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第4章:記憶の欠片
第37話
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「ここが…ピシシエーラですか?」
ムジカさんの船に乗り、スーズル港に降り立った僕達は、洞窟の街と呼ばれるピシシエーラへと辿り着いた。
至る所に街灯が立っていて、洞窟の中とは思えない程に明るい。
「まぁでも、ここはただ通り過ぎるだけだ。今日中にフルリオへ着けるように、腹ごしらえしたら出発しよう。」
「やったー!ご飯だー!」
「あくまでお前は、ついでに!だ。ここは、フランが食べたい物にしよう。」
「僕は何でも構いません。特に苦手な物もありませんし。」
「じゃあ…あそこなんてどうかな?オムライスが食べれるみたいだよ?」
彼女は、数メートル先にある赤いレンガの壁を指さした。
「お前が食べたいだけじゃないのか?」
「違いますー!確か、フランは卵料理が好きなんだよね?」
「確かにそうですけど…どうしてそれを?」
「あれー?フラン本人から聞いたんだったかな…?いや、ルカと話してる時かも…ミグとだっけ?」
「俺等に聞くなよ…。」
「何がともあれ、あのお店にしよ?ね!フランもいいよね?」
「はい。お任せします。」
「よし!じゃあいこー!」
彼女は僕の腕を掴み、嬉しそうに歩き出した。
「は~。満足満足~。」
「ルドルフじゃないですけど…こんなにゆっくりしてていいんですかね?」
「王国騎士団と言えど、流石に吸血鬼の領土までは追って来ないだろ。」
「まぁ…それもそうですね。」
「オムライス、美味かったか?」
「えぇ。美味しかったですよ。」
「ルナも同じ物を食べ…って、あれ!?」
歩みを止めて後ろを振り返った彼は、驚いた声を上げた。僕も同じように振り返ると、後ろからついて来ていたはずのルナが居なくなっていた。
「あいつ…今度は一体どこに…!」
「手分けして探しましょう!僕はこっちを…ミグさんはあっちをお願いします。」
「わかった!」
街中を駆け抜け、彼女を探し回った。姿が見当たらない時間が長ければ長いほど、焦る気持ちは増していく。
まさか来ると思っていなかった追っ手が、彼女を連れ去ってしまったのかもしれない。不吉な想像が頭をよぎる。
「きゃー!」
甲高い女性の悲鳴が聞こえ、その場に立ち止まった。声がした方を向くと、道を塞ぐように大勢の人が集まっているのが見える。
その人混みをかき分けながら、大通りへと飛び出した。
「怪我は無い?」
「うん!ありがとうお姉ちゃん!」
小柄な少女の前に、見覚えのある白髪の少女が膝をついて手を握っていた。
「ルナさん…!こんな所で何を…」
「あ、フラン…」
「え…フランくん…?」
彼女の近くに立っていた女性が、僕の名前を呼んだ。その瞳は飴のような色をしていて、黒々とした長髪が通り抜ける風でサラサラとなびいている。
「えっと…。」
「ねぇララ。色々話したい事があるの!どこか静かな所で、お茶でもしながら話さない?」
「う、うん。」
「フランも、一緒に行こ!」
「は、はい。」
いまいち状況が飲み込めないまま、黒髪の女性を交えて話をする事になった。
お店の席に座り、ルナが今の状況を説明しはじめた。
「そんな…行方不明になってると思ったら、今度は記憶喪失だなんて…。」
「あなたも…僕と同じ学校に通う生徒だったんですね。えっと…ララシス…」
「私の事は…ララでいいよ。」
彼女も、エーリという学校に通っている生徒だと言う。現在も、その学校に在籍しているらしい。
「ララさん…は、どうしてこの街に?」
「私は、学要…学校の要請で、依頼を受けて来たの。もう依頼は終わって、これから帰る所だったんだけど…。」
「さっき、女の子が知らない男に絡まれてたの。私が仲裁に入ったんだけど、男が手を出して来て…その時、通りかかったララが私達を助けてくれたんだよ。」
「そうだったんですか…。ありがとうございます。」
「そんな…お礼を言われる様なことは…。」
「ララ、これから学校に帰るって言ってたよね?私達も一緒に行ってもいいかな?」
「私は構わないけど…。」
「じゃあ、今から出発ね!ところでフラン…ミグはどこに?」
「あ…そうでした…。ルナさんが居なくなったのを心配して、街中を探し回ってたんです。まずはミグさんと合流して、それから出発しましょう。」
店を出てしばらく歩いていると、街を走り回っていた彼は僕達を見つけて駆け寄ってきた。
突然はぐれたルナに怒りの言葉をいくつもぶつけ、隣にいたララさんが彼をなだめている。
こうして全員集まった所で街を離れ、フルリオと呼ばれる場所へ歩き出した。
「ねぇ…まだつかないの?」
「そろそろつくはずだよ。もうちょっとだから頑張ろう?ルナちゃん。」
休憩を挟みはしたものの、女性が歩くには少し険しい道のりだった。
街を出てすぐ峠道を登り、登ったと思ったら草木が生い茂る森の中を下っていく。そこから街道を進んで行き、ようやく街の入口が見え始めた。
何とか日をまたぐ前に辿り着けたが、すっかり日は沈み、辺りは暗くなっていた。
「あんなに大きな門…見たことないですね…。」
「フルリオは、城塞都市って呼ばれてて…昔、戦争があった時代に築かれたって聞いた事があるよ。」
「ララさんは物知りなんですね。」
「そ、そんな事ないよ…!」
彼女は僕と目が合うと、すぐさま視線を逸らした。僕は彼女に、嫌われていたのだろうか。
「今晩の宿はどうする?こんな時間じゃ、もうどこも空いてないかもしれないぞ?」
「それなら大丈夫…。ここでタックと合流して、1晩泊まってエーリに帰る予定なの。宿も取ってくれてるはずだよ。ちょっと狭いかもしれないけど…。」
「俺の事は気にしないでくれ。ルナとフランが寝る部屋があれば、十分だ。」
「広場の噴水前で待ち合わせしてるから…まずはそこに行こう。」
彼女の口から出てきたタックという人物に、どこか懐かしさを感じるような感じないような。
なんとも言えない気持ちのまま、彼女の後をついて行った。
「あ、ララ!」
「おまたせタック…ごめんね遅くなっちゃって。」
「それは構わないけど、心配したよ。ピシシエーラで何かあっ…あれ?ルナと…フラン!?それにミグも…!」
「久しぶりだねタック!会えて嬉しいよ~。」
「俺も会えて嬉しいよ。フランもミグもしばらく会ってなかったもんね。」
「そうだな。」
どう会話に入るべきか考えていると、彼は不安そうな表情を浮かべた。
「もしや…フルク様…でしたか?」
「え?」
「その事なんだけど…他にも色々話したい事があるから、ひとまず宿屋に行かない?」
「あ、うん。そうしよっか。」
彼の案内で、宿泊する宿へと向かった。
ルナはララさんと、僕はタックさんと部屋を使う事になり、荷物を置いて彼女達の元へ戻った。
彼女は、先程ララさんに話した内容と同じ話を彼にも話した。
「なるほど…記憶が無くなったから、俺の事も覚えてないって事か…。」
「すみませんタックさん。」
「俺、本名はタクトワイライネって言うんだ。皆からは、タックって愛称で呼ばれてるけど…愛称に、さん付けで呼ばれたのは初めてだなぁ。」
「じゃ、じゃあ、タクトさんで…。」
「どっちでも構わないよ。好きなように呼んで。」
「みんなの近況はどうなの?アレクが幹部になったって聞いたけど…。」
「そうなの…!私とタック以外は、みんな幹部になっちゃったの。」
「え!?そうなの!?」
彼女は驚きの声を上げた。会話の内容についていけない僕は、彼女の大きな声に驚いてしまった。
「そうそう。俺達、置いてかれちゃったんだよ。」
「仕方ないよ…。タックは薬を飲まないと血の生成量が足りないし、私は血を見ただけで失神しちゃうから…。たとえ幹部になれる力量があっても、足でまといになっちゃうよ。」
「タックは、まだあの薬飲んでるの?やっぱり…副作用は辛い?」
「前に比べたら全然。ルカが作ってくれた薬のおかげでよっぽど楽に…」
「あ、あの…!僕、ちょっと出かけてきてもいいですか?」
理解出来ない話を永遠に聞く事になると思った僕は、強引に間に入って外出する事を申し出た。
「別に構わないけど…1人で平気?俺も一緒に行こうか?」
「ルドルフがいるので大丈夫です。お腹も空いたので…何か食べてきます。」
「悪い…すっかり忘れてたな。」
「ご、ごめんね…気付いてあげられなくて…!」
「この辺りに食べる所はなかったと思うから、広場の方に行けば何かあるかも。」
「ありがとうございます。すぐ戻りますね。」
部屋を出て階段を降りていき、宿屋から広場の方へと歩き出した。
透き通った夜の風が、建物の隙間を通って頬をかすめる。
「ねぇルドルフ。まだへそを曲げてるの?」
「…俺様のへそは曲がってなどいない。」
「君でも冗談を言う時はあるんだね。」
「うるさい。黙って歩け。」
「ルドルフはさ…あの2人の事、どう思っ」
「フランくん…!」
声が聞こえ、後ろを振り返った。宿屋の方から走ってくるララさんの姿が見える。
「あれ?えっと…ラ、ララさん?」
「よかった…追いついて…。」
「どうかしたんですか?」
「その…ご飯!私も、一緒に行っていいかな…?」
「僕は別に構いませんよ。」
「あ、ありがとう…!」
「ただ…この時間に開いてるお店だと、酒場くらいしかなさそうですけど…。」
「わ、私はどこでも…!フランくんと一緒なら…。」
「じゃあ、あそこにしましょう。もう遅い時間ですし、危ないですから僕から離れないで下さいね?」
「う、うん…。」
彼女と共に近くの酒場に入ると、空いている席に座って料理を注文した。
「ララさんは、飲み物だけで十分なんですか?」
「あー…うん。お腹すいてる訳じゃないから…。」
「え?じゃあ、どうして一緒に来たんですか?」
「それはその…。フランくんに話したい事があって。」
「僕に?何の話ですか?」
「えっと…その…。手紙の事なんだけど…。」
「手紙?」
「うん…。昔、フランくんに手紙を書いた事があるの。でも、覚えて…ないよね…?」
「ごめんなさい。ギルドに来る前の事は何も…。」
「そ、そうだよね…!ごめんね?変なこと聞いちゃって…。」
それから彼女は、少々俯いて黙り込んでしまった。運ばれて来た料理を食べながら、僕の方から口を開いた。
「あの…。覚えてないかもしれないですけど、僕の話をもっと教えてくれませんか?記憶を取り戻したくて、色んな人に聞いてるんですけど…どれもピンと来なくて。」
「わ、私が知ってる範囲でよければ…!」
彼女は、僕がエーリという学校に通っていた時の話を語り始めた。それはそれは楽しそうに、当時の思い出を噛み締めながら話を進めていく。
「それでね?みんなで泊まる事になっ…」
「おう!お前さん達、随分若いな~学生さんか?」
「へっ…?」
楽しそうに話す彼女の隣に、見知らぬ男が腰掛けてきた。突然の事に彼女は驚いたのか、ビクビクした様子で俯いた。
「学生さんだろ?違うのか?」
「え…えっと…。」
「はい。今晩宿に泊まって、明日学校に帰る所なんです。」
「へへ!やっぱりそうだろ?」
困っている彼女に話を合わせるように、僕は男と会話を楽しんだ。
「なぁ。お前さん達、デートだろ?」
「デ…!?」
「そう見えますか?」
「俺には、お似合いに見えるぜ!若いっていいよなぁ…俺も若い頃は、かみさんとこうやって酒場でだな…。」
「あの…お兄さん。もう随分遅い時間ですし、そろそろ帰らせてもらってもいいですか?彼女を宿まで送り届けないと、心配ですし。」
「それは失敬!邪魔したな。デート、楽しんでくれよな!」
「ありがとうございます。それじゃあ、僕達はこれで。」
僕はその場に立ち上がり、彼女の手を取った。
「行こうララさん。暗いから足元気を付けて。」
「う、うん…。」
それから暫く、話の続きをしながら宿へ帰って行った。
ムジカさんの船に乗り、スーズル港に降り立った僕達は、洞窟の街と呼ばれるピシシエーラへと辿り着いた。
至る所に街灯が立っていて、洞窟の中とは思えない程に明るい。
「まぁでも、ここはただ通り過ぎるだけだ。今日中にフルリオへ着けるように、腹ごしらえしたら出発しよう。」
「やったー!ご飯だー!」
「あくまでお前は、ついでに!だ。ここは、フランが食べたい物にしよう。」
「僕は何でも構いません。特に苦手な物もありませんし。」
「じゃあ…あそこなんてどうかな?オムライスが食べれるみたいだよ?」
彼女は、数メートル先にある赤いレンガの壁を指さした。
「お前が食べたいだけじゃないのか?」
「違いますー!確か、フランは卵料理が好きなんだよね?」
「確かにそうですけど…どうしてそれを?」
「あれー?フラン本人から聞いたんだったかな…?いや、ルカと話してる時かも…ミグとだっけ?」
「俺等に聞くなよ…。」
「何がともあれ、あのお店にしよ?ね!フランもいいよね?」
「はい。お任せします。」
「よし!じゃあいこー!」
彼女は僕の腕を掴み、嬉しそうに歩き出した。
「は~。満足満足~。」
「ルドルフじゃないですけど…こんなにゆっくりしてていいんですかね?」
「王国騎士団と言えど、流石に吸血鬼の領土までは追って来ないだろ。」
「まぁ…それもそうですね。」
「オムライス、美味かったか?」
「えぇ。美味しかったですよ。」
「ルナも同じ物を食べ…って、あれ!?」
歩みを止めて後ろを振り返った彼は、驚いた声を上げた。僕も同じように振り返ると、後ろからついて来ていたはずのルナが居なくなっていた。
「あいつ…今度は一体どこに…!」
「手分けして探しましょう!僕はこっちを…ミグさんはあっちをお願いします。」
「わかった!」
街中を駆け抜け、彼女を探し回った。姿が見当たらない時間が長ければ長いほど、焦る気持ちは増していく。
まさか来ると思っていなかった追っ手が、彼女を連れ去ってしまったのかもしれない。不吉な想像が頭をよぎる。
「きゃー!」
甲高い女性の悲鳴が聞こえ、その場に立ち止まった。声がした方を向くと、道を塞ぐように大勢の人が集まっているのが見える。
その人混みをかき分けながら、大通りへと飛び出した。
「怪我は無い?」
「うん!ありがとうお姉ちゃん!」
小柄な少女の前に、見覚えのある白髪の少女が膝をついて手を握っていた。
「ルナさん…!こんな所で何を…」
「あ、フラン…」
「え…フランくん…?」
彼女の近くに立っていた女性が、僕の名前を呼んだ。その瞳は飴のような色をしていて、黒々とした長髪が通り抜ける風でサラサラとなびいている。
「えっと…。」
「ねぇララ。色々話したい事があるの!どこか静かな所で、お茶でもしながら話さない?」
「う、うん。」
「フランも、一緒に行こ!」
「は、はい。」
いまいち状況が飲み込めないまま、黒髪の女性を交えて話をする事になった。
お店の席に座り、ルナが今の状況を説明しはじめた。
「そんな…行方不明になってると思ったら、今度は記憶喪失だなんて…。」
「あなたも…僕と同じ学校に通う生徒だったんですね。えっと…ララシス…」
「私の事は…ララでいいよ。」
彼女も、エーリという学校に通っている生徒だと言う。現在も、その学校に在籍しているらしい。
「ララさん…は、どうしてこの街に?」
「私は、学要…学校の要請で、依頼を受けて来たの。もう依頼は終わって、これから帰る所だったんだけど…。」
「さっき、女の子が知らない男に絡まれてたの。私が仲裁に入ったんだけど、男が手を出して来て…その時、通りかかったララが私達を助けてくれたんだよ。」
「そうだったんですか…。ありがとうございます。」
「そんな…お礼を言われる様なことは…。」
「ララ、これから学校に帰るって言ってたよね?私達も一緒に行ってもいいかな?」
「私は構わないけど…。」
「じゃあ、今から出発ね!ところでフラン…ミグはどこに?」
「あ…そうでした…。ルナさんが居なくなったのを心配して、街中を探し回ってたんです。まずはミグさんと合流して、それから出発しましょう。」
店を出てしばらく歩いていると、街を走り回っていた彼は僕達を見つけて駆け寄ってきた。
突然はぐれたルナに怒りの言葉をいくつもぶつけ、隣にいたララさんが彼をなだめている。
こうして全員集まった所で街を離れ、フルリオと呼ばれる場所へ歩き出した。
「ねぇ…まだつかないの?」
「そろそろつくはずだよ。もうちょっとだから頑張ろう?ルナちゃん。」
休憩を挟みはしたものの、女性が歩くには少し険しい道のりだった。
街を出てすぐ峠道を登り、登ったと思ったら草木が生い茂る森の中を下っていく。そこから街道を進んで行き、ようやく街の入口が見え始めた。
何とか日をまたぐ前に辿り着けたが、すっかり日は沈み、辺りは暗くなっていた。
「あんなに大きな門…見たことないですね…。」
「フルリオは、城塞都市って呼ばれてて…昔、戦争があった時代に築かれたって聞いた事があるよ。」
「ララさんは物知りなんですね。」
「そ、そんな事ないよ…!」
彼女は僕と目が合うと、すぐさま視線を逸らした。僕は彼女に、嫌われていたのだろうか。
「今晩の宿はどうする?こんな時間じゃ、もうどこも空いてないかもしれないぞ?」
「それなら大丈夫…。ここでタックと合流して、1晩泊まってエーリに帰る予定なの。宿も取ってくれてるはずだよ。ちょっと狭いかもしれないけど…。」
「俺の事は気にしないでくれ。ルナとフランが寝る部屋があれば、十分だ。」
「広場の噴水前で待ち合わせしてるから…まずはそこに行こう。」
彼女の口から出てきたタックという人物に、どこか懐かしさを感じるような感じないような。
なんとも言えない気持ちのまま、彼女の後をついて行った。
「あ、ララ!」
「おまたせタック…ごめんね遅くなっちゃって。」
「それは構わないけど、心配したよ。ピシシエーラで何かあっ…あれ?ルナと…フラン!?それにミグも…!」
「久しぶりだねタック!会えて嬉しいよ~。」
「俺も会えて嬉しいよ。フランもミグもしばらく会ってなかったもんね。」
「そうだな。」
どう会話に入るべきか考えていると、彼は不安そうな表情を浮かべた。
「もしや…フルク様…でしたか?」
「え?」
「その事なんだけど…他にも色々話したい事があるから、ひとまず宿屋に行かない?」
「あ、うん。そうしよっか。」
彼の案内で、宿泊する宿へと向かった。
ルナはララさんと、僕はタックさんと部屋を使う事になり、荷物を置いて彼女達の元へ戻った。
彼女は、先程ララさんに話した内容と同じ話を彼にも話した。
「なるほど…記憶が無くなったから、俺の事も覚えてないって事か…。」
「すみませんタックさん。」
「俺、本名はタクトワイライネって言うんだ。皆からは、タックって愛称で呼ばれてるけど…愛称に、さん付けで呼ばれたのは初めてだなぁ。」
「じゃ、じゃあ、タクトさんで…。」
「どっちでも構わないよ。好きなように呼んで。」
「みんなの近況はどうなの?アレクが幹部になったって聞いたけど…。」
「そうなの…!私とタック以外は、みんな幹部になっちゃったの。」
「え!?そうなの!?」
彼女は驚きの声を上げた。会話の内容についていけない僕は、彼女の大きな声に驚いてしまった。
「そうそう。俺達、置いてかれちゃったんだよ。」
「仕方ないよ…。タックは薬を飲まないと血の生成量が足りないし、私は血を見ただけで失神しちゃうから…。たとえ幹部になれる力量があっても、足でまといになっちゃうよ。」
「タックは、まだあの薬飲んでるの?やっぱり…副作用は辛い?」
「前に比べたら全然。ルカが作ってくれた薬のおかげでよっぽど楽に…」
「あ、あの…!僕、ちょっと出かけてきてもいいですか?」
理解出来ない話を永遠に聞く事になると思った僕は、強引に間に入って外出する事を申し出た。
「別に構わないけど…1人で平気?俺も一緒に行こうか?」
「ルドルフがいるので大丈夫です。お腹も空いたので…何か食べてきます。」
「悪い…すっかり忘れてたな。」
「ご、ごめんね…気付いてあげられなくて…!」
「この辺りに食べる所はなかったと思うから、広場の方に行けば何かあるかも。」
「ありがとうございます。すぐ戻りますね。」
部屋を出て階段を降りていき、宿屋から広場の方へと歩き出した。
透き通った夜の風が、建物の隙間を通って頬をかすめる。
「ねぇルドルフ。まだへそを曲げてるの?」
「…俺様のへそは曲がってなどいない。」
「君でも冗談を言う時はあるんだね。」
「うるさい。黙って歩け。」
「ルドルフはさ…あの2人の事、どう思っ」
「フランくん…!」
声が聞こえ、後ろを振り返った。宿屋の方から走ってくるララさんの姿が見える。
「あれ?えっと…ラ、ララさん?」
「よかった…追いついて…。」
「どうかしたんですか?」
「その…ご飯!私も、一緒に行っていいかな…?」
「僕は別に構いませんよ。」
「あ、ありがとう…!」
「ただ…この時間に開いてるお店だと、酒場くらいしかなさそうですけど…。」
「わ、私はどこでも…!フランくんと一緒なら…。」
「じゃあ、あそこにしましょう。もう遅い時間ですし、危ないですから僕から離れないで下さいね?」
「う、うん…。」
彼女と共に近くの酒場に入ると、空いている席に座って料理を注文した。
「ララさんは、飲み物だけで十分なんですか?」
「あー…うん。お腹すいてる訳じゃないから…。」
「え?じゃあ、どうして一緒に来たんですか?」
「それはその…。フランくんに話したい事があって。」
「僕に?何の話ですか?」
「えっと…その…。手紙の事なんだけど…。」
「手紙?」
「うん…。昔、フランくんに手紙を書いた事があるの。でも、覚えて…ないよね…?」
「ごめんなさい。ギルドに来る前の事は何も…。」
「そ、そうだよね…!ごめんね?変なこと聞いちゃって…。」
それから彼女は、少々俯いて黙り込んでしまった。運ばれて来た料理を食べながら、僕の方から口を開いた。
「あの…。覚えてないかもしれないですけど、僕の話をもっと教えてくれませんか?記憶を取り戻したくて、色んな人に聞いてるんですけど…どれもピンと来なくて。」
「わ、私が知ってる範囲でよければ…!」
彼女は、僕がエーリという学校に通っていた時の話を語り始めた。それはそれは楽しそうに、当時の思い出を噛み締めながら話を進めていく。
「それでね?みんなで泊まる事になっ…」
「おう!お前さん達、随分若いな~学生さんか?」
「へっ…?」
楽しそうに話す彼女の隣に、見知らぬ男が腰掛けてきた。突然の事に彼女は驚いたのか、ビクビクした様子で俯いた。
「学生さんだろ?違うのか?」
「え…えっと…。」
「はい。今晩宿に泊まって、明日学校に帰る所なんです。」
「へへ!やっぱりそうだろ?」
困っている彼女に話を合わせるように、僕は男と会話を楽しんだ。
「なぁ。お前さん達、デートだろ?」
「デ…!?」
「そう見えますか?」
「俺には、お似合いに見えるぜ!若いっていいよなぁ…俺も若い頃は、かみさんとこうやって酒場でだな…。」
「あの…お兄さん。もう随分遅い時間ですし、そろそろ帰らせてもらってもいいですか?彼女を宿まで送り届けないと、心配ですし。」
「それは失敬!邪魔したな。デート、楽しんでくれよな!」
「ありがとうございます。それじゃあ、僕達はこれで。」
僕はその場に立ち上がり、彼女の手を取った。
「行こうララさん。暗いから足元気を付けて。」
「う、うん…。」
それから暫く、話の続きをしながら宿へ帰って行った。
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