訓練はこれでおしまいね。また明日、同じ時間にやろうか。」
「はい。わかりました。」
「あ、そうだ!昨日の帰り、美味しいお菓子を貰ったんだ。一緒に食べよう?」
「いえ…僕は…」
「いいからほら!さー行こう!」
僕に伸ばされた白い手に、力強く腕を掴まれた。
「フラン・セシル!!!」
「っ!」
僕の腕を掴んでいるのは、つい先程まで話をしていた人物ではなくアリサ教官だった。
彼女は、ものすごい剣幕でこちらを見つめている。
「え…ア、アリサ教官…?」
「聞こえなかったの!?…もう勝負はついたわ。剣を収めなさい。」
「勝負…?」
前方に視線を落とすと、床に跪く教官の背中と床に寝そべる生徒の足が見えた。床に飛び散った少量の赤い液体で、生徒の足元が汚れてしまっている。
その光景を見て、僕はナルと実技テストで試合を行っていた事を思い出した。
「っ…!ナル!?」
「落ち着きなさい!まだ息はしてるわ。今すぐ保健室に運ぶから、あなたも手伝いなさい。」
「は、はい!」
彼を白い布の上に運び、保健室へと駆け込んだ。
「大丈夫よ~。命に別状はないわ~。」
「よかった…。」
「ありがとうございます。メドゥ教官。」
「あら…。アリサ教官、あなたも腕を怪我してるわね~。」
付き添いでやってきたアリサ教官の腕に、剣で切られたような跡が出来ていた。
「この程度、かすり傷よ。問題ないわ。」
「だめよ~?そういった小さな傷をなめてはいけないわ~。はい、ここへ座って~。」
「教官…その傷は…。」
「あなたに切られたものよ。…まさか覚えていないの?」
「それがその…。試合開始直後は覚えているんですが…アリサ教官に止められるまでの事は何も…。」
「それだけ必死だったのかしら~?まぁでも、こういった試合で怪我をするのはよくある事よ~。あなたのせいではないから、あまり気落ちする事ないわ~。」
「はい…。」
「あなた達が思い切って試合ができるよう、私達教官が控えているのよ。それに、相手を切ることが怖くて、騎士なんかやっていられないわ。」
「アリサ教官は…戦う相手が仲間であっても斬れますか?」
「場合によっては斬るわ。私が剣を振るうのは、自分の信念を貫き通す為よ。」
「自分の信念を貫き通す…。」
「は~い。治療完了よ~。」
「フラン。あなたは先に戻りなさい。まだ試合が残っているわ。」
「はい…。」
記憶がない間、身体が勝手に動いていた事に不安を感じつつ、僕は保健室を後にした。
戻ってすぐに、別の試合で勝ち抜いた相手との決勝戦が行われた。
「やぁフランくん。君と手合わせできて嬉しいよ。」
「トワさん…。」
僕の相手は、ニアの婚約者であるデトワーズさんだった。自身の背よりも長い槍を持つ彼の姿は、立っているだけで背筋が凍るような威圧感を感じる。
「ニアーシャの友人だからといって、手加減はしないよ。」
「もちろんです。僕も全力で参ります。」
「これより、決勝戦を行う。各自、中央へ。」
教官に促され、剣を両手に歩みを進めた。両者が見合い、教官の合図で試合は始まった。
ーキィン!
数ある武器の中で最も扱いが難しいとされている槍を、彼は涼しい顔で軽々と扱っている。接近戦が要となる双剣は、リーチが長い槍を相手に戦うには、あまりにも分が悪い。
相手の攻撃を防ぐだけで精一杯になり、全く攻撃に転じることが出来ない。このまま距離を詰められなかったら、一方的に攻め続けられるだけになってしまう。
「“ミラの加護を受けし者…」
「なっ…!」
彼との距離が開いたタイミングで、僕は魔法の呪文を唱え始めた。しかしこれは、僕が自分の意思で口を開いているわけではない。僕の中に眠るもう1人の僕、ルドルフが僕の身体を通じて魔法の詠唱をしているのだ。
正直自分でも驚いている。普通であれば、剣を混じえながら魔法の詠唱など出来るわけがないからだ。
魔法を唱える為には、かなりの集中力を要する。僕とルドルフで、それぞれ剣と魔法に集中出来るからこそなせる技だ。
「…光の精霊と契を交わし、我に力を与えよ。グリューエン!”」
詠唱と共に、床から光の柱が現れ、僕の周りを取り囲んだ。彼は避けながら慌てて距離を取り、互いに魔法の詠唱を始めた。
「“ミラの加護を受けし者。氷の精霊と契を交わし、我に力を与えよ。我が祈りは加護となり、その恩恵は汝に還らん。更なる力を、我に授けたまえ。グラシエ!”」
「“…レイ!”」
彼の氷魔法と僕の光魔法はほぼ同時に発動し、2人の間で激しくぶつかりあった。
その衝撃で弾け飛んだ氷の粒が、頬と腕をかすめる。
彼が怯んだ隙に距離を詰め、なんとか接近戦へと持ち込んだ。
ーキンッ!キィン!
有利な位置につけたとしても、けして油断はできない。彼は槍を上手く使い、欠点である至近距離からの攻撃を上手く防いでいる。
「“ミラの加護を受けし者。光の精霊と契を交わし、我に力を…」
「っ…!」
彼が距離を取ろうと槍から片手を離した瞬間、僕は瞬時に右手の剣をその場に投げ捨て、彼の腕を掴んだ。
「…ランビリズマ!”」
ルドルフが唱えた魔法の力で、彼の身体に電流が走った。
「ぐぁぁぁ!」
彼はその場に倒れ、試合は打ち切りとなった。
「本日の実技テスト、とても素晴らしい試合を見せてもらいました。フランくん、優勝おめでとう。」
「ありがとうございます。」
全ての試合を終え、表彰式が行われた。
決勝戦に勝利した僕は見事優勝を果たしたが、同じく決勝戦に進んだパルは優勝を逃してしまうという結果に終わった。
その日の夜。僕の部屋にアリサ教官がやってきた。
「一体何の話?」
「今日のテストの結果を受けて、あなたを騎士見習いに雇用しようという案が出てきたの。」
「き、騎士見習いって事は…。」
「王国騎士団に入団しないか?って事よ。色々と手続きがあるから、来月からになるけど…最終的に、どうするか決めるのはあなた次第よ。」
「もし入団することになったら、学校は辞めることになる…?」
「もちろんそうなるわね。どう考えても、学校と両立出来るわけがないもの。」
「そう…だよね。」
短い間ではあったが、騎士学校で沢山の事を学んできた。良い友人にも恵まれ、それなりに楽しく生活出来ていたと思う。それが無くなると思うと、少し寂しい気もする。
しかし、いつ卒業出来るか分からない状況にいる事を考えると、この機会を逃したら一生ここから出られない可能性もある訳だ。
「ここでやり残したことがあるなら、無理にとは言わないわ。来月までまだ時間はあるから、ゆっくり考えなさい。返事は後日、私に聞かせてくれればいいわ。」
「待ってアリサ!…僕、入団するよ。」
部屋を出ようと背を向けた彼女を呼び止め、返事を返した。
「そんなに早く決めていいの?」
「ありえないとは思ってたけど…もし優勝したら、入団しようって覚悟はしてたよ。」
「そう…それなら話は早いわね。手続き進めておくから、詳しい話はまた後日するわね。」
彼女は簡潔に話を済ませ、部屋を出ていった。
あまりに話がとんとん拍子に進み、なんだか少し不安になる気がした。
「騎士団に入団できて良かったな。こちらとしては願ったりかなったりだ。」
頭が痛くなるような赤い部屋で、彼はソファーに座って優雅にお茶を啜っていた。
「それよりルドルフ。どうして僕の身体を勝手に動かしたの?」
「お前があまりにも不甲斐ない試合をするせいだ。あのままやり合っていても、お前が勝てる道筋が見えなかったからな。」
「確かに君の魔法が助けにはなったけど…ナルとの試合は、あそこまでする必要なかったはずだよ!」
「戦いにやり過ぎも、やらなさ過ぎもない。命がかかってるんだ。お前のように生半可な気持ちでは、いずれ死ぬぞ?」
「僕が言いたいのは、もっとやり方があったんじゃないかってこ…」
「お前と話していると、本当に拉致があかない!昔から少しは丸くなったと思ったが、相変わらずだな。」
「昔の僕をどれだけ知っているか知らないけど、わかったつもりになられちゃ迷惑だよ!」
「笑わせてくれる。俺様の魔法がなかったら、お前はここまで来れなかったと言う事を肝に銘じておけ。…今日はもう疲れた。寝る。」
「あっ…ちょっと!」
彼は僕の言葉を無理やり遮り、部屋から出ていってしまった。
勝ちは勝ちでも、一歩間違えれば相手を殺すような戦い方をした事は到底喜べるものではない。僕の進むべき道が、これで本当に合っているのか…。不安はより一層増すばかりだった。
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